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呪紋の覚醒07

「リーク?」

 唐突な呼び声に、リークははっと我に返った。

 顔を上げれば、向かい側のベッドで、翔平が心配したような表情でこちらを見ている。彼はリークが思考に耽っている間に、いつの間にか起きていたようだ。

 リークが翔平に向かって、安心させるように優しい笑みを浮かべる。

「おはよう。――疲れは取れたかい?」

「ああ、まあな。……それより、どうしたんだ? 起きたら、何かお前の様子が変だし」

 そう話しながら、翔平はベッドから身体を起き上がらせ、リークの傍に近づいていった。

 そんな翔平の腕を掴むと、リークはその身体を引き寄せて抱き締める。胸元から腹部の辺りに顔を埋めて、翔平の存在を確かめるようにその匂いを嗅いだ。

 太陽と汗、酒場でついてしまった酒の、何とも言い難い匂いがする。

 翔平は戸惑いと驚きに、大きく目を見開きながらリークを見下ろした。だが、彼の行動を拒むことはしない。リークが何かに怯えていることを、勘の鋭さで察したからだ。

 おずおずとしながらも、翔平はリークの頭を包み込むように抱き締め返した。

「俺が寝ている間に、何かあったのか?」

 静かに問いを投げかければ、リークは顔を埋めたままで首を左右に振る。

「じゃあ、何なんだよ?」

 やや不機嫌な声を出せば、リークはゆっくりと顔を上げていった。

 翔平の視線とリークの視線が絡み合う。

 リークの真剣な眼差しに、翔平はぎくりと肩を強張らせ、咄嗟に離れようとした。だが、抱き締めてくる腕は思ったよりも強く、翔平を逃してはくれない。

「……キス、していいかい?」

 そう問いを投げかけているが、彼の行動は有無を言わせないものがあった。

 リークの翔平の腰を抱き締める腕が、片腕に変わる。もうひとつの片腕は首の後ろへ伸ばされ、翔平の顔をゆっくりと引き寄せた。

 翔平に、それ以上の抗う素振りは見られない。

 二人の唇がゆっくりと合わさる。合わさったそれはやがて、深さを増していった。

 キスはほんの数十秒で終わる。唇を離しながら、リークはゆっくりと目蓋を開けた。翔平も目蓋を開けて、複雑そうな表情で彼を見下ろす。それはリークに対してではなく、恐らくその行為を許してしまう自分に対してのものだろう。

 翔平にキスしたことで、リークは漸く落ち着きを取り戻した。そんな自分に、彼は微苦笑を浮かべる。だがその笑みはすぐにいつもの笑みへ変わり、両腕を解いて複雑そうにしている翔平を放してやる。

 そして、「有り難う」と一言の感謝を伝えて、リークはベッドから立ち上がった。

「翔平、一緒に夕食を食べようか。お腹が空いただろう? リュークは、君が眠っている間に食べさせておいたよ」

 その笑みと同じように、リークはいつもの調子に変わっている。翔平の感じていた何かに怯える彼は、もうそこに居ない。

 翔平はその様子にほっとしたものの、説明のつかない妙な胸騒ぎを感じていた。だが、それが何なのか判らず、曖昧な不安だけが心の中で漂っている。

 「翔平?」と、今度はリークが心配そうな表情で翔平を見詰めた。

 そんなリークに、翔平は首を左右に振る。

「いや、何でもないんだ。飯、食おうか」

 そう言って訳の判らない不安を拭い去り、彼は四角い紙袋が置かれたテーブルへ歩き寄っていった。

 リークは翔平の様子に首を傾げつつも、彼の後を追うようにその場を歩き出す。

 テーブルを挟んで、二人は向かい合って座った。翔平よりも先にリークが紙袋を手に取り、買ってきた食事をテーブルの上に並べる。

 その食事に手をつけながら、二人は今日の出来事を話し合った。翔平は丸々全てを話し、リークはもうひとりの自分とのことを伏せながら話していく。

 その話の内容は、ヴェントとカインに出会ったこと以外は特に変わったことがなかった、と言うものだ。

 その途中で、翔平が何かを思い出したように口を開く。

「そういや――二人が言ってたフード付きの黒いマントの一団って、お前と同じ呪紋関係者らしいな」

「そのようだね」

 もうひとりの自分を思い浮かべながら、リークは相槌を打った。

「……その一団を調べてみる価値はあるよ。ひょっとしたら、君の捜している彼に繋がっているかも知れない」

 思いも寄らない科白を口にしたリークを、翔平は目を丸めながらまじまじと見る。

「何でそう思うんだ?」

 その問いに、リークは苦笑いを浮かべた。

「僕は可能性がある、とだけ言ったんだよ。特に深い意味はなかったんだけれど」

 圭がその一団に居ることは間違いないことを知っているが、リークは自分のことで翔平に心配をかけさせたくないが為に、そう曖昧に言ってみせた。

 翔平が圭を懸命に捜していることを、傍で見ているリークは全てを伏せることは出来ない。それが今の彼に出来る、翔平への精一杯の思いやりだ。

 何かを考えるように視線を明後日の方へ向けた後、翔平はリークの意見に同意とばかりに頷いた。

「そうだな。情報も何もないし、それを調べるのも手かもな。――だとすると、あの二人と目的は一緒になるな」

「そうだね。それなら、確実に手を組んで協力し合った方が早いよ。明日にでも、彼らに話してみようか」

 リークの提案に、翔平が「ああ」と頷く。そして、「話は戻るんだけど」と付け足す。

「呪紋の所持者って、そんな大人数でつるむもんなのか?」

 その質問に、リークははっきりと首を左右に振った。

「呪紋の所持者たちが一緒に行動することは、あまり聞かないよ。……彼らが動き出したと言うことは、世界に何かが起こり始めたと見ていいだろうね」

 そう答えて、リークはまたもうひとりの自分を思い出してゆく。

(――彼は、世界の為に力が欲しいと言っていたね。呪紋の所持者が十一人も揃って、一体何を目的として動いているのだろう?)

 リークがそう考えていたところで、翔平が「あっ!」と何かを思い当たったように声を上げた。

「お前のそれで思ったんだけど、何か色々と妙に繋がってないか? 世界に関することで歪みの件もその一団のことも」

 翔平の言葉に、リークは「確かにそうだね」と相槌を打つ。

「世界のことで繋がっているなら、歪みとその一団が繋がっている可能性は大きいね。……ひょっとしたら、その一団が歪みを生じさせる原因かも知れないよ」

「ああ。だとすると、リュイールの森で会った爺さんが、歪みで消えた圭の話とも繋がる訳だな。もしそれが合っているなら――リーク。お前の言う通り、圭は間違いなくその一団と一緒に居るはずだ」

 翔平の鋭い推測に、リークは嬉しそうに笑った。

(察しがいいね、翔平)

 そう心の中で思ったのは、もうひとりの自分に出会ったことで、リークは翔平よりも先にそこまでを知っていたからだ。

 笑みに緩む顔を引き締め、リークは翔平の話しに耳を傾ける。

「……だけど、辻褄が合わないのもあるんだよな」

 そう言って首を捻らせる翔平に、「それは何だい?」と次の言葉を促した。

 翔平がそれに答えるように、一気に話し始める。

「リュイールで聞いた圭の情報なんだけど、高度な転移の魔法とかじゃないと二週間で大国を移動することは出来ないんだろ。賢者だけじゃなく、呪紋の所持者って高度な魔法も使えるのか? それに、一度行った国に何でまた戻る必要があるんだ?」

「原理は違うけれど、所持者でそう言った魔法を扱える人は居ると思うよ。現に、僕も魔法で創ることの出来ない、光の剣を創っているからね。――一度行った国にどうして戻るのかは、僕にも判らないけれど」

「それが本当なら、辻褄が合ってるな」

 リークの説明に、全てが推測でしかないと思いながらも、翔平は納得することにした。そこで、彼はあることに気がついた。

(何か俺、呪紋に関係したことにばっか巻き込まれてないか?)

 リュイールでのリークの件と言い今回の件と言い、翔平は何故か呪紋の関連に巻き込まれている。

(俺たちの推測が当たれば、リークが前に言ってた俺と圭を召喚した奴も、呪紋の所持者かも知れないんだよな)

 深く考え込んでいる彼を見詰めながら、リークも翔平とは別の件で考え込んでいた。

(彼らはどうして、一度行った国に戻るんだろう。六つの大国で、何か世界に関係するものが……? ひとつのことが判ったとしても、調べてみないと判らないことだらけだね)

 食事そっちのけで暫く考え込んでいた二人だが、行き詰まりを感じて一先ずはその考えを頭の中から切り離してゆく。

 翔平とリークは、同時に互いの顔を見合わせた。

「――とりあえず、食いかけの飯、食わないと」

「そうだね。このままだと、食べずにそのまま寝てしまいそうだよ」

 互いにそう言い合いながら、二人は再び食事に戻っていく。だが、それでも会話は途切れることはなかった。

「なあ、リーク。頼みがあるんだけど」

「いいよ。君の頼みごとなら、僕は喜んで何でも聞くよ」

 翔平の言葉に、リークは恥ずかしげもなくそんなことをさらりと言ってみせた。

 それに対して、翔平はどう反応をすればいいのか判らずに目蓋を伏せる。

「……いや、何でもしなくていいから。……俺が頼みたいのは、カディスたちの代わりに、お前が俺に稽古をつけて欲しいってことなんだけど」

「それはつまり、ここのギルドの仕事を引き受けるつもりでいる、と言うことだね?」

 察しの良いリークの問いかけに、翔平は伏せていた目蓋を上げた。真剣な顔で、彼を見据える。

「ああ。ギルドのこともあるけど、生き延びる為に、俺はもっと強くならないといけないと思うんだ。これから何が起こるか判らないし、魔法の使えない俺は自分の腕しか頼るものがないから」

 そんな翔平を暫くじっと見詰めた後、リークはふっと優しい笑みを浮かべた。

「いいよ。けれど、僕と一緒に居る時は、僕を頼って欲しい。そうしないと、君は疲れてしまうだろう?」

「分かった。有り難う、リーク」

 リークの好意に礼を述べ、そうして翔平は手にしていた食事に口をつけた。

 そうして、二人のその夜は更けていく。

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