リュイール王国24
こちらをじっと見詰める視線に、翔平は覚醒と共に目蓋をゆっくりと開ける。すると、何処か思い詰めたような顔をするリークと目がかち合った。
「おはよう」
翔平と目が合うと同時に、リークはその顔を優しい微笑みに変える。まるで、翔平が見た先ほどの彼は幻だったかのようだ。
同じベッドで向き合うような体勢で、彼らは暫く互いの顔を見詰め合う。
「……はよう」
(ああ、そうか。俺はリークの部屋に泊まっていたんだ)
漸くリークに挨拶を返しながら、翔平は何故自分がここに居るのかを思い出してゆく。
昨日の舞踏会兼仮面舞踏会は、彼らにとって転機となる一日であった。いつもより長く感じられた日の中で、翔平は深い部分までリークを知り、リークは心の中で曖昧に漂っていた感情を明確にすることが出来た。
翔平は、真夜中にリークが起こした行動を知らない。リークは、それでいいと思っているようだ。現に、彼はやっと形を成した、翔平への想いを伝えようとはしなかった。
(……僕の君に対する好きが、恋愛感情に変わるなんてね)
翔平に言えるはずがない。リーク自身でさえ、その形成された想いに驚き戸惑っているのだ。唐突にやってきたそれをどう受け止めるべきなのか、真夜中のあの衝動からあまり眠ることが出来ずに思い悩んでいた。だが、彼の雰囲気は微かな甘さを漂わせている。
今までと何処か違った雰囲気を見せるリークに、翔平は不思議に思いながらベッドから起き上がった。それに続き、リークも上半身を起き上がらせる。そして、ちらりと互いを見合った。
「……何だよ」
「……特には」
彼らの間で、何とも言い難い妙な空気が流れる。その最中で、リークがふいに翔平へ手を伸ばしてゆく。
「寝癖が凄いよ」
彼の茶の硬い髪質に触れ、そう言いながら優しく撫でていく。その瞳にも、甘ったるいものが漂っていた。
リークの無意識な行動は、昨日の演技を彷彿とするものがある。或いは、それを上回るものかも知れない。
「一体どうしたんだ? 何か妙だぞ」
思わず、翔平は問いを口にしていた。すると、彼は微苦笑を浮かべる。恐らく、それは自分に対してのものだろう。
「ちょっとね。……僕も自分が妙だと、今やっと気がついたよ。君と居ると、今まで見えなかった僕が見えてくるばかりだ」
そう言って嬉しそうに笑うリークに、翔平は何も言えなかった。どう返せばいいのか、言葉が見つからない。
また、自然と妙な雰囲気が彼らを包み込んでゆく。その雰囲気を流しているのは、翔平ではなくリークであることは間違いない。
翔平も何となくは察しているようだ。居心地の悪さを感じて、彼はベッドの上から立ち上がった。そして、逃げるように窓際の方へ身を落ち着かせる。
その様子にくすりと笑いながら、リークはベッドから立ち上がって、部屋の中央にあるテーブルの方へ向かった。
「翔平。そんなところへ居ないで、こっちへおいで。紅茶を飲みながら、これからのことについて話したいことがあるんだ」
「これからのこと?」
訝しげに翔平が訊き返せば、リークは「そうだよ」と言いながら、新しい紅茶を用意し始める。
「昨日は、舞踏会のことで精一杯で言えなかったけれど、君の友人についての、有力な情報が入ってきたんだ」
「マジで?」
「本当だよ。僕が君に、嘘をついてどうするんだい?」
「だから、おいで」と手招かれて、翔平は素直に従うことにした。
テーブルを挟んでリークの向かい側へ座り、彼の様子を窺い見る。すると、リークは笑みを湛えたままで、出来上がった新しい紅茶を翔平に手渡した。
リークに礼を一言言って、翔平は早速とばかりに話を切り出す。
「――それで、有力な情報はどんなだ?」
リークはゆっくりと椅子に腰を下ろして、真剣な面持ちの翔平をじっと見詰めた。
「これだけは言っておくよ。有力な情報と言っても、単に旅人からの同じ情報が多いと言うことだからね」
リークの確認に、翔平は「分かった」と深く頷く。
「それじゃあ、言うよ。――情報はとても不可解なことに、リュイールを除いた全ての大国に彼の姿を見たと言うものなんだ。一人ではなく誰かと一緒で、その相手は女性であったり男性であったりと様々のようだよ」
「どういうことだ、それ」
驚きに目を見開きながら、翔平が声を上げた。そんな彼に、リークが首を左右に振る。
「僕にも判らない。各国で旅をしていた旅人たちは、みんな揃ってそう言っていたんだ。――普通は、二週間の間で大国の全てを回ることは、到底出来ないはずなんだけれどね」
リークの科白に、翔平は考えるように押し黙った。
(もしかすると、圭はあの手から逃げ延びられて、元の世界へ戻る方法を探しているのかも知れない。だけど……)
翔平は、リークが最後に言った言葉が気になって仕方がない。
「リーク。本当に二週間で、大国を回ることは不可能なのか?」
「普通はね。けれど、高度な転移の魔法なら可能だよ。……ひょっとしたら、彼は君たちをこの世界に召喚した、何者かと行動を共にしているのかも知れない」
リークの更なる言葉に、翔平は眉根を寄せる。
「どうなっているのか、さっぱりと判らないな。圭が逃げ延びられたのか、それとも捕らえられたままなのか。……考えても、埒が明かない」
「……彼を、追うのかい?」
その問いに、翔平は迷わず頷いた。そして、意志の強い瞳でリークを見詰める。
「明後日には、ここを発つ。……あんたの傍に居てやりたいけど、俺は圭を助ける為にこの世界へ来たんだ。だから、俺は行かないといけない」
「そう……」
翔平の言葉に、リークは寂しそうな笑みを浮かべた。
「仕方がないね。……君のことだから、この話を聞いて、そう言うと思っていたよ」
「ごめんな、リーク。だけど、これであんたとの関係が終わる訳じゃない。――友達って、そう言うもんだろ。だから、圭が見つかったら、またここへ戻ってくるからさ。元の世界へ帰る前に、あんたに会いに行くから」
(……翔平。君は、寂しいことを平気で言うんだね)
彼の言葉によって、リークの胸に言い知れない寂しさが湧き上がる。旅立つこと、そして元の世界へ帰ること、その全てがリークを傷つけてゆく。まだ先の話であったとしても、結局最後は離れ離れになってしまう。
芽生えた想いと同時に、その想いは行く宛を失くしてゆく。
無言のままで、リークは翔平を見詰めた。翔平もリークを見詰め返す。
「……元気で頑張るんだよ。翔平。――僕は、いつでも君を応援しているから。いつでも、君の味方であることを忘れないで欲しい」
「リーク……」
翔平はリークの名を呼ぶだけで、それ以上は言えなかった。何もかも中途半端なままで、リークを置いてゆこうとしている自分に、翔平は嫌悪感を抱く。
傍に居てやること、傍でリークの存在を肯定し続けること、それらの全てを放り出して彼はリュイール王国を旅立とうとしている。
「……リーク。……俺と」
何かを口にしようとした翔平だが、言い切る前に口を噤む。何故、その言葉を言い出そうとしたのか、翔平自身にも判らない。約束を守りたかったのか、それとも単に一緒に居たかったのか。
「何でもない。今まで有難うな、リーク。短い間だったけれど、俺はこの国に居られて、あんたやこの国の人たちと出会えて、凄く嬉しかった」
嬉しそうに笑うその顔から、微かな寂しさが滲んでいる。
「有難う」
そんな笑顔でもう一度、翔平はリークに礼を述べた。
リークは何も言わず、ただ翔平の笑顔に答えるように微笑んだ。
「さよなら」――その言葉を、彼らは言い出せなかった。例え一時の別れであろうと、「さよなら」は永遠の別れのように思えた。
だから――。
「またな。また、会いに行くから」
「また、君に会えることを信じているよ」
互いにそう言い合って、翔平は席を立つ。リークもゆっくりと席を立った。
何も言わずに握手を交わし、互いの顔を見詰め合って、そして抱擁を交わしてゆく。
「君に――、女神イリアス、そして神々の光が差し込んで来ますように」
そう言って、リークは翔平の頭を引き寄せ、額に柔らかな唇を押し当てていった。
翔平は驚きながらも、何も言わずにリークの好きなようにさせる。
そうして、彼らは別れた。
翔平は、背後にある城を何度も振り返りながら、リュイール・ギルドに戻ってゆく。
遠めに見えるリークの部屋では、リークらしき人物が翔平を見送っているようだ。
「――リーク、またな」
彼に聞こえるはずもないが、翔平は何故か言わずにはいられなかった。
「この約束は、ちゃんと守るから」
そう静かに言い置いて、翔平は城から遠のいてゆく。
城が見えなくなれば、彼はいつものように急ぎ足になる。この後、翔平はJやカディス、ギルドで世話になった人々と別れを告げなくてはならない。Jはきっと、落ち着いた物腰で頷くのだろう。カディスはきっと、意外に涙脆いから泣いてしまうのだろう。きっと、ギルドの仲間たちも、別れを惜しんでくれるのだろう。
リュイール王国の全てが、翔平にとっていい出会いであった。自然も人々も、そして魔物でさえも、彼に色々なことを教えていた。自然の尊さ、生命の尊さ、優しさ、人の自然との共存のあり方、全てをひっくるめて、彼は短い間に学んでいった。
旅立った後、リュイール王国はどう発展してゆくのだろう。ふと、翔平はそんなことを考えた。再びこの国に訪れた時、変わらずに皆が皆、自然と共に生きていきながら幸福な日々を過ごして欲しい。そんな祈りが、翔平の心の底から湧き上がる。
そして、リーク。リークも皆と同じくらいに、幸福でいて欲しい。呪紋に苦しむリークを、皆の優しさで癒して欲しい。
(リーク、ごめんな)
翔平には出来なかったことを、誰かがやり遂げるのかも知れない。少し寂しく思いながら、翔平は心の底からリークの幸福を祈った。




