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呪紋の覚醒31

 ケイオスの話を耳にしながら、圭は呪紋の宿った若者たちへ視線を移した。

 彼らはまだ苦しげに呻いている。呪紋が宿ったと言うことは、彼らの中にある光と闇で闇の方が増したと言うことだ。それは即ち、神と人と魔の三種族から逸脱した存在となる。

「呪紋は、始めから呪いの紋章と呼ばれた訳ではない。イリアスたちから託された紋章を宿すことは、あの者たちにとって本望なことだ。――始めは、神々の意思を受け継ぐ紋章と呼ばれていた」

「呪紋と呼ばれる原因があるの?」

「その身に呪紋があるなら、お前にも何れ判ることだ。呪紋を宿せば、イリアスたちの力に近い強大な力を得られる。また、人でありながら人の身でなくなる。強大な存在は、争いを引き起こす引き金となる」

 そう言いながら、ケイオスは眼下に広がる大陸を見下ろした。それにつられて圭も見下ろせば、大陸中の景色がまた変わってゆく。

「これは、呪紋が創造されてから十年後の世界だ」

「……そんなっ」

 ケイオスの告げた世界に、圭は大きな目をさらに大きく見開いていった。上げられる言葉はそれだけで、後は息を呑むばかりである。

 変わり果てた世界がそこにあった。

 大陸の所々で炎が上がっている。それと共に、立ち昇る煙が大陸中に充満していた。

 人々の様々な叫びや悲鳴が、圭の居る上空まで届く。男、女、子供、魔物、動物、そのどれもが大陸のあちらこちらから流れてきた。

 風が吹き抜けば、焦げた臭いと血生臭い臭いが鼻を突く。

「うっ……」

 あまりの異様な臭いに、圭は顔を顰めて鼻を手の平で覆った。吐きそうな気分を紛らわせ、彼はケイオスと共にゆっくりと大陸へ降りてゆく。

 それは見なくてもいい光景だったのかも知れない。それでも、圭は緊張に胸を高鳴らせながら見ることを選んだ。

 大地に降り立てば、そこは戦乱の世界に揺れていた。

 大きく見開いた彼の目に、血飛沫を上げて倒れる人の姿が映る。今度はそれに重なるように、魔物が倒れ込んでゆく。傍らで、小さな子供が泣きじゃくる姿が見えた。

 圭は子供を救おうと、その場から駆け出して行く。だが、一歩手前で、子供は同じ人間によって無残にも背後から剣を突き刺された。

 子供の胸から鮮血が噴き出て、圭の顔を赤に染め上げる。前のめりに倒れ込む子供の生気を失った双眸に、圭の姿が映り込んだように見えた。

「うそ……」

 目の前で人が殺されることを経験したことのない彼にとって、上げられる言葉はその一言でしかない。脈打つ鼓動は速さを増し、圭を息苦しくさせてゆく。

 圭はその場に座り込んで、呆然とするしかなかった。その最中でさらに息が苦しくなる。徐々に気が遠くなるのを――彼は感じていた。

 そんな彼を立ち上がらせ、ケイオスはその光景から遮断させるように腕の中に抱き込んだ。そして、圭を落ち着かせるようにその背をあやし始める。

「落ち着け。全ては幻だ。お前にこれは刺激が強過ぎたようだ。ここで暴走はするなよ」

 ケイオスがそう言い聞かせるが、圭はその声も聞こえないくらいに気が動転していた。

 彼の腕の中で、圭は目を見開いたままでついに涙を流し始める。その口から吐き出された息は、興奮するように荒く苦しそうだ。

「翔ちゃん、翔ちゃん、翔ちゃん……」

 圭の口から無意識に翔平の名前が漏れた。それは彼にとって呪文のようなものだ。その名を呟けば、気分が不思議と落ち着いてくる。

 だが、今回はそう簡単に行かないようだ。

 圭の今にも暴走しそうな勢いに、ケイオスは頭を抱えたくなる。もしも創造の紋章を宿らせている彼が暴走すれば、ケイオスも守護の塔も一溜まりもない。それを打開するには、圭の気を別の方へ向かわせる為に、何かの激しい衝撃を与えなければならなかった。

「――許せ」

 それだけを呟くと、ケイオスは素早く圭の顔を持ち上げる。そして、その唇へ自分の唇を落としていった。

 あまりの唐突なことに、圭は大きく目を見張る。その目から涙は引っ込み、目蓋を閉じたケイオスの顔が映った。

 圭の中で血の気がさっと引いてゆく。

「ケ、ケイオスさん?」

 そう名前を呼べるくらいに、二人の唇はそれ程重なってはいない。ケイオスが圭に対して、好きでその行為を行っていないのは容易に知れた。

 圭の呼びかけに、ケイオスは目蓋を開けてすぐに離れていく。その口から安堵の息が吐き出される。

「正気に戻ったようだな」

 そう言いながら、圭を抱き締めていた腕も離していった。そんなケイオスを、圭はただ呆然と見上げるしかない。

「他意がないとは言え、こんなことをして悪かった。――これは忘れろ」

 彼の謝罪に、圭は首を左右に振る。

「ぼくこそ、取り乱してしまってごめんなさい。正気に戻してくれて、ありがとうございます」

 そう言ってお辞儀をする圭に、ケイオスは苦笑を浮かべて「気にするな」とだけ伝えた。圭の口調が僅かに硬くなっている。先ほどの行為が余程衝撃的だったのだろう。ついでとばかりに、二人の距離は二人分の空間が空けられる。

「それで、ケイオスさん。どうして、こんな戦乱が始まっているんですか?」

 そう言いながら、圭は気を引き締めて周りの異様な光景を見回した。だが、その手は恐怖で微かに震えを刻んでいる。

 ケイオスはそれを知っていながら、気がつかない振りをした。どんなに容姿が女のようであろうと、男のプライドと言うものは存在する。

「大陸がこうなったのは、呪紋が原因だ。力を得た者は驕り高ぶり、徐々に大陸の支配を望み始める。それが戦乱の引き金となった」

「呪紋を宿らせた人が全員、そう思い始めたんですか?」

「いや、始めは統一の紋章を宿した者から始まった。それが他の者たちに広がり、ついには魔物までも巻き込んだ。力のない者はそれぞれに慕う呪紋の所持者に従い、ある魔物は大地を荒らす者たちを止める為に、ある魔物はその闇の意思のままに闘い始めた」

「呪紋の所持者はみんな、気持ちがバラバラだったんだね」

「そうだ。だから、闘いは起きた。それは三年も続くことになる。多くの者が命を落とし、多くの魔物も命を落としていった」

 そう言って、ケイオスが上空へ上昇していく。圭がその後を追っていけば、また大陸の景色が変わっている。

 上空から見下ろす景色は、古の森を除いて戦乱でほとんどが焼け野原だった。

「……酷い。こんなにもなるの?」

「ああ、戦乱は三年も続いたからな。生き延びた者は、呪紋の所持者たちと運良く闘い抜いた者と、戦乱を嫌って古の森に身を隠していた人間と魔物たちだけだ。この戦乱をきっかけに、人間と魔物は呪紋の所持者たちを嫌うようになった。呪紋が呪いの紋章と呼ばれる所以はここにある」

 それを口にするケイオスの表情が、徐々に辛そうなものへと歪められる。

「……それは根深く、今もその嫌悪感は変わらない。所持者が変わろうと、呪紋を宿しているなら意味もなく虐げられる。……暴走と言う爆弾がある限り、我らは始めの者たちと同じように捉えられる」

「その暴走は失くせないの?」

 圭の提案に、ケイオスが力なく首を左右に振った。

「回避することは可能だが、全てを失くす方法は判らなかった。我らは、これが神々の与えた呪いだと思っている。神々に近い力を得る代償が、恐らくこの暴走に違いない。――勝手にも程があると思わないか?」

 そう問いかけてくる彼に、圭は何も言えない。今の圭では肯定も否定も出来ない事柄だ。

 圭の反応を気にせず、ケイオスはまた口を開いてゆく。

「神が如何に身勝手かを、お前もその内に判るはずだ。――話を続けるぞ」

 ケイオスがそう言った途端に、また大陸の景色が変わり始めた。

 今度は焼け野原ではなく、古の森を中心に二十一の大小の国々が広がる景色だ。上空にもう一国が存在している。始まりの世界から明らかに少なくなっているが、自然は大陸に広がっていた。

「これは、戦乱が終結を迎えてから十二年が経った世界だ。闘いで得たものは目的通りに二十二の国々だが、失ったものはそれ以上に多い。そして、結局は呪紋の所持者たちがその国々の王にならなかった」

「十二年で大陸が元に戻るなんて凄いね。あんな状態だから、ぼくはもっと時間がかかるのかと思ってた」

「生命の樹のおかげだ。生命の樹が多くの種子を飛ばし、自然や魔物たちの生命を生んだ。人の生命は、女神ラフィリアが握っている」

「それで、どうして呪紋の所持者たちは王にならなかったの?」

「簡単なことだ。闘いの引き金を引いたその者たちを、誰も支持しなかったからだ。皆はその者たちを拒み、それぞれの国から追いやっていった。――国王になったのは、戦乱を終結に導いた若者たちだ」

 そう言って、ケイオスは指差しながら大陸の二十二の国と一族の名を上げていった。圭にとって、どれも馴染みのない名前ばかりだ。

 ふいに、圭はとあることを思いつく。

「もしかして、大陸にある六つの大国は封印の鍵がある場所?」

「そうだ。この六つの大国とゼウイムス王国は、世界で最も重要な位置づけにある。その王族たちは、世界の護り人とでも言っておくべきだろう。その六つの大国の中に、また別の鍵の守り人と言う存在がある」

「何で守る人が一緒じゃないの?」

「恐らく、鍵の在り処を容易く知られないようにする為だろう。現に世界の護り人の役目を担う王族でも、鍵と鍵の守り人の存在を知らない。鍵の守り人は、イリアスたちが神になる以前からこの世界に存在していた。鍵の場所をその者たちに託したのは、他でもないイリアスたちなのだ」

「封印の鍵は、世界を揺るがすもの……か」

 そう独り言のように圭は呟いた。その呟きに、何の意味も含まれてはいない。ただ、話を聞く限り、封印の鍵はその言葉へ行き当たる。

 そんな彼に視線を向けて、ケイオスは同意とばかりに頷いてみせた。

「お前の言ったように、封印の鍵は世界を揺るがすものだ。その鍵がひとつなくなっていくごとに、生命の樹を抑えつけていたイリアスたちの力が弱まっていく」

 ケイオスの思わぬ言葉に、圭もまた彼の顔を見上げる。

「鍵が全部なくなっても、世界は崩壊しちゃうってことなの?」

「いや、崩壊はしない。元々この世界に全てを齎せていた生命の樹の力が蘇るだけだ。……それによって、人間たちが築き上げてきた全てのものは消えてゆくがな」

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