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呪紋の覚醒53

 ラーヴィアは、生まれ落ちてから付き人の身分だったわけではない。父と母、そして双子の妹の四人家族で、貴族とまではいかないがそれなりの裕福な暮らしだった。

 父親が付き人の斡旋に携わっていたからだ。しかし、人権を無視した行いの部類ではない。付き人となる者の意思尊重や身の安全を保障し、奴隷制度のような不当な契約を回避しながら送り出していく。少数派であるが、至極真っ当は人材派遣の仕事である。

 対する多数派は、やはり彼らを快く思っていなかった。

 事が起こったのは彼の歳が十三の時――罠に嵌められたのだ。幾度ももがき脱出を試みても、まるで蟻地獄のように身に覚えのない罪を被せられて、結局は廃業に陥った。そこまでならいい。別の働き口を見出せる。

 だが、それさえも許されなかった。

 人身売買や脱税など数多の冤罪で極悪人と決めつけられ、社会的な地位と信用度は地に落ち、生きるために残されたのが付き人であった。仕事を与えていたものが与えられる側になるとは、なんとも滑稽だ。より劣悪な環境下に置かれることは否めない。

 ラーヴィアの容姿は遺伝からなるもので、当然みんな美しい眉目をしている。端麗な幼さを売りにした付き人も看過されていたが、両親はそれを良しとせず、我が子を守るために家へ隠した。

 親は朝一番に家を出て、真夜中に疲れ果てたように戻ってくる。子供たちは人目を避けながら家事を行い、独学であるものの生きる術など様々な勉学に励んだ。

 始めの頃は何事もなかった。一年が過ぎ、二年目になると父の身体に青痣が目立ちはじめた。心配で理由を訊いてみたがやんわりと宥められ、幼い身であるが故に一歩を踏み込むことが出来なかった。三年目が経つと、今度は母の目から生気がなくなり始める。尋ねてみても、やはり父と同様だった。

 そんな折、計らずとも彼は両親に何が起こっているのかを知ることになる。

 四年目のとある日だ。

 真夜中に帰るのが当たり前となっていた親は、いつものように子供が寝静まっていると思い込み、別々の環境に置かれている互いの心情を吐露し合っていた。

 父は始めこそ主人に正当な扱いを受けていたが、主人の妻にいつしか見初められて嫉妬され、暴力を振るわれるようになったと言う。日増しに強くなる一方的な制裁に抗う術はないに等しい。

 母は身を震わせ涙を流しながら、主人夫妻の息子に研究と称して弄ばれているのだと語った。強く拒否できないのは、やはり弱い立場であるためだ。

 抱き合い慰め合う二人を目にして、ラーヴィアは養われているだけの無力さを痛感する。だからといって、未熟で行動に移せる機会がないことも知っていた。

 何が起ころうと、両親は愛し合っていた。故に堪え忍ぶ限界はすぐにやって来た。人権を放棄できなかった父が、母の通う屋敷に乗り込んで騒動を起こしたのだ。

 付き人の身に堕ちて五年目、主人夫妻の息子を気絶するまで殴ったとして、父は罰せられた。底辺の身で高貴なる者に暴行を加えることは大罪とされる。その場で父は処刑され、泣き崩れる母と共に死体となって家へ帰ってきた。見せしめだと言わんばかりに、道行く人の目に晒されながら運ばれてきたのだ。

 昼間に戻ってきた両親を――変わり果てた父の骸と精神の乱れた母を目前に、兄妹は呆然と立ち尽くすしかない。やがて我に返り、彼は母を妹に任せて父の埋葬に取り掛かった。

 庭の片隅で土を掘っていき、深くなる穴と同様に悲しみが広がっていく。土を埋め直し、即席で作った枝の十字を目印に花を添えて、綺麗に整えたとしても遺恨は心の奥底に刻まれる。

 これまで気丈に振る舞っていた母は、父を亡くしたことで気を狂わせて外へ出ることが適わなくなった。騒動で両家からは解雇され、いよいよ一家は路頭に迷いそうになる。

 十八となった歳、ラーヴィアは付き人ではない職を探し求めて歩いた。しかし身分が知れ渡っているため、常雇いで頷いてくれる場所はなかった。

 父の遺産を拠り所にしながら、母の世話を妹に頼み、日雇い労働を甘んじて受け入れる。そんな毎日を過ごしていたとき、不幸は唐突にやって来た。

 家へ帰ると、二人の身体が床に倒れていた。妹は俯せで血を流し、母も血を流して離れたところで仰向けになっている。手に持っていたのは小さな刃物で、争ったような形跡が少しだけ見られた。

 恐らく母が自殺を図ろうとして、止めに入った妹を誤って刺してしまったのだろう。激しい罪悪感に苛まれ、涙を流しながら二度三度と自分の胸元を突き刺して果てたに違いない。

 一年と経たず、ラーヴィアは独りとなってしまった。家族に置いて逝かれ、これまで我慢していたはずの涙が溢れ出す。嗚咽を漏らしながら止め処なく流れるまま、部屋を清めて父の墓の横に二人を眠らせていった。

 十字の枝が三つに、庭で咲いている生花の束が三つ並ぶ。もはや、何かをする気力は残っていない。眼前にある光景をただただ目に焼き付けた。

「それから半年くらいでしょうか。わたくしは生きる屍のようになっていました。もちろん、死ぬことも考えていました」

 彼の話を聞き終えて、圭は悲壮な表情で俯いていく。気休めの言葉など、掛けられるはずがない。

「……話してくれて、有り難うございました」

 唯一口に出来たのは、それだけだった。小さく震える手は、感情が錯綜しているからだ。

 それを察したのか、ラーヴィアはふっと小さく笑む。

「あなたが気に病むことではございません。妹のおかげで立ち直って、もう四年でしょうか。わたくしは今ここに在るのです」

「妹さん……?」

 圭の疑問は無理もない。彼が矛盾を口にしているからだ。

「亡くなったおかげで立ち直った? 半年が経って、気持ちの整理がついたって事ですよね?」

 確認のような調子で問い掛けるが、彼はゆるりと首を振った。

「いいえ。――何故、わたくしが初めて出会ったあなたに気を許したと思います?」

 他に意味合いがあったのだろうか。まるで見当がつかないと、圭は首を捻る。

「他と違うからだけではありません。女神イリアスの闇――と言えば分かりますか?」

 ぎくりと肩を揺らしたが、気にも留めない様子だ。

「わたくしは妹の死によって、融合の紋章に目覚めたのです。この背中を見れば……分かりますでしょう?」

 何の躊躇もなく見せてきたのは、間違いなく〝Ⅵ〟の文字にメビウスの輪が絡まる刺青のような背中だ。

「あなた方の存在は、この身に呪紋を宿したことで存じ上げております。呪紋の所持者を探していることも」

 そうだったのかと、圭は納得に至った。

 全てを知った上で質問に応じ、ラーヴィアは従うべきかどうかを見定めていた。

 身なりを戻しつつ、彼は真っ直ぐに目を合わせてくる。

「あなた方に属する代わりに、どうかカウイ様をお守りください。どんな困難に見舞われようとも、彼を守って頂けるのなら迷いはございません」

「分かりました」

 即答であった。組織の中で権限は何処にもないが、思わず口を突いて出てしまった。

「あ、でも、ぼくは新人なので……パテイシャさん、どうですか?」

 慌てて言い直して、彼女を覗うと面白そうに笑んだ。

「いいんじゃないの? 圭くんの思い通りにしたからって、あの方がとやかく言うことはないと思うわ」

「はあ、良かったです。何も考えずに答えてしまったから。色々と勝手にすみませんでした」

「いいの、いいの。気にしない。おかげで、彼が味方になってくれそうだもの」

 パテイシャがちらりと視線を移して、妖艶な笑みを深めていく。

「ラーヴィアさん、これからわたし達と来て頂けるかしら? 会わせたい方がいるの」

 「交渉はそちらで」と、まるで暗に言っているかのようだ。

「構いませんが、どれくらいの時間が必要でしょうか?」

「そうね……ストールを出てから砂漠を少し歩いて、途中にある魔方陣である場所へ向かうから……少なくとも二、三時間くらいかしら。無理でしたら、また後日にしましょう」

「分かりました。これから一度城へ向かい、カウイ様に報告と早退の旨を伝えてきます。一時間ほどお待ち頂けますか?」

「もちろん。ストールの門の辺りでお待ちしていますわ」

「なるべく早く向かえるように致します」

 そこで会話は途切れる。

 時間は有限だ。すぐに行動へ移そうと、彼らはお茶を飲み干して席を立つ。訪れた時と同じくラーヴィアの後に続いていけば、寂れた一軒家のように見えている場所に戻った。

 この時、圭は風景の違いに腑に落ちる。

「特殊な方法は、呪紋だったんですね」

「その通りです。別々の空間をひとつに見せているのです。わたくしが居なければ、あそこへ入ることは適いません。――それでは、後ほど」

 二人にお辞儀をすると、彼は静かに歩き出した。遠退く背中を見送りながら、圭は先程のことを思い返していく。

(どうすれば、付き人制度をなくせるのだろう? 何か手助けできることはないかな?)

 はじめの一歩が難しいのだと、圭は自覚している。力であれ、策であれ、入念に準備をしなければ重大な物事は覆せない。

(翔ちゃんは力と勢いで、どんなことでも振り切って突き進みそう。ぼくは――)

「ほら、圭くん。ぼうっとしてないで行くわよ」

 パテイシャに呼ばれて、はっと我に返った。一歩先へゆく彼女を慌てて追う。

「ごめんなさい。少し考え事をしていて」

「ラーヴィアさんのことね。起こったことはもう、どうしようもないよね。彼は一つのケースで、それよりもっと酷いこともあるわ。考えすぎると疲れちゃうから、今は目の前のことに集中しましょう?」

 やんわりと諭されて、頷くしかない。一つのことに捕らわれすぎれば、塔の皆に迷惑を掛けてしまうだろう。

 すっと思考を切り替えて、首都内の様子を眺めながら目的の場所へ足を進めていく。


 ストールの門にある木陰をひとつ選び、待ち続けること一時間くらいだろうか。彼は首都を発つ出で立ちでやって来た。これから砂漠を歩くのだから身軽な服装は不向きだ。

「お待たせして申し訳ありません」

「いいえ。無理を言ったのはこちらですので。――カウイ王子はどうでしたか?」

「少し話を伏せてありますが、特に問題はございません。気を付けていってくるようにと送り出して下さいました」

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