呪紋の覚醒18
翔平は驚きに目を見開きながら、真上にあるリークの顔を凝視した。彼に対する言葉が何一つ出て来ない。拘束されているわけでもないのに、身体は金縛りにあったような状態だ。
翔平の上で馬乗りとなったリークが、自分の唇をゆっくりと彼の額へ寄せて押し当てる。次に目許へ移り、翔平は咄嗟に目蓋を閉じた。
柔らかな唇の感触が薄い皮から伝わってくる。
今度は鼻先へ、頬へ、耳元へ、唇へ、顎へと、唇は移動してゆく。
「……リーク?」
彼の不思議な行動に、翔平は漸く口を開くことが出来た。
すると、リークが翔平を真っ直ぐに見詰める。
「翔平に触れたい」
はっきりとした欲情を瞳に湛えて、彼は甘く囁いた。
触れたいと言う言葉は、一体何を意味しているのだろうか。言葉そのものか或いは別の意図なのか、翔平にとっては判断しがたいことである。
どちらにせよ、翔平はそう簡単に受け入れるつもりはない。リークへの気持ちがあったとしても、それとこれは別である。
翔平が両腕を上げて、また沈み込んでくるリークの上半身を押し返していく。
「……や、止めろよ」
制止の言葉がどもってしまうのは、彼の中に焦りが見え隠れしているからだ。
そんな翔平の手を掴んで、リークはその手にも唇を落としていった。
「ごめんよ。今だけは……君に従えない」
そう言いながら、翔平の両手の指に自分の指を絡める。そして何かの呪文を呟きながら、彼の両腕を地面に縫いつけた。
「お、お前、何をした?」
身体が動かないことに、翔平は更なる焦りを覚える。
リークは笑みを浮かべるだけで、翔平の問いに答えはしない。身体を少しだけ後ろへずらして、翔平の首に唇を寄せた。
翔平の全身に、冷や汗が流れ出る。その汗さえも舐めるように、リークは首へ舌を這わせていく。
リークが翔平の片方の手から自分のそれを離して、遠慮がちにゆっくりと服の中へ潜り込ませていった。腹から胸元へ優しく手の平を滑らせて、翔平を形成する身体を確かめるように触れてゆく。
「……リーク、止めろって」
声を上げることしか叶わない翔平は、不快感を顔に表しながら再び制止の言葉を口にした。
それでも、何かに突き動かされたように、リークの行動は止まらない。
リークが翔平の服を捲り上げる。外部に晒された翔平の裸の胸元――心臓のある部分が、緊張と焦りの為か目視できるくらいに激しく脈打っていた。そこへ唇を落としながら、彼の手は下半身へと流れていく。
「リーク!」
翔平が怒りの滲む声を上げれば、リークは言葉を塞ぐように唇へ口づけた。
下半身へ流れていく手は、翔平の手へと戻り再び指を絡めていく。
唇を合わせながら、翔平の口内へ舌を差し入れ、無意識に手にした情欲に身を任せ口腔を犯してゆく。歯列をなぞり、上の歯の裏側――口蓋へ丹念に舌を這わせていった。
そこで舌が動くたびに、翔平は訳の判らないむず痒さを感じているようだ。耐えるかのように、目蓋を閉じながら眉間に皺を寄せている。捲られたままの胸元は、先程よりも上下の動きを早めていった。
「ん……う……」
リークの何度も続けられる行為に、翔平の中でむず痒さはやがて緩やかな快感を伴いようになる。
鼻にかかったような、小さな声が漏れた。
翔平が自分の声に驚いて目を見開けば、行為を続けながらこちらの様子を窺う目とかち合う。
熱っぽい視線だ。今までに見たことのない、艶っぽく快感に満たされた碧い瞳だ。
リークをそうさせているのは、翔平自身に他ならない。それを感じ取って、翔平はあまりの恥ずかしさに頬を赤く染め上げた。
すると、リークが目を細めていく。やがて、ゆっくりと閉じられていった。
親密な行為はなおも続いている。限られた時間の中で、リークは足りないとばかりに翔平を堪能してゆく。
濃密な接吻が、徐々に翔平の正常な思考を奪う。リークにかけられた魔法が解かれているにも関わらず、翔平は目蓋を閉じ、絡まれた指に自分の指を絡め返していった。
口と口の間で、翔平とリークの舌が絡み合う。それはやがて軽いものに変わり、単なる口づけ合うものとなった。
ただ口づけ合い、高まる欲望を静めてゆく。
そうして、リークは翔平から唇を離していった。最後に彼の濡れた唇を啄ばみ、絡み合った指も離していくとその唇を優しく拭う。
リークが、翔平の上から身体を退かした。自分の濡れた唇も服の袖で拭い、翔平の横へ身を落ち着かせる。
翔平は上半身を起き上がらせて、先ほどの行為に戸惑いを見せながら僅かに乱れた服を直していく。マントを纏っていた為に、地面に押し倒された際の汚れはない。
気まずげな雰囲気が、二人の間を包み込む。沈黙が続いている中で、微かな甘さと苦さが同居している。
だが、それはリークの頭を叩く音で一掃された。
リークの頭を叩いたのは、他でもない翔平である。言葉もなく、彼は衝動のままに手を上げていた。
「……翔平」
リークがすまなそうな顔をするも、翔平はさらに目つきを険しくする。
「お前は何で、こんな時にあんなことをするんだ。……どうすればいいのか判らなくなるだろ」
行為を仕掛けてきたリークと、最終的に応えてしまった自分。落ち着きを取り戻した途端に、翔平は腹を立てずには居られない。
その場の雰囲気の流れと言うものがあるが、今はそんなことをしている場合ではないのだ。
「ごめんよ。僕はどうしても、君とそうしたかったんだ。君の気持ちを聞いて、冷静で居られることなんて、出来ないよ」
リークの言い分は、翔平にも理解出来るものだ。だが。
「……初めて、君をどうにかしたいと思った。何をすればいいのか、どうすればいいのか判らなかったけれど、君に触れてみたいと思ったんだ」
さらに彼から継がれた言葉に、翔平はどう言い返せばいいのか判らず押し黙る。
そして、リークも押し黙ってしまった。
(……結局判らなくて、ああなってしまったけれど)
リークは先ほどの光景を思い返して、それ以上の何かを望んでいたことを自覚する。だが、やはり彼にはそれが何であるのかを知る術はなかった。
リークの情欲の衝動は、ままならないままで終わってしまう。だが、翔平にとってみれば、あれだけで良かったとほっとするものがあるだろう。無論、翔平はリークの「それについて」を知ることはない。
翔平がふいに深い溜め息を吐き出した。
「もう、こんなことはするなよ」
溜め息と共に吐き出された一言は、それでもうリークを許しているような響きがある。それだけで許してしまえるのは、恐らく相手が彼であるからだろう。
しかし、リークが彼の言葉に頷けるかと言えば、それは否である。暴走と同じように、いつ何時その衝動に突き動かされるのか判らないのだ。
「……本当にごめんよ」
リークは翔平に対して、ただ謝罪するしかなかった。
「……そんなに謝るなよ」
彼の困ったような顔を目にすると、翔平はそっぽを向いていく。そして、気を取り直すかのようにすっくと立ち上がった。
「……そろそろ時間がなくなってきたし、行こうぜ」
無愛想な調子で告げるなり、翔平はリークを置き去りにしてその場から踵を返してゆく。
翔平の態度に、リークは苦笑を浮かべるしかない。ゆっくりと立ち上がると、彼の後を追うように歩き始めた。
二人が村長の家に辿り着いたのは、全てが完全な夜へと変化を遂げた時である。
村長の家の窓から明かりが漏れ、影たちが漸く本来の身体に戻ったことを知らせていた。
翔平が家の扉を叩けば、待っていたかのように扉がゆっくりと開かれる。
扉を開けたのは、村の長その人のようだ。年老いた目元を優しく細めて、翔平とリークを出迎える。その顔は憔悴しきったものがあった。
「……旅のお方、良くぞお出で下さった。先頃はおかしなところを見せてしまい、さぞや驚かれたことでしょうな」
「いいえ。僕たちの方こそ、無断で家に上がってしまってすみません」
リークがそう謝れば、村長は「気にしておりませんぞ」と人柄の滲み出る笑みを浮かべる。
そんな彼に、今度は翔平が口を開く。
「それで、爺さん。ここで何があったのか教えてくれるか? あと、もう一つあんたに訊きたいことがあるんだ」
「そうですな。――では、中へ」
村長に中へ通され、翔平とリークは家の中に入って行った。
二人が村長と共にやって来た場所は、村人たちとの集会場となっている部屋だ。翔平とリークが、影となった彼らと出会った部屋である。
部屋には、数名の男女が床に座って二人を待っていた。出会った当初の人数よりも少ないのは、子供の待つ家に戻った者が居るからだ。
村長の後について部屋を移動し、二人は村人たちの前で腰を下ろした。
床に胡座を掻いて、翔平は村人たちの表情を窺う。誰もが村長と同じく憔悴しきっており、暗く深刻な表情をしていた。
(…………)
翔平が隣に座るリークを見やる。すると視線に気付いたのか、彼は見返してくると小さく頷いた。
リークから視線を外して、今度は反対側の隣に座る村長を見やる。
「一昨日に、この村で何があったんだ?」
翔平の単刀直入な問いに、村長が深刻な表情で頷いてみせた。
何かを確認するように、村長が村人たちの顔を見回していく。村人たちはそれが何であるのかを理解し、村長に対してそれぞれの反応で頷いていった。
村人たちの了承を得て、村長は隣の翔平を見る。
「……その話をする前に、貴方方は何故このような村へ立ち寄ったのかのう?」
「ああ、それなら」と翔平は口を開く。
「俺たちは、封印の鍵の情報を求めてここへ来たんだ」
翔平の回答に、村長が眉根を寄せる。周りにいる村人の誰もがどよめいた。




