呪紋の覚醒56
「リュイール王国から各々の自国へ戻る最中、か。――隙が生まれる頃合いだ」
魔方陣の広がる空間へ戻るなり、ケイオスが思案しながら独り言を漏らしていく。やがて、圭とラピュセへ交互に視線を向ける。
「我はこれより、女教皇と接触を図ってくる。圭。お前はここで身を休め、これまで通り鍛練に励め。ラピュセは、皆に召集を掛けろ。……そうだな、二日後にと伝えておけ。今回のように、何か進展があるはずだ」
彼の指示に頷くことで応じて、ラピュセがいちはやく動き出した。数多ある魔方陣から一つを選んで消えていく。次いで、ケイオスも別の魔方陣へ足を向けていった。
二人の背中を見送り、圭はひとつ深呼吸をする。まず向かう先は、食堂として使われる部屋がある階だ。誰も居なくなった塔でひとり、休憩も兼ねて腹を満たしてゆく。一段落すれば、今度は特訓の場となる空間へ向かうべく螺旋状の階段を下りだした。
その時、上階から微かな足音と共に声が降ってきた。
「やあ、圭君。今日はひとりなのかい?」
足を止めて振り返ると、リークがのんびりとした足取りで近付いてくる。
ケイオスやイディア程ではないが、彼らの交流は翔平の話題を挟んで度々あった。翔平の現状を知りたい圭と、彼の過去さえも知りたいリーク。前回の交換条件を期に互いを利用しているので、友人と呼べず知人・仲間のような関係性だ。
「さっきまで、ケイオスさんとラピュセさんと一緒に居たよ。その内に――二日後に、ケイオスさんから話があると思うから何も言わないでおくね」
話し方は変わらないのに、圭の雰囲気が何処か違っている。何となくではあるが、リークはそう察した。
「変われたのかい?」
「変わるしかないと思ったよ、漸く」
真っ直ぐに見上げてくる双眸は、何処までも固い意思を宿らせている。
「そうかい。君の変化は喜ばしいことだ。けれど、翔平君のことを考えると――少し複雑だね」
「今更、何を言っているの? 変化を求めたのは、貴方たちとぼく、どちらも同じことででしょう」
圭の厳しい切り返しに、リークは微苦笑で肩を竦めていく。
「それもそうだね」
そして、何かを思い出したかのように話を続けていった。
「そうだ。流石に事の詳細は得られなかったけれど、翔平君は君を捜し出すために舞踏会に参加していたようだよ。恐らく、もうひとりの僕の付き人と称して」
そう前置きをして、彼は翔平の身に何が起こったのかを告げていく。内容は城内のことではなく、ルヴィスタに魔物たちが攻め入った件である。離れた場所で様子を見守っていたが、彼がどう言った状況に置かれているのか想像に容易い。
(付き人に翔平君を選ぶなんて、君らしいね。けれど――あまりにも距離感が近すぎないかい? リーク)
「仮でも翔ちゃんが付き人なんて……でも、危ない目に遭わなくて良かった」
「彼が傍に居るから、危険な目に遭うことは早々ないよ。今までは、ね」
「どう言うことなの?」
何か含みのある話し方に、圭は訝しみながらも先を促していく。
「君の努力が報われたんだよ。翔平君が君の流した情報を掴んで、リュイールから旅立つことを決めたようだ。明日の朝、ルヴィスタを発つらしい」
「そっか、やっと動いてくれたんだ。でも、何だか心配だなあ」
瞳を輝かせつつも、これから単独行動を取るに違いない親友を不安に思ってしまう。
「それなら明日、僕と一緒に様子を見に行くかい? 彼が何処へ向かうのか予測できるかも知れないし、情報を得れば先回りも可能になるんじゃないかな」
リークの提案に対して、否やはない。圭は満面の笑みを浮かべて、二つ返事で乗っていく。
「一目だけでも、翔ちゃんの無事な姿を見たかったんだ。有り難う、リーク」
「どういたしまして。――そうだ。お礼は翔平君の飛び切りな話が聞きたいね」
「これから特訓へ行こうと思ったけど、一階のところで話そうよ。明日、いつ行くかも決めないとだし」
先程まで重々しい雰囲気を背負っていたはずだ。それさえも吹き飛んでしまうほど、圭は上機嫌に塔の出入り口へ駆け下りていった。
リュイール王国の首都ルヴィスタへ続く一本道の横――小高い丘の上で、圭とリークは彼らを見送った。嫣然と微笑んだのは、偏に翔平の元気な姿が見られたからだ。
「翔ちゃんが一人じゃないのは嬉しい。だけど、貴方とまた行動しているなんて」
「僕にとっても、驚きなんだよ。まさか、あのリークが王国を出るとは思わなかった」
(不思議だ。それ程までに翔平君の傍に居たいなんて、君に一体何があったのだろう)
「彼の身の安全が保障されたのだから、良しとしようじゃないか。それに、何処へ向かっていくのかも判っただろう?」
「それはそうだけど……」
圭は何も言えず、渋々と頷くしかない。やがて、何かを決意したように顔を上げる。
「やっぱり、待っているだけじゃあ駄目だ。先回りして、こっちから迎えに行かなきゃ。――リーク、どうにか翔ちゃんに伝えることって出来る?」
「それなら、フォルスト君が適任だね。彼は確か、意図的に夢の中へ入り込む能力を持っていると聞いたよ」
「夢の中で会えるんだ……」
(それはいいかも)
明日は丁度、召集によって皆が守護の塔へ戻ってくる日だ。各々の報告が終わったとき、ケイオスに確認してフォルストに掛け合ってみよう。次の行動への目星がついて、圭は再び二人が見えなくなった方向を見詰めた。
純白の広い空間に浮かび上がる魔方陣から、圭とリークを除く呪紋の所持者たちが次々と姿を現していく。
誰もが黒いフードを目深に被っているため、身長や体型で臆測するしか人物を特定することは出来ない。
最後にやって来た者が、不意にフードを脱いでいく。ケイオスだ。彼に続いて、皆も顔を露わにしてゆく。
ケイオスが確認するように全体を見回した。
「全員、欠けることなく揃ったな。――召集をかけたのは、他でもない。事態が動き出したからだ。見よ」
すっと手を前へ持ち上げて、手の平に透明な球体を浮かび上がらせる。球体の中で浮遊しているものは赤色の鍵だ。
「ファリアード王国の鍵だ。我々は漸く、封印の鍵をひとつ手にした。そして、呪紋の所持者もひとり」
ケイオスの視線が、パテイシャの隣に立つラーヴィアへと向けられる。すかさず彼は前へ進み出た。
「皆様、お初にお目にかかります。わたくしは、ラーヴィアと申します。愛を司る神女神の闇、融合の紋章を宿しております」
「宜しくお願い致します」と頭を下げて、また元の位置へ戻っていく。
「パテイシャとラーヴィア、サンデスト王国の状況を報告しろ」
「はい、ケイオス様。ラーヴィアさんの協力もあって、指示通りにカウイ王子の付き人として宮殿へ潜入することが出来ました。後ろ盾についても快い返事を得られましたが、リュイール王国の舞踏会の件でしばらく表に顔を出すことはございません」
「ゼウイムス王国に連行されたのか?」
「いいえ。わたし達も付き人として舞踏会に参加しましたので、わたしの人を惑わせる能力と彼の能力で、無事に保護することが出来ました。現在は、ラーヴィアさんの実家で身を隠して貰っています」
「そうか。サンデスト王国はこれから混乱に陥るだろう。その時こそが鍵を手に入れる絶好の機会だ。抜かりはないか?」
「カウイ王子の名の下、彼を慕う付き人たちが情報提供に協力すると約束してくれました。必ずや、喜ばしい知らせが入ってくることでしょう」
パテイシャの淀みない報告に、ケイオスは「ご苦労」と満足げに頷いていった。そして、再び他の面々を見回していく。
「混乱については、サンデストの他も同様だろう。些細なことでもいい。それ以外で何かあれば、報告して構わない。――ミサンダリア王国はどうだ? トワイティ」
名指しをされて、彼女は気を引き締めるように背筋を伸ばした。
「封印の鍵は未だに判らないけど、呪紋の所持者は一応、目星はついているよ。イクトールという名で、傭兵を生業としている。聞き込みから、そいつはあたしたちと同じような力を使っているような節があるね」
「そこまで把握しているのならば、接触は疾うに済んでいるのであろう。こちらへ引き込める可能性は、どのくらいだ?」
「そりゃあ、もちろん。確率は――八割くらいだね。残りの二割は、退っ引きならない問題があって」
これまで、大体20×20の原稿用紙12枚で1ページとしてきましたが、今後は10枚を目処に進めていきたいと思います。状況によっては多くなったりもしますが、ご了承ください。




