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リュイール王国08

 彼が若者に頼んだのは、昨日翔平から借りた圭の顔写真の模写だ。予め昨晩に作成した数十枚の手配書に、圭の顔を直接描き込んでいる。模写の天才となれば、今朝方から夕方にかけて数十枚の模写はお手の物だ。

 翔平に荷物を渡す前に、リークは若者にその依頼を済ませていた。

 リークが、若者の懸命な後姿を眺める。

(これが終われば、手配書の貼り出しか。後のことは騎士たちに任せるとして、写真を彼に返さないといけないね)

 そう思って、リークは小さく口許を綻ばせた。先ほどの、翔平とのやりとりを思い出したようだ。

(まさか、あんなにも気安く受け入れてくれるとは思わなかった。――本当に、物怖じしないんだね。それが君のいいところであるけれど)

 ふいに、リークが窓の外に目をやる。

(時には、物事を慎重に考えた方がいいよ。――翔平)


「……この二つの依頼って、一日で出来んのかな?」

 Jに渡された依頼の詳細を眺めながら、翔平はひとりごちた。

 一件目の森に住む魔術師への届け物は、その言葉通りに町の近くの森に住んでいる魔術師に、依頼主から預かった荷物を届けると言うものだ。

 二件目の薬草取りの手伝いは、町から離れた草原の丘に育つ薬草を取ると言うものである。指定時間帯は朝からとなっていた。

 詳細は、その他に地図や報酬金額、依頼主の名が記されている。

(これは薬草取りから始めて、その後に魔術師に荷物を届けた方がよさそうだな。先に荷物を貰って、薬草取りの帰りがてらに届ける。地図もあるし、迷うこともないだろうし――これなら、一日で終わるだろ)

 頭の中で明日の計画を描いて、自分なりに納得した翔平は、ふと窓の外に目をやった。

 空はいつの間にか夕闇に沈み、強い光を帯びた星々が疎らに輝き始めている。二つの太陽は月へと変わり、冷たくも柔らかな輝きを放って地上を照らしていた。

 階下に耳を澄ませば、軽快な音楽とともに賑やかな人々の笑い声が届いてくる。

 窓辺に身を寄せて、翔平は町の景色を眺めた。翔平の居た発達した世界と違い、この世界は神秘的な雰囲気を纏いながら、惜しむことなく安らぎを人々に与えている。

(俺の居た世界にも、こんな景色が多くあればいいのにな)

 発達の手を休めない翔平の居た世界は、日を追うごとに、知らないところで自然が失われてきている。今さら足掻いたところでどうとなることでもないが、それがどんなに寂しいことかを、二つの世界を対比した彼は十七の歳にして実感していた。

 暫く外を眺めていた翔平だが、腹を空かせた腹の虫の鳴き声に窓辺から身を離した。

(腹が減ったな。飯を食いに行くか)

 食事を取る為に、再び階下の酒場へ足を運ばせる。


「おう、坊主。明日から仕事を始めるんだってな!」

 階段を下りると同時に、翔平に声をかけてきたのは彼と試験で対峙した男だ。

 丸いテーブルを囲んで、男の他に翔平と当初酒場で睨み合った男たちも居る。

「こっちへ来いよ。一緒に飯でも食おうじゃねぇか」

 一人分の席を空けて、男が翔平に手招きをした。

 見た限り、酒場に空きの席はそこしかないようだ。翔平は男に頷いて、その席に腰を下ろす。

 途端に、男たちは翔平を興味深く眺めた。

「坊主、名前は何て言うんだ?」

「翔平」

「翔平か。名前もまた珍しいことだ。俺の名前は、カディス。――実は俺たち、坊主の剣技について話してたんだけどよ。あれは何処の流派だ?」

 カディスにそう訊かれて、女性店員に注文をし終えた翔平が彼を見る。

「何処の流派とかは判らないが、基礎を親父に習って、後は独自でやり易いように考えたんだ」

 「ほう!」と、感心したように男たちが声を上げた。

 その男たちを代表するように、試験で対峙したカディスがまた口を開く。

「独学とは、その歳で大したもんだ。だがな、あれじゃあ敵は倒せないぞ。まだまだ動きに無駄が多過ぎる。相手を倒す前に、それがもとでこっちがやられかねねぇ」

 カディスの言葉に、周りの男が同意見とばかりに頷いていた。

 その指摘に、翔平もまた頷くしかない。試合と闘いの違いを知って、彼は自分の剣技では歯が立たないと実感していたところだ。

「よし、いい機会だ。俺たちが新人の坊主に稽古をつけようじゃねーか。なあ、お前らも協力してくれるだろ?」

 カディスがテーブルを囲む面々を見回り、爽やかな笑顔を浮かべた。

 翔平の右隣の男が、カディスに聞こえないようにこそっと小声で話す。

「あいつ、息子と同い年のお前さんが気に入ったんだぜ。――死んじまった息子とお前さんを重ねてんだろうな」

「…………」

 しんみりとした男の言葉に、翔平は何も言えなかった。代わりに、左隣のカディスを盗み見る。

 良く見れば、カディスはJと同じ年頃のようだ。Jと正反対に、騒がしい雰囲気を纏っている。少しだけ、翔平と何処か似通った部分があるように思えた。

「そんじゃあ、早速」

「俺、まだ飯食ってないんだけど」

「おお、悪ぃ悪ぃ。飯食ったら、少しだけ稽古をつけるか」

 冷静に突っ込みを入れる翔平に、カディスは豪快に笑う。どうやら、せっかちな部分が似ているようだ。

 女性店員が翔平の元に食事と水を運んでくる。それを受け取って、彼はすぐに食べ始めた。

 カディスたちは酒を口にしながら、別の話をし始める。

「そういや、知っているか? 今度城で舞踏会が催されるらしいぞ」

「ああ、聞いたよ。他国の王族や貴族がわんさかやってくるんだろ? もうギルドに町の警備の申請が出されてたからな」

「しっかし、他国の王族と貴族を招いての舞踏会とは、ケイム国王は珍しいことをするもんだ」

「……珍しいのか?」

 食べ物を口にしていた翔平が、顔を上げて彼らに問いを投げかけた。

 カディスが翔平の問いに答える。

「おお、珍しいとも。ケイム国王は、他国の付き人制度を嫌って、他国の王族たちをこの国に招いたことがないんだ」

「付き人って、付き添って身の回りを世話する人のことだろ? 何で嫌うんだ?」

 訳が判らないとばかりに、翔平は首を傾げた。

 そんな彼に、カディスが驚く。

「坊主、付き人のことを知らないのか。――付き人って言葉は普通に聞こえるが、中身は奴隷とあまり変わらんのさ」

「奴隷!?」

「そうだ。付き人ってのは、見目麗しい男か女ばかりが選ばれ、王族や貴族たちの玩具にされるんだ。女ならまだしも、男もとは悪趣味にもほどがあるぜ」

「……良く解らないんだけど」

「つまりだな。そいつに付き添って、身の回りの世話をするだけじゃないってことだ。下世話な話だが、性的行為も含まれている。しまいには、付き人の身体を餌に、政治などを動かすこともあるんだ。――やり切れねぇ話だろ。金持ちの考えることは、俺たちには全く理解できねぇ」

「…………」

 カディスの話を聞いて、翔平は絶句するばかりだ。

「それに引き換え、リュイール王国は初代国王から、ずっと国民を大切にしてきた珍しい国だ。国民がリュイール一族を慕うのは、そんな背景があるからだと、俺は思っている」

 話を終わらせると、カディスが一息を吐いて酒を煽り出した。何処か苛立たしげな仕種だ。

「詳しい話は知らないが、カディスはこの国に来る以前に、息子をその付き人制度で失ったらしいぞ」

 右隣の男がまた、翔平にそう小声で付け加えた。

 何となくではあるが、王族たちの裏を知って、翔平は今までにない衝撃を受ける。

(……不味いな。圭の奴がそんな国に居たとしたら、確実に付き人として選ばれる。早く捜し出さないと、きっとあいつは)

 そう危惧したところで、今の翔平にはなす術がない。食欲はとうに失せ、彼は難しい面持ちでスプーンを皿の上に置いた。

(リークが言った、圭は女と間違えられたかも知れないってこのことだったのか? だとすれば、その舞踏会に忍び込んで確かめる必要があるな。そこに圭が居なければ、それはそれでいい)

 そう思い立って、翔平はカディスたちに話を振る。

「なあ、その舞踏会っていつやるんだ?」

「確か、二週間後の夜辺りだったか。――Jに訊けば判るぜ」

 そう言って、カディスは手を上げながら、カウンターでグラスを磨くJを呼んだ。

 Jが顔を上げ彼を確認すると、カウンターから出て歩き寄ってきた。

「何かご用ですか? カディス」

「おう。舞踏会の日程を教えろよ。坊主が知りたいんだと」

 カディスが親指で翔平を示す。すると、Jが翔平に視線を向ける。

「舞踏会の日時は、二週間後の月の日。時刻は夕刻の六丁度です。――翔平君。残念ですが、我々一般の者は城に立ち入ることは出来ませんよ」

 Jの淡々とした説明に、翔平は難しい面持ちのままで頷いた。頷いてはいるが、彼は別のことを考えている。

(――城に入れないのか。舞踏会の日の前に、忍び込める場所を一度調べた方がいいな)

「他に質問はありますか?」

「いや。――城に入れないんじゃあ仕方ないな。一度舞踏会を見てみたかったんだけど」

 その場を取り繕うように言って、翔平はJに礼を告げた。

 Jが静かにカウンターの中へ戻ってゆく。

 翔平は食欲の失せた腹に無理矢理に栄養を与え、「ご馳走様」と席を立った。

「おっ、もう食ったな。それじゃあ、稽古をつけるぞ!」

 騒がしくカディスが席を立ち、テーブルを囲んでいた男たちも立ち上がった。

(とりあえず、明日の依頼をこなしてから舞踏会のことを考えるか)

 まだ翔平は新米のエージェントだ。舞踏会まで二週間もある。その間までに、翔平は仕事をこなしながら、暮らしていかなくてはいけない。

 焦る気持ちを抑えて、翔平は稽古へ臨んだ。




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