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呪紋の覚醒44

「そういうこと言うんだ」

 大きな目がすっと細められ、彼の顔つきが可愛らしいものから見る見る内に大人びたものへと変貌を遂げてゆく。その様を、ケイオスは無表情に見下ろしている。

「ぼくと仲良くなりたくないなら、別にそれでもいいよ」

「賢明な判断だ」

「でも、冷たくされちゃうと、人って意固地になっちゃうよね? 貴方みたいな人、周りに居なかったからこんな気持ちは初めてだ」

「だから、どうしたと言うんだ?」

 付き合ってられんとばかりに、ケイオスは圭から踵を返そうとした。だが、それは圭が彼の腕を掴んだことにより阻まれる。

 不機嫌そうにケイオスが振り返れば、圭は小首を傾げながらふんわりと微笑む。そして何をするのかと思えば、圭はマントと使用された布、細い木の枝を片手に、ケイオスの手を引っ張りながらその場を歩き出す。

 ケイオスの目が微かに見開かれた。圭の思いも寄らない行動に反応が遅れてしまったが、彼はすぐさまに圭の手を振り払っていく。

「馴れ合う気はないと言った筈だが」

 声を荒げることもなく、ケイオスは冷静な口調で言葉を紡いだ。その表情に驚きの感情はもうなく、何処までも落ち着き払っている。

 それで圭が行動を改めるのかと思いきや――そうではなく、再びケイオスの手を手に取って歩き出した。次いで、先程とは打って変わっての尤もらしいことを口にする。

「ケイオスさんは、普段みんなが何を考えているのか知ってる? 貴方はみんなのリーダーなんでしょ? みんなの考えを把握することも必要なんじゃないの?」

「ふん、お前に言われる筋合いはない。俺に不必要なものだ」

 圭に引っ張られて歩く形となった彼は、そう返しながら握られた手を自分の方へ引き寄せた。圭の手から逃れるように、その足を止めてゆく。

「くどい」

 不機嫌をあからさまにして、ケイオスは圭を睨み下ろした。しかし、圭は意に介さない。

 呆れたような眼差しを彼に向ける。

「貴方も大概、頑固だよね。みんなと一緒にご飯を食べるなら、こんなことしないよ」

「解せんな。お前の考えも言動も理解出来ん。俺のことは放っておけ」

「ケイオスさん」

 更なる彼の拒絶に懲りもせず、圭はむんずとその手を取り強く握り締めた。

「意固地になるって言ったでしょ? 貴方が拒絶すればするほどにね。それが嫌なら、ぼくのお願いを聞いてよ」

 挑むような圭の眼差しに、ケイオスは不思議なものを見るかのような目をする。圭の何処か必死な姿を不思議に思ったに違いない。だが、それは一瞬だけのことだ。溜め息がその口から小さく吐き出された。

「お前とこんなことをしていても仕方がない。時間が惜しい」

「わっ!」

 話が終わらない内に、ケイオスがその場を歩き出す。彼の手を掴んだままの圭は、驚きの声を上げながら引っ張られて行った。

 ケイオスがどういうつもりで歩き出したのか、圭には判別がつかない。圭の話に耳を傾けてくれたのか、それとも圭の話を無視して我を通すのか。その広い背中からでは窺うことが出来ず、彼を掴んでいる手はそのままになってしまう。

 手を掴んでいるのは圭だが、ケイオスに引っ張られる形で元来た道を早足に歩く。大股で歩く彼とは体格の差は明らかで、歩く速度を彼に合わせるとなるとそうせざるを得ない。時折小走りになりながらも手は離さず、そんな圭の様子を背中に感じ、ケイオスは何気なさを装い歩調を僅かに緩めた。

「ケイオスさん……ありがとう」

 ぽつりと圭の口から呟かれた礼に、ケイオスは素直に受け取るつもりはない。

「何を言っている。歩き難いのなら、さっさと手を離せ」

 圭への厚意をおくびにも出さず、ケイオスはそう返すのみだ。だが、彼の言葉に圭が従うことはなかった。

 塔へ戻る途中で、当然ながら二人は生命の樹の横を通る。そこで、圭は先程生命の樹に語ったことを思い出す。

 黙々と前を突き進む〝光に背きし、闇の導き手〟主導者の背中をじっと見詰め、圭はゆっくりと口を開いてく。

「ねぇ、ケイオスさん。立ち向かうよりも受け止めることって、もう出来ないのかな?」

 躊躇いが見え隠れしながらも、しっかりとした小さな声音だ。主語のない問いだが、恐らくケイオスは何を示しているのか理解しているだろう。

「受け止める時期は既に過ぎ去った」

 ケイオスの言葉は短いながら、雄弁に全てを物語っている。受け止め切れずに立ち向かうしかなくなったのだと、そんな言葉が返答の裏側にあるような気がしてならない。

 微かな重苦しい雰囲気を感じ取り、圭は目蓋を伏せる。

(今更な質問、だったよね? 悪いことを訊いた気がする……)

 自分の問いの愚かさに後悔しつつ、圭はそれ以上口を開くことはしなかった。ケイオスに促されるままに、無言で塔の出入り口を目指して歩いてゆく。

 生命の樹を通り過ぎ、暫く歩き進めば守護の塔に辿り着く。螺旋状の階段を上り、そのまま最上階を目指すのかと思えば、ケイオスはとある階で足を止めた。

「ここって……」

 圭にも見覚えのある階だ。この階の一室で呪紋の所持者たちがテーブルを囲み、圭を待ちながら朝食を取っているに違いない。

「ケイオスさん……?」

 驚き眼でおずおずと圭が呼びかければ、ケイオスは振り返り目線で「手を離せ」と訴える。そんな彼の意図が読めたのか、圭は漸く彼から手を離していく。

「行くぞ」

 そう言ってくるケイオスに、圭の表情は明るくなり満面の笑みを浮かべると深く頷いた。

 圭がケイオスと共に皆の許へ行けば、一同は主導者たる彼の登場に驚きで目を見開いている。その中に昨晩席を外していたリークの姿もあり、塔に住まう者たち全ての顔触れが揃っていた。

 呪紋の所持者たちは各々の言葉で二人に挨拶を投げかけ、彼らが座れるよう席を詰め出す。ケイオスは無言に、圭は礼を述べながら、木製のテーブルを挟んで置かれた長椅子のそれぞれの端に腰を落ち着かせる。

 ケイオスの隣に居るトワイティが、二人の前にパンの盛られた籠を置いた。

「いやあ、吃驚したよ。どういった風の吹き回しだい? ケイオスがこっちに来るなんて珍しいね」

 二人にパンを進めながら先程の驚きを口にする彼女に、ケイオスは表情をピクリともさせず向かい側に座る圭をちらりと見やる。

「共に食せとしつこくてな」

「ああ、なるほどね」

 彼の無愛想で簡潔な説明に、納得がいったとばかりに彼女は頷く。そんな彼女の向かい側――圭の隣に座るヴァッシュが何故か肩を震わせている。

 圭が不思議そうに様子を窺えば、彼は目尻に涙を溜めつつ必死に笑いを堪えているようだ。そして漸く笑いの波が引いたのか、期待に目を輝かせて圭に耳打ちをする。

「お前、ここに来て早々すげぇな。どうやってあいつを連れてきたんだよ。弱みを握ってんなら、勿論オレにも教えてくれるよな!」

 じゃれあうように圭の背中を思い切り叩いていく。あまりの痛さに圭が顔を顰めながら呻けば、全員の視線がヴァッシュに集まった。

「いや、オレは別になんにもしてねーぞ!」

「ヴァッシュ……まる聞こえ……だった」

 フォルケイを間にして座るラピュセがわざわざ身を乗り出して、無表情に彼へ状況を説明していく。

「そうそ、声が大きいからここまでよく聞こえたわよ。リークくんとヴァリアンちゃんにまで聞こえてるんじゃない?」

 ラピュセの向かい側、イディアの隣に座るパテイシャが呆れながら言えば、圭たちとは反対側の端に居る二人が微苦笑と共に相槌を打った。パテイシャとリークに挟まれたフォルストはおろおろとし、ラピュセとヴァリアンに挟まれたウィストムは呆れたような溜め息を吐き出している。

 ヴァッシュの真横に居るフォルケイに至っては、こめかみを押さえながら苦悩の表情を浮かべていた。

「緊張感のない奴だ。共に行動する身としては、やはり先が思いやられる。ラピュセと代わるべきだったか」

「それは嫌だつってんだろ!」

「俺は構わない。……いつでも大歓迎だ」

 昨日と同じようなやり取りを繰り返す三人を横にして、圭は周りの様子を窺い始める。

 ケイオスの姿がそこに在ろうと、始めこそ驚いていたものの彼らの様子は何ら変わらないものだ。全体的な雰囲気は和やかで、これと言った問題は見られない。

 次に向かいの彼に視線を移す。ケイオスは皆の醸し出す雰囲気にとけ込めてはいないが、それが苦痛だと思っているような態度はない。しかし話しかけられれば答えるものの、自分から話しかけることや会話に参加しようとする素振りは全くなかった。時折難しい顔で考え事をしながら、朝食を口に入れるばかりだ。

(……無理に誘わない方が良かったのかな)

 圭がそう思っていると、視線に気づいたのか、ケイオスが訝しげに圭を見返した。

「何だ?」

「あ……えっと、何を考えているのかなって気になって」

 しどろもどろになりながらも圭が問えば、「ああ」とケイオスが微かに頷く。

「今後の行動について、色々と考えていた」

 それ以上のことは何も言わず、ケイオスはパンを口に運ぶ。そこで会話が自然と途切れてしまい、圭も同じようにパンを口へ運んだ。

 そうして、ケイオスを交えた朝食は何事もなく過ぎて行った。

「――では、みなさん、参りましょう」

 テーブルの上を綺麗に片し、一息吐くとイディアの静かな声音が響く。彼女の号令に従い、呪紋の所持者たちは無言で頷くと席を立ち上がった。

 部屋を後にする彼らの向かう所は、塔の最上階にある魔方陣の広がる広間だ。圭も向かおうと立ち上がったが、ふと何かを思い出したかのようにテーブルに視線を落とす。そこには、ずっと手にしていたものが置かれてある。その中の細い枝に手を伸ばし、彼は躊躇うことなく口に運んだ。

(……ちょっと苦いけど、思っていたより硬くないんだ)

 そう思いつつ細い枝の先を噛み潰しながら、マントに手を伸ばし素早く身に着けていく。時間がないこともあり、圭はその間に少しだけ軟らかくなった枝の先端で歯を磨いていった。口の中を傷つけないように力を入れず、歯を撫でるように手を動かす。

(うん、これでいいよね。早くみんなを追いかけないと)

 大雑把ではあるが一通り磨き終え、圭は使用した木の枝は部屋にある暖炉へと放り込んだ。布の方は後で取りに来るつもりでいるのか、テーブルに置かれたままである。迷いもなく、彼は最上階へ向かうべく駆け足で部屋を後にした。

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