リュイール王国07
「翔平。きっと僕は、君みたいな友人が欲しかったんだ」
翔平の前を歩くリークが、振り返らずにそんな言葉を漏らした。
「君と居た僅かな時間でも、君が友人を大切にする人だと知った。……僕は、そんな友人が欲しかったんだ」
まるで独り言のような物言いだ。その言葉の中に、微かな寂しさが潜んでいた。
翔平は口を挟むことはせずに、リークから紡ぎだされる言葉に耳を澄ませる。
二人を通り過ぎる人々や店の前で立ち止まっている人が、リークに向けて恭しく一礼をしていた。
彼らに会釈をしながら、リークがまた口を開く。
「――こんな風に、国民の誰もが敬意を示してくれるけれど、彼らが僕に友人のように接してくれることは難しい。彼らの中に、王族に対しての先入観があるからね」
翔平を振り返って、リークが小さく寂しげな笑みを浮かべた。
王族と言えば、誰もが地位が高い、裕福などの印象を持つだろう。しかし、実のところは孤独な一族であった。ケイムの歳になれば大したことではないのだが、まだ十五歳であるリークにとってみれば王族は彼の枷だ。
大人から子供まで全ての国民に友好的に接しても、誰もがリークを一歩引いたところで尊敬や羨望の眼差しを向けてくる。
ならば、貴族や他国の王族と交友関係を持てばいい。そう思っていたリークだったが、接してみれば、ほとんどが見栄の張り合いや腹の探り合いをする者たちばかりであった。
本心を言い合うことや友人を大切にする心持ちもなく、そんなことばかりを続ける彼らに嫌気が差し、リークは自ら彼らを遮断し体の良い対応で済ませている。
だから、リークは翔平のような友人が欲しかった。何事にも物怖じせず言いたいことは言う、自らの身を挺してまで友人を助ける為に異世界へ飛び込んだ心構え。翔平の全てが、リークが望んだ親友或いは友人の象徴だった。
リークは翔平に向き直って、意志の強い瞳を一心に見据える。
「君に馴れ馴れしいと言われるまで、気づかなかったよ。――翔平、僕と友人になってくれないかい?」
まるで、恋の告白を告げるような申し出だ。
翔平はあまりの恥ずかしさに、微かに頬を赤らめながら困ったように頭を掻いた。
「……あのな、リーク。あんたがさっき言ったように、少しずつお互いを知っていけば自然と友達になれるんじゃないか。別にそんなことを言わなくても」
翔平の言葉に、リークが目を丸める。
「――それは、僕の申し出を受け取ると捉えていいんだね?」
「まあ、一応な」
翔平は素っ気なく言ってみせた。
リークにとって、その言葉で充分だった。いつになく優しい笑みを浮かべる。
「有難う、翔平」
「いや、別に。礼を言われるほどのことでもないんだけど」
また困ったように頭を掻く翔平を、リークは眩しそうに目を細めながら見つめた。そして、視線を前に戻してゆく。
「翔平。もうすぐ、目的のお店に着くよ」
彼の言葉に翔平が視線を前にやれば、やや古ぼけた外観の武器屋兼防具屋が目に入った。
「いらっしゃいませ。リーク様」
店の中へ入ると同時に、店の主人が奥の方から姿を見せる。
「今日は、どう言った品をお買い求めでしょうか?」
そう問いかけてくる店の主人に対して、リークが首を横に振った。
「今日は僕じゃなくて、彼が品物を買いに来たんだ」
視線を横に立つ翔平に移すリークに、店の主人も「そうですか」と視線を彼へ向ける。
「どのような品をお買い求めですか?」
「今はあまり金がないから、安くて使い易い剣と安くて丈夫で長持ちする防具が欲しい」
あくまで「安い」に拘る翔平だ。そんな翔平に、店の主人は嫌な顔一つせずに頷いた。
「そうですか。失礼ですが、どのくらいをお持ちですか?」
そう訊かれて、翔平は残り僅かな銭貨を店の主人に差し出す。
「これで、何とかなるか?」
翔平から渡された銭貨を数え、店の主人が顔を上げた。
「ええ、大丈夫ですよ。うちは高価な品から低価な品まで取り揃えていますから。少々お待ち下さい」
それだけ言うと、店の主人はまた奥の方へ引っ込んでゆく。その背中を眺めて、翔平はリークに視線を移す。
「ここの店は、あまり店の中に品物を置かないんだな」
「そうだよ。このお店は少し特殊で、店の主人がその人にあった品物を、幾つか見立ててくれるんだ。彼の目は確かなものだから、ここに来るお客さんは全部彼に任せているよ」
「あんたも?」
翔平の問いに、リークがくすりと笑った。
「僕は、自分で選ぶ主義なんだ。ここへ良く来るのは、大概が掘り出し物目当てだよ」
「……あんた、王族なんだろ。そんなにうろちょろと町中に出没していいのかよ」
翔平が呆れたように言えば、リークは微苦笑を浮かべるばかりだ。
「一応、それも僕の仕事だよ。兄さんの変わりに町中を見回る。そのついでが、こうして買い物をしたりすることなんだ」
「ふぅん」
何処か言い訳がましく聞こえるが、リークの言ったことは本当だろう。何故なら、リークが町中に居ても、誰も驚いたり慌てたりしていなかった。
だから、翔平はリークの説明に納得するしかない。
「お待たせしました」
店の奥から店の主人が戻ってきた。
翔平とリークは視線を彼に向け、カウンターに置かれた武器と防具に視線を落とす。
「以上の品が貴方にお勧めするものです」
武器は、長剣と短剣の二種類がある。防具はさすがに鎧とまではいかないが、胸当てなど瀕死を防げるものが幾つかあった。
「この武器と防具の中から、一つずつ貴方の好きな品を選んで下さい」
店の主人にそう促され、翔平は迷わずに長剣と胸当てを選んだ。
代金は店の主人が持っているので、その場で付属のベルトを腰に巻きつけて、鞘に納められた長剣を取りつける。胸当ては、そのまま手に持って帰るつもりだ。
「有難うございました」
店の主人が一礼すると、翔平は「どうも」と言って踵を返した。リークが「また来るよ」と言って、その後に続く。
漸く、翔平の目的とする武器と防具が買えた。
店を出ると、リークが翔平を呼ぶ。
「翔平」
翔平が振り返れば、リークは名残惜しそうに翔平を見つめていた。
「――残念だけれど、そろそろ僕は行くよ。もっと君と、色々と話をしていたいけれど、僕にはやるべきことがあるから」
「ああ。今日はいい店を教えてくれて助かった。有難うな、リーク」
「そんなこと、大したことじゃないよ。――それじゃあ、また」
翔平とは反対方向へ歩き去るリークを見送り、翔平もまたその場から歩き出した。
ふと、リークが足を止める。歩き去ってゆく翔平を振り返り、彼の背中をじっと見据えた。
「お帰りなさいませ」
リュイール・ギルドに戻れば、カウンターに居るJがグラスを磨きながら翔平に声をかけた。
酒場には、Jの他に数名の店員が姿を見せている。ギルドのエージェントたちは、仕事で出払っているのか姿はなかった。
Jの呼びかけに一つ頷き、翔平はカウンター席に腰を下ろす。
「J。仕事についてなんだけど」
「はい。どう言ったご用件でしょうか?」
グラスを磨く手を止め、水を差し出しながらJが問いを投げかけた。
水を一口飲んで、翔平が口を開く。
「明日から仕事を請けようと思うんだけど、今どんな依頼が残っているんだ?」
「現在、二件の依頼が残っています。一件は、森に住む魔術師への届け物。もう一件は、薬草取りの手伝い。どちらも無期限ではありますが、報酬は高くありません。それでも宜しいでしょうか?」
「ああ、頼むよ」
「有難うございます。貴方がこれを請け負って下さって助かりました」
そう言ったJに、翔平が首を傾げる。
「何でだ?」
「……近頃、エージェントの方々が高い報酬を求めてばかりで、今回のような依頼を請け負わなくなったのです」
再びグラスを磨きながら、Jが困ったとばかりに小さく息を吐いた。
そんなJに、翔平は口に水を運びながら「へぇ」と相槌を打つ。
「ギルドはお金を稼ぐ場所ですが、困った方が依頼をする場所でもあります。どんなに報酬が低かろうと、どんな依頼だろうと請け負う。それが我々ギルドの本来の姿なのです。――翔平君、このことだけは知っておいて下さい」
「ああ。肝に銘じておく」
翔平の返事に、Jは一つ頷き、カウンター下の棚から二枚の書類を手にした。
「こちらに二件の依頼の詳細が記されていますので、目を通しておいて下さい」
「分かった」
二枚の書類を受け取って、翔平はカウンター席から立ち上がる。
「初仕事のご健闘を祈っていますよ」
Jの言葉に見送られて、翔平は二階の宿泊室へと戻って行った。
一方、リークは翔平と別れた後、町中にあるとある一軒家へ赴いていた。
「どうだい? 今日中に終わりそうかい?」
リークに声をかけられた若者が、慌てたように机から顔を上げる。
「あ、リーク様。これを描き上げたら、終わりになりますよ。まず、完成品をお見せします」
そう言って若者が、リークに既に完成しているものを手渡した。
リークがそれを眺め、一つ頷いて若者に視線を移す。
「……さすがは模写の天才だね。よく彼に似ているよ」
「有難うございます」
「それじゃあ、その一枚が終わるまで、僕はここで待たせて貰うよ」
そう提案するリークに、若者が申し訳ない表情をした。
「申し訳ありません。こんな汚い場所で、リーク様を待たせてしまって」
深々と頭を下げるので、リークは苦笑を浮かべるしかない。
「気にしなくていいよ」
そう言って、リークは椅子に腰を下ろした。