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呪紋の覚醒02

 朝日が昇り、眩い光が彼らの居る空間へ差し込んだ。

 その光に刺激され、翔平はゆっくりと目蓋を開ける。「おはよう」と間近で声が聞こえ、隣の存在に視線を向ければ、リークの愛しむような眼差しがそこにあった。

 脳がまだ覚醒し切れていない翔平は、その眼差しをぼうっと見つめる。すると、リークの甘く端正な顔がゆっくりと近づいて――唇を触れ合わせてきた。

 突拍子もないリークの行為に、翔平は目を大きく見開いてその場から飛び退いてゆく。

 翔平の脳は完全に覚醒した。リークに何かを言おうと口を開くが、あまりの驚きにそれは声にならないようだ。

 「頭が真っ白になる」や「頬を赤らめる」などの可愛い反応はなく、翔平から窺い知れたのは「驚き」だけであった。

 リークから少し離れた場所で、翔平は目を見開いたままで彼を凝視する。

 リークが甘さの含んだ笑みを浮かべた。その目の下に、微かな隈が出来ている。

「良かった。どうやら、体調は完全に回復したようだね」

 先ほどの行為のことに触れはせず、彼はのんびりとそんなことを口にした。

 翔平は戸惑いながらも、リークの言葉にはっきりと声にして答える。

「あ、ああ。お前のおかげで何とか、な」

 それ以上のことは何も言えず、目蓋を伏せながら押し黙った。ぎこちない雰囲気が、翔平を覆っていく。

 そんな彼の反応を気にして、リークがゆっくりと口を開く。

「……さっきのことは、気にしなくていいよ。僕が君にそうしたかったから、しただけのことなんだ。――君は気持ちが悪いとか、迷惑だとか思うだろうけれど」

 その言葉に、翔平は何も言えない。気にするなと言われても、された行為の意味が判らず納得することは出来なかった。

「……何で、突然そんなことをするんだ?」

「翔平が、好きだからだよ」

 問いに即答で返され、翔平はまた押し黙る。突拍子もない行為と告白に、彼はどう対処すればいいのか判らなかった。

 リークが困ったような笑みを浮かべる。

「……僕が君を好きなことを、君に知っておいて貰いたかったんだ。きっと、今しか言える機会はないと思うから……唐突でごめん」

(出会って三週間足らずで、人を好きになれるもんなのか?)

 リークの言葉を耳にしながら、翔平はふとそんなことを思った。それを口にしようと努めて平静を装い、こちらを一心に見つめてくるリークを見返してゆく。

「……俺、どっからどう見ても男だぜ? それを解っていて、しかも出会って三週間足らずで、男を好きになれるもんなのか?」

 翔平は「気の迷いじゃないのか?」と言外に言っているようだ。

「解っているよ。それから、人を好きになることに時間は関係ないと思うよ。……僕は君と接している内に、気づかない間にどんどん君の全てに惹かれていた。――そう気づいたのは最近のことだけれど、この気持ちは決して気の迷いじゃない」

 真剣な眼差しで挑むような視線を翔平に送りながら、リークははっきりとした口調で言い切った。

「……翔平。僕は、君に返事を求めてはいないよ。さっきも言ったように、ただこの気持ちを君に知っておいて貰いたいだけなんだ」

(君の隣に居る僕が、君の前から消える前に――悔いが残らないように、ただこのことを伝えたかった)

 ふっとリークが寂しげな笑みを浮かべる。

 リークは翔平の夢のことを知っていた。翔平の見た夢は夢ではなく、夢として見た現実の出来事である。圭の突然の出現も圭が言ったことも、全ては現実であり真実であった。翔平が体調を崩したのも、その現実の夢を見る為の要因となっている。だから、リークは翔平の安眠を護る為にあの結界を張った。

 人の夢に入り込むのは、呪紋の所持者或いは神か一部の魔物か、魔力に長けた者になら容易いことだ。何故異世界から来た圭がそんなことが出来るかは、リークにも判らない。

「なあ、リーク」

 押し黙っていた翔平が、リークを呼んだ。その眼差しは、リークに負けず劣らずの真剣そのものだ。

「お前の言い方だと、まるでこの先俺たちは別れることになるって聞こえるんだけど……それは俺の聞き違いか? 別れがあるから、お前は突然こんなことをするのか?」

 夢の中で圭が言っていたことを思い出しながら、翔平はリークに鋭い問いを投げかけた。リークが夢の内容を既に知っていることなど、彼に知る由もない。

 翔平の問いが的を射ていたので、リークは何も言えなかった。ぐうの音も出ず、今度は彼が押し黙ることになる。

 その通りなのだ。これから向かう先で、抗いようのない「別れ」が待ち受けているから、リークは翔平に対して唐突な行動を取った。

(君の重荷になってしまうから、本当はこの気持ちを伝えない方がいいのにね。けれど、君の寝顔を見ていたら……それが何だか、寂しいと思ってしまったんだ)

 翔平の傍に居たリークの存在を翔平に忘れられることが、リークにとって何よりも恐い。

 何も言わないリークの様子に、翔平は圭の発言によって植えつけられた「別れ」の予感を確信した。

「……嘘だろ? お前が消えるなんて、嘘だろ?」

「…………」

「お前は――呪紋の所持者は寿命が尽きるまで、死ぬことが出来ないんだろ。それなのに、何でお前は消えるんだ?」

 そう問いながら、翔平はリークの許へゆっくりと歩み寄る。

「まだ旅を始めて、数日しか経ってないんだぜ。何で突然そんなこと……」

 リークの前へ歩き寄れば、翔平は真正面に彼を見据えた。すると、リークは緩く首を左右に振ってみせる。

「君が見た夢の中で、彼が言っていただろう? 本物と言われる僕と偽者と言われる僕、僕の存在は二つあるんだ。前に説明したけれど、他の呪紋の所持者と違って、僕は産まれた当時に呪紋が宿った。その拍子に、僕たちは同一人物でありながら二つに分離したんだ。彼が警告しにやって来たのなら、近々僕たちは一つに還らなければいけなくなる」

 リークの説明に、翔平は驚きに目を見開く。

「何でお前が夢のことを?」

 翔平がそう問えば、リークはあっさりとその事情を説明した。そして、再び彼らは本題に戻ってゆく。

 先に口を開いたのは、リークの方だ。

「消えるのは、恐らく君の傍に居る僕の方だ。……君は僕の肌がおかしい程に白いことを、不思議に思わなかったかい? こんなに白いのは、恐らく分離したことが原因なんだと思うよ。一つに還る僕たちは、どちらかの記憶を失くす。だから、〝消える〟と言うことになるんだ」

「ちょ、ちょっと待て」

 さらに話を続けようとするリークを、翔平は慌てたように止めに入った。話の内容がごちゃごちゃとし過ぎて、理解したいが理解に苦しむところだ。

 翔平はふっと息を吐き出してその場にしゃがみ込み、地面に図を描きながら頭の中で整理をし始める。

 呪紋の所持者は神々と同一的存在だ。産まれた時に呪紋が宿ったリークは、その影響力で一つの存在だったものが二つに分離してしまった。この状態だと、三つの存在がこの世界にあると言うことになる。

(ん? どういうことだ?)

 翔平が悩んでいると、リークはその場にしゃがみ込み、翔平の描いた図に描き込みながら再び話し始めた。

 光を担う神と、闇を担うリークと言う名の二つの存在。本来、神とひとりの人間として対でなければならない。だが、リークは同一人物でありながら、二つの存在に分離してしまった。神とふたりの人間では世界に悪影響があり、リークは一つに還らなければならない――と言うことのようだ。

 存在が二つに分離したが、リークの身体は一つしかない。今ここに居る彼の身体は呪紋によって形成されたもので、もうひとりのリークの身体が実体のようだ。だから、本物がもうひとりの彼で、偽者がここに居るリークだと言うことになる。

「僕が二つに分離したのは、恐らくまだ赤子の僕では、呪紋の力に耐え切れないからだと思うよ。今も僕たちは、半分の呪紋の力を持ったままだ」

 そう説明を加え、リークはまた図を描きながら話し始める。

 リュイール一族は皆、生れ落ちた直後に呪紋が宿ってしまったリークに驚き戸惑っていたが、分離してしまった彼にも驚いていたそうだ。そして、二人のリークを双子として、偏ることなく愛情を注いで育てていた。

 リークの性質は同じだが、周りから受ける物事の感じ取り方はそれぞれである。記憶もまた然りだ。

「そういや、城にはお前しか居なかったけど、もうひとりのお前はどうしたんだ?」

「数年ほど前に、リュイール王国に二人のリークは要らないと言って、旅に出て行ってしまったよ。それきり、彼は帰っては来なかった。――きっと、今は君の友人と行動を共にしているんだろうね」

 「ふぅん」と考えるように相槌を打つ翔平を、リークは顔を上げてじっと見つめた。その雰囲気が、ふいに冷徹なものに変わる。

「彼が何に影響を受けて、僕と一つになろうとしているのか、気になるところだよ。――とても嫌な予感がするんだ。……君の友人についても」

 圭の話題が出て、翔平も顔を上げてリークをじっと見据えた。

「君と君の友人がこの世界へ来てから、色々なことが唐突に起き始めている。歪みのこと、舞踏会での魔物のこと、もうひとりの僕のこと。……何かが動き始めている。僕にはそう思えてならないよ」

「お前は、圭が何かを握る鍵だと思っているのか?」

「正直に言えばね。そして、恐らくは君も、その何かに巻き込まれているはずだ」

 リークの意見に、翔平の反論は出てこない。あの図書室の時から、きっと何かの歯車が回り始めたのだろう。何となくではあるが、翔平もそれを感じ取っていた。

 ふいに、リークの眼差しが曇り出す。

「……僕は君を好きだから、君の傍で君のことを護っていきたかったんだ。呪紋のことで、君は僕を救ってくれた。――今度は僕が君を救う番だと思っていたのに、こんなことになるとは思わなかったよ」

 また寂しそうに笑うリークに、翔平はどうすればいいのか悩んでしまう。リークから告白を受けて「解った」と受け入れる訳にも行かず、だからと言って「悪いけど」と拒むことは出来なかった。

(……好きと言えば、好きなんだろうけど)

 翔平はリークのように、友情と愛情に境界線を器用に引くことは出来ない。そんな翔平に、リークは努めて優しい笑みで笑ってみせた。

「悩まなくていいんだよ、翔平」

 そう言いながら、翔平に手を伸ばしてゆく。

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