呪紋の覚醒08
扉の閉まる音で、翔平は目を覚ました。
ベッドから上半身を起き上がらせ、扉の方へ視線を向ける。
すると、扉の前にリークが立っていた。どうやら先ほどの音は、彼が出て行ったものではなく戻ってきたもののようだ。
「リーク。何処に行ってたんだ?」
翔平がそう問えば、リークはあっさりと口を開く。
「伝書鳩を使って、兄さん宛に手紙を送ってきたんだ」
そのリークの様子は、見る限りでは特に変わったところはない。
翔平は、安堵の息を吐き出した。
彼をそのような態度にさせたのは、昨日から胸の中に巣食う、リークに対する胸騒ぎが原因だろう。
「……そうか。なら、いいんだ。今日は、ヴェントとカインのところへ行くんだろ?」
翔平の確認のような問いに、リークは「そうだよ」と言いながら頷いた。
「すれ違いになると不味いから、出来るだけ早い方がいいと思うよ。――今日中に話をするのであれば、の話だけれど」
リークの意見に無言で頷くと、翔平はベッドから身体を起き上がらせた。そして、その場で着ていた服をベッドへ脱ぎ捨てる。
以前よりも、さらに引き締まった上半身だ。恐らく下半身もまた、程よく綺麗な筋肉がついているに違いない。
扉の前で突っ立ったままで、リークは翔平の姿を熱い視線で見つめた。だが、その目に情欲のような感情の揺れはない。翔平に執着心を抱いたとしても、リークの中に彼への性的な欲求はなかった。
だからリークは、翔平にキス以上の行為を望むことはない。恋愛感情を抱く相手に対して、彼にとってキスが性的に最も近い行為なのだ。
それが人間の身体を持つ者と、呪紋の力によって形成された身体を持つ者の明らかな違いでもある。
リークの視線を気にしながら、翔平は服を着替え終わらせた。浴室へ向かい顔を手早く洗うと、大股で彼の許へ歩き寄る。その間、リークは翔平が浴室へ消えた時以外は、その姿をずっと目で追っていた。
「待たせたな」
リークにそう言って、翔平が後方にあるベッドの上で丸まっている小白竜を振り返る。
「リューク、起きろよ。出かけるぞ」
そう声をかければ、それに反応するようにリュークが円らな金色の瞳を開けて、小さく鳴き声を上げた。背中にある翼を羽ばたかせて、慌てたように翔平の肩に降り立つ。
その様子を眺めていたリークが、くすりと笑う。
「リュークはまるで、翔平の言葉だけを解かっているようだね。僕の時とは大違いだ。――余程、君のことが好きなんだろうね」
リークの言葉に、翔平がきょとんとしながら「そうか?」と疑問系で答えた。そんな彼に、リークは甘く笑ってみせる。
「そうだよ。……君に対する気持ちは、僕の方が勝っているけれどね」
「……朝っぱらから、何寝惚けたこと言ってんだ。恥ずかしい冗談はそれぐらいにして、さっさと行くぞ」
言葉では平静さを取り持っているが、翔平のリークに対する反応は相変わらずだ。
僅かに視線を逸らしていく翔平に、リークは優しい笑みを浮かべる。その胸に広がるのは、恐らく幸福感だろう。例え気持ちが交わらなくとも、翔平と言う存在がそこにある――それだけで、今のリークは充分だった。
それでも、それ以上を望んでしまうのは、彼が確かに人間であることを証明している。
「……僕は、いつでも本気だよ?」
真横で扉のノブに手をかけた翔平に、リークは小声でそれだけを告げた。
すると、翔平がノブを回す手を止める。
「……そんなこと、俺だって解ってる」
翔平もリークに小声で返して、今度こそ扉を大きく開けると部屋の外へ出て行った。
リークがさらに口許を綻ばせる。彼の胸にまた、先ほどとは違う幸福感が湧き上がった。
宿泊している宿屋を出て、二人が向かう先は、昨日にリークが聞き込みをしていた宿屋が密集する場所だ。そこの宿屋のひとつに、ヴェントとカインが泊まっている。
宿屋の通りは、朝から旅人や冒険者の出入りが激しい。その中を翔平とリーク、そしてリュークは、目的の宿屋へ向かって足を進めていった。
「――ここだ」
そう言って、翔平が足を止める。
宿屋の看板を見上げれば、ヴェントから教えられた宿屋の名前が記されていた。宿屋の外観などは、翔平たちの泊まるところと差ほど変わらない。
翔平が隣のリークに視線を移す。
「なあ、リーク。ここまで来てあれなんだけど、二人ともまだ寝てるんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。彼らも情報を収集する身だ。僕たちと同じように時間が惜しいと思っているはずだから、きっともう起きているよ。今頃は、出かける準備をしているんじゃないかい?」
そうのんびりと言ってのけたリークを、翔平が疑わしい目で見た。
すると、リークが何も言わずに自信に満ちた笑みを浮かべる。
彼のその笑みを見て、翔平は再び宿屋の看板を見上げた。
「まあ、来たからには行くしかないけど」
そう開き直って、翔平は宿屋の中へと入っていく。リークもゆっくりとその後に続いた。
宿屋の中へ一歩踏み入れた途端に、「いらっしゃいませ」とカウンターに立つ宿屋の主人らしき男が声をかけてくる。
翔平はカウンターを素通りせずに、男の許へ近づいていった。
「あの、ここにヴェントとカインが泊まっていると思うんだけど」
翔平の言葉に、男が事務的な口調で口を開く。
「失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
その問いに翔平が自分の名前を名乗れば、男が人好きのする笑みを浮かべた。
「お二人から貴方のことを伺っています。どうぞ、お通り下さい。部屋は、二階の一番奥になります」
その説明に頷くと、翔平とリークは礼を言い置いて、二階へ上がる階段へ歩き出してゆく。
二階へ上がり奥の方へ歩き進めば、部屋数が少ないこともあって、すぐに目的の部屋へ辿り着くことが出来た。その扉を、翔平が遠慮がちに叩く。
すると、内側から扉がゆっくりと開かれた。部屋から姿を見せたのは、カインの方である。服をきっちりと着込んでいるので、寝起きと言う訳ではなさそうだ。
カインが静かに翔平を見下ろす。次いで、翔平の後ろに居るリークに視線をやった。そうやって二人の姿を確認すると、無言のままで扉を大きく開く。
その行動が意図するものは、「入れ」と言うことのようだ。翔平とリークが中へ入るまで、カインは扉が閉じないようにずっと押さえていた。
翔平とリークが部屋の奥へ進んで行けば、ヴェントがテーブルの席で朝食を取っている最中だった。
二人の姿に目を丸めた後、ヴェントは食事の手を止めるとその場から立ち上がる。そしてニカッと笑いながら、部屋の入り口付近に立っている二人の許へ歩き寄った。
「よっ! 早速遊びに来てくれたんだな」
嬉しそうに声をかけてくる彼に、翔平は「いや、違うんだ」と首を左右に振る。
「俺たちはフード付きの黒いマントの一団のことで、あんたたちと話したいことがあって来たんだ。――早朝に押しかけて、悪い」
説明の後に謝罪の言葉を口にする翔平に、ヴェントは気にしていないとばかりに笑みを湛えたままで首を左右に振った。
「その話、是非オレらに聞かせてくれよ。情報がなかなか掴めなくて、切羽詰っていたところだったんだ。丁度いいところに来てくれた」
そう言って、ヴェントは二人をテーブルの席へ促していく。だが、その席は二つしかなく、翔平とリークは互いの顔を見合わせた。
そんな二人に、ヴェントはテーブルの上を片しながら二つの席を勧める。
「二人は座ってていいぜ? オレたちは立ったままで、話を聞かせて貰うからさ」
その言葉に、翔平とリークはさらに顔を見合わせる。
「――それは、流石に出来ないね?」
リークが翔平に小声で話しかけた。すると、翔平は無言で頷いて小声で返答する。
「ああ。勝手に押しかけてきたのは、俺たちの方だし」
「ひとつだけ借りようか。お互いに座りながら話した方が落ち着くしね。――翔平が座っていいよ。僕は、君の後ろで立っているから」
「いや、俺は別にいい。お前が座ったらどうだ?」
互いに席を譲り合う二人を余所に、テーブルの上は徐々に綺麗になっていった。そして、後からやって来たカインの手が加わり、それはやがて終わろうとしている。
それから暫くして、ヴェントが四人分の飲み物を持って来たところで、二人の譲り合いは漸く決着がついたようだ。
リュークを肩に乗せたままで、翔平が椅子に腰を下ろした。リークがその斜め後ろに立って、身を落ち着かせる。そこに座る者は違うが、その光景は謁見の間を彷彿とさせた。
そんな彼らに、ヴェントが苦笑を浮かべる。
「客人なのに、気を遣わせて悪いな」
そう言いながら、彼は翔平の前に彼の分とリークの分の飲み物を置いた。
そうして、ヴェントが向かい側の席へ腰を下ろせば、カインがリークと同じようにその斜め後ろへ立つ。
「――さて、話を始めるか」
ヴェントがそう切り出した。
翔平はそれに答えるように頷いて、口を開き始める。
「話を始める前に、単刀直入に言っておく。……俺たちと手を組まないか?」
「手を組む?」
翔平の言った言葉を鸚鵡返して、ヴェントは訝しげに翔平を見て、その後ろのリークに目をやった。
翔平はさらに言葉を続ける。
「実はあんたたちと別れた後で判ったことなんだけど、俺の捜している奴がその一団と一緒に居るか知れないんだ。それで」
翔平が何かを言いかける前に、ヴェントがそれを察したように「なるほど」と呟いた。
「目的が一緒になった訳か。――ま、確かに四人で協力して、情報を集めた方が早いだろうな。カインはどう思うんだ?」
ヴェントが翔平から視線を外して、斜め後ろに立っているカインを振り返る。
彼の問いに、今まで無言だったカインが口を開く。
「……構わない。一団が呪紋の所持者ならば、それに詳しいリーク王子が居れば、色々と心強い」
それだけを口にすると、彼は再び口を閉ざした。カインの意見を聞いて、ヴェントは再び翔平に視線を戻してゆく。




