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呪紋の覚醒16

 二人が村に戻ったのは、周りの風景が茜色に染まる頃のことだ。暫くすれば夜が訪れ、村の影たちが元の身体へと戻る時がやって来る。

 翔平とリークは村長の家へ行く前に、一先ず子供たちの居る家に立ち寄ることにした。無論、滝でのことを謝罪する為だ。

「……とは言っても何て説明して謝ればいいんだ? さすがに本当のことは言えないな」

 家の扉の前まで来て、翔平はそのことに頭を悩ませた。

 良い考えが浮かばない翔平に、リークがくすりと笑う。

「本当のことを言えばいいよ。誤魔化しや嘘を吐くよりはいいと思うよ」

 彼の科白に、翔平が「けど……」と渋る。子供たちに真実を伝えれば、ますますリークを恐がるだろう。

「あの子たちの中で、僕はもう悪者になっているよ。――翔平が僕を信じてさえいれば、それでも構わない」

 さらりと言ってのけて、リークは優しい笑みを翔平に向ける。だが、翔平は納得が行かないのか、眉間に皺を寄せた。

「……俺が嫌なんだ」

 翔平の小さな一言に、リークが目を丸める。そして、今度は嬉しそうに笑った。

 その時である。家の前に居る二人に気づいたのか、ひとりの子供が家の窓から顔を覗かせた。滝での出来事を教えてくれた子供だ。

「あれー? お兄ちゃん、どうしたの?」

 窓を開けて声をかけてきた子供に、翔平は近付くや否や深々と頭を下げていく。

「悪い。俺たち、坊主たちの大事な場所を壊したんだ」

 頭を下げたままでそう告げてきた翔平に、子供は驚き戸惑ったような顔をした。

 翔平に続いて、リークも窓辺に歩き寄ると頭を下げてゆく。

「謝って済むことではないけれど、それでも君たちに謝りたいんだ。――ごめん」

 頭を下げ続ける二人に、子供は表情を思案するようなものに変えた。

「言い訳はしない。怒りたいなら怒ってくれ。許して貰えるとは、俺たちも思っていない」

 翔平の言葉に、子供が漸く口を開く。

「大事な場所って、あの滝のこと?」

 子供の問いに、翔平は顔を上げずに「ああ」と相槌を打った。

「……わざとやったの?」

「わざとじゃない」

「……友達のお墓は?」

「多分、巻き込まれた」

 翔平の科白に、子供が泣きそうな表情をする。

「……わざとじゃなくても、友達のお墓を壊しちゃうなんて、ひどいよ。お兄ちゃん」

 子供の翔平を責めるような物言いに、リークが思わず顔を上げた。

「ごめんよ。悪いのは、僕なんだ。彼は、僕を止めようとしただけなんだ」

 そう声を上げるリークに、翔平が慌てたように顔を上げ、子供は怯えたような視線を彼に向ける。

 リークの科白で、子供は一昨日の出来事を思い出したのだろう。彼に対しての怒りと恐れが大粒の涙となって、大きな瞳から幾度となく流れて落ちてゆく。

「ボクたちの友達を傷つけて、そのお墓も壊しちゃうなんて、……どうしてそんなことをするの? 心が痛くないの?」

 嗚咽を漏らしながら訴えてくる子供に、リークは何も言えず、心が痛んだように顔を辛そうに歪ませる。そして、表情を隠すように俯かせた。

 彼らの友人を手にかけたのは、無論リーク自身ではない。だが、あの場に居たのがもうひとりの彼ではなく、彼自身だったとしても結果は同じである。

 これが、呪紋を持つ者の現実だ。

 その身に呪紋が宿ったことで、リークだけではなく翔平の身にも起こり得ることである。滝で唐突にリークが暴走したように、いつかは翔平も暴走し、リークをその手にかけてしまうのかも知れない。

(解ってたはず……なんだけど……)

 そう思いながら、翔平は眉根を寄せて顔を俯かせた。

 リークに公言した通り、翔平の中に呪紋を宿らせたことへの悔いはない。呪紋は誰かを護る為にあるのだとも思っている。だが、その意思と現状はあまりにもかけ離れていた。

 理想を語ることは容易いが、理想を現実に変えることは何よりも難しいことである。

 大人よりも呪紋のことを何も知らない子供から純粋に向けられる恐怖心が、翔平とリークの心臓を鷲掴みにする。

 今にして、翔平は漸く呪紋の所持者たちやリークの苦しみが解ってきた。それはここに居るリークに限らず、もうひとりのリークも含まれている。

 正気に戻った彼が子供たちに見せた悲しげな背中は、恐らく彼もまた暴走することに苦しんでいる証なのだろう。二人のリークは、環境は違うが同じ存在で同じ性質なのだ。それは当然のことであった。だが、二人には明らかな違いがある。それぞれに培ってきた記憶もあるが、暴走を止めてくれる存在が居るか居ないかである。

 リークには、命を張って暴走を止めてくれる翔平が居る。その違いで、二人の心の在り方は大きく違ってくるのだ。

 暫く待っていても、リークからの返答がないことに子供が業を煮やす。

「……帰って。ボク、もうお兄ちゃんに遭いたくないよ。……大嫌い!」

 力なく、けれど嫌悪の込められた言葉を吐き捨てて、子供は窓を閉めて泣きながら奥へと戻って行く。

 翔平とリークは、暫くその場から動けなかった。

 窓から漏れた明かりが、俯いて佇む二人を照らす。部屋の中からは、子供の泣きじゃくる声がいつまでも響いていた。それと共に、子供を戸惑いながら慰めるような他の子供たちの声が小さく聞こえる。

「……リーク。……苦しいな。……ごめんな。俺、お前の――お前たちの苦しみを、さっきまで軽く見ていたかも知れない……」

 右手で左胸の衣服を鷲掴みにしながら、翔平は苦しげにぼそぼそと言葉を紡いだ。

 リークが顔を上げ、翔平の左手をやんわりと掴んで、そっと衣服から外させる。だが、翔平は顔を上げられなかった。

「……翔平は、苦しまなくていいんだよ。あの子が言ったことは、……僕に対してのものなんだから」

 悲しそうに、それでも優しさを帯びた瞳で、リークは翔平を見詰める。

「……滝で、君は言っただろう? 僕には君が居ると。……それと同じで、君には僕が居るよ。……もし君が暴走をしてしまったら、僕が命を懸けて止める。……彼とひとつに還ったとしても、僕はずっと――君の傍に居るよ」

 リークが掴んでいる翔平の右手を、再びその左胸にゆっくりと押し当てた。

「――ここに。翔平の胸に、悲しみや苦しみだけではなく、僕と言う存在を覚えていて」

 そう言って、リークはゆっくりと彼の右手を離してゆく。

 翔平の右手が力を失くしたように、だらりと落ちていった。それと同時に、何か透明な粒が地面に落ちてゆく。

 それは幾粒も地面に落ちて、丸い染みを作っていた。

 リークは切なげに翔平を見詰め、今度はその左手を取って歩き出してゆく。

 翔平を連れて彼が向かう方向は、村長の家ではなく村の入り口の方だ。彼の手を強く握り締めながら、何も言わずただ前を見てゆっくりと突き進んで行く。

 翔平はまだ俯いたままだ。俯いたままで、リークの行くところに従っている。

 そんな二人を、消えかけようとする僅かな夕日が照らしていた。

 夜は間近に迫っている。

 村の出入り口まで辿り着くと、リークは辺りを見回してゆく。そして、近くにある三本だけ纏まって重なる大きな木を目に捉えた。

 その木々に真っ直ぐに向かって、何処から見えても死角になる場所を探っていく。特定された部分を見つければ、リークは翔平を引っ張って近寄っていった。

「……誰にも見えないよ。僕も見ない。……だから、君はここでゆっくりと気持ちを落ち着かせるんだよ。……僕は、馬のところに居るから」

 翔平を気遣うように言ったのは、リークが彼の性格を理解しているからだ。

 翔平は他人に弱みを見せることに対して、苦手としておりそれを極端に嫌がる。リークは以前に「それは格好悪いことじゃないよ」と諭してみたが、それは簡単に直るものではなかった。ただ当初よりかは、僅かながらに改善はされている。

 暫くの間だけ翔平をじっと見詰め、リークは握ったその手をゆっくりと離していった。そして、言葉通りに馬のところへ向かおうと、その場から踵を返してゆく。

「……リーク!」

 だが、翔平が咄嗟に彼の手を引っ張り引き戻した。

 リークが後ろを振り返れば、それと同時に翔平が再び顔を俯かせる。

「……悪い。少し、傍に、居てくれないか」

 微かに震える声で、翔平はぽつりとぽつりとその言葉を呟いた。

 今まで一度も見せたことのない翔平の様子に、リークの胸に今まで感じたことのない深い何かが奥底から湧き上がる。突き上げてくる。彼の中で何かが、知ってはならない何かが生まれようとしている。

「……いいよ、翔平。ここに居るよ」

 だが、胸の中でざわつく奇妙な感覚に蓋をして、リークは何事もなかったかのように優しく答えてみせた。

 翔平をその場へ座るように促して、リークは隣に腰を下ろす。背後にある木の幹に凭れて、何かを話しかけることはせず、何をする訳でもなくじっと夜が迫る空を見上げた。

 翔平は、やはり顔を上げることはない。その場に胡座を掻いたままで、ただじっとして気持ちを落ち着かせている。

(……さっきの感覚は、一体何だったんだろう?)

 ふと、リークは先ほどのことを思い返した。思い返したところで、彼にそれを知る術はない。それは――その感覚は、呪紋で形成されたリークにあってはならないことである。それ以上を考えられずに、彼は空を見上げることに集中していく。

 そんなリークを、翔平が盗み見ていた。気持ちが落ち着いてきたこともあるが、翔平は先ほどの自分の行動に動揺しているようだ。

(……何か、おかしいな。俺。……リークに傍に居て欲しいなんてこと、前は全然思わなかったんだけど)

 リークからそっと視線を外して、翔平はまた顔を俯かせる。

(……誰にも弱みなんか、見せたくないって思っていたんだけど)

 翔平の中でも、いつの間にか芽生えていた何かが成長し始めた。それは急速にではなく、緩やかに真っ直ぐと光に向かって伸び上がる。

(……いつの間に、こんなになってたんだ? さっきので? いや、違う。……前、からだったかも知れない。……良く判らないけど)

 だが、それが光に届くことはない。それが光へ届くには、まだ時間を必要としている。

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