リュイール王国03
「詫びとして、君の親友捜しに私たちも協力しよう。それまで我が国で身を休め、この世界についての知識を養うことだ」
国王が翔平にとって、思いも寄らない提案を投げ掛けた。
翔平の顔が、怪訝な面持ちに変わる。
「はいそうですかと、俺がその話に乗っかる訳がないだろ。あんたたち、何か企んでんだろ?」
露骨な警戒振りだ。
国王は苦笑いを浮かべるしかない。
「人の善意は受けるものだぞ? 私たちは何も企んではいない。君が先程言った、ここは嫌な国でもない。すぐに信じては貰えないだろうが、私たちは一目見た時から翔平の意志の強い瞳と、物怖じしない人柄を気に入ったのだ」
そう言って国王は、人好きのする笑みを浮かべた。
翔平は、押し黙って国王を注視する。彼の言葉が、嘘偽りがないかを見定めているようだ。
先程国王が翔平に取った尋問は、恐らく国民を護る為のものだろう。国王自身もそう言っていた。そして、翔平の存在が彼らにとって得体が知れないのは確かだ。
翔平はこの世界のことを何も知らない。圭を捜すにしても、当てがなければ動くことも出来ない。
(ここは、素直に受け入れるべきか。……とりあえず、剣の一つは手に入れて置こう)
「判った。あんたたちの言葉に甘えさせて貰う」
翔平の決断に、国王と美女が嬉しそうに笑う。笑って、何かを思い出したように互いの顔を見合わせた。
国王が翔平を見る。
「忘れていた。自己紹介がまだだったようだ。私の名はケイム。リュイール王国国王の三代目を務めている」
「私はケイムの妻、クインと申します。以後、お見知り置きを」
美女・クインが王座から立ち上がり、両手でドレスを軽く掴んで小さくお辞儀をした。
「次は僕だね」
リークが声を上げ、翔平の隣で向き直る。
「リュイール王国第四王子、リーク。よろしく」
翔平を見上げて、リークは優しく微笑んだ。
三人を交互に眺め、翔平は「宜しく」とだけ言った。
一通りの自己紹介が終わり、ケイムは翔平にまた別の案を持ち込む。
「親友の消息を掴めるまで、翔平はこの城で生活するといい。この国の銭貨などは当然持っていないのだろう?」
だがその案は、翔平が首を左右に振ったことで潰される。
「そこまでして貰わなくてもいい。……日払いの仕事を探して、安い宿屋で生活するさ」
「そうか。それは残念だ。今日はもう日が暮れる。この城に泊まって行きなさい」
「有難う、国王。恩に着る」
翔平はこの時、初めて深々と頭を下げた。
ケイムがふっと笑みを漏らす。
「礼には及ばん。これもまた、君にしたことへの詫びのつもりだ。――リーク、翔平を客人用の部屋に案内しなさい」
「はい、兄さん。――翔平、僕についておいで」
翔平はリークに連れられ、王座の奥の扉から謁見の間を後にした。
謁見の間を出れば、上階へ続く階段がある。それには上らず、階段の横で縦に伸びる廊下を、二人は奥に向かって歩いていた。
廊下の窓から、色を濃くした茜色の夕陽が差し込む。窓の外を見れば、茜色に覆われた町並みが広がっていた。
「綺麗だ」
翔平が何気なく呟けば、リークが振り返ってのんびりと話し出す。
「この国は、他国と比べて自然が豊かだからね。夜になれば、満天の星空がとても綺麗だよ」
「……ふぅん」
(こいつ、聞いてたのかよ)
聞いていないようで聞いていたリークに内心で驚きながらも、翔平は愛想のない相槌を打った。
また、無言で二人は歩き出す。
翔平は、前を歩くリークの背中を眺めた。それは、彼の何かを探るような意図が込められている。
リークは王族だと思えないほどに、立ち振る舞いや口調がのんびりとしている。しかし、翔平が謁見の間から出て行こうとした時は、それが一変し別人のように颯爽としていた。
(……あの国王もこいつも、俺にしてみれば得体が知れないぜ)
翔平がそう思った時、リークが立ち止まる。彼もつられて立ち止まった。
「着いたよ。ここが、君の泊まる部屋だ」
リークが案内した部屋は、長い廊下を突き当たった一角にある。
扉の取っ手を回して室内に入れば、部屋の奥にある大きな両開きの窓が、翔平の目に飛び込んできた。そこから差し込む夕陽が、室内を柔らかく染め上げている。
翔平が物珍しげに室内を見回した。
ベッドから装飾品に掛けて、どれも高級そうなものばかりが取り揃えられている。
(うわっ、何か高級ホテルって感じだ)
口をぽかんと開ける翔平に、リークがくすりと笑んだようだ。
「そんなに驚いて。翔平の世界には、こう言った部屋はないのかい?」
「あるにはある。普通の家に生まれた俺にとっては、全く縁がないけどな」
「そう。……翔平、そこの椅子に座ってくれないか?」
そう言って、リークが窓辺に置かれている椅子を指し示した。
思わず、翔平は身構える。
「何で」
「その手首、赤く腫れているよ。手当てをしないとね」
「別にいい。どうせ、その内に治る」
「……ひょっとして、僕を警戒している? 安心して、君を切って捨てるようなことはしないよ」
優しく微笑みながら、窓辺に立ったリークが翔平を手招いた。彼は翔平が来るまで、のんびりと待つつもりのようだ。
翔平は渋々と窓辺に向かって歩き、テーブルに鞄を置いて椅子に腰を下ろした。
「それじゃあ、両手を揃えて前に出して」
言われるままに、翔平が両手を揃えて前に出す。すると、リークは両手の平を翔平の両手に翳し、短く呪文のような言葉を呟いた。
翔平が驚きに目を見開く。
リークの手が淡い光を放ったかと思えば、一瞬にして翔平の手首が元通りに戻ってゆく。
「な、何だ?」
「何って、治癒の魔法だよ」
両手を戻しながら、リークがさも当然とばかりに言った。
(これが魔法?)
「もしかして、火とか水とかを使う魔法もあったりするのか?」
「勿論、あるよ。君の世界は使わない?」
「使わないと言うか、存在しない」
(ゲームならあるけど。……マジでここって、ゲームの世界なんじゃあ)
まじまじと自分の手首を見て、翔平はそう実感せざるを得ない。
ふと、翔平は何かを思い出したように顔を上げる。
「そう言や、俺が変な液で苦しんでた時も、あんた何かやっただろ?」
「そうだよ。あまりにも苦しそうだったから、魔法で痛みを和らげたんだ。君をそうしたのは、僕でもあるしね」
「…………」
あの壮絶な痛みを思い出してか、翔平は顔を引き攣らせた。
「悪かったと思っているよ。けれど、言葉が解るようになっただろう?」
「……まあ」
リークの言う通り、謎の液のおかげで翔平はこうして話をしている。だから、翔平は彼の問いに頷くしかなかった。だが、礼を言うつもりはないようだ。
そんな翔平に、リークがにこりと笑む。そして、翔平と向き合うようにベッドの端に腰を下ろした。
「翔平。君の友人を捜し出す為には、情報が必要なんだ。容姿の特徴など、何か君の友人を知る術はないかい?」
圭の話題に、翔平がリークを真正面に見据える。
「仮にそれがあるとして、どうやって捜すつもりだ? 魔法か?」
「残念ながら、魔法はそんなに便利じゃないよ。君の友人を捜す方法はひとつ。町中に手配書を貼り出して、情報を得ることだけだ」
「……本当にそれしかないのか? 何か圭が悪党扱いみたいで嫌なんだけど」
「この国は旅人が多くやって来るから、短い期間で情報を集めるにはそれしかないんだ」
リークがはっきりとした物言いで言った。
翔平は暫く逡巡していたが、やがてテーブルの上に置かれている鞄に手を伸ばす。二つの鞄の内の圭の物を手にとって、その中から生徒手帳を取り出した。
リークが不思議そうに生徒手帳を見詰める。
「それは何だい?」
「生徒手帳。学校に通う生徒の身分証明書だ。これに圭の顔写真が貼ってあるから使えよ」
そう説明しながら、翔平は圭の生徒手帳をリークに手渡した。
「顔写真?」と呟いて、リークが圭の顔写真を眺める。
そこには、微笑みを浮かべる圭の顔がある。
「……この絵を描いた画家は、素晴らしい技術力を持っているね。まるで、この中で生きているみたいだ」
「絵じゃないぞ、それ」
そう言って、翔平はリークにカメラと写真のことを手短く説明した。
リークが生徒手帳から翔平に視線を移す。
「そんな物があるなんて、君の世界は随分と発達しているんだね」
「まあな」
「それじゃあ、これを暫くの間だけ借りていくよ。それと、この娘の名前は圭でいいんだね?」
「ああ。だけど、そいつ女じゃないから」
そう忠告した翔平に、リークは僅かに目を見開いて、再び圭の顔写真を眺めた。
「随分と中性的な人だね。……ひょっとしたら、彼は女性と間違われ、攫われたのかも知れない」
その言葉に今度は翔平が驚きに目を見開く。
「それは本当か?!」
椅子から勢い良く立ち上がって、リークの両肩を掴みながら詰め寄った。
リークが顔を上げ、間近にある翔平の意志の強い瞳を見返す。
「可能性は充分にあるよ。けれど、今は色々な方面で調べた方が良さそうだ。手配書は明後日に貼り出すことにして、僕は別の方法で調べておくよ」
「それ、俺にも手伝わせてくれ。あんたたちに任せきりじゃあ悪いからな」
「構わないけれど、君はまず、この世界に慣れることが先だよ」
そう言いながら、リークは翔平の頬にそっと手を伸ばしてゆく。
「――翔平」