表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/84

呪紋の覚醒17

 翔平は何かを確かめるように、右手をそっと左胸に押し当てた。

 苦しみに囚われていた心が、今度は別のものに絡め取られていく。苦悩を覆い隠していくそれは、翔平の良く知っているものだ。

 いつかにリークへ感じていた曖昧な霧が、いつしか(もや)に変わっていた。霧が靄へ、靄はやがて晴れ渡って見通しが良くなっていく。

 翔平が戸惑ったように、また隣のリークを盗み見る。

 すると、今度はリークが視線に気付いて見返してきた。

 絡まった視線に、翔平は目を見開いたままで固まる。何故か逸らすことが出来なかった。

 靄が晴れ渡る中で、芽生えた何かがまた光へ向かって伸び上がる。

「……あ、えっと」

 何を言えばいいのか判らず、翔平は緊張したように続きのない言葉を口にした。

 やはり視線は逸らせず、リークの碧い瞳に釘づけのままだ。

「どうしたんだい?」

 なかなか続きを言わない翔平に、リークが不思議そうに問いを投げかけた。

「いや、あの……」

 訳の判らない戸惑いと焦りで、翔平は混乱する。言葉は先ほどと同様に、何も見つかりはしない。

(一体どうしたんだよ? 俺)

 心の中では、何処かおかしげな自分に、翔平は苛々を募らせていた。けれども、それを止められずにいる。

 リークが木の幹から離れて、心配した表情で翔平に近づいてきた。

「翔平。本当にどうしたんだい?」

 言葉と共に縮まる距離に、翔平は息苦しさを感じずにはいられない。

 リークと一定の距離を保とうと、翔平はじりじりと間隔を開けていく。だが、彼は諦めることなく、さらに距離を縮めて来ようとする。

「な、何で近づいて来るんだよ」

「君が逃げようとするからだよ」

 リークに指摘されても、翔平は逃げることを止められずにいる。その行動はまるで、徐々に成長してゆく何かを止めようとしているようだ。

 リークが翔平へ腕を伸ばしてゆく。まるでその成長を促すかのように、早めるかのように、彼の腕をしっかりと捕らえる。

「さっきと何処か様子が違うね。君の中で、何が起こったんだい?」

 翔平と真正面に向かい合って、リークは彼の中を見透かそうと疑問を口にした。訊きたいことをその時に訊く。あの滝で翔平が言った言葉を、彼は遠慮せずに実行してゆく。

 この事態を予想していなかった翔平は、あの時に言ってしまった科白を悔やんだ。だが、言ってしまった以上は撤回することはしない。

「教えて、翔平」

 リークの今までにない強い瞳と口調だ。

 「教えて」とまた言われ、翔平は動揺のあまりに目を泳がせる。しかし、リークはそれさえも許さなかった。

 掴んでいた腕を離して、翔平の頬を両手で包むと深い茶の瞳を射竦める。

「――さあ、翔平」

「……分かった。分かったから、離れろよ」

 逃げられないことに観念して、翔平はそう訴えた。

 リークはほっとしたように微笑むと、両手を離して翔平の前に座り直した。

 それを確認すると、翔平は気まずそうに口を開く。

「教えろって言われても、俺も良く判らないんだ。……ただ、何か急にお前を意識して、気になって仕方なくなって。さっきまで苦しかったのに、それとは違う何かがあって」

 言葉は選ばず感じたことを口にすれば、リークの顔が見る見る内に驚きの顔に変わる。

「――それは」

 見開いた瞳に翔平を映して、リークが呆然としたようにぽつりと呟いた。だが、即座に気を取り直し、ゆっくりと口を開いてゆく。

「それは、僕も同じだよ。君を意識して気になって仕方なくて」

 そう言いながらリークは膝立ちになって、緊張に震える両手で再び翔平の頬を包み込む。

「苦しみを覆い隠して、包み込んでくれる何か……」

 翔平の顔を上向かせて、見下ろしながら艶っぽく微笑んだ。

「その何かは――君を好きだと言う気持ち」

「そ……っ」

 翔平が何かを言う前に、リークは顔を近付けて彼の唇を塞いでいく。

(――そうなのか? 俺もリークが好きだから、そうなるのか?)

 リークの言葉を反芻しながら、翔平は呆然としながら自分自身に問い質した。その行為を拒みはせず、自覚をする前に――自分の中に芽生えていた何かが光へ届く前に、彼から言い当てられた気持ちを確認する。

(俺は、リークが好き、なのか? リークと同じように好きなのか?)

 心の中で問いかけながら、翔平はリークと出会った日から今に至る日までを思い返してゆく。

 翔平の様子を察して、リークはゆっくりと身を離していくと再び座り直した。

 自分自身で答えを導き出すまで、じっと大人しく待つつもりのようだ。だが、翔平を見守るリークの双眸は、先程の微笑みよりも艶めいたものがあった。

 恐らく、リーク自身も知らないことだろう。彼の瞳に、情欲のような感情が微かに揺らめいている。本来ならばあってはならないそれを、彼はこの時初めて無意識に手にしていた。しかし、そうであったとしても、やはりキス以上を望み求めることはない。

 リークがそんな瞳で見詰める中で、翔平は周りが気にならないくらいに深く考え込んでいた。

 翔平の中で、リークとの日々が走馬灯のように浮かび上がる。記憶の中で、彼に対して抱いた感情に負のものはない。始めは得体の知れない奴と思っていたが、リークと接するたびにそれは打ち消されていた。

 友人として、彼を好きであることは否定しない。恋愛対象者としては、やはり曖昧である。「嫌」ではなく、飽くまで「曖昧」だ。

 翔平はリークに対して、異性に対するそういったことを望んだことはない。彼にキスされようが抱き締められようが、そう言った気を起こしたことは一度もない。だが、彼に対する戸惑いはあるものの、嫌悪感を抱いたことはなかった。戸惑いながらも、許してしまう翔平が確かに居る。

 リーク以外の他の者にそうされて、それでも平気かと問われれば、はっきりと「気色悪い。される前に殴り倒す」と断言出来る。リークが翔平ではない他の誰かとそうなれば、何故かそれを肯定するのではなく否定したくなる。

 翔平の中で、全てが矛盾していた。

 答えは簡単に見えて、翔平にとっては難しいことだ。異性を好きになることを当たり前として来たのだから、それは仕方のないことかも知れない。美少女と見紛う容姿を持つ圭がずっと傍に居ても、友情を超える感情を一度も抱きはしなかった。男同士の友情を超える感情はないと、当然のように思ってきた。

 なのに、リークが固定観念の壁を突き破ってきた。リークによって、翔平の中にある先入観が覆されてしまったのだ。しかし、簡単に受け入れることが出来るはずもない。

 ふたつの板挟みとなって、翔平の「曖昧」がそこにあった。問題は他にも山積みである。「曖昧」の中に潜むそれを認めてしまえば、色々な意味で後戻りが出来なくなるだろう。互いに傷付いてしまうかも知れない。

「……なあ、リーク。お前、周りの目とか恐くないのか?」

 唐突に口を開いた翔平に、リークはそれが何に対するものなのかを察した。

 彼の瞳は未だに艶めくものがある。

「恐いと言えば恐いよ。けれど、呪紋のそれよりは恐くないね。――君は?」

「正直に言えば、両方とも恐い。他人の目を気にしないと言っても、こればかりはな」

「翔平は恐いから、それを認めたくはないんだね?」

 リークの問いに、翔平は眉間に皺を寄せながら首を左右に振った。

「恐いからだけじゃない。俺もそうなったことがないから判らないけど、多分他にも色々と大変だと思うんだ。――只でさえ、俺たちには呪紋って言う問題があるし」

「真剣に考えてくれて、有り難う。それでも、僕は君とそうなることを望んでしまうんだ。君がそれを認めることも」

「…………後悔、しないか?」

「しないよ。だから、僕は君の傍に居たくて、この旅について来たんだ。僕が言った君に対する言葉は、嘘偽りはないよ」

「…………ただそれを認めるだけなのに、勇気がいるんだな。お前も色々悩んだのか?」

「悩んだよ。あの日――君が僕に旅立つと言った日に、僕の目の下に隈が出来ていただろう? 君に対する気持ちに気づいて、眠らずに色々と考えていたんだ」

「その時から俺を……?」

「自覚したのはね。けれど、その前から僕は君が好きだったよ。君が僕に向けてくる言葉や態度の一つひとつが、僕をそうさせた」

「俺は別に、大層なことを喋ったりやったりはしていないと思うんだけど」

「そう感じるのは、人それぞれだよ。僕は他でもない君によって、心を救われたんだ」

「…………そんなはっきりと何処でとか言えないけど、本当にいいのか?」

 翔平の問いに、リークが「勿論」と笑う。

「…………わ、分かった。…………俺」

 その続きの言葉を紡ごうとするが、翔平は口を何度か開け閉めをするばかりだ。

 リークは辛抱強く、じっと待っている。

「俺……、自覚したのは今日だけど、俺も……リークのことが、好き、だからな」

 やっとである。たどたどしいながらも何とか言い終えて、翔平はいつの間にか汗ばんでいた額を手の甲で拭った。

 視線は気恥ずかしさに、地面へ落とされている。

 翔平の前に居たリークの気配が動いた。顔を上げれば、彼の端正な顔が間近にある。とても嬉しそうな笑みだ。

「ありがとう……翔平」

 さらに間近へと迫り、甘く囁く瞳は情欲の色を濃くしていた。

 翔平が何かを言う前に、リークがまた動く。

 何をするのかと思えば、二度目となるキスを仕掛けてきた。だが、先程と何処か違う感覚である。これまで知り得なかった感触を、翔平はこの時はじめて経験した。

「ちょっ、ま、リっ、ク」

 合間に漏れる翔平の訴えを聞きはせず、固まる翔平の身体を抱き締めながら、リークは無防備な唇を堪能するように求めていく。

 唇と唇の間から見え隠れするのは、赤い舌だ。リークから一方的に絡め取られ、翔平はたじろぐばかりである。仕返す、なんて考えまでは及ばない。

 そうこうしている内に、翔平は背中を地面へつけ、気付けばリークに押し倒されていた。

 翔平から唇を離して、リークが彼の顔の両脇に手を突く。少しだけ上体を起こすと、じっと翔平を見下ろした。

「ごめんよ。……少しだけ、いいかい?」

 翔平に何かを確かめると、リークは今まで見せたことのない妖艶な笑みを浮かべる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ