呪紋の覚醒09
「ま、そう言う訳だ。――翔平。オレらは、その申し出を受けるぜ」
ニカッと笑いながらそう言ったヴェントに、翔平はほっと安堵の息を漏らした。後ろのリークを振り返れば、彼は微笑みを口許に湛えながら翔平を見返す。
それを見やって、翔平はヴェント、カイン、そしてヴェントの順に視線を走らせた。
「二人とも、引き受けてくれて有り難うな。俺たちの方こそ、あんたたちがそう言ってくれて助かる」
「ああ。お互い様ってことで、これから仲良く協力し合って行こうぜ。改めてヨロシク」
そう言って、ヴェントが片手を伸ばして翔平に握手を求める。
「こっちこそ、宜しく」
翔平はそう言いながら、彼のその手をしっかりと握り返した。
力強く一頻りの握手を交わして、それぞれの手を戻していくと、彼らは再び話へ戻り始める。
「――それで、あんたたちは一団のことを何処まで知っている?」
先に口を開いたのは、翔平だ。
「オレが奴らを追い始めたのは、リュイール王国の舞踏会から戻った時からだ。……あれから、どれくらい経ったか」
そう寂しそうに独りごちて、ヴェントはそれ以上のことは何も語らず、翔平の問いにだけ答えてゆく。
「その間に判ったことは、前に話したこと、この国にまだ潜伏していること。――そして、大陸の各大国に眠る、封印の鍵を探していることぐらいだ」
「封印の鍵!?」
ヴェントの科白に、声を上げたのは翔平ではなくリークの方である。
翔平は思わず、リークを振り返った。
「驚かせてしまって、ごめんよ。翔平」
翔平に一言謝ってから、リークは彼に説明を寄越す。
封印の鍵とは、別の名を「精霊の鍵」と呼ばれている。姿形は扉を開ける普通の鍵と全く変わらないが、土、水、風、火、光、雷のそれぞれの属性を持つ精霊が宿る、強大な魔力を秘めた代物であると伝えられていた。
その鍵は六つ。大陸の各大国にひとつずつ、それぞれの属性にあった鍵が存在している。
土はリュイール王国に、水はセントウォール王国に、風はウィンダー王国に、火はファリアード王国に、光はサンデスト王国に、雷はミサンダリア王国に鍵はそれぞれにあった。
だが、各大国にあるものの、国民はおろか王族でさえ、その姿を目にする者は誰一人として居なかった。その為、封印の鍵の在り処やその存在の意味、どのように使いどんな効力を持つのか、それらを知る者もまた皆無である――はずだ。
「――まさか、封印の鍵が本当にあったとはね。僕は、単なる噂に過ぎないものだと思っていたよ」
その科白をつけ加えて、リークは翔平に対する説明を終わらせた。
「……封印の鍵か」
そう呟き、リークを見詰めたままで、翔平はあることに気がつく。
(――そう言うことか。一団が何で大国にまた戻ってくるのか、漸く見えてきたぜ)
そう考えついて、彼はリークの名を呼ぶ。
すると、リークが小さく頷いた。どうやら、彼もまた翔平と同じことを考えていたようだ。
そんなリークから視線を外して、翔平はヴェントへ視線を移した。
「それで、一団がその鍵を探す理由は知っているのか?」
「流石にそこまでは知らないが、封印の鍵が何の為にあるかは、ま、憶測でだけど聞いたことがあるぞ。……確か、何かの門を開く為の道具とか何とか。な、カイン?」
ヴェントに同意を求められ、カインは頷いてゆっくりと口を開く。
「所在は不明だが、賢愚の門とそう耳にしたことがある」
「そうだ、それだ。その門を開く為に、封印の鍵が必要らしい。――今残っている鍵は、五つしかないけどな」
「もうひとつの鍵は、どうしたんだい?」
リークの問いに、ヴェントは押し黙った。その表情は、何かに耐えるようなものだ。
カインがまた口を開く。
「ファリアード王国にある鍵は、一団の手に渡った」
抑揚のない声で語ったカインもまた、何処か感情を押し殺しているような雰囲気があった。
彼らは何も語りはしないが、翔平とリークは、ヴェントが一団を追う起因が辛く悲しい出来事であったことを察する。だが、それがどんなものかを、二人はあえて推測することはしなかった。
翔平が話題を変えようと口を開きかけたその時、ヴェントがふっと苦笑いを浮かべる。
翔平は咄嗟に口を噤んだ。
「変なところを、見せて悪いな。カインの説明の通りで、オレの国の鍵は消えた。――それと一緒に、オレを残して、オレの前で、全てが消えた」
ヴェントの苦しげな科白に、翔平とリークは驚きに目を見開いた。
「……全てが、消えた?」
翔平の驚きに満ちた呟きに、ヴェントが「ああ」と相槌を打つ。
「人も村も町も、自然に還ったんだ。人は木や花に、町と村は蔓や木々に覆われた。……オレは、みんなを護り切れなかったんだ」
そう語りながら、彼の顔は徐々に俯いていった。激しい感情の揺らぎからか、彼の肩や両腕は小刻みに震え出している。
そのヴェントの肩を、「もうそれ以上は言うな」とばかりに、カインが無言で優しく手を置いた。
そんな二人を見詰めながら、翔平は真剣な面持ちでゆっくりと口を開く。
「……あんたに辛いことを話させて、悪い」
そう言って、彼はヴェントに向かって頭を下げる。それから頭を上げても、その面持ちは崩さずに翔平は言葉を継ぐ。
「それと、あんまり自分を責めるなよ? 今のあんたは、自分に出来ることをやってんだ。誰もあんたを責めたりはしないさ」
「翔平の言う通りだよ、ヴェント王子。国民を護る立場だったとしても、……誰かを護りたいと思っていても、護り切れないことだってあるんだ」
(――僕のように、護ることさえ叶わないこともあるんだ)
心の中で呟くその言葉を、リークは決して口に出すことはしない。心の中に全てを押し止めて、誰にも気づかれないように平静さを纏う。
「事情は違うけど、目的は一緒なんだ。全部を背負い込まないで、一緒に頑張ろうぜ」
努めて明るく言ってみせる翔平に、ヴェントは俯いていた顔を上げた。そして、また苦笑いを浮かべる。
「二人とも、気を遣わせて悪い。この広い世界で、オレ以外にも何かに苦しんでいる奴も居るのに、自分が情けないぜ。――リーク王子も、呪紋とかで苦しんでいるのにな」
ヴェントがそう言って、リークに視線を向けた。
すると、リークは、優しい笑みを浮かべながら翔平を見下ろす。
「僕は、翔平に救われているよ」
翔平を暫く見詰めると、彼はヴェントとカインに視線を向ける。
「ヴェント王子にカイン王子。今の僕は、王子と言う立場じゃないんだ。これからは、リークとだけ呼んでくれないかい?」
「ああ、分かった。……ところで、舞踏会からずっと思っていたんだけど、二人はどうして一緒に行動をするようになったんだ?」
ヴェントの問いに、翔平とリークは互いの顔を見合わせた。
確認するように無言で頷き合い、視線をヴェントへ戻すと、翔平はこれまでのことを語り始める。
別の世界から来たことやセントウォール王国へ辿り着いた時までに起こった出来事を、ヴェントとカインに解るように簡潔に語っていった。無論、リークとの間で起こった、友情とは程遠いやり取りを省いてである。加えて、一団についての推測も包み隠さず話していく。
翔平の語ることに、二人は驚きを拭えなかった。特に異世界から来た件が、ヴェントとカインを驚かせている。
自分の正体を明かすことが如何に危険か承知しているが、辛く悲しい事情を語ってくれたヴェントへの翔平なりの心遣いだ。
翔平の言葉を信じるか信じないかは、彼ら次第である。
「――そう、か。随分と変わった名前だと思ってたけど、そう言う訳だったのか。……翔平も大変な目にあってるんだな」
しみじみとその言葉を口にするヴェントに、翔平ははっきりと首を左右に振った。
「俺は、そんなことは思わない。この世界へ来たものは仕方がないし、大変だとか思う前に身体が勝手に動いていたからな。それにこの世界へ来て、色々と教えられたこともあるし、リークやあんたたちと出会うことも出来た。――俺は運がいい」
そう言い終ると同時に、翔平の脳裏に圭の顔が浮かんだ。
(……話を聞くと、一緒に居る奴らって相当ヤバそうだな。早く捜し出して、連れ戻さないと不味いんじゃないのか? ――けど、あの夢の中で圭は)
「翔平?」
圭のことで思考に耽っていた翔平を、リークが心配そうにその名を呼ぶ。
翔平は慌ててその思考を中断して、リークを振り返った。
「あ、悪い。何でもないんだ」
そんな翔平を見下ろし、リークは探るような目を向ける。だがそれは一瞬のことで、少しの間を置くと微かな笑みを浮かべた。
「そう。それならいいんだけれど。――それじゃあ、そろそろ本題へ行こうか」
リークの言葉に頷くことで同意して、翔平は視線を前に戻してゆく。
ヴェントとカインは二人の微妙なやり取りに、何かの違和感を覚えつつも何も言わずにいた。
そうして皆が皆、それぞれの感傷から気を取り直していく。
その場から動いたのは、ほとんど無言のままであったカインだ。近くの棚から丸めた大きな二枚の地図を取り出して、テーブルに戻るとその上に広げていく。
地図のひとつはセントウォール王国全土を示すもので、もう一つは首都セイレーンの構造を示すものである。
カインは前者を下に敷き、後者をその上に敷いた。そうして、その地図に一緒に持ってきた、インクを染み込ませた羽根ペンで罰点の目印と日付を書いてゆく。
それらの作業を、彼は何の説明もなく黙々とやっていた。
そんなカインの代わりに、ヴェントが口を開く。
「今カインが目印をつけているのは、オレらが聞き込みに回った場所だ。日付はその期間を示している」
彼の説明を聞きながら、翔平が地図を覗き込めば、ほとんどの地域に目印がつけられていた。
「……ほとんどの場所は、もう行っているんだな」
翔平の感心めいた言葉に、ヴェントは苦笑を浮かべる。




