リュイール王国02
室内はどうやら謁見の間のようだ。
部屋全体に赤い絨毯が敷かれ、凝った装飾の大きな窓が二つ。窓と窓の間に、扉と同じ紋章の旗が壁に飾られている。それぞれの窓を背に、王座が一つずつ並んでいた。
王座に鎮座する者は、二十代後半の美丈夫と同じ年頃の美女だ。貴族の服とドレスがとても良く似合っている。
翔平は王座の前へ連れて行かれ、無理矢理に跪かされた。
後ろで騎士たちが跪く。
「××、×××××××××××」
一人の騎士が美丈夫に語り掛けた。
「×××××?」
美丈夫は騎士に視線を向け、確認の言葉を投げ掛けているようだ。
騎士が頷き、さらに話を続ける。
「×××××××××××××××」
「××……」
美丈夫が頷き、翔平に視線を移す。
「××、×××××」
言葉が通じないので、当然翔平は美丈夫に対して無視をする形になる。慌てたように、騎士が彼の顔を上向かせた。
翔平の無礼な態度に、王座の二人は上品に笑っているようだ。
二人の様子に、翔平が眉根を寄せる。
「畜生、何笑ってんだ! 早く縄を解け!」
美丈夫を睨み据え、怒鳴り散らした。
二人がきょとんと翔平を見詰め、互いに顔を見合わせる。
美丈夫が、隣に立つ甘い顔立ちの少年を見上げた。
「×××、××××××××××」
何事かを命じたようだ。少年が一つ頷き、王座の奥、壁の片隅にある扉へ姿を消して行った。
少年が出て行った間、美丈夫と美女は翔平を眺めながら笑顔を絶やさない。
(何なんだ、こいつら)
翔平は憮然としながら、二人を交互に睨みつけた。
重苦しくはないが、室内に沈黙が続く。
暫くして、少年が片隅の扉から透明な小瓶を持って戻ってきた。
美丈夫が少年に何事かを命じている。
「×××××××××××」
少年は頷き、翔平の前に歩み寄ってきた。
良く見れば、少年は翔平より幾つか年下のようだ。金髪碧眼の甘い顔立ち、百七十二センチの身体に軽装の鎧とマントを纏っている。
少年が絨毯に片膝を突き、翔平の顔を覗き込む。
目が合えば、優しく笑んできた。その様は誰もが見惚れるが、生憎翔平は美に無頓着なのでどうとも思わない。原因は、圭の容姿を見慣れているからだろう。
少年が、翔平の顎下に指を差し込んで上向かせる。すぐさま彼の口を小さく開かせ、小瓶の中身を開いた隙間から流し込んだ。
翔平が抗う隙もない、見事な早業である。
得体の知れない液に、翔平は吐き出すことも叶わず喉を鳴らした。
途端に、脳に激痛が走る。
「うわっ、あ、ぐぁ……」
痛みに顔を歪め、翔平は絨毯に倒れ伏しのたうち始めた。
「ぐあああ、ああああっ!」
異様な光景に、騎士たちがどよめき出す。
「×××××」
少年が翔平の上半身を横抱きに起こし、暴れる身体を抱き締めて耳元で呪文のような言葉を囁いた。すると、彼の痛みに歪む顔が僅かに和らいだ。
「う……ぐ……っ」
少年の胸元の鎧に額を押しつけ、翔平は止まない痛みに耐えるように、呻き声を噛み殺した。
漸く痛みが引いたようだ。身体中に嫌な汗を掻きながら、翔平は喘ぐ肩を落ち着かせるように深呼吸をする。
「気分は、どうだい?」
その場にそぐわない、のんびりとした口調の声が真上から降ってきた。少年のものだ。
少年を見上げ、翔平は驚きに目を見開いた。
「……言葉が判る」
「そうだよ。君に飲ませたものは、そう言った効果のある代物なんだ。但し、脳を活性化させる為に、さっきのような状態になってしまうけどね」
翔平に説明をしながら、少年は抱き締めた腕の力を緩める。
「手が痛い。縄を解いてくれ」
翔平が少年に訴えた。
少年は翔平をじっと見下ろした後、彼の背を支えていない方の手で、斜めに腰で巻きつけたベルトの後ろから短剣を抜き取る。斜めに傾いた方、翔平の背中側では長剣が鞘に収められていた。
後ろの騎士が声を上げる。
「リーク様。宜しいのですか?」
「彼は暫く、自由に身体を動かすことは出来ない。もし何かあったら、僕が対応するよ」
短剣を持った手を翔平の背に回しながら、少年・リークはのんびりと騎士に言い聞かせた。
縄が両手から切り解かれ、翔平が安堵の息を吐き出す。手首には、くっきりと赤く縄の擦れた跡が残っていた。
彼らのやりとりを見守る美丈夫が、頃合いを見計らって口を開く。
「すまなかった、少年。言語が通じなければ、話が進められなかったのだ。荒治療であった――許してくれ」
謝罪の言葉だった。
翔平は、謝罪に対して何も言わない。その代わりに、別のことを口にする。
「……俺は何で捕まったんだ?」
「君が子供を攫った――と聞いているが?」
「そんなことする訳ないだろ!」
翔平がきっぱりと言い切った。続けて、少年とのことの経緯を説明し、「子供に訊けば判る」と締め括る。
「そうか……」
翔平の話に、美丈夫は何事かを考えるように目線を落とした。
その時、「失礼します!」と張り上げた声がすれば、後方にある両開きの扉が開かれる。
「国王。女と子供が国王に面会したいと申しております」
「通しなさい」
「はっ!」
美丈夫の国王の許しを得、騎士は二人を中へ通した。
謁見の間に入ってきたのは、翔平が助けた子供とその母親だ。
「二人とも、こちらへ」
国王の促しに従い、二人はゆっくりと王座の前へ歩き寄り、翔平の横で両膝を突いた。
母親が翔平に顔を向け、すまなさそうに頭を下げる。それに習って、子供も「ごめんなさい」と頭を下げた。
二人の翔平に対する態度を察し、国王が口を開く。
「なるほど。貴女方が、少年の言っていた件の者だな?」
「はい。子供を助けて頂いたのに、私が勘違いをしてしまってこんなことに。申し訳ありません」
母親が国王に向かい、深々と頭を下げた。
「ボクも泣いてばかりで、お母さんに早く教えられませんでした。ごめんなさい」
母親に続いて、子供が律儀に母を庇うような物言いで深々と頭を下げた。
二人の正直な申し出に、国王は深く頷く。
「少年。この二人を許してはくれないか?」
「……許すも何も。勘違いなんだから、仕方がないだろ」
「そうか。ならば、私が言うことは何もない。――二人はもう下がりなさい」
「はい、失礼致します」
「お兄ちゃん、本当に有難う」
二人は国王と翔平に頭を下げ、静かに出て行った。
国王が翔平に言葉を投げ掛ける。
「ところで、少年。名は何と言う?」
翔平は躊躇うことなく答える。
「翔平。桐生翔平」
「ほう、珍しい名だ。初めて耳にする」
「……もう、いいだろ。俺はここであんたと悠長に話してる暇はないんだ」
リークから身を離して、翔平はおもむろに立ち上がった。
国王に向かって『あんた』呼ばわりする翔平に、騎士が堪らずに窘める。
「馬鹿者。国王と呼ばないか」
「良いのだ。お前たちも下がりなさい。町の巡回を頼むぞ」
「はっ!」
終始跪いたままの騎士たちが立ち上がり、謁見の間を颯爽と歩き去ってゆく。
翔平は、絨毯に置かれた学生鞄を拾い上げた。踵を返して、両開きの扉へ向かって歩き出す。
「待て。桐生翔平」
国王が威圧のある声で、翔平を呼び止めた。
「話がまだ終わってはいない。出て行くならば、それが終わってからにして貰おう」
「!」
翔平の身体に緊張が走る。背後で、リークが長剣を彼の首筋に押し当てていた。
「――大人しくしていた方が、君にとって身の為だよ?」
のんびりとした口調に関わらず、リークの言葉尻から殺気めいたものがあった。
「……判った。言う通りにするから、それを収めろ」
リークが長剣を収め、翔平の横へ移動する。
翔平はホッと胸を撫で下ろして、その場で国王に身体を向けた。
国王の雰囲気が先程と打って変わって、鋭く威圧感を見せている。これが国王本来の姿であろう。
「――君は何処からやって来た? 言語もそうだが、君の出で立ちや荷物を見る限り、何処の国ともつかない」
「……何でそんなことを訊く?」
「私はリュイールを治める王だ。得体の知れない輩を野放しにするつもりはない」
「ふぅん。答えられないと言ったら?」
「隣の男に首を刎ねられるだろう」
翔平の隣で軽い金属音が鳴る。
翔平がちらりと目をやれば、リークが長剣の柄を握っていた。
「この国は暴力で物事を訴える国なのか。嫌な国だな。俺はここで死ぬわけにはいかない。だから、答えてやるよ。……あんたたちの知らない世界から来た」
「ほう、異世界からか。俄かには信じられんが、通りで何処の国ともつかない訳だ。君の態度を見る限り、迷い込んだ訳ではなさそうだな。それも答えて貰おう」
翔平は渋々と、これまでのことを語り始める。本のこと、ゲル状の手のこと、そして圭のことを包み隠さず語っていった。
国王たちは途中で口を挟むことはせず、真剣な面持ちで翔平の話に耳を傾ける。
翔平が語り終えれば、国王は沈黙したままで隣の美女を見やった。
美女が深く頷く。
次に国王がリークを見やれば、彼もまた美女と同じように頷いた。
最後に、国王は翔平を見据える。
「桐生翔平。君の語ったことは、嘘偽りのないものだと信じよう。君の真意を知る為だとは言え、君に対して手荒な真似をしてしまったことを申し訳なく思っている」
国王の雰囲気が柔らかくなった。それだけで、その場の空気が和らぐ。