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呪紋の覚醒52

 彼女の言葉に甘えつつも、圭は少しだけ速度を上げて平らげていく。食事の後片付けも早めに終わらせて、塔の最上階を目指していった。


 部屋で待ち構えていたのは、他でもないケイオスだ。疲れはまだあるだろうがおくびにも出さず、魔方陣を背にして立っていた。片手に持っている黒い布は、圭が置いていったマントだろう。挨拶を交わしながら、落とし物だと言いたげに差し出してきた。

「ご飯の前に戻るつもりで、目印に置いていったんです。……拾ってくれて有り難うございます」

 意図したことだと伝えながら受け取って、やや不慣れな手付きでフード付きのマントを羽織っていく。

 対して、毛布の件もあり圭の行動が読めたのか、ケイオスは呆れたように軽く息を吐く。だが、言及はしなかった。

「準備は整っている。無茶な行動は控えろ。――パテイシャ、後は任せる」

「はい、心得ております」

 快い返事に会話を終わらせ、二人の進路を譲るように身体を横へ移動させる。

「行ってきます」

 そう言い置いて、圭はパテイシャと共に魔方陣へと足を踏み入れた。


 昨日・今日でサンデスト王国の気候に慣れるのは難しい。暑さに苦しみながらも、圭はストールで約束の時刻を待っていた。

 同じ場所でじっとしているのではなく、時間までパテイシャの案内に従って首都を見て回ることにした。無論、旅人たちに顔を覚えて貰うことも忘れない。

 格差はあるものの、やはり大国の首都である。誰ひとり不自由なく過ごしているように見えた。

 ラーヴィアと出会った場所――酒場の前で待っていると、彼は昨日と違って身軽な姿で現れる。

「ラーヴィアさん、こんにちは。今日は有り難うございます。仕事は大丈夫でしたか?」

「こんにちは、圭さん。休憩を長く頂きましたので、ご心配なく何でもお訊きください」

「カウイ王子は怒りませんでしたか?」

「はい。付き人制度に興味のある子が居ると説明したところ、喜んでわたくしを送り出してくれました」

 喜んで送り出すとは……やはり、付き人制度を推奨している国ならではの対応だろう。

「ここで立ち話は悪いので、落ち着ける場所へ行きましょう。何処か行きたい所はありますか?」

「それでしたら」

 「お二人とも付いてきて下さい」と促されて、パテイシャと共に歩き出す。

 彼にとっては熟知された都だからか、まだ知り得ない場所へとどんどん(いざな)われていく。やがて連れられた場所は、首都内であるが誰からも忘れ去られて寂れた一軒家だった。

「ここは……?」

「わたくしの実家です」

「実家……」

 失礼であるが「本当に?」と首を傾げてしまいそうなほど、人の気配は全く感じられない。さらに言えば、荒れ果てており人間が過ごすには難しく思える有様だ。

 圭の反応を予想していたのか、ラーヴィアはくすっと笑った。

「今はもう両親は居りませんが、わたくしに唯一遺された居場所です。そのため、特殊な方法で目隠しを施しています。こちらへどうぞ」

 実家の小さな庭へ歩き出す彼を追えば、瞬時にして景色が変わっていく。

 そこは、先程と打って変わって綺麗に手入れされた風景だった。大切だと言わんばかりの施しようである。

「凄い」

 砂漠の地帯とは思えない緑豊かな小さい庭だ。中心にある家屋は、こぢんまりとして和やかな雰囲気が漂っていた。

「さあ、中へ入って下さい」

 案内されるままに家の中へ入ると、やはり整理整頓された屋内が待っていた。

 木製のテーブルを挟んで、左右に椅子が二つずつ。家族構成がすぐに予想できる。促されて片側に腰を下ろせば、ラーヴィアは歓迎を込めて二人に淹れ立てのお茶をそっと置いていく。

 彼が向かい側に座るのを見計らい、圭は言いづらそうに口を開いた。

「今更ですが、目隠しって誰にも教えたくない秘密の場所なんですよね? どうして、ここへ連れてきてくれたんですか? 約束した僕だけじゃなく、彼女も一緒に」

 目隠しの手法など疑問に思う点はあるが、開口一番に言ったのはそれだった。例え訊いたとしても、きっと答えないと思ったからだ。

 すると、彼は「何故でしょう?」と困ったように笑う。

「あなた方は何処か他と違うように感じました。こちらの出身でもないようですし、不必要な口外なんてしそうにないと、そう思ったのです」

 直感という言葉が似合わないように見えるが、意思は真逆にあるようだ。

「もちろん、敢えて誰かに言うつもりはありません。ラーヴィアさんが嫌なら、彼女は少し離れた場所に移動してもらうつもりです」

「それならば問題ありません。ここで語ることは、恐らく一生で一度のこと。――口にすることで、私の気持ちや迷いにも整理がつくことでしょう」

 意を決したような眼差しは、儚さの中に何処か雄々しさも感じ取れる。頃合いだと思い、圭はゆっくりと口を開いた。

「最初に訊きます。付き人になって、あなたは幸せですか?」

 圭の質問に、彼は力強く頷いた。思わず、「え?」と驚きを見せずにいられない。

「わたくしが付き人として仕えるのは、先も後にもカウイ様ただひとりのみです。他の王族や貴族に身を置くことは一生有り得ません。それ程に、今の身分が幸せであると感じています」

「本当に? あなたが言わされているとかじゃなくて?」

「ええ。付き人制度は過去の奴隷制度を模していると言われていますが――残念ながら大多数はそうでしょう。わたくしの国、サンデストも否定は出来ません」

「じゃあ、どうして幸せと言えるの?」

「仕える相手が、カウイ様だからです」

 きっぱりと言い切るラーヴィアに、圭はますます首を傾げるしかない。何故、傲慢な王子と言われる彼に対して、そこまでの忠誠心があるのだろうか。

「失礼なことを言いますが、カウイ王子は国民から愛されない王族と聞きました。だから、ぼくはあなたが酷い仕打ちを受けているのかと思っていたのですが……」

 すると、ラーヴィアはふっと優しい表情を浮かべる。

「あの方は、大嘘吐きなのです。――嘘を吐かないと、サンデストの王子を名乗れないのです。だから、わたくしたちは彼を守るために演じています」

「どう言うことか、教えてくれますか?」

「圭さんの話から察しますと、カウイ様は意地の悪い人物に見えているようですね。けれど、彼はサンデスト王族の中で、唯一付き人制度に疑問を抱いている方です。傲慢に見せかけて、生活に困窮しているわたくしたちを見捨てなかった。付き人制度を利用して、仕事を与えて下さったのです」

 ますます解らないと、圭は押し黙る。理解不能に陥っているため、さらに遠慮を前にして質問が何も思い浮かばないのだ。

 彼の様子を理解したのか、ラーヴィアは逆に問いを投げかけた。

「圭さんたちの、付き人制度の印象はどうなのでしょう? 遠慮なく仰って下さると、わたくしとしては言葉にしやすいです」

 暗に単刀直入に言って欲しいと助け船を出していく。それを酌み取り、圭は緊張しながらも正直に話し出した。

「話を聞いたり実際に見たりもして、思ったことは他人に自由にされていいの? だった。付き人制度は、仕方なく自分の身体を売りにしてお金をもらうのでしょう? ちゃんとした働きなら良い。でも、理不尽なことが多いなら、それは仕事でも何でもないよ。――何も知らないぼくが言うのも変だけど」

 直接的に言いはしなかった。それでも付き人の身に落ちたラーヴィアは言葉を汲んだ。

「貴方の言うように、付き人制度はどうしても理不尽な事柄が多いのは確かですね。わたくしも世間の印象を存じ上げています。ですが、幸いなことに、カウイ様に仕える者たちは誰にも自由を奪われてはおりません。あの方でさえも」

 付き人でありながら、彼は誇らしげにそう言い切る。

「彼はリュイール王国のリーク王子をライバル視しているのですが、それが影響してか、不正や人道に反することを嫌っています。付き人を置いていますが、彼の命令で褥に赴く者は皆無です」

 さらに、彼は愛おしげに微笑を浮かべた。

「傲慢は外側だけで、内側は繊細で可愛らしく清らか。本来のカウイ様を知れば、誰が嫌いましょうか?」

「――凄く好きなんですね」

「愛しています。あの方を守るために、わたくしたちは少しずつ力を蓄えて、腐敗したサンデストを清めたいと思っています」

 突拍子のない単語に、二人は驚きに瞬くしかない。

 腐敗を清めたいとは、王国に対して革命を起こそうとでも言うのだろうか。カウイの付き人は幸せと言いながら、やはり付き人制度の根本は許しがたいのだろうか。

「守るって言っているのに、カウイ王子の国をなくしたいってことですか?」

 それは尤もな疑問だ。すると、ラーヴィアはくすりと笑った。

「そこまで大事にするつもりはありません。ただ、付き人制度をなくしてしまえば、カウイ様は偽りのない自由を得られる。――わたくしも躊躇いがなくなります」

 躊躇いとは何かと、圭には問えなかった。

 ラーヴィアのこれまでの言動を顧みれば、彼は心酔を超えて、カウイに対して確かな恋情を抱いている。好きだから、必死に現状の打開に慢心する。容姿は優雅で儚げであるものの、彼の心は確かに雄々しい。

 圭の考えていた対話は、大きく予想を外されてしまった。付き人制度に対して、重く暗い話が待ち受けているのかと思えば、他人の恋愛話を聞かされたのは否めない。

 だが、これは稀なことなのだろう。

 ラーヴィアが言葉を濁し、こちらの様子を窺っているのは間違いない。はじめの話を土台にして、これからが本番なのだと思わずにはいられない。

「ラーヴィアさん。あなたのカウイ王子に対する気持ちは、充分わかりました。これからは、あなた自身に起こった全てを話してくれませんか?」

 努めて冷静に声を上げれば、彼はすっと表情を引き締めていく。カウイ王子の付き人になる前を思い出してか、感情が削げ落とされたようだ。

「――わたくしがカウイ様に出会う前のことなど、本当は思い出したくありません」

 そう言いながら、彼は再び口を開いた。

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