呪紋の覚醒20
「爺さん、その二人は明日来ると言っていたんだな?」
翔平の確認に、村長は言葉もなく深刻な表情で頷いた。彼はぐっと手の平を拳に握り締める。
(これで、やっと圭に会える。……会えば、全てのことが判るはずだ)
翔平の隣で、リークが何かを思案するような面持ちで口を開く。
「貴方たちの呪いを解くには、明日が肝心と言うことですね。……それで、彼らに鍵の場所を教えるつもりだったのですか?」
リークの問いには、誰もが眉間に皺を寄せて俯いた。
苦しげに、村長が声を上げる。
「……未だに、迷っております。鍵の守り人として役目を果たすべきか、村の子供たちを護るべきか。……わしらにとって、どちらも同じに大切なのですよ」
「……その気持ち、僕も解ります」
共感しながら、リークは何処か懐かしむような眼差しをした。
彼らの心境は、翔平がリュイール王国を旅立とうとする前のリークの気持ちに似ている。リークは、「国民を護る王子」としての立場と翔平の存在を天秤にかけていた。そして、彼らは「鍵の守り人」としての立場と子供たちの存在を天秤にかけている。
だが、リークと彼らは似て非なる部分があった。それは、リークはひとつしか選び取ることが出来なかったが、彼らは両方を選び取ることが出来る可能性を持っている。
「――貴方たちのことを、僕に預けては貰えませんか?」
リークの言葉に、彼らは驚いたように顔を上げた。彼の表情は、何処までも真剣だ。
(翔平を選んだことに、後悔はしていない。けれど、僕は捨ててしまった部分に償いがしたい)
リークは、あの時の自分と彼らを重ねて思った。村長と村民に可能性があるならば、自分の手で確かなものに変えてみせたいと考えているのだろう。
そんなリークの考えを、翔平は知る由もない。だが、何処か拗ねたような顔を彼に向けていた。
「僕に、じゃなくて、僕たちに、だろうが」
一語一語を区切る翔平の小声に、リークがくすりと笑う。
「そうだね。僕たちに、だね」
翔平に言い直して、リークは再び村長に視線を向けた。
「先ほど彼が言ったように、僕たちは彼らを追っています。そして、貴方たちは彼らによって苦渋の選択を迫られている。……これは、何かの結びつきだと思います。この話を、僕たちに任せては貰えませんか?」
リークに再度そう言われ、村長と村人たちは戸惑いながらも頷いてみせる。彼らにとっても、誰かに助けを求めたい心境だった。
「よ、宜しくお願いします」
二人に対して、彼らは恭しく頭を下げてゆく。
すると、翔平が堪らずに声を上げる。
「頭を上げてくれ。俺たちは別に、善意でその話を持ち出した訳じゃないんだ。それに、あんたたちを元に戻せるかまだ判らないし」
しかし、彼の慌てたような主張も効きはしない。彼らにとって、差し伸べられた手は全て救いの手に見えているのだろう。
リークが問いを投げかける。
「――ところで、封印の鍵は何処に?」
「残念ながら、わしらがそれを口にすることは出来ません。しかし、地図をお渡しすることならば……」
村長は立ち上がると、部屋を出て行った。そして、暫くの間を置いて戻ってくる。彼が手にしているものは、小さく折り畳まれた地図だ。
元の位置へ座り直すと、村長は地図を隣の翔平に差し出した。
「地図と言いましても、鍵の在り処は示されておりませんぞ。この地図に示されている村々へ行きなされ。さすれば、鍵の道は開きましょう」
「ふぅん。そう簡単には見つからないようになっているのか」
翔平が地図を受け取りながら口にすれば、村長が「如何にも」と頷いてみせた。
「封印の鍵とは、即ち精霊の鍵。セントウォールの大地を守護するは水の精霊。精霊の宿った鍵が大地から消え去れば、それと共に大地に住まう全ては失われるだろう。……わしらの村には、その伝承があります」
村長の話を聞きながら、翔平はヴェントの話を思い出してゆく。
(……全ては自然に還る、のか。けど、何でそうなるのかが判らないな。封印の鍵の意味も、その鍵と賢愚の門の関係もさっぱり判らない。それに、奴らの目的も)
「あんたたち、賢愚の門は知っているか?」
翔平の問いに、誰もが首を左右に振った。
「遠い昔ならば、それを知っている者は居たでしょう。わしらの代になりますと、ほとんどの伝承が失われてしまいました。今あるのは、先ほどの封印の鍵の伝承だけです。……嘆かわしいことですが、その伝承を深く知る者もまた居りません」
後悔だろうか。言い終わるなり、村長と村人たちは顔を俯かせる。
人の記憶は、日々を過ごしている内に薄れてゆくものだ。同じように、人から人へ託される伝承もまた失われてゆく。それは、平和な日々が人をそうさせているに違いない。
根底に植えつけられた「使命」を置き去りにして、残されるべき重大な任務と知識は遠い昔に消えてゆく。やがて、「使命」があったことさえ忘れ去られていくのだろう。
その為に、人間は記憶や知識を書物に書き留める習慣を持つようになったに違いない。だが、世界や王国を揺り動かすものならば、何もかも消えてしまった方が正解なのかも知れない。
全てを忘れてしまっていた方が、彼らの身に危険は降り掛からなかったであろう。
翔平とリークに、彼らを咎めることは出来もしないことだ。
「知らないなら別にいいんだ」
翔平がそう言えば、村長は何かを思い出したように顔を上げた。
「ウィンダー王国ならば、貴方方の知りたいことをご存知かも知れませんぞ」
「ウィンダー王国?」
「その王国は、他国よりもこの世界の伝承などを重んじる国です。そこならば、きっと」
「ああ、分かった。ウィンダー王国だな?」
翔平の念押しに、村長はしっかりと頷いてみせる。
「有り難う」と礼を述べると、翔平はその場から立ち上がった。促されるように、リークも腰を上げる。
「明日のことは、俺たちに任せてくれ。あんたたちは、いつものようにしていればいいから。――それと、もしもの為に坊主たちを家や村の外から出すなよ」
村長が二人を見上げた。
「分かりました。ところで、貴方方の泊まる場所は? 宜しければ、わしの家に泊まって行きなされ」
「いや。その気持ちは嬉しいけど、村の外で野宿するつもりだ。色々とやることがある」
「そうですか。……この村のことを、どうか宜しくお願いします」
村長の言葉に、彼らは真剣な面持ちで頷いていく。そして、「邪魔したな」と部屋から歩き去って行った。
玄関を出たと同時に、翔平とリークは互いの顔を見合わせる。部屋で口にすることが出来なかったことを話し合いたいと思っているのだろう。
先に口を開いたのは、リークだ。
「明日の為に、まずはこの村に結界を張る必要があるね」
「頼んでもいいか?」
翔平の申し訳なさそうな物言いに、彼は「勿論だよ」と優しい笑みを浮かべた。
「悪い。俺が魔法を使えたらいいんだけど。……呪紋が宿っても魔法は使えなさそうだ」
「それは仕方がないよ。呪紋が宿ったとしても、それぞれの向き不向きはあるからね」
思い遣りの滲み出た言葉を口にすると、リークは村の中心部となる井戸へ歩きだしていく。翔平は黙って、彼の後について行った。
井戸の前まで辿り着けば、リークは地面に片膝を突くと片手も地面に押し当てていく。目蓋を閉じて呪文を唱えれば、蒼く淡い光を放つ魔方陣が彼を中心にして広がっていった。範囲は村の敷地を超えるくらいだ。
魔方陣の外側の円の部分の光が夜空へ伸び上がれば、やがて空間に溶け込んで消えてしまう。
呪文を呟き終えて、リークがゆっくりと立ち上がった。
「これで大丈夫だよ」
柔らかく言って振り返る彼に、翔平は礼を言うことを忘れない。すると、リークが嬉しそうに笑みを浮かべる。つられて、翔平も口許に笑みを刻んだ。
そうして、二人は村の入り口へと再び歩き出した。
前を見据えながら、リークはまた口を開く。
「……翔平。明日は圭君に限らず、きっともう一人の僕も来るよ」
何かを決意したような言い回しに、翔平は真剣な面持ちでリークを見遣った。
「負けるつもりはないけれど、彼とひとつに還る覚悟も決めているんだ」
「……リーク」
翔平の表情が、いつもとは違い不安げなものになっていく。あまり見せることのない態度に、リークはいつもと変わらず微笑んでみせる。
「君が僕に護ってやると言ってくれたことは、凄く嬉しかったよ。けれど、やっぱりこれは僕と彼の問題だから、彼のことは僕に任せてはくれないかい?」
「……俺が、それで頷くとでも思っているのかよ?」
不機嫌そうな声が、翔平の口から漏れた。だが、表情はやはり不安げなままだ。
「先ほどの話で、もう君は気付いているだろう? 恐らく圭君も君と同じく、何かの呪紋を宿しているはずだ」
押し黙る翔平に、リークは立ち止まって意志の強い目を向けた。
「君は、その彼を止めないといけない。そして、彼を一団から引き離すんだ。――君の様子を見ていて、彼は本来の彼ではないことを何となく感じ取ったよ。僕の言いたいことは、解っているね?」
「……ああ。……一団から引き離せば、圭は圭に戻るかも知れないってことだろ?」
翔平が瞳を揺らめかせながら言えば、リークがふっと柔和な笑みを浮かべる。
「その通りだよ。――初心に帰ろう、翔平。君がこの世界に来たのは、圭君を捜し出して元の世界へ戻ることだ。僕のことで、目的を見誤ってはいけないよ」
まるで引き離すような、リークの言い草だ。両手を拳に握り締めながら、翔平は目付きを鋭くさせた。
「……冷静に勝手なことを言うな」
沸々と湧き上がる怒りを抑えつけるような声音である。
「お前、何考えてんだ? いきなり、今までのことをなかったかのようにしろってのか」
リークの胸倉を掴んで、翔平は低く唸るように言いながら彼を睨めつけた。
「お前が俺に言ったことも、俺がお前に言ったことも、今までの全部をなかったことにしようってのか! ふざけんなよ!」
怒りに任せて叫ぶと、翔平はリークに向かって拳を振り上げていた。




