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呪紋の覚醒55

「ヴァッシュ、ヴァッシュ~。ヴァッシュ」

 ほぼ無表情であった。感情が顔に出にくいからか、態度で喜びを表しているのかも知れない。

 彼の様子と醸し出す雰囲気は反していて、圭は疲れていることも忘れて不思議そうに見送った。

「みんなの言うとおり、本当に変わった人なんだ」

 独り言のように呟けば、ケイオスはふっと小さく笑う。

「あんな感じだが、役割は抜かりなく終わらせるタイプだ。――呪紋の所持者がひとり見つかり、ついに封印の鍵がひとつ見つかった、か」

(漸く……ようやく前進だ)

 彼は心の中で思った。だが表情は何処か安堵を見せている。圭が来訪するまで事態が全く動いていなかったのを察せられた。

 組織「光に背きし、闇の導き手」へ身を置きながら、圭は喜びを口にすることが出来なかった。

 生命の樹の記憶、呪紋によって作り出した翔平、変わろうともがいて創り出した小白竜、付き人・ラーヴィアとの出会い。切っ掛けは幾度もあったはずなのに、未だ踏ん切りがつかないでいる。まだ、何かが足りないというのだろうか。

「ファリアード王国に備えて、特訓はここまでとする。呪紋の扱いは、もう充分すぎるほど手慣れてきたな。さらに磨いていけば、誰とでも渡り合えるだろう。あとは、体力作りを続けていけばいい」

「有り難うございました」

 特訓については手放しに喜んだ。短い期間でも欠かすことなく努力をしてきたのだから、嬉しいに決まっている。皆の足手纏いにならずに済むことで、安心感も込み上げてきた。



 火山地域で思い浮かべるのは何だろうか。

 巨大な岩山にマグマが流れ出て、見渡す限り石や砂利が転がり、水や緑の少ない荒れ果てた大地。噴火となれば、国はひとたまりもない。圭の想像はこうであった。

 いざ、ファリアード王国へ赴けば、現実は想像を遥かに超えていて、神秘的な光景が広がっていた。

 王国の中心部に、巨大な岩山が頂上にマグマの噴き出し口を作って聳え立っている。サンデスト王国に隣接した土地は砂丘が広がり、そこから時計回りにして、疎らに水の存在を主張しながら青々と草や苔が覆う丘陵が続いている。大地が剥き出しになったかと思えば、今度は渓谷のような地形が現れる。さらに、その先は一種類の樹木が森として広がっていた。唯一ファリアード王国に生息し、武器や防具などに使用される丈夫な木材だ。

 首都ホノムウは渓谷にある。

 巨大な岩山から流れてくる川を挟んで、国民の大半が両側の崖に空間を作って住んでいる。空気穴を確保しながら入り口を作り、階段や部屋を作り、縦横無尽に岩石を掘って削り進めて、やがて地下にあるマグマだまりにまで到達していた。そこを利用して、彼らの鍛冶は行われている。溶岩源と水が混ざり合ってできる黒曜石もまた、彼らによって作られたものだ。

 旅人に扮して、圭が訪れたのはそんな住居の一角だ。ラピュセは「連れてくる」と予め伝えていたのか、すんなりと件の者と対面することになった。

 しがない鍛冶師――その一言に尽きる。

 ファリアード王国において、彼は何処にでも居るような容姿と雰囲気を持っていた。群衆に溶け込んで誰も不審に思わない。それこそが鍵の守り人たる所以だろう。

「さあ、女神イリアス。そこに座ってくれ」

 中老の男が落ち着いた態度で着席を促していく。言外に、その他は不必要と示しているかのようだ。名前も必要ないのか、名乗ることさえしていない。

 圭がケイオスを窺い見れば、彼はこくりと頷いた。後ろに二人を従わせるように、鍛冶師の向かい側に座っていく。

「封印の鍵の在処を知っていると聞きました。あなたがぼくじゃないと教えないと言ったことも。……ぼくに鍵のある場所を教えてくれませんか?」

「その前に訊きたい。君は封印の鍵がどんなものかを知っているのか?」

 問い返されて、圭は素直に躊躇いもなく頷いた。

「現実は君が思うよりも重くのしかかるだろう。それでも構わないのだな?」

 まるで、圭を押し止めるかのような発言だ。どきりとしながらも彼はさらに頷いた。

 途端に、鍵の守り人は気持ちを落ち着かせるように深呼吸を始めていく。

「……酷いものだ。何十年も守り続けてきたというのに……神はついに我々を手放すのだな」

 そう言った彼の心臓あたりに、段々と赤色の鍵らしきものが現れた。鍵はどういう訳か鍵穴に刺さったままだ。

「女神イリアスよ。いや、同一的存在である少年よ。覚悟があれば、抜くといい」

 さらに促されたが、すぐに手を伸ばすほどの覚悟は足りていない。圭は何か安心できる要素が欲しかった。

「この鍵を抜いたら、あなたはどうなりますか?」

「封印の鍵は、精霊の鍵とも呼ばれる。守り人は精霊のほんの一部に過ぎないため、我々は役割から解放されるだろう。――つまり、人間の姿を留めることはなく消えるだけだ」

「そんな……」

 安心どころか、あまりにも重い発言だ。それ以上の言葉は出てこない。鍵を抜けば死ぬ。殺すことと変わらない選択だからこそ、彼は「覚悟はあるか」と念を押してきたのだろう。

「神によって、王国に留められた精霊もまた解放されるだろう。そうなれば、どうなるか。君は本当に、先を知っているのか?」

 生命の樹の記憶を見たときに、ケイオスは「生命の樹の力が蘇る」「人間が築き上げてきたものが消える」と口にしていた。どんな形であれ、王国が鍵ひとつで滅亡すると言うことだ。そこに住まう彼らからすれば、鍵を抜いた圭は悪者と何ら変わらない。

 目的のためなら「悪」となる覚悟。相反する側から向けられる負の感情――怨みや憎悪、殺意を受け止める責任。そして、悪人として斃される覚悟。

 変わりたいと。強くなりたいと。翔平を元の世界へ返そうと。これまで流されるように過ごしてきたが、圭はここに来て現実を突き付けられた。

 ぎゅっと目を瞑って、ぶるぶると震える手を握り締める。

 理不尽に攫われて、仕方なく組織に身を置いているだけだ。それを言い訳にして、また逃げ出すことも出来たはずだ。ケイオスから強要するような雰囲気は感じられない。躊躇うのはやはり、短い期間かつ狭い視点ではあるものの、彼なりに見聞きして触れた世界があるからだ。

(……そうだ。悪い人になってもいい。ぼくはぼくの考えで、意思で鍵を手にするんだ)

 迷いを断ち切るように目蓋を開けて、圭は意志の強い瞳を前へ向ける。

「覚悟はあります。本当の意味で出来ました。だから、鍵を貰っていきます」

 鍛冶師は目を見据えて、彼の決断に黙って頷くだけだ。

 鍵へ伸ばす手がまた小刻みに震える。だが、目を閉じることはしなかった。自分がやろうとしてることから目を逸らさない。そう決意しているかのようだ。

 ゆっくりと慎重に、赤色の鍵を穴から抜いていく。すると、守り人の存在が鍵へ吸い込まれていった。

 恐らく、それが最後の引き金となったのだろう。

 鍵から赤い閃光が走る。そして、大地が揺らぎだした。

 そこかしこで、ファリアード王国の人々が悲鳴を上げている。

 ぼこぼこと地下から何かが迫り上がり、地上に姿を見せたのはマグマではなく無数の芽だ。芽は早送りを見ているかのように、樹木や草花をはじめ、多種多様な植物に成長していく。巨大な岩山や住居、人間が創り出したものを覆い、時には蔓を伸ばして、次々と触れた者を人の形に象ったような植物へ変えていった。

 やがて、悲鳴はなくなり静寂が訪れる。風が吹くと草木が揺らいでさざめいた。

 あっという間の出来事だ。

 変改された大地が再び改変された。生命の樹の意思なのか判然としないが、大陸の一部が人間の楽園ではない頃に還ったのだ。

 ケイオスの力によって、瞬時に崖の上へ移動した圭は、眼前に広がる風景を只じっと見守った。以前のように騒ぎ立てるのではなく、自分の行いの結果を目に焼き付けていく。

(……そうだ。残された人たちにとって、もう、ぼくは悪人だ。復讐の対象だ。ぼくが選んだことなんだ)

 フードを目深に被り直して、塔へ戻ろうと踵を返せば、後ろから駆けてくる足音が聞こえてきた。反対側の崖の方からだ。

「何だ、これは! どうなってんだ!? 急いで帰ってきたってのに、何だってんだ!?」

 ちらりと様子を窺えば、燃えるような赤髪の青年が動揺を露わにしている。

「ヴェント王子。……数日掛かるのに、舞踏会が終わって、すぐにリュイールの転移魔法で戻ってきた? 同盟国なら可能なのか?」

 疑問を口にするラピュセだが、当然とでも考えているのだろう。うん、うんと頷いている。

「あ。おい、お前たち――旅の人!」

 距離もあるため、圭たちに気付いたヴェントが大声を張り上げた。

「旅の人、この国で何が起こったのか知らないか?」

 そう訊いてくる彼に、圭は振り返りもせず反応も示さない。ケイオスの無言の指示を察して、聞こえない振りでフード付きの黒いマントをはためかせながら遠退くことを選んだ。

「あ、おい!」

 背後でまた別の声がする。

「ヴェント様。馬車ではなく、強引に馬に跨がって走り出すなんて、危険な行為はお止め下さい」

 王族に対し苦言を呈する身分として、恐らく王子に同行した貴族の誰かなのだろう。

「仕方ないだろ。戻ってきた途端に、火の精霊に愛された国が様変わりしているんだぞ。すぐに原因を突き止めないと、取り返しがつかなくなる。きっと、そうだ。早いに越したことはない」

「落ち着いて下さい。一先ずは、王国内を見て回りましょう。私達以外で難を逃れた人がいらっしゃるかも知れません」

「……お前が声を掛けてこなければ、一組呼び止められたんだ」

 むっとしたような声音である。

「ええ?」

 圭が彼らの会話を耳に出来たのは、そこまでだ。

 魔方陣のあった場所を目指して、ひたすら人目につかない所へ歩いていく。国民は自然に取り込まれていったが、異例があるかもしれないと万が一の為だ。

 始めと違って変わり果てた大地から、魔方陣へ向けて一歩を踏み出す。後戻りは出来ない。罪を背負うように、圭は重い足取りで守護の塔へ渡っていった。

2005.07.07~2025.08.29 以上が、自サイトでの更新分になります。これからはリアルタイムな感じになりますので、毎日の更新は物凄く難しいと思われます。

更新が不規則となりますので、物語が気になる方はブックマークして下さると判りやすいかも知れません。

創作において、過去から現在に至るまで少しは文章が進歩していたら嬉しいです。厳しい評価を頂きましたが、仕方ないと気落ちしながらも完結まで頑張りたいです。

まだ物語の起承転結の「承」あたりですが、これからもどうぞ追い掛けて下さるとより完走へ近付けると思います。

有り難うございました。

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