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呪紋の覚醒37

 圭は口を噤んで、昼になったばかりの空を見上げた。鳴き声を上げながら空を翔る小白竜の姿を、視界に捉える。その眼差しは、心なしか安堵の色が浮かんでいた。

(これでいいんだ。これで……)

 リュークから視線を外して、圭は色白の華奢な身体を川の中から起き上がらせる。川の水が太陽の光を反射して、彼の滑らかな肢体を強調させるように照らしてゆく。

「ぼくに何か用なの? ケイオスさん」

 声の主を確かめもせず、圭は彼の名前を口にしながら後ろを振り返った。その落ち着き振りは、先程までの圭を微塵も感じさせない。

 甘えたような口調は相変わらずだが、今朝とはまた違った雰囲気の変貌に、声の主であるケイオスは僅かに眉根を寄せる。

「――お前の中で、一体何が起きた?」

 ケイオスの問いに、圭はゆっくりと艶やかに笑う。何処か艶めいた様を目にしてケイオスの背筋に言い知れない何かが這い上がってゆく。

「安心してよ。貴方を裏切るようなことはしてないから。ただ、あの小白竜と一緒に今までの圭を捨てただけ」

「……あれは、お前が創ったのか?」

「そうだよ。本当は殺そうと思ったけど、貴方の所為で逃げられちゃった。――あの小ささだと、何処かで死んじゃうかもね」

 そう他人事のように話しながら、圭は着替えを置いていた場所へ歩き出した。そこで身体を手早く布で拭いて、制服ではない異世界の新しい服へと着替えてゆく。

「それで、ぼくに用って何? 他の人たちが戻って来たから、貴方が直々にぼくを呼びに来てくれたの?」

 圭の問いに、ケイオスは無言で頷いてみせた。すると、身支度を整えた圭が古い衣類を手にして近づいて来る。それを目にしながら、ケイオスは口を開いていく。

「……呪紋の力を、上手く引き出せているようだな。その調子で行けば、呪紋の力は二週間と経たずにお前の物になるだろう」

「二週間と経たずに? 何それ」

 ケイオスの言葉を鸚鵡返して、圭は彼の前に立つと自信に満ちた眼差しで見上げた。

「ぼくは一週間で、呪紋の全てを物にしてみせるよ。貴方たちが苦しんでいる暴走も、すぐに克服してみせる」

 彼の真剣な言葉に、ケイオスがにやりと口許を歪める。

「その言葉が偽りでないといいが」

「ぼくを昨日までの……ううん、今朝までの圭と思わない方がいいよ。でないと、後で痛い目を見ることになっちゃうよ」

 そう言って再び微笑む圭に、ケイオスの背中がざわめき出す。先程感じた、言い知れない何かが這い上がってくる感覚だ。

(何だ、この感覚は……?)

 心の中で戸惑いを見せるものの、彼は無表情に九つも年下の少年を見下ろした。それに対して、圭は笑みを湛えたままで視線を外しはしない。あまりの居心地の悪さに、ケイオスの方から視線を外してしまう。そして、言葉もなくその場から踵を返してゆく。

「ケイオスさん、待ってよ」

 そう声を上げながら、圭は大股で足早に歩き去るケイオスの後を追い駆けて行った。


 ケイオスと共に守護の塔へ戻った圭は会話を交わすこともなく、黙々と最上階を目指して螺旋状の階段を上って行く。

 暫くすると、二人の目に両開きの扉が映った。そこが最上階への入り口だ。扉を開ければ、白の世界と魔方陣の広がる空間がある。

 呪紋の所持者たちは、フード付きの黒いマントに身を包み魔方陣の中心部に立っていた。彼らの前に立つイディアとリーク以外の者たちは、フードを被ったままでその容姿を露にすることはない。

 二人が魔方陣の中心部へ近づいて行けば、イディアが真剣な表情でゆっくりと口を開く。

「ケイオス様。今在る呪紋の所持者たちが全て、この場へ無事に揃いました。しかし、封印の鍵と残りの所持者たちを見出すことは……残念ながら」

「そうか。まあ、いい。詳細は、各々の国へ向かった者の話を聞くことにする」

 イディアからその後ろに立つ彼らへ視線を向けて、ケイオスはそんな言葉を口にした。すると、呪紋の所持者たちは無言のままに頷くことで反応を見せる。そして、被っていたフードを脱いで容姿を露にしてゆく。

「では、儂から報告するとしようかの」

 所持者たちの中で、ひとりの白髪の年老いた男がしわがれた声を上げた。その男は盲目なのか目を瞑った状態のままで、杖を支えにしながらケイオスの許まで歩き寄る。そして、彼は顔を圭の方へ向けた。それはまるで、目が見えているかのような行動だ。

「その前に、そこな少年に名を名乗らんとの。――儂は理知を司る神の闇の存在、知恵の紋章を宿すウィストムと申す者だ。創造の紋章を宿す異世界の少年よ、共に神々の間違いを正そうぞ」

 そんなウィストムに、圭が不思議そうな表情で小首を傾げる。すると、彼は小さく愉快そうに笑った。

「儂が不思議かの? この目が見えぬとも、儂の中に全てを見通す目がある。他の者たちと何ら変わらんよ」

 そう言って、今度はケイオスの方へ顔を向ける。

「リュイール王国のことだが、厄介なことに先手を打たれたようだ。町や村々に魔術師たちの結界が張られておる。首都ルヴィスタに至っては、以前にもまして強力な結界に覆われておった。騎士たちによる巡回も強化され、それらによって儂らの計画は間違いなく阻まれるだろう」

「……ふむ。やはり、リュイールは警戒を強めたか。仕掛けるのが早すぎたようだな」

「だが、リュイールは儂らの存在に気付いておらん。昨日ルヴィスタで、騎士たちが妙な出で立ちの少年を人攫いと思い込んで捕らえておったぞ」

 二人の会話を黙って聞いていた圭が、ウィストムの言葉に反応を見せた。彼を恐いくらいの真剣な表情で見据えてゆく。

「それって、どんな格好だったの? その子はどうなったの?」

 矢継ぎ早に問いを投げかけてくる圭に詰め寄られ、彼はルヴィスタで見かけた少年とそこで起こった騒動を話し始める。

 ウィストムが妙な出で立ちの少年を見かけたのは、丁度ルヴィスタを出ようとした時のことだ。巨大な門を潜り抜けようとした彼の真横を、その少年は必死の形相で駆け抜けていった。少年はこの世界のものとは異なる素材と形の服を身につけ、片手に小さな子供を抱え、もう片方の手に鞄のような物を二つ持ちながら巨大な門の前で立ち止まった。そして、額の汗を拭いながら、頻りに巨大な門の外を気にしていた。その視線を辿って行けば、門の外に魔獣の姿があった。魔獣は少年に向かって低い唸り声を上げると、悔しそうに立ち去ってしまう。どうやら、少年と小さな子供は魔獣に襲われていたようだ。

「×っ、××××……」

 ふいに、馴染みのない言語がウィストムの耳に届く。声のする方を窺えば、それは少年から紡がれたものだと知れた。そんな少年を、地面へ下ろされた小さな子供がじっと様子を窺っている。

「お兄ちゃん、有り難う!」

 少年が子供の視線に気付くと、子供は満面の笑みで感謝の言葉を口にしていた。そこで少年が魔獣から子供を助けて、ここまで逃げ遂せたことがおぼろげに判る。少年は一瞬だけ不思議そうな表情を見せたが、子供の頭を撫でながら優しい笑みを浮かべてゆく。

「マリスっ!」

 その時、誰かの名を呼ぶ女性の甲高い声が飛んできた。次いで、小さな子供は彼女の腕に抱き締められ、その名が子供のものであると容易に知れた。涙を流しながら安堵の笑みを浮かべる彼女は、恐らく子供の母親だろう。マリスと呼ばれた子供も母親の姿に安堵したのか、大声で泣きじゃくっていた。そんな母子の再会に、少年は優しい表情で見守っている。だが、その表情はすぐに凍りついてしまった。子供の母親が少年を睨み上げていたからだ。少年を悪者とでも思っているような感情が読み取れる。

「誰か来て!」

 子供の母親が、数人の騎士に向かって大声を上げた。すると、その声を聞きつけて、騎士たちが駆け寄ってくる。そんな不穏な事態に、少年は何故か微動だにせず佇んでいた。

「どうしました?」

 ひとりの騎士の問いに、母親が少年に人差し指を向ける。

「この人、人攫いなのっ!」

 彼女の断定的な言葉に、騎士が少年を見た。それに対して、少年が後退りを見せ、その場から逃げ出そうと踵を返してゆく。だが、騎士たちの動きは俊敏で、少年の退路はすぐに阻まれてしまう。

「城までご同行頂きたいのですが?」

 騎士が冷静な口調で話しかけた。だが、少年は騎士を睨むだけで口を開くことはない。

 ふいに、少年が動く。少年は何を思ったのか、目の前の騎士へ突進していった。その突進を騎士がかわしていけば、少年は空いた空間を通って駆け抜けていく。だが、騎士はそれを見逃さず、少年の腕を掴んで引っ張り戻すと地面へ捻じ伏せていった。

「×ぅ……!」

 少年の口から呻き声のようなものが漏れる。

「大人しくするんだ」

 今にも暴れ出しそうな少年を取り押さえ、騎士はその言葉と共に少年の両手を背中で一括りに縛り上げた。そんな光景に、いつの間にか集まっていた観衆が歓声の声を上げている。少年の表情は酷く悔しそうだ。しかし、何かを言うことはない。その場から無理矢理に立たされると、少年は縄に繋がれたままで城へと連行されて行く。

「お兄ちゃん!」

 マリスは少年に向かって叫んだが、その声は無情にも喧騒に掻き消されてしまった。

 少年が騎士たちと共に歩き去れば、その場から人垣はなくなり喧騒も小さくなってゆく。そこに残されたのは、マリスと彼を抱き締めて離さない母親、そして少し離れた場所から一部始終を見守っていたウィストムだ。

「お、お母さん、違うよ。そうじゃないよ」

 その場が落ち着いた雰囲気になると、マリスが涙を引っ込めて懸命に訴え始めた。

「あのお兄ちゃん、僕を助けてくれたんだよ。お父さんを追い駆けていたら怖い動物に追い駆けられて、それで僕が助けてって言ったら助けてくれたんだよ?」

 マリスの言葉に、母親が驚いたように子供の顔を見詰める。

「マリス、それは本当なの?」

 母親の確認に、マリスが幾度も頷く。そんな彼に、母親は呆然としたような表情をした。

「言いつけを守らなくて、ごめんなさい」

「そのことは後よ。マリス、すぐにお城へ行きましょう。早く行かないと大変だわ」

 そう言って、母親は子供の手を握って、その場から急ぎ足で歩き去ってゆく。母親と子供の遠ざかる背中を静かに見送って、そうしてウィストムはルヴィスタを出て行った。

 彼が見ていたのはそこまでだ。少年がどうなったのかは知る由もない。少年の妙な出で立ちと言語に興味をそそられて見守っていたが、彼にとってそれは知る必要のないものである。今の彼の使命はリュイール王国の動きを見ることと、封印の鍵の在り処と残りの呪紋の所持者を見つけ出すことだ。

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