リュイール王国05
翔平は首を横に振って否定する。
「酒を飲みに来たんじゃなく、ここが宿屋だと聞いて来たんだ。あんたが店の主人か?」
男が僅かに頷いてみせた。
「……確かにここは宿屋でもありますが、ここは看板に書いてある通りギルドです。申し訳ありませんが、同業者の方でないとお泊りを許可することは出来ません」
(……やっぱりな)
店の主人の説明に、翔平は納得するしかない。
(けど、ここのギルドってどんな仕事をしてんだろ? 俺に出来ることだったら、一石二鳥で助かるんだけど)
そう思い立って、翔平は男にギルドのことを尋ねることにした。
「リュイール・ギルドは、どんな仕事をしてるんだ?」
ケイムやリークとのことも含め、翔平は初対面だと言うのに敬語を使おうとしない。
「そうですね。ここは、よろずと言ったところでしょうか。雑用から命を張るものまで、様々な仕事を取り扱っています」
そんな彼に対して、店の主人は気分を害した様子もなく淡々と答えた。
「報酬は?」
「報酬は仕事によってまばらですので、申し訳ありませんがお答えは出来ません」
「ギルドへの加入方法は?」
矢継ぎ早に問いを投げかけてくる翔平に、店の主人は嫌な顔一つせず答える。
「腕の立つ方なら何方でも大丈夫です。但し、こちら側から試験を設けますので、それに合格すればの話ですが」
「……試験か」
(それを試して駄目だったら、他を当たればいいか)
「受けるのですか?」
そう訊かれ、翔平は躊躇なく頷く。
店の主人はそれを確認して、手に持っていたグラスを戸棚に置き、カウンターから出てきた。
「試験は二つほどあります。ですが、一つはもう済んでしまいました。そして残りの一つは」
そう言って、軽く指を鳴らす。すると、先ほど鋭い目つきで翔平を見ていた男たちが立ち上がった。
「方法は何でも構いません。彼らの中から一人を選んで、倒してみせて下さい」
店の主人の言葉に、翔平は鋭い目つきの男たちを見据える。
(……強そうだな)
男たちの印象はその一言に尽きた。恐らく彼らは、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者たちなのだろう。筋骨逞しく、漂う雰囲気は雄々しい。
翔平が店の主人を振り返る。
「腰か胸元ぐらいまでの棒は、ここに置いてあるか?」
「ええ、ございますよ。お使いになるのですね?」
翔平は無言で頷いた。
「では、外で試験を行いますので参りましょう」
男たちを引き連れて歩き出す店の主人に、翔平も続いた。
店の外を出れば、翔平の試験を聞きつけた宿泊客が二階の窓から顔を覗かせている。酒場に居た客たちもぞろぞろと店の外へ出て、店の前で対峙する翔平たちを眺め始めた。
酒場の女性店員が、翔平の元に先ほど頼んだ棒を持ってやって来る。彼はそれを受け取り、代わりに手にしていた大きな布袋を預けた。
「準備は宜しいですか? 試験の相手を選んで下さい」
そう店の主人に促され、翔平は男たちの中から一番強そうな男を選んだ。無謀な選択だが、負けず嫌いの彼はそれ以外を選ぶつもりはないようだ。
翔平はごくりと生唾の飲み込みながら、棒を竹刀にみせて中段の構えで身構えた。鋭い眼光で目の前の男を射る。
男も棒を構え、凄まじい威圧感を目に宿して翔平を見据えた。
店の主人が両者を交互に見やる。
「――始め!」
張り上げられた声とともに、二人の空気が動いた。
先に動いたのは、翔平の方だ。中段の構えのままで男の懐に飛び込み、すぐさま手首を捻って男の胴部分に打ち込んでいった。
棒と棒がぶつかる音が鳴る。
その音を耳にして、翔平はその場を駆け抜けた。男から距離を置いて、振り返るなり再び身構える。
先ほどの音で、男が翔平の打ち込みを棒でかわしたのは言うまでもない。
今度は男が動き出した。翔平の元まで駆け寄り、片手に持つ棒を斧のように真上から振り下ろす。
翔平は咄嗟にそれを棒で受け止めたが、威力は絶大で僅かに後方へ押された。全身に力を入れなければ、彼はそのまま吹き飛ばされていただろう。
ほんの一太刀でも、翔平と男の力の差は歴然としていた。
(畜生。やっぱ、剣道の試合とこう言うのって違うよな)
元々判っていたことではあるが、翔平は少なからず闘いを甘く見ていた。彼にとって幸いなのは、これが命のやりとりをする闘いではないと言うことだけだ。
翔平が受け止めている棒に、男がさらに力を加えた。すると、翔平は棒を受け止めた態勢のままで、さらに後方へ押されてゆく。
足元では、彼の足跡が太い線を作っていた。
(――とりあえず、この状況を切り抜けないと不味い)
翔平は唐突にふっと全身の力を抜く。すると、男の力が彼の身体を勢い良く吹き飛ばした。引っ繰り返りそうな身体を何とか止まらせると、翔平は地面に片膝を突いて吹き飛ぶ勢いを殺していった。そして、身体が安定すると、翔平は素早く立ち上がり下段の構えに入る。
男が素早く翔平に駆け寄り、すぐさまに棒を振り下ろした。寸でのところでそれを横に動くことでかわし、翔平は下に構えていた棒を男の持つ棒へ思い切り振り上げる。
棒と棒がぶつかる音とともに、男の持つ棒がその場から弾き飛んでいった。その隙に、翔平は振り上げていた棒を振り下ろし、強かに男の手の甲を打った。
男が僅かに呻き声を漏らす。
それに構わず、翔平は手の甲を打った姿勢から身体を捻った。棒を男の胴部分へ持っていき、打ち込みながらその場を駆け抜ける。
また男から距離を置くと、今度は上段の構えで男を待ち受けた。
男が腹を押さえながら、翔平を振り返る。そして、親指を立てた拳を突き出して、豪快な笑い声を上げた。
上段の構えのままで、翔平は男の唐突な行動に口をぽかんと開けるしかない。
「――そこまで!」
店の主人の声が辺りに響き渡った。すると、終始沈黙をしたままで見守っていた客たちが、一斉に歓声を上げる。
その歓声に包まれながら、翔平はまだ訳が判らずにいた。
店の主人が翔平に歩き寄る。
「合格です。我々リュイール・ギルドは、貴方の加入を認めましょう」
そう告げる店の主人に、翔平は納得がいかない様子だ。
「ちょっと待て。手加減された勝負で勝ったなんて言わないだろ」
男と対峙している間に、翔平は薄々勘付いていたのである。だから男はあまり攻撃を仕掛けず、翔平の攻撃を待っていたかのように受けていた。
「そうですね。確かに我々は手加減をしていました。ですが、試験の本当の目的は、闘いの才能を見抜くことにあるのです。貴方の才能は磨けば光る。貴方と闘いを交えた彼が、そう判断をしたのでしょう」
そう説明をして、店の主人は翔平と対峙していた男に目をやる。翔平も男に目をやった。
男は力強く頷くと、「頑張れよ、坊主!」と声援を投げかけてきた。
そんな男を眺めながら、ふと翔平は何かを思い出したようだ。
「……そういや、済んだもう一つの試験って何だったんだ?」
「それは、勇気を見る試験です。貴方が我々の店へ来店した際に、彼らに睨まれていたでしょう」
「ああ、あれか」
リュイール・ギルドに入った時を思い出して、翔平は合点がいったように何度か頷いた。
「けど、何で試験の内容が、勇気と闘いの才能なんだ? 別に闘う仕事ばかりじゃないんだろ?」
「それは後ほど説明します。そろそろ中へ入りましょうか」
そう促されて、翔平は店の主人とともに店の中へ歩き出した。二人の後に、客たちが何かを言い合いながらぞろぞろと入って行く。
翔平が店の主人に通されたのは、カウンター奥のさらに奥にある個室だ。木製のテーブルを挟み、二人は向き合って腰を下ろす。
「まずは、この書類をお読み下さい」
店の主人がそう言って、翔平に渡してきたのはギルドの利用事項だ。翔平はその書類に目を通してゆく。
次に渡されたのは、リュイール・ギルドの他に各国にあるギルドの情報が記されたものだ。それら以外に数枚か渡され、翔平は必死に目を通していった。そして最後に渡されたのは、ギルド登録の書類である。そこで、翔平の手が止まった。
「どうしました? 何か訳ありで記入が出来ないのですか?」
「ああ、まあ……」
店の主人に、翔平はそう言葉を濁すしかない。
(不味い。こう言う事態もあるなんて、ちっとも考えてなかったぜ)
何も考えず行動を起こしたことに、今更ながらに気づいて翔平は心の中で後悔した。
そんな翔平に、店の主人が納得したかのように頷く。
「そうですか。でしたら、名前だけで結構ですよ。貴方のような訳ありの方も、ギルドに登録しています。ですが、ギルドからの死亡保険などは受けられません。それでも宜しいですか?」
(どうせ、危険な仕事はやらないからな)
そう思って、翔平は「ああ」と頷いた。ギルド登録の書類に自分の名前を書いてゆく。
「……珍しい名前ですね」
翔平の書き終わった書類に目を通して、店の主人が驚いたように呟いた。
その呟きを聞かなかったことにして、翔平は誤魔化すように店の主人に別の話題を持ちかける。
「それで、何で勇気と闘いの才能が試験に必要なんだ?」
「お答えしましょう。我々の仕事は確かに危険のない仕事を取り扱っていますが、近頃予期せぬ事態が頻繁に起こっているのです」
「……つまり、危険じゃない仕事でも命を張ることもあるってことか?」
翔平が恐る恐ると訊いた。
「はい。ですので、ギルドの試験にその二つの事柄が必要になってくるのです」
(……やばいな、俺のこれからの先)
翔平はこれからのことに嫌な予感を覚えた。