呪紋の覚醒12
リークが優しい笑みを浮かべながら、子供たちの居る家へ近づいていく。すると子供たちはさらに怯え、家の中から飛び出すや否や翔平の後ろへ逃げ込んでいった。
リークは子供たちの反応に戸惑い、困ったような表情で翔平を振り返る。
「……ひょっとして、僕に怯えている?」
「みたいだな。お前はもう少し離れていろよ。こいつらがまた逃げるかも知れないし」
「分かったよ」
リークは肩を軽く竦めて、その場を離れていった。そして、翔平たちから結構な距離を取り、もう一度村の中をのんびりと見回し始める。
翔平はリークから視線を外し、後ろに居る子供たちを振り返った。
四人の子供たちは、容姿からしてまだ七つか八つくらいの年頃のようだ。不安げな表情で、翔平を見上げていた。
子供たちと目線を合わせるように、翔平はその場で身を屈めていく。目線が合えば、彼は優しい眼差しで笑いかけた。
「どうしたんだ? あいつが恐いのか?」
優しい声音で問いかければ、子供たちは四人揃って深く頷く。そして、ひとりの子供が口を開く。
「あのお兄ちゃん、笑いながら傷つけたんだ。ボクたちの友達を」
「笑いながら友達を傷つけた?」
「うん。何かね、光る剣でバサーって傷つけてた。ボクたちが止めてって言っても、止めてくれなかった」
「その友達はどうなったんだ?」
「いっぱい血を流して、眠っちゃった。起こしても、全然起きないの。パパやママに訊いたら、死んじゃったんだって。だからボクたち、友達のお墓を作ったんだよ」
子供の話をそこまで聞き終えて、翔平は眉間に皺を寄せながらリークを振り返った。
翔平の視線に気づいたリークが、不思議そうにこちらを見返している。
(どういうことだ? まさか、呪紋で暴走したリークが? ――いや、違うな。リークはずっと俺と行動していたし、第一、地図を貰うまでこの村のことを知らないはずだ)
そう考えながら、翔平は再び子供たちに視線を戻した。
「それは、本当にあいつか?」
「うん。ボクたち、ちゃんと見てたもん。だけど、格好は違ってたかな。フードつきの黒いマントをつけてた」
(フードつきの黒いマント?)
思いも寄らないその単語に、翔平は驚きに目を見開く。だが、すぐに表情を平静に戻し、再び子供たちと向き合った。
「もっと詳しく聞かせてくれないか? 俺があいつに怒ってやるから」
翔平がそう口にすれば、子供たちは素直に頷いてたどたどしくもその詳細を語り始める。
子供たちが彼に出会ったのは、一昨日の日中のことだ。村の近くにある小さな滝で、彼らは友達――人型の小さな魔物と仲良く遊んでいた。
その最中に、フード付きの黒いマントを纏った金髪碧眼の彼が現れた。彼は口許に笑みを刻みながら、滝下の彼らの許まで近づいてきた。手には光る剣、光の剣が握られていた。
子供たちが不思議そうに見詰めていると、彼は突然剣を振り下ろしてきた。その口許の笑みは変わらない。咄嗟に彼らの友達が彼らを護るように前に出て、その剣を受け止めた。友達は小さな魔物だが、力も強く滅多なことではやられない。
彼らの友達は剣を受け止めながら、彼らに逃げろと訴えた。だが、彼らは逃げることが出来なかった。友達が心配だったからだ。だから彼らは邪魔にならないように、滝の近くにある木の陰に隠れて、友達と彼の闘いを心配そうに見つめていた。
見つめながら、子供たちは懸命に止めてと彼に訴えた。友達が怪我するから止めてと、何度も訴えた。
だがその訴えを踏み躙るように、友達が彼の剣によって斬り捨てられた。地面に倒れた友達を、彼は深い笑みを口許に浮かべながら見下ろしていた。彼の握っていた剣には、友達の血が流れていた。
彼が子供たちを見た。真正面から彼らを見た。碧い瞳は異様な光を帯びて、子供たちは彼を人間じゃないと思った。人間じゃない。「友達」でもない。
怯えた目で彼を凝視すれば、彼ははっとしたように身体を小さく揺らした。そして、彼は背を向けてその場から立ち去った。その背中は現れた時と違って、とても悲しそうだった。
そこで、子供たちの話が終わる。
(……それは、暴走したリークだ)
翔平はそう確信して、ゆっくりと目蓋を伏せた。
(一昨日の日中って言ったら、俺たちはまだセイレーンに辿り着いていない時だな。だとすれば、もうひとりのリークか……)
森の中の出来事、森の中で見た夢、夢の中の圭、もうひとりのリーク、一昨日、様子のおかしかったリーク、フード付きの黒いマント。それらの単語が全て、翔平の中でかち合った。そして、胸騒ぎの原因も、恐らくそれに通じている。
(いやに詳しいから、変だと思ってたんだ。そう言うことかよ。リーク)
一昨日の話し合いの夜を思い出しながら、翔平は無意識の内に眉間に皺を寄せていた。
「お兄ちゃん?」
心配そうな子供の声に、翔平ははっと我に返る。慌てて表情を戻し、努めて優しい表情を作った。
「悪いな、ちょっと考え事だ。――それともう一つ、訊いてもいいか?」
翔平の更なる問いに、子供たちは快く頷いて引き受ける。
それを確認して、翔平は口を開く。
「他の人たちはどうしたんだ? 俺、村長やみんなに用事があったんだけど」
「えっとね、みんな村長さんの家に居るよ」
そう言って、彼は翔平たちが向かおうとしていた大きな家を指差す。
「ボクたち子供は入っちゃ駄目って言われた。夜まで家の中で大人しくしてなさいって。でもね、一昨日から変なんだ。夜になってパパやママが帰ってきても、朝にはまた村長さんのところへ行くの」
「そうか。教えてくれて有り難うな」
そう言って、翔平は子供たちの頭を一人ひとり優しく撫でていった。すると、子供たちが邪気のない笑みを浮かべる。
「それじゃあ、俺もう行くな。それと、言われた通りに家の中に居ろよ」
「うん。あ、ボクたちからのお願いね。ちゃんと、ボクたちの友達を傷つけたお兄ちゃんを叱ってよ?」
「ああ、約束だ」
翔平は子供たちと約束を交わし、屈んだ身体を起こした。翔平の様子をしばらく眺めて、彼らは家の方へ走り去っていく。
翔平は子供たちが家の中へ入るのを確認して、リークの許へ歩き寄った。
「リーク」
翔平が彼の名前を呼べば、リークが振り返って笑いかけてくる。
そんなリークの頭を、翔平は無言で思い切り叩いた。表情はいつもと変わらない――ように見えて、何処か怒っているようだ。
翔平は、子供たちとの約束を実行した訳ではない。実行しなければならない相手は、もうひとりの彼の方である。
リークは叩かれた頭を押さえながら、訳が判らないと言うような表情をした。
「……ひょっとして、乗馬でのことでまだ怒っているのかい?」
「いや。何となく叩きたかったんだ」
すまなさそうに訊いてきたリークに、翔平はただそう答えるだけだ。だが、翔平は「何となく」で、人を叩いたり殴ったりする人種ではない。翔平をそうさせる原因が、リークにはあった。無論、乗馬でのことではない。
「……話を聞いたけど、村の大人たちは村長の家に集まっているらしい」
「? それだけの話で、随分と長かったね」
「……まあな」
翔平の口調は、何処か感情を押し殺したようなものがある。リークはそんな彼を、訝しげな顔で見つめた。
すると、翔平はリークに背を向けて、大きな家へ向かって歩き始める。その後を追うように、リークは歩き出した。表情は先ほどと変わらず、訝しげなままだ。
ふいに、翔平が立ち止まる。そして、後ろを振り返りもせず、リークに話しかける。
「……これが終わったら、お前に話があるんだ。……いいか?」
「構わないよ」
リークのあっさりとした返事に、翔平はふっと息を小さく吐き出した。それはまるで、気を取り直すかのような行動だ。
「それと」と言いながら、翔平はリークを振り返る。振り返ると同時に、翔平はいつもの翔平に戻っていた。
「やっぱり、この村は何かあるみたいだ。子供を真っ昼間から家の中に閉じ込めて、大人たちは夜まで村長の家に居るって、何か変じゃないか? 一昨日かららしいけど」
「それは、さっきの子たちが言っていたことなのかい?」
「ああ。――お前はどう思う?」
リークも気を取り直して、翔平の問いに答えようと考え始める。
「……僕も変だとは思うよ。けれど、今の状態では推測も憶測も出来ないね。その変が、封印の鍵に繋がればいいんだけれど」
「確かにそうだな。まあ、ここで考えても埒があかないか。村長の家に行ってみようぜ」
そう言って、翔平はリークが隣に並ぶのを待ってから歩き出した。
二人並んで歩き、井戸の広場を抜ける。そこから真っ直ぐ歩けば、目の前に村長の家が待ち構えていた。
翔平とリークは互いに顔を見合わせ、家の扉を叩く。だが、中からの応答はない。
諦めずに、もう一度扉を叩いた。それから暫く待っても、やはり応答はなかった。
「どういうことだ? 誰も居ないって訳じゃないと思うんだけど」
「翔平の話からすると、そうだろうね。話し合いをするにしても、来客の応対はするはずだ。――家の中で、何事もなければの話だけれどね」
「…………」
翔平が無言でリークを見る。リークも翔平を見返した。そうして互いに頷き合うと、家の扉をゆっくりと開けていく。
家の中はしんと静まり返っていた。人が居ると言う雰囲気ではない。
無断で玄関を上がり奥の方へ突き進めば、二人は人が動いているような影を目の端に捉えた。その影を目指して、音を立てずゆっくりと歩いていく。
そして、扉が開いたままの影のある部屋を覗き込めば――。
「!」
翔平は、その光景に身を固まらせた。
部屋の中に、影は確かにある。幾つもの影が部屋に集まり、ひとつの影を注目しながら話し合いをしている。
「――影は影でも、人の影ではなく本当の影か。ここでは影が本物で、人が偽者と言うことになるのかい?」
翔平の隣でリークはそう呟きながら、部屋の中へと入って行った。




