呪紋の覚醒47
やがて男女の舞いは一層の過激さを見せ、性的興奮を刺激しつつ観客を魅了し尽くす。
まだ子供とは言え男である以上、下半身が反応してしまうのは仕方のないことだ。どうすることも出来ず、圭は恥ずかしさに耐えかねて再び顔を俯かせていった。
困り顔になりながら、ざわつく心を静めていく。しかしそう簡単に治まらず、結局は席を立ち上がるしかなかった。
「ごめんなさい。ちょっと外へ出ます」
努めて平静を装いながらパテイシャに小声で伝えると、圭は真っ直ぐに扉へと向かっていく。店内にあるトイレへ行く選択肢もあったが、一刻も早くこの場を去りたい一心で出口を選んだのだ。
圭の行動に対して、店員が咎める様子はない。店内に片割れであるパテイシャの姿があるからだ。
逃げるように外へ出るなり、圭は深く安堵の息を吐き出してゆく。通行人の邪魔にならないように壁際へ身を寄せ、大人しく外でパテイシャを待つことにした。
(……折角連れて行って貰ったのに、パテイシャさんに悪いことしちゃった)
後悔は押し寄せてくるものの、席に座り続けていれば酷く恥ずかしい状況に陥っていただろう。彼女への謝罪を胸に、所在なく辺りを見回し始める。
「あっ」
思わず声を上げてしまったのは、視線の先で果物をひとつ落としている人物の姿があったからだ。両手で胸に抱えている布袋の中身が多すぎてか、本人は全く気付いていない様子である。
圭は落とし物を拾うべく、壁際から身を離していった。
「あのっ! 落としましたよ」
地面に転がる果物を手にして、心持ち大きな声で知らせる。すると、持ち主は不思議そうな表情で圭を振り返った。
「わたくしのことでしょうか?」
儚げと呼ぶに相応しい容貌をした華奢な美青年だ。暑い地に住んでいる者らしく肌は褐色で、直射日光から身を守り尚かつ涼しさを求めたような白い服を着ている。
白い服はローブと似たような形をしているが、生地からして全く異なる物のようだ。頭部は服に合わせたような清潔な白い布が覆い背中まで垂れ下がり、その上に布を固定する意味合いがあるのか頭の大きさに合った輪っかの黒い布が嵌められていた。
(綺麗な人……)
我を忘れて見詰め続けていると、儚げな美青年が小首を傾げた後歩き寄ってくる。
「あの、どうされました?」
目の前まで近付いてきた彼は、圭よりも上背だ。穏やかな光を湛えた色素の薄い茶の瞳が見下ろしてくる。
そこで、圭ははっと我に返った。慌てて手にしている果物を差し出していく。
「落としていきましたよ」
圭の手許を見た青年は、口許に小さな笑みを浮かべる。
「有り難うございます」
礼を述べると、青年は圭の手から果物を受け取り布袋にしまっていった。そして、何故か別の果物を手に取り差し出していく。
「こちらはほんのお礼です。どうぞ、お受け取り下さい」
「いえ、そんな、気にしないで下さい」
慌てたように声を上げ拒否すれば、青年の微笑に寂しげなものが滲み出す。彼の僅かな感情を読み取り、圭は咄嗟に閃いた事柄で言葉を継いだ。
「物は受け取りませんけど、代わりにサンデスト王国について教えてくれませんか? 実は今日初めて来たばかりで、王国のことをあまり知らないんです」
口許の笑みを絶やさず様子を窺うと、青年は少し考えるような素振りを見せたのち頷いていった。
「わたくしで答えられることなら構いません。ですが、残念ながら本日はそろそろお城へ戻らなければなりません。明日ならお時間が取れますが如何でしょうか?」
「大丈夫です。あの、お城って……」
「大変申し遅れました。わたくしはサンデスト王国第四王子、カウイ様の付き人をしておりますラーヴィアと申します。以後、お見知り置き下さい」
果物の入った布袋を抱えながら、儚げな美青年――ラーヴィアはゆっくりと頭を下げていく。圭も釣られるようにお辞儀を返す。
「えっと、ぼくは圭と言います。よろしくお願いします」
「ご丁寧に有り難うございます。それでは明日もまた、同じような時間帯でこちらに待ち合わせで宜しいですか?」
終始物腰の柔らかなラーヴィアに対して、圭は了承するように頷いていく。だが、相手にこれから訊ねようとしている事柄を思い出して躊躇いを覚えた。
(付き人制度のことを、ラーヴィアさんに訊いてもいいのかな? 実際に付き人になっている人に訊いた方が早いけど、何だか訊いちゃいけない気もしてくる)
躊躇いの原因は、呪紋の所持者たちから大まかな説明を受けているからだ。しかし、知りたい欲求から王国へ訪れたのだから、見す見す機会を逃してしまっては時間の無駄に終わってしまう。
ほんの僅かな時間での葛藤の末、圭は知識を得る選択肢を選んだ。そして、真剣な面持ちで相手に承諾と拒否の選択権を与えていく。
「ラーヴィアさん、はじめに言っておきます。ぼくがここへ来たのは、付き人制度を深く知るためです。サンデスト王国は付き人制度を推奨している国だと聞きました。ひとつの情報として、あなたの話を聞かせて下さい」
ラーヴィアの表情が一瞬だけ動きを見せた。だが、注意深く窺っていないと気付くことのない反応である。
現に、彼の態度は何事もなかったかのように先程までと変わらない。
「不躾なことをお訊きしますが、圭さんはお聞きになった後どうされたいのですか?」
「どうもしません。ただ知りたい、それだけです」
圭の口から短く発せられた言葉は、今現在の率直な考えだ。場合によっては変化を遂げる可能性もあるが、嘘偽りのない答えである。
「……いいでしょう。当初の予定通り、あなたの知りたいことをお教えします」
「無理を言って、本当にすみません」
言葉を伴いながら圭が頭を下げると、ラーヴィアはゆっくりと首を左右に振っていく。
「いいえ、構いませんよ。知識を得ることは悪いことではありません。それでは、わたくしは失礼致します」
「有り難うございます。明日、ここで待っていますね」
ラーヴィアが丁寧にお辞儀をしてから踵を返してゆく。圭は少しずつ遠退いていく華奢な背中を嬉しそうな眼差しで見送った。
「――随分と嬉しそうじゃないの、圭くん」
「わあっ!」
唐突に背後から話し掛けられて、圭は驚きで身体を僅かに竦ませる。即座に後ろを振り返れば、パテイシャがからかいの意を含んだ笑みを浮かべながら立っていた。
「パテイシャさん、吃驚させないで下さい」
「そんなつもりはないけど、それより王族の付き人に手を出しちゃ駄目じゃない」
「手を出すって……」
「あら、彼と逢い引きの約束をしてたんじゃないの?」
不思議そうな顔をしているものの、彼女の目は何処か笑っている。つまり、圭をからかって楽しんでいるのだ。
パテイシャに対する圭の心境は、正に「呆れて物が言えない」である。口から溜め息が小さく吐き出される。
相手が何も言わないのをいいことに、パテイシャの冗談事はまだ続いていた。
「あれれ、黙っているってことは図星なの? ケイオス様に告げ口しちゃおうかな」
「……どうして、そこでケイオスさんが出てくるんですか?」
「恐いからに決まっているじゃない。普段は厳しいだけで怒ることは稀だけど、その分怒ったときが本当に恐いんだから。圭くんも気をつけた方がいいよ」
彼女からさらりと忠告されるが、圭は小首を傾げるしかない。ケイオスと過ごした日数はそれほど経っていないが、普段から不機嫌そうな表情をしているために想像がつかないのだ。
「そんなに恐いんですか?」
「ええ……言葉で言い表せないほど恐いの」
真顔で即座に返されるが、パテイシャの目はやはり何処か笑っている。
圭は気にするのを止めて、話題を切り替えることにした。
「ラーヴィアさんとの会話、パテイシャさんは何処から聞いてました?」
「圭くんの〝ここで待ってますね〟から」
「最後の方ですね。顔を見て判ると言うことは、あの人のことを知っているんですか?」
「まあ、ここに長く居るからそれくらいはね。――圭くん、彼に近付くならカウイ王子に気をつけて。彼は常識があって優しく接してくるけど、カウイ王子の命令に逆らうことが出来ないの」
先程までと打って変わって真剣味を帯びた物言いに、圭は圧されるように言葉もなく頷いていく。しかし、カウイの何に対して警戒すればいいのか判別がついていない。
「あの、カウイ王子はどんな人ですか?」
情報を収集すべく訊ねてみれば、彼女は一旦周囲を見回してから声を潜めていく。
「一言で表わすなら、傲慢な王子よ。実際に接触したことがないから深くは知らないけど、国民の大多数が彼を嫌っているみたい」
そこまでを口にすると、パテイシャはまた周囲を確認するように視線を走らせていった。だが、話は終わっていないようだ。
「嫌われ王子だからか、彼が王になることは万に一つもないとされているようね。もしも今の彼が王となれば、間違いなく国は滅びてしまうんじゃないかしら」
「……そうなんですか」
彼女の話を最後まで聞き終えたが、圭は何を言えばいいのか判らず押し黙るしかない。
(王族なのに国民に嫌われているって、そうそうないことだよね? そんな人の付き人でいて、ラーヴィアさんは平気なのかな?)
圭の頭の中にラーヴィアの顔が浮かんでくる。頼りないような雰囲気を醸し出していたが、彼の言動は思いの外しっかりとしていた。
(もしも許してくれるのなら、カウイって人のことも訊いてみよう)
そこで思考を切り離して、圭は様子を見守っていたパテイシャを見上げる。
「パテイシャさん、有り難うございます。それと、ぼくが言い出したことなのに途中で逃げちゃってごめんなさい」
今度は謝罪と共に頭を下げれば、パテイシャがくすりと笑む。
「いいえ、気にしないで。――あなたの初々しい反応が見られたから、わたしとしては大満足かな」
戯けたように片目を瞑ってみせるのは、相手の気持ちを考えてのことだろう。これ以上悔いないようにと、そう言う意味が込められているに違いない。
彼女の心遣いに感謝しつつ、圭は顔を綻ばせていった。
「パテイシャさんって、実はいい人だったんですね。ぼくをからかって楽しんでいるから、全然気付きませんでした」




