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呪紋の覚醒23

 横から長剣の切っ先を首筋に押し当てられ、翔平は動きを止めた。

「そこまでだよ、翔平君」

 リーアの言葉を聞きながら、翔平はその場から飛び退いてゆく。そして、悔しそうに彼を睨みつけた。

 翔平の睨みを真正面に受け止めて、リーアが余裕のある笑みを浮かべる。

「君たちの連携は、見事だったよ。けれど、僕とイディアさんを忘れていないかい?」

 そう言った彼の右隣に、黒髪の美女ーーイディアが微笑を浮かべながら並んだ。

「貴方が愚者の所持者さんね。でも、まだ自由に力を扱えていないように見えるわ。覚醒したばかりだからかしら?」

 彼らの言葉に、翔平は何も答えはしない。圭を気絶させようとしたところを邪魔され、不機嫌そうに眉間に皺を寄せるだけである。

「翔ちゃん」

 二人の後ろにいた圭が、翔平の名前を呼びながらリーアの左隣に並ぶ。

「今の翔ちゃんの力じゃあ、ぼくたちに勝てないよ。だから、大人しくぼくと一緒に来てくれる? そうしないと、ぼく、本当に翔ちゃんを傷つけちゃうよ」

 悲しそうな眼差しと声音で、彼は翔平に訴えかけた。だが、それが本心であるのかは判らない。翔平が知っている圭と今の圭は、喋り方は同じだが明らかに違っていた。

 圭を見据えている翔平の隣で、リュークが彼を威嚇するように鳴き声を上げている。

 小白竜を目にして、圭は何故か楽しそうに笑う。

「……まだ、生きてたんだ。しぶといね」

 リュークに向けられた呟きを、翔平は聞き取ることが出来なかった。

 翔平たちから視線を外して、圭は真剣な眼差しでこちらに歩いて来たリークを見る。

「もうぼくの邪魔はしないでね。翔ちゃんはここで必ず連れて行く。――そして、貴方はここで消える。貴方の力じゃあ、翔ちゃんは護れない」

 圭の科白に、リークが腰元にある長剣を引き抜いた。

「どうだろうね? 僕と彼のどちらかが消えるかは、闘った後に判ることだ」

 リークに余裕はない。だが彼は冷静に言ってみせながら、長剣の刃の部分に片方の手の平を当て、鋭利な先端へ向かって滑らせてゆく。すると、長剣が眩い光を放った。それは、リークが創り出した光の剣だ。

「行くよ」

 それだけを言うと地を強く蹴り上げて、リークはリーアとイディアに向かって斬り掛かった。そして、翔平と圭から二人を遠ざけてゆく。リュークが参戦するように、リークの方へ素早く飛んでいった。

 本格的な闘いは、既に始まっている。

 翔平は長剣を握り締めたままで、目の前の圭を真剣な面持ちで見据えた。彼がそこから動き出す気配はない。

 圭が翔平を見返して嫣然と微笑んだ。

「どうしたの? 翔ちゃん。ぼくに向かって来ないの? 向こうは、もう始めてるよ?」

 表情と言葉が一致しない彼に、翔平は辛そうにしながら漸く口を開く。

「……圭。……何でだ? 何で、お前はそうなってんだよ? あいつらの所為か? 呪紋の所為なのか?」

「おかしいことを訊くんだね。翔ちゃんの目の前にいるのは、昔から良く知っているぼくでしょう? これがぼくなんだよ?」

「違うな。お前は、そんな奴じゃなかった。俺の知っている圭は、平気で他人を傷つけたりはしない。それを嫌う奴だった」

「現実を受け止めなよ、翔ちゃん。ぼくはもう、護られているばかりの、あの弱い圭じゃない。人は変わるものなんだ」

「……もういい。俺は、お前が何でそうなったのかは判らない。それを訊くのは、お前を無理にでも連れ戻した後にする。今の俺に、お前の話を聞く余裕はもうないからな。だから、今は」

 翔平が剣を斜め下に構える。

「間違ったことをするお前を、止める!」

 力強く言い放って、翔平は素早くその場から一直線に駆け出した。

 圭が迎え撃つように呪文を呟く。すると、彼を護るように幾つもの魔方陣が空間に現れる。そして、回転し始めた幾つもの魔方陣の中心部からは、一斉に無数の葉が噴き出してきた。だが、それは普通の葉ではない。

 ひとつの葉が、翔平の頬を掠めた。その直後に、彼の頬に血が滲んだ一線の傷が出来る。

 圭の魔力により、凶器と化した葉だ。

 圭が笑みを絶やすことなく、片手で何かを大きく扇ぐような動作をした。彼の指示に従い、葉たちが一陣の風に攫われ舞うように流れながら翔平を目掛けて襲いかかる。

 翔平は咄嗟にマントを掴んで、身を翻しながら流れてくる葉たちを防いでいく。その拍子に、マントが葉たちに切り裂かれてしまう。防ぎ切れなかった葉は、彼の服や素肌を切り裂いていた。

 翔平の周りを舞いながら流れていく葉たちが、圭の動作によりまた翔平に襲いかかってくる。

 今度はそれを寸でのところで避け、翔平は無数の葉たちを長剣で斬りつけた。すると、魔力を失った葉が落ち葉のように彼の足元に落ちてゆく。

 翔平は圭に向かって、また駆け出した。差ほど遠くはない距離だ。だが、またもや新たなるものが阻んでくる。

 次に魔方陣から伸びてきたのは、植物の蔓だ。蔓と言っても木の根ぐらいの太さを持ち、魔力を宿したことにより自らの意思で動いているように蠢いている。

 翔平に巻きつこうと蔓たちが、一斉に彼を目掛けて伸びていく。対する翔平は容赦なく斬りつけていった。しかし、蔓たちを切り捨てたところで、斬られた部分はまた再生しうねりながら動き出す。

 繰り返される光景を眺めながら、圭は笑みを深くしてゆく。

「捕まるのも時間の問題だね、翔ちゃん。――早く、早くぼくと一緒に行こうよ」

 嬉しそうな声音で、彼は声を弾ませながら口にした。だが、期待を裏切るように、翔平を捕らえようとする蔓たちへ目掛けて幾つもの丸い火の固まりが飛んできた。それは、他でもないリークが放ったものだ。

(……リーク?)

 翔平は驚いたように、少し離れた場所にいるリークを見やった。

 圭は不機嫌そうに、リークを睨みつける。

 リークはリュークと共に、リーアとイディアを相手に闘っている最中だ。それにも関わらず、翔平を護る為に、彼は二人の隙を突いて魔法を放ったようだ。

 翔平の無事な姿をちらりと確認して、目の前の敵に応戦し始める。

 リークに斬りかかりながら、リーアは口許に笑みを浮かべた。

「リーク。他に目を向けるなんて、大した余裕だね。君は今、それどころではないことを解っているのかい?」

「充分に理解しているよ。けれど、ここで負ける訳にはいかない」

 リーアの言葉に冷静な反応を見せて、リークは光の剣で受け止めていた彼の剣を押し返していった。すると、イディアから放たれた闇色の雷のようなものが彼を襲う。

 リークは、すかさずその場から飛び退いた。だが、雷のようなものは尚も執拗に追いかけてくる。それを消そうと、リュークが勢い良く炎を吐き出した。

 その直後に、眩い光が辺りを包んだかと思えば爆発が起こる。激しい爆音と爆風が巻き起こる中で、リークは光の剣を地面に突き下ろした。彼を中心にして、光の柱がリーアとイディアに向かって疾走する。

 リーアとイディアは、咄嗟に目の前に魔方陣を創ることで疾走する光の柱を防いでいく。

「リューク! 今の内に翔平のところへ!」

 リークに促されて、真上に飛んでいたリュークは心配そうに鳴き声を上げた。

「僕のことは気にしなくていい。だから、早く行くんだ!」

 さらに強い語調で言われ、リュークは悲しそうな鳴き声を上げると、リークの許から飛び去って行く。

 一陣の風が、蔓延してた煙を攫うように吹き抜けた。すると、閉ざされた視界が開ける。

 ひとりとなったリークは光の剣を長剣に戻して身構えながら、見えてきた彼らを静かに見据えた。リークの姿に意図を汲んで、リーアが嬉しそうに笑う。

「イディアさん。悪いけれど、この場は下がってくれるかい? 彼は、僕と一騎討ちを望んでいる。圭君の方もひとりで充分だと思うから、貴女はあの村へ行くといいよ。――僕の半身が創った結界を崩すのは、容易なことではないけれどね」

「……分かったわ」

 彼から視線を外さず説明してきたリーアに、イディアは細く溜め息をはき出していく。そして、ゆっくりとその場から歩き出した。

 リーアが、リークとの距離を一定に置いたところまで歩き始める。やがて指定された位置に着けば、彼はゆっくりと身構えながら更に嬉しそうに笑う。

「リーク。覚悟は、もう出来ているんだね? 僕たちがひとつに還る時が漸く来ることに、僕はとても嬉しく思っているんだ」

「リーク。確かに、本物は君だ。けれど、本物のリークは僕でもある。僕たちは元々ひとつの存在だった。……君が翔平を救ってくれるのなら、僕の方が消えたとしても君を怨みはしないよ」

「そんなに、翔平君が大切かい?」

「勿論だよ。翔平の傍に居なかった君には、僕の気持ちを知ることはないよ。……もしも、君が彼の傍に居たとしたら、きっと君も僕と同じようになるはずだ」

「それはどうだろうね? ――行くよ」

 嬉しそうな笑みを消して、リーアがその場を駆け出した。リークも同じように駆け出す。

 二人は、同時に長剣で斬りかかる。すると、刃の部分が衝突し合う金属音が響き渡った。

 長剣の刃の部分を合わせながら、二人は互いの目を見据える。

 その闘いは魔法を用いない、剣と剣でぶつかり合う真剣勝負だ。力の差がある呪紋や魔法に頼らず、彼らは正々堂々とその剣の技で一騎討ちを行う。

 リークがリーアを押し返しながらその場を飛び退き、地を強く蹴り上げると再び彼に向けて長剣を振り下ろした。それを弾くように、リーアが斜めに長剣を振り上げる。また、長剣の刃の部分がぶつかり合う。

 険のぶつかり合いを何度も繰り返し、二人はまた一定の距離を保って離れた。視線は逸らすことなく互いに向けられている。

 今度は互いの行動と隙の探り合いを始めた。

 一瞬だけ世界が無音となる。彼らは再び、その場を駆け出した。

 勝負はこの一瞬だ。これが最後のやり取りであることを、二人は悟る。

 二人の身体が接近して重なった。

 そして――。

 駆け抜けたのは、リーアの方だ。

 リークは、静かに立ち止まっていた。彼の手から、愛用している長剣が地面へ落ちる。

「リーク!」

 翔平の叫びに、リークが顔だけを振り向かせた。翔平に向かって優しい笑みを浮かべる。

「リーク!!」

 翔平の悲痛の叫びが、その場に木霊した。

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