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呪紋の覚醒46

(どうして、ぼくってこんなに駄目なんだろう? パテイシャさんにも迷惑をかけてる)

 自分の不甲斐なさをどうすることも出来ず、今度は小さな溜め息が漏れた。しかし、そんな場合ではないと僅かに首を左右に振り、彼はすぐに気を取り直す。

(……考えるのは後にしよう。今は目の前にあることに集中しなくちゃ)

 圭が心の中で考えを巡らせている間にも、門前にある小さな行列は滞りなく流れてゆく。やがて圭たちの番になり、パテイシャの手はいつの間にか圭から離れていた。

 それぞれの片手に六角の長い棒を握り締め、門番の二人がパテイシャの前に立ち塞がる。

「旅のお方、ようこそ主都ストールへお越し下さいました。主都内へ入るには、誠に勝手ながら百レルムを支払って頂くことになっております」

「ええ、知っているわ」

 事務的な門番の説明に、パテイシャはそう返すとマントの中から銭貨の入った小さな布袋を取り出した。

「後ろの子も一緒よ。二人分払っておくわ」

 言われた通りの金額を二人分にして門番に手渡しながら、彼女は説明を添えていく。

 門番は渡された銭貨を確認し、彼女とその後ろに立つ圭を眺め出す。しかし、フードで二人の容姿の全てを窺うことは出来なかった。

「それでは、どうぞお通り下さい。――女性だけでの行動は何かと危険ですので、人気のない場所では周りに注意を払って下さい」

「あら、ご親切にどうも」

 親切に忠告を寄越してくる門番にフードの下で笑いかけ、パテイシャはゆっくりと歩み出す。圭も後に続くように歩き出すが、フードから覗く口許は何処か不機嫌そうに引き結ばれていた。

 大きな門を難なく通り抜けると、ふいにパテイシャが圭を振り返る。

「圭くん、女の子に間違えられちゃったね。……怒っているの?」

 問いと共に間近で顔を覗き込まれ、圭は一歩後退しながら被っていたフードを脱いだ。露になった彼の表情は、先程とは打って変わって落ち着き払っている。

「怒っていません。それより、これから何処へ行くんですか?」

「そうね。――圭くんの好きなように動いていいわよ」

「ぼくの好きなように?」

 圭が鸚鵡(おうむ)返せば、パテイシャは微笑みながら頷いた。彼女の笑む口許を見詰め、圭は与えられた厚意に甘えることにする。

「有り難うございます。付き人制度が気になるので、それに関連した場所へ連れて行ってくれませんか?」

「ふーん、随分な所に興味を示すのね」

「この間の皆さんの話し合いで、少し興味を持ちました。付き人制度がどういうものなのか、この目で見てみたいんです」

 パテイシャを見据える眼差しは、何処までも真剣だ。可愛い容姿の印象と異なる姿を垣間見せる圭に、彼女は小さな笑いを漏らした。

「このこと、ケイオス様にちゃんと話してあるの?」

「はい、特に止められませんでした」

「それならいいわ。行きましょうか」

 圭を目的の場所へ案内するように、パテイシャが黒いマントを翻す。その際に露出度の高い衣装がちらりと見え、その場に居た男たちの視線を釘付けにする。だが、フードに覆われた彼女の面立ちはどうしても窺えない。

 一方、圭はフードを被らず故意に容姿を周りに晒している。道行く者たちへ自分の姿を覚えて貰い、圭を探しているはずの翔平の元へ情報が流れていくようにする為だ。

 彼女について行きながら、圭は主都ストールの内部を見回し始める。

 主都内は、気候のためか熱がこもらないように白い石造りの建物が無数に並んでいる。建物の形は四角を象ったものに統一され、点々と建ち並んでいるものもあれば長方形のように連なっているものもあった。前者と後者の違いは、建物の大きさと身分の差が関係していることは言うまでもない。

 財産が豊かな者は己の力を示すように住居を大きく構え、そうでない者は身を寄せ合うように住処が連なり密集している。無論住居に限らず、全ての商店も同様に上下の差が激しい。とは言え、それらの格差は絶妙な均衡を保っていた。

 商業の中で、唯一例外とされるものがある。他国から流れてくる旅人や冒険者を相手に娯楽施設を営む店舗だ。サンデスト王国と言えば娯楽施設と即座に上げられるほど、王国は豊富な種類の遊び場を設け援助の手を差し伸べていた。白砂漠が広がるだけの何もない土地で、王国の経済面を維持するにはそれしかないと王は考えたのだろう。事実、王国を訪れる旅人や冒険者が途絶えたことはない。

 パテイシャが圭を連れて向かう先は、王国の思惑を背景とした施設のひとつだ。但し、一般的に公開はされておらず、極一部の者しか知り得ない場所である。

 外観は人の目を欺くように高級な酒場の造りをしており、表向きは酒を楽しみながら舞台で舞う踊り子を堪能するという趣旨の店だ。

 酒場を前にして、パテイシャがふいに立ち止まり圭を振り返る。

「中に入るけど、私から離れちゃ駄目よ?」

 彼女の確認に対して、圭は少し緊張した面持ちで頷いた。

 パテイシャが酒場の扉を開けていく。そして中へ一歩足を踏み入れれば、軽快でありながら上品さの漂う音楽が圭たちを包み込んだ。

 酒場の内部は外装と相まって、財力のある者たち専用とでも言いたげに高級感の溢れる内装をしている。

「いらっしゃいませ、ようこそ」

 店員らしき男が微笑みを浮かべながら、二人の許へ近づいてきた。

 屋内に入ったとしても、パテイシャがフードを脱ぐことはない。彼女の態度を訝しがりもせず、男は相手の希望を待つように笑みを湛えるばかりだ。

「今日は、いい子が揃っているのかしら?」

「勿論でございます。ご案内致しますので、どうぞこちらへお進み下さい」

 言葉通りに案内の役目を果たすため、男は手の平で方向を指し示し二人に背を向けて歩き出した。パテイシャと圭は彼の導きに従い、その後に続いていく。

 二人が案内された場所は、ゆっくりと踊りが堪能できるよう舞台の前に幾つも並んでいるテーブルのひとつだ。昼間だというのにほとんどの席に人の姿があり、酒場として繁盛していることを示している。

 品の良い丸いテーブルを前にして、圭とパテイシャが少しの距離を置いて並ぶ椅子に腰を落とす。向き合うように席が置かれていないのは、目の前にある舞台を配慮してのものだ。酒を楽しみながら踊り子の舞いを楽しむという形体を、店側は飽くまで崩さない。

 彼らが席に落ち着いた姿を見届けると、男は事務的に口を開いてゆく。

「踊り子をお気に召しましたら、まず私たちをお呼び下さい。私たちがお客様と踊り子の仲介役を務めさせて頂きます。勿論、飲食物のご注文も承っておりますので、いつでもお呼び下さい」

「ありがとう。とりあえず私はワインを、この子にはお酒じゃないものをお願い」

「はい、畏まりました。只今お持ち致しますので、少々お待ち下さい」

 男は二人に向かって一礼すると、すぐに席を離れていった。歩き去る店員の背中を見送り、圭は眼前に広がる舞台へと視線を移す。

 踊り子の姿が栄えるようにか、舞台は床から三十センチほど高い段差を作っている。しかし、肝心の踊り子の姿は先程から見えない。

「あの、確認してもいいですか?」

 圭が周りを気にしながら小さく声を上げれば、パテイシャは口許に笑みを作りながら先を促すように頷いた。

「ひょっとして、踊り子って……」

「圭くんの想像通りよ。ここは他の所よりも比較的穏やかな経営体制だけど、付き人を斡旋しているの」

「比較的? 他の所は酷いんですか?」

「ええ。斡旋場所によって付き人の扱いが違うけど、大概が卑猥な部分を全面に押し出したものよ。――本当はそんな現状を見せたいけど、刺激が強いしあなたはまだ子供だから止したの」

 パテイシャが圭の顔を覗き込み、誘うような艶めかしい笑みを浮かべる。すると、彼女の豊満な胸の谷間が目に入り、圭は頬を赤らめながらぎこちなく視線を逸らしていった。

「……からかわないで下さい」

「ごめんね。ちょっとだけ試してみたんだけど、やっぱり行くのは無理がありそうね。何かの拍子で暴走するかも知れないし、イディアやケイオス様が怒りそうだから」

 圭からそっと身を離して、パテイシャは先程と打って変わっての微苦笑を口許に刻んだ。

「お客様、大変お待たせ致しました」

 丁度その時、二人を案内した男が丸いトレイを手にしながら戻ってきた。それぞれの斜め前へ先程注文した飲み物を音も立てずに置いていく。

「踊り子たちのステージがそろそろ始まります。どうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さい」

 それだけを口にすると、男はまた一礼をして離れていった。

 ふいに、店内に流れていた音楽が止む。

 二人が舞台に視線をやれば、舞台袖から撥弦楽器(はつげんがっき)擦弦楽器(さつげんがっき)、リードのない葦笛(あしぶえ)膜鳴楽器(まくめいがっき)などを手にした者たちが姿を見せ始める。さらに歌い手と思わしき男女が続き、彼らは揃って舞台の片隅に用意された長方形の絨毯へ腰を下ろしていく。

 皆が見守る中で、一呼吸の間を置いて楽器の演奏が始められた。まず音を鳴らしたのは、膜鳴楽器だ。円状に膜が張られた部分の中央や端を両手で叩いていくと、小型のシンバルと低音の膜鳴楽器が音を響かせる。止まることなく流れる独特のリズムに合わせて、撥弦楽器と擦弦楽器、葦笛がするりと自然な動きで入ってゆく。楽器が単独と和の音を交互に響かせる中、時折男女の掛け合うような歌声が上がり曲の世界に深みが増す。

 民族音楽に違いないが、圭の居た世界にあるようで少し違った感じの曲調だ。初めて聴くと言うこともあり、圭は無心に聴き入っていた。

 暫くすると、曲に合わせながら舞台袖から踊り子が舞いながら姿を現わし出す。パテイシャよりもさらに露出度の高い衣装を身に纏い、彼女たちは誘うような眼差しで腰をくねらせ踊りを妖艶に魅せていく。

 目の前で繰り広げられる艶めかしい舞いに免疫のない圭は、やはり羞恥心に苛まれ舞台から視線を落としてしまう。

(どうしよう。見たいのに、恥ずかしくて見れない)

 ひとり思い悩む圭の横で、ふいにパテイシャが動き出した。彼女は彼に身を寄せると、耳許に唇を寄せていく。

「ほら、ちゃんと見ないと怪しまれるわよ」

 パテイシャに囁かれ、圭は意を決したように俯いていた顔を上げる。次いで、驚きに目を見開いていった。

 女性だけの舞いに、いつの間にか男性の踊り子が加わっていたからだ。容姿が如何に美しく線が細いとは言え、男は男である。だが、男でありながら妖艶さを違和感なく発する様に、圭は息を呑む。

(本当に……男の人なの?)

 そう疑問に思えるほど、踊り子である彼らはその場に馴染んでいた。

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