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呪紋の覚醒50

 いつの間にか日が暮れだし、深い古の森は暗闇に閉ざされた。しかし太陽が完全に沈めば、月の光に照らされて仄かな明るさを取り戻してゆく。

 二人は特訓を終わらせると、守護の塔へ戻っていった。

 塔は静まる森に溶け込み、ひっそりと聳え立っている。呪紋の所持者たちはまだ戻ってきていないのだろう。晩食は昼食と同様に二人きりでとることとなる。

 ランプを片手に食堂へ足を運び、部屋の中央にある長テーブルに手持ちの明かりを置く。昼間のように室内全体がはっきりと見られないが、二人で食事をする分には充分な光だ。

 食べ物は保存食用に作られたパンや魚肉の燻製、チーズの類である。

「あの、やっぱりケイオスさんも塔から出掛けることが多いんですか?」

 圭の唐突な問い掛けに、黙々と食事をしていたケイオスが手を休める。

「何故、そんなことを訊く?」

「塔を空けることが多いから、食事は保存食ばかりになると聞きました。それなら、ぼくの特訓に付き合わせるのは悪い気がして」

「他の者たちのような頻度ではないが、出掛けることは多少ある。だからといって保存食を好んで食しているわけではないが、森にいる間は煙を立てられん。我々の居場所を示してしまうからな。そのため、食事は必然と森で採れた果実か買い置きの保存食となる」

 事務的なことはやはり口数が多い。次に個人的な話に持ち込めば、きっと口を噤んでしまうのだろう。

「保存食が不満ならば、明日にでも好みの物を購入し持ち帰ってくるといい」

「いえ、そんな……不満なんて思ってません。食べさせてもらえるだけで」

「そうか? 金銭面を気にしているのならば、要らぬ心配だ。以前にも言ったように、贅沢は出来んが困窮の程でもない」

 ケイオスの説明に、ふと圭の中に疑問が浮かび上がる。

 守護の塔を拠点にして呪紋の所持者探しや情報収集に動く彼らは、どのようにして資金を補っているのだろうか。塔で過ごす日数はまだ浅いが、圭はこれまで彼らが働いているような素振りを見たことがない。魔法や呪紋によってお金が勝手に湧いてくる、なんてことは流石にないだろう。

「不思議に思っていたんですが、お金はどうやって手に入れているんですか?」

「そうだな……ギルドという場所を知っているか?」

 そう問い返されて、圭はゲームや本の中の良くあるギルドを思い描きながらも首を横に振った。

 すると、ケイオスがどんな所かを説明していく。内容は、圭の知るものとそう変わらないようだ。

「そんな所なら、ぼくにも出来そうですね。お手伝いとか配達とか」

「一般的なギルドならば、な。しかし、我々が利用するのは常に裏の方だ」

「裏の方?」

「王国によって、ギルドは裏のルートが存在する。裏と言うだけあって暗殺や密輸など公に出来ないもの、魔物退治や護衛などで手に負えなくなった依頼を取り扱う所だ。依頼の難易度が高くなる分、報酬も同様に跳ね上がっていく」

「……悪いことも仕事になるんですね」

「善悪・正義とは、所詮個々の思想によるものだ。例えば、人々を苦しめる者が居たとして、そいつを殺したとする。お前は、それを善または正義とするか?」

 圭はすぐに頷こうとして、しかし止まった。彼の言葉を踏まえて、よくよく考えてみることにする。

 人々を苦しめてきたのならば、その者に恨みを持つ者たちはきっと、正義の行いだと喜びを露わにするだろう。その反面、好意的に見る親しき者にとってみれば、単なる人殺しにしか映らない。だが、正義と謳う者が多ければ多いほど、殺した行為が善い行いだといつの間にか肯定されてしまうのだ。

「……判らないです」

 漸く導き出された答えに、ケイオスは正解とでも言いたげに小さく頷いた。

「本来、この世に確かなものなど何もない。元々は混沌としたものだ。国や人が繁栄しやすいように秩序を生み、枠から外れたものを罰することで善悪という観念を植え付けたに過ぎない。区別がはっきりとしている方が、人の中に安堵感は生まれやすい」

「それじゃあ、個々の思想とは教え込まれたことから成り立っていると言うんですか?」

「飽くまで俺の考えだが、思想の根底にあるだろう。誰もが当たり前のように思い、おかしいと疑問に感じる者は少ない」

 彼の言葉は善悪の括りに限らず、今までに語ってきた様々な事柄に通じている。だからこそ、世界に先入観を持たない圭のような存在を欲したのだ。

「話が逸れた。――つまり、裏のギルドは善悪に囚われない機関だ。一般的なギルドに所属していたとしても、存在を知らない者の方が多い。ゆえに狭き門と言える。今のところ、お前の実力では無理だ」

「解っていますよ。簡単なことじゃないけど、無理なら出来る範囲までレベルを上げていくだけです」

「先程といい、今日は随分と前向きだな。――そうだ。取引についての返答だが、お前の希望を許してやろう」

「本当ですか?!」

「ああ、嘘は言わない。だが、ひとつ気掛かりなことがある」

 じっと見詰められ、圭は嬉々とした表情を戻して不思議そうに小首を傾げた。そして、すぐに思い当たる。

「ひょっとして、ぼくが付き人制度の標的になりやすいことですか? それなら、心配要りません。パテイシャさんも居ますし、誰かの付き人になる気はないです」

「大金を積まれてもか?」

 圭は迷うことなく、力強く頷いていった。

「お金のために、心や身体を自由にされるのは嫌いです。――でも、身勝手ですよね。自由にされるのは嫌なのに、自由にしたいという欲求があるなんて」

 付き人を斡旋している店で逃げ出した時のことを思い出す。

 揺れる胸元、くねる細い腰、妖艶な容姿に誘うような踊り。そうなるように仕向けられているとは言え、彼の身体は勝手に反応し性的な欲求を募らせていた。

(……どうしよう)

 圭にとって、刺激的で強烈な光景だ。眼前にあるものではないのに、中途半端に抑制してしまったからか性欲が蘇りつつある。

 理性でなんとか必死に抑えるが、次第に身体が熱くなり出す。

「どうかしたのか?」

「いえ、何でもないです。そろそろ食事に戻らないと終わらないですね」

 訝しげな視線を向けられながらも、答えられることと言えばそれしかない。真実を述べるわけにも行かず、圭はごまかすように食事に集中することにした。

 普段は小食な方であるが、特訓が要因してか保存食を平らげる量は普段より多い。やがて食事を終えると、片付けもせずに席を立つ。

「すみませんが、今日だけは片付けをお願いします」

 緊迫した表情で頭を下げて、圭は部屋を駆け足で出て行った。一人取り残されたケイオスは、無言のままで見送っていく。

 慌てながら階段を下りて、彼が向かった先は特訓の場所である。

 そこで深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。身体を解すために柔軟体操を行い、まずは緩やかな速さで走り出した。

 圭は運動することで、唐突にわき上がった性欲を発散させようとも考えている。円状に開けた部分をぐるぐると何十周も走り、平常心に戻りつつあるが完全に消え失せたわけではない。もはや疲れは頂点に達し、息も切れ切れになりながら動きを歩きに変えた。

(おかしいな、静まらない。――やっぱり、もうアレしかないのかな)

 ずっと頭の片隅にあったが、敢えて避けていた行為を考える。容姿が原因で印象を持たれにくいが、圭も年相応に自慰をすることはある。だが、場所は決まって自室か家のトイレや風呂場でのみだ。

(駄目だ。自分の家じゃないし、勝手にそんなこと出来ないよ)

 だからといって、断りを入れるのは羞恥心で出来もしない。それ以前に、守護の塔にトイレのような設備がなく、草木に隠れて排泄するしかなかった。小便ならば手間はないが、大便となると土に穴を掘り、最後は汚れを拭った葉とともに汚物を隠すように埋めていくのだ。

 悩みに悩んだ末、圭は本能に逆らうように再び走り出した。無心とは言い難いが黙々と走り続けて、やがて限界を訴えるかのように膝が笑い出す。

「!」

 そのまま前のめりに倒れそうになった時、誰かの腕がすっと伸びてきた。

「無茶のし過ぎは、逆に身体を壊すことになる。今日はもう止めておけ」

「け、けいおすさん……どう、して」

 彼の腕に支えられながら、圭は力なく座り込んだ。

「様子が気になったのだ。お前の所へ来て正解だった。――立てるか?」

「す、みません。少し、休めば……何とか」

 疲れ切ったような返しを聞くなり、ケイオスは「仕方ない」と呟きながら圭を横抱きに抱え上げた。あまりの唐突な行動に、圭は驚きながら咄嗟に彼の服を掴んでいく。振り落とされようにするための条件反射だ。

(……お姫様抱っこ。気持ちは嬉しいけど、あんまり嬉しくない)

 心の中で思わずこぼしてしまうが、今の彼にとって助かる体勢であることも自覚していた。何故なら、肩を貸してもらうにしても二人に身長差があり過ぎる。次に背負われることとなれば、股間の状態を背中越しに教えることになってしまう。そのため、礼も述べられず沈黙するしかなかった。

 言葉を交わさないままに、塔の中へ入り螺旋状の階段を幾つも上り最上階へ向かう。やがて目的の階に辿り着くと、圭はケイオスの衣服を掴む手を離していく。

「もう大丈夫です。ここでおろして下さい」

「いいのか? 何なら、寝床まで運んでやるが?」

 見下ろす目が、何処か面白がるような色を含んでいる。それを解っていながら、圭は知らない振りをした。

「これ以上、貴方の手を煩わせるわけにはいきません。――助けてもらってばかりじゃ嫌だから、いつか同じようなことになった時はぼくが運びますね」

「お前の体格では難しいだろう。そんな時が来るのか甚だ怪しいところだが、いつかな」

 絶対にそうならないと確信しているのか、ケイオスは余裕の表情だ。思わず、圭はむっとする。

「これからのことなんて、誰にも判らないことです。それに方法なんて幾らでもありますから。――とにかく、ここで下ろしてください。みんなが丁度帰ってきていたら、とても恥ずかしいので」

 今度は鋭さを帯びた声音で言われ、からかうことにも飽きたのか、ケイオスは広い空間への扉で圭を下ろしていく。

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