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呪紋の覚醒03

 翔平の両頬を両手で包み込んで、「君はそのままでいいんだ」とリークは言った。

「君は君のままで、ただ僕が君を好きなことを知ってくれれば、この気持ちは報われるよ。僕が君と一緒に居られる時間は、あまり残っていないと思うから」

 翔平の顔を引き寄せて、リークは翔平にそっと優しく口づけてゆく。

「こんなことをしてしまう僕を、許して欲しい。――好きだよ、翔平」

 唇を離してそう囁いて、今度は両頬を包み込んでいた両手を、片方は後頭部に持って行き、もう片方は背に回してゆく。そして、翔平の身体を引き寄せ、自らの身体も近づかせて、先ほどとは打って変わっての深く愛情の篭った接吻をしかける。

(……君が好きなんだ)

 心の中は、翔平への想いだけに充たされてゆく。

 翔平は――身動きが取れなかった。リークの想いに心を絡め取られ、焦点が合わないほどに間近にある彼の瞑った目蓋を凝視する。

 やはり翔平は、リークを拒むことは出来なかった。

(何で、俺はお前を拒めないんだろ……。俺たちは男同士で、俺はまだ自分の気持ちさえ判らないのに……)

 そう思いながらも、翔平はゆっくりと目蓋を閉じ、遠慮がちにリークの背に腕を回してゆく。

 それに気づいたリークが、驚きに目蓋を開けた。その目に、翔平の閉じた目蓋が飛び込んでくる。すると、彼は嬉しそうに目を細め、また目蓋を閉じ、翔平とのその行為に没頭していく。

 激しい口づけ合いではなく、唇を触れ合わせるだけではなく、互いの心を探し合うような口づけ合いだ。

 静かに時間が過ぎてゆく中で、森の中を風が吹き抜けて木々がさざめく。

 何処かで小鳥が囀っていた。何処かで鳥が羽ばたいている。

 それらを耳にしながら、自然の息吹を身体で感じながら、彼らは互いの顔をゆっくりと離してゆく。

 目蓋を開ければ、互いの視線が絡まった。

 リークは名残惜しそうに、もう一度翔平の唇を啄ばんだ。翔平は気まずげに、ぎこちなく視線を逸らしてゆく。

 しゃがんだままでキスを交わして、彼らに訪れたのは、甘い雰囲気ではなく沈黙だった。

 密着していた身体を離すと、翔平はリークから人が二人分入れる距離を保って、またその場にしゃがみ込む。彼と向き合うのではなく、彼と同じ方向を向いて顔を俯かせた。

 リークが横に居る翔平を眺めながら、ゆっくりと口を開く。

「――有り難う。嬉しかったよ」

 翔平を眩しそうに見つめて、彼はこの上なく幸福そうに笑った。

 翔平は顔を俯かせたままで、低く唸るような声で話し始める。

「……お前って狡いよな」

 翔平のその一言に、リークは何も言えない。それはリークにも解かっていたことだ。

「お前から告白しといて、俺にそのことを覚えさせて、最後は俺の前から消えるんだろ」

 翔平の更なる言葉に、リークは静かに目蓋を伏せる。

「それでお前は満足だろうけど。……お前の気持ちを知った俺は、一体どうすればいいんだ?」

 その問いを口にしながら、翔平は俯いた顔を上げてリークを見据えた。

「訳の判らない気持ちのままで、お前の気持ちに答えた俺は、お前が消えた後はどうやって整理すればいいんだ? 俺にどうしろって言うんだ!?」

 徐々に大きくなる声を、翔平は押さえ切れない。そして、心の中でふいに沸き起こった怒りも抑え切れなかった。

「お前は卑怯だ。自分の気持ちを押しつけて、押しつけられて残された奴のことを少しも考えてない」

「……考えているよ」

 その言い切りにリークが反論すれば、翔平は「嘘だ!」と即座に否定する。

「何で、消えることに抵抗しようとしない? 始めから諦めたような気持ちで、何が考えているよ、だ! 良く判らないけど、俺はまだお前と……お前と一緒に居たいんだよ!」

 翔平の懸命な叫びに、リークは大きく目を見開いて彼を見つめた。感情が昂った為か、翔平の目が僅かに涙で潤んでいる。

「さっきお前から説明して貰ったけど、それでお前が消えるなんて納得が行かない。自分勝手だけど、俺の知っているお前はここに居るお前だけなんだ。――なあ、リーク。お前たちが、消えずに居られる方法を探してみないか? お前たちが一つに還る時が来るまで、俺と一緒に足掻いてみようぜ?」

 落ち着きを取り戻しながら、翔平は優しくリークに問いかけた。

 その問いに、リークは考えるような仕種で視線を下に向ける。

(僕たちが消えずに居られる方法か。……消えるのは当たり前だと、僕は思っていたから考えもしなかったよ。……何もしないよりはましだね)

 暫くして、空を見上げた後、彼はまた翔平に視線を戻した。

「……翔平。方法が見つかるかどうか判らないけれど、僕は僕と一緒に居たいと言ってくれた君と、そして僕自身の為にその時が来るまで足掻いてみるよ」

 「僕の為に、懸命になってくれて有り難う」と言って、リークは翔平に優しい笑みで笑いかける。すると、翔平はほっと息を吐き出して、安堵の笑みを浮かべた。元々泣いてはいなかったが、その目にもう涙の存在はない。

「頑張ろうな。――諦めずに居れば、お前のことも圭のことも俺のことも、きっと大丈夫だ」

「そうだね。君が傍に居れば、大丈夫な気がしてくるよ」

 翔平とリークは互いにそう言い合って、その場の雰囲気を和ませた後、また沈黙していった。二人は同時に、先ほどの告白と行為を思い出したからだ。

 合わせていた視線を逸らし、それぞれ別の景色を眺め始める。だが、彼らの纏う雰囲気は至って穏やかだった。

 「あの、翔平……」と、リークが遠慮がちに翔平に話しかける。

 翔平は目を合わせずに、「何だよ」と彼の話に耳を傾けた。

「告白の一部の前言を、撤回しても構わないかい?」

 その問いに、翔平は無言で先を促してゆく。

「返事は求めていないと言ったけれど、その……やっぱり君の返事が欲しい。今すぐと言う訳じゃなく、これからの先でゆっくりと考えてくれればいいから」

「わ、分かった」

 戸惑いながらも、翔平はリークの要求に応じた。

 そして、二人は再び口を閉ざしてゆく。その時である。

 彼らの居る円状の開けた空間に、空から小さな影が降ってきた。その影は地面に小さな身体を打ちつけて、あまりの激痛に悲鳴めいた鳴き声を上げる。

 「何だ?」と、翔平が驚きながらその影に駆け寄った。するとそこには、小さな白い竜が倒れていた。大きさは、全長二十センチ程度と言ったところだ。

 翔平がその場にしゃがみ込んで竜を見下ろしていると、ゆっくりとやって来たリークがその隣にしゃがみ込む。

「珍しいね。小白竜こはくりゅうが、こんなところに姿を見せるなんて」

 そう言いながら、リークはその竜に手の平を翳した。そして、小さく呪文を呟いて、竜に治癒の魔法をかけてやる。

「小白竜?」

 翔平の訊き返しに、リークは翳していた手を戻しながら「そうだよ」と答えた。

「小白竜は竜の一種で、この世界で数匹しか存在していない珍しい竜なんだ。神聖な場所でしか棲息していないから、聖なる竜とも呼ばれているよ」

 リークの説明を聞いて、翔平は「へぇ」と相槌を打ちながらしげしげと竜をみつめる。

 リークの魔法のおかげで、小白竜は健康体そのものだ。気絶していた竜は、ぴくりと小さな身体を震わせ、目蓋を開けて円らな金色の瞳を見せる。

 小白竜はその瞳に翔平を映して、「キュー」と小さく甘えるように鳴いた。そして、その場から羽を動かし羽ばたいて、翔平の肩に降り立つ。

「どうやら、翔平が気に入ったようだよ」

 くすりと笑ってリークが言えば、翔平は肩に乗る竜をちらりと見やって、「何で俺なんだ?」と疑問を口にした。

「お前を助けたのは、リークだぞ」

 そう訴えたところで言葉が通じるはずもなく、小白竜はただ小首を傾げて「キュー」と鳴くだけである。

 翔平は、傍でこちらを眺めているリークに視線を移した。

「リーク。こいつ、どうする? 何か放っといたら、魔物の餌食になりそうなんだけど」

「翔平が連れて行きたいなら、僕は別に構わないよ。もしかしたら、棲息していた場所に帰せるかも知れないしね」

「それじゃあ、こいつは旅の仲間って言うことでいいよな。――名前は、リュークにしとくか」

「リューク?」

「ああ。リークが助けたリュウだから、リューク。いい名前だろ?」

 翔平の同意を求める問いに、リークは「そうだね」と優しく微笑んだ。

 その笑みのままで小白竜のリュークに視線を向けて、「これからよろしく。リューク」と挨拶をすれば、リュークはまるで「よろしく」とでも言っているかのように鳴き声を上げる。

 リュークの出現のおかげで、二人はいつの間にか普段と変わらない調子に戻っていた。それを解っているからこそ、彼らはあえて他愛のない会話をし始める。互いの緊張を解すかのように、何でもないことでも笑い合ってみせた。

 朝食をまだ取っていなかった二人は、リュークを交えて向かい合って食事を始める。円状の開けた空間に、美味しそうな匂いが微かに充満した。その匂いに誘われるように、鳥や獣たちが彼らの許へ近づいてくる。

 魔物はリークの張られた結界により、近づくどころか彼らの存在を認識していないようだ。魔物と思わしき影は、何処にも見当たりはしない。

 食事が終わり一通りの身支度を済ませ、結界を解けば、翔平とリーク、そしてリュークは円状の開けた空間を後にする。

 その場所を背にして歩き出した翔平とリークは、そこで起こった出来事を決して忘れることはないだろう。それぞれの胸にある想いや決意を置き忘れることなく、全てを再び胸の中へしまい込み、また前を見据えながら突き進んでゆく。

 それ程深くに入っていない二人は、暫くすれば森の外へ出ることが出来た。

 土が露出した道が、遠く何処までも続いている。この道を真っ直ぐに辿って行けば、小国を抜けて、大国のセントウォール王国へ辿り着くはずだ。その道標のように、彼らの真上で太陽が輝いていた。

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