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リュイール王国04

「な、何だ」

 驚きの声を上げ、翔平は咄嗟に身を引く。すると、行き場を失ったリークの手が宙を掻いた。

 ゆっくりと手を戻しながら、リークがのんびりとした口調で答える。

「君の頬が汚れていたから、拭こうとしたんだ」

 リークの言葉に、翔平は無造作に頬を手の甲で拭った。手の甲を見やれば、砂埃が僅かについている。騎士との対峙の時に、ついてしまったようだ。

「……わざわざあんたが拭かなくても、普通に言えばいいだろ」

 至極当然のことを言う翔平に、リークが微苦笑する。

「それもそうだね」

 そして、おもむろに立ち上がった。

「そろそろ僕は、戻るよ。食事は別の人が持ってくるから、後は君の好きなように行動して構わないからね。――それじゃあ、また」

 リークが翔平に背を向け、のんびりとした足取りで部屋を出て行く。

 翔平は何も言わず、その背中を見送った。

 リークの居なくなった室内が、しんと静まり返る。

 その室内にひとり残された翔平は、崩れるようにベッドの上へうつ伏せた。

(……さすがに疲れたな)

 翔平がそう思うのも無理もない。

 圭を助ける為とは言え、見知らぬ世界へ単身で赴き、右も左も判らない場所で自分の勘だけを信じてここまでありつけた。

 例え順応能力に優れている彼でも、限界と言うものは存在する。

(何か、凄く眠い)

 心身ともに疲労困憊の為か、翔平はやがて食事を待たずにして深い眠りに落ちていった。


 翔平が眠りにつく同時刻、リークは城内にある謁見の間の扉を開いていた。

 謁見の間には、王座に鎮座するケイムとクインの二人以外誰の姿も見当たらない。

 王座に近づくにつれ、リークの雰囲気がのんびりとしたものから冷徹なものへ一変する。

「翔平の様子はどうだ?」

 王座の前で立ち止まったリークに、ケイムが問いを投げかけた。

 リークが口を開く。

「少し話をしてみたけれど、まだ僕たちを警戒しているみたいだね。疲れも相当に溜まっていたから、眠りの魔法をかけておいたよ」

 口調はのんびりとしているが、何処か侮れなさを滲み出している。

 リークが翔平に眠りの魔法をかけたのは、翔平の頬へ手を伸ばした時だ。翔平に気づかれることなく、彼はそれを難なくこなしていた。

「それで、捜し人の件はどうだ?」

「明後日にも手配書を貼り出せるはずだよ」

「そうか。翔平の件は、全面的にお前に任せることにしよう。それで問題はないか、リーク?」

「……そうだね。僕も彼の件で色々と気になることがあるから、それで構わないよ。それに、リュイール一族の中で、今一番身軽なのは僕だからね」

「頼んだぞ」

「お任せを。――ところで、兄さん」

「何だ?」

「彼に助力する理由の、本当のところはどうなんだい?」

「……お前は、私の真意は別にあると言うのか?」

 ケイムの訊き返しに、リークが頷く。

「国王ともなる兄さんが、彼を気に入っただけでここまでするはずがないと思ってね。――僕に、彼の監視をさせるつもりでは?」

「……鋭いことを言う。確かに、お前の言う通りだ。翔平に助力する目的は、監視にある。だが私が問題にしているのは、あの書物のことだ。書物によって翔平が我々の世界へ来たのは、何かの予兆だと私は思えてならない」

「理の愚者だね。確かに、僕にも引っかかるところがあるよ。彼の話を聞く限り、彼の世界で魔法は存在しない。けれど、その世界で高度な召喚や転移の魔法が働いた。その書物が魔法の媒体なのは、言うまでもないね」

「ほう。魔法が存在しないとなれば、尚のことだ。――今は何一つ得るものはないが、翔平の傍に居れば何か判るかも知れない。リーク、頼んだぞ」

「はい。それでは、僕はこれで」

 ケイムとクインにお辞儀をして、リークはその場を歩き去っていった。

 謁見の間の王座の奥にある片隅の扉を後ろ手に閉め、目の前の階段を上りながら彼は考え事に耽る。

(理の愚者の名の書物と異世界からの来訪者。確かに兄さんの言う通り、何かの予兆かも知れない。けれど、何かの予兆として、どうして異世界に手を伸ばす必要がある?)

 今のリークでは、何一つ判らないものだらけだ。まだ全てが謎のもやに包まれ、一筋の光さえ差すことも出来ない。

(ここは暫く、様子見で行こうか。――彼の友人である圭の消息が判れば、何かが動き出すかも知れない)

 そう結論づけて、リークは城の最上階を目指した。



 眩い朝日が、翔平の眠る部屋に差し込んだ。

 強い一筋の光が瞑る目蓋を射、眩しさに堪らず彼は顔を背けながら目蓋を開けた。

(……ここは?)

 見知らぬ部屋に、まだ覚醒し切れない脳がついていけない。

(ここ、俺の部屋じゃないよな)

 上半身を起き上がらせて室内を窺い見る。そして、テーブルに置かれている二つの学生鞄を目にして、翔平の脳が一気に覚醒した。

(……そうだ。俺は、圭を助ける為に異世界へ来たんだ)

 そう思ったと同時に、部屋の扉を叩く音がする。

「誰だ?」

「おはよう、翔平。僕だよ、リーク。――中に入ってもいいかい?」

「ああ」

 翔平の了解を得て、リークは荷物が詰まれた大きな袋を片手に入ってきた。

「気分は、どうだい?」

「別に。……そういや、他の世界に来たにしては良く眠れたな。俺」

 独り言のように言った翔平に、リークが優しく笑んで答える。

「それは、良かったね」

 翔平はリークが眠りの魔法をかけていたことを、当然だが知らない。リークもそれを教えることはしない。

「昨日は僕が出て行った後、君はあのまま寝てしまったみたいだね。お腹が空いているだろう? もうすぐ、朝食が運ばれてくるよ」

 のんびりとした雰囲気を漂わせながら、リークが翔平の傍まで歩み寄る。

「で、あんたは俺に何か用か?」

 不機嫌な顔でリークを見下ろして、翔平は言った。

 リークが苦笑する。

「君に荷物を渡しに来たんだ。異世界から来た君が、この世界で一からやっていくのは大変だろうと思ってね。――中身はこの国の銭貨と衣類、この世界についての本が数冊。君が嫌がると思って、必要最低限の物しか入っていないよ」

 そう説明をしながら、リークは荷物を翔平の前に置いた。その荷物を眺めて、翔平は再びリークに視線を移す。

「これ。もしかして、あんたから?」

「そうだよ。僕からじゃあ、嫌かい?」

「いや、助かる」

(けど、何でそこまでしてくれんのかが判らない)

 口では「助かる」と言いつつも、翔平は疑問を抱かずにはいられない。

(ゲーム的に俺が救世主の再来とかだったら解るんだけど、俺は何の力も持たない一般人だぜ?)

 しかめっ面で押し黙る翔平を、リークは興味深そうに眺めている。その視線に居心地の悪さを感じたのか、翔平は疑問を頭の片隅に放り投げた。

 翔平が顔を真顔に戻して、リークを真正面に見据える。

「この荷物、大切に使わせて貰うぜ。色々と世話になって悪いな、リーク」

 リークがまた笑んだ。

「そんなことは、いいんだよ。助け合うのは、お互い様だからね。――何か困ったことがあれば、いつでも城を訪ねるといいよ。それじゃあ、僕は謁見の間に戻るからこれで」

 「君に女神イリアスの幸運を」と言って、リークは昨夜と同じ足取りで部屋を出て行く。

「あ、リーク!」

 扉の取っ手を掴んだリークに、翔平は唐突に呼び止めた。

 リークが翔平を振り返る。

「この恩は必ず返すと、ケイムとクインに言っといてくれ。……あと、あんたも」

 翔平の言葉に、リークは「判ったよ」と笑顔で返した。翔平もぎこちなくだが、照れたように笑う。

 そうして、二人は別れた。今生の別れではないが、暫くは会うこともないだろうと翔平は思っている。

 リークが扉を閉めるまで見送り、翔平は身支度を整える為に室内にある浴室へと向かっていった。


 リュイール王国の城下町は、朝から賑やかで人々の活気が満ち溢れるところだ。

 翔平は目立たないようにリークから渡された衣類を身につけ、安い宿屋のある場所を探していた。

 銭貨がごく僅かなので、風呂がなくとも寝泊りさえ出来れば翔平にとって問題はない。「そんな場所はあるか?」と行き交う人々に尋ねれば、誰もが快く翔平に教えてくれた。

 そして翔平は、安い宿屋の情報の中から一番低価なところを選んだ。

 そこは、町外れにひっそりと佇む酒場兼用の宿屋だった。下に酒場、上に寝泊りする部屋がある造りをしている。

 宿屋の前で立ち止まり、翔平は真上に掲げられた看板を見上げた。

「リュイール・ギルド?」

 看板を読み上げた翔平の胸に、微かな不安が過ぎる。

(……マジでここ、宿屋か?)

 翔平の世界で、ゲームなどで見られるカタカナ文字のギルドは、組織化された独占的同業者組合のことを示す。つまり、その組織された同業者でしか立ち入ることが出来ないのだ。

(とりあえず、来たからには行ってみないとな。追い返されたら、また別の場所を探すだけだ)

 翔平はそう自分に言い聞かせて、リュイール・ギルドの両開きの扉を開けた。

 すると、中に居た数名の鋭い目つきをした男が翔平を見やる。それに震え上がる翔平ではない。彼もまた、男たちを睨みつけながら奥に入って行った。

 翔平が真っ先に向かうところは、酒場の奥でグラスを磨く三十代前半の男だ。歩き寄ってくる翔平に気づいて、男が顔を上げる。

「いらっしゃいませ。ここは、未成年の来る場所ではないですよ」

 片目に一線の傷がある男が、静かに言った。

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