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リュイール王国23

 渡り廊下をリークと並んで歩きながら、翔平が舞踏会場の建物を振り返る。

「あいつら、一体どうなるんだ?」

「……僕にも判らない。彼らの扱いは、イリス女教皇と審問官が決めることだからね。けれど、付き人制度が廃止されるのは間違いないよ」

 その科白に、翔平は「ふぅん」と相槌を打ってリークに視線を向けた。

「それじゃあ、これであんたたちの計画は無事に終わったんだな」

「そうだよ。全ては、君のおかげだ」

 リークが隣の翔平に視線を向けて、「有難う、翔平」と優しく笑んだ。

 翔平は頬を微かに赤らめて、リークからぎこちなく視線を外してゆく。

「……礼は別に要らない。あんたのおかげで、圭が付き人になっているかいないかが判ったし」

 そんな言い訳を口にする彼は、真正面から向けられた感謝の気持ちに照れているようだ。

 リークが優しい笑みを深める。

(……可愛いね)

 ふいに、リークの中で翔平に対するそんな感情が過ぎった。それは確実に、彼の中にある曖昧な何かに共鳴している。

「翔平は――服を着替え終わったら、宿屋に戻るのかい?」

「ああ、そのつもりだ」

「……今日はこのまま、僕のところへ泊まっていかないかい?」

 唐突なリークの申し出に、翔平がまた彼に視線を戻してゆく。

「……僕のことを君に話しておきたいんだ」

 優しい笑みを湛えたままで、リークは遠慮がちにそう告げた。

 その言葉に、翔平が立ち止まる。リークもそれに合わせて立ち止まった。

「リーク。俺に、そんな簡単に話していいのか? 自分のことを話すのって辛いだろ?」

 これまでのリークを見てきて、翔平は気遣わしげに問いを投げかけた。

 すると、リークは首を左右に振って、翔平を真摯な眼差しで見詰める。

「翔平だけに――僕と言う存在を知っていて貰いたい」

(……これは僕の我が儘で、君の重荷になってしまうかも知れないけれど)

 リークはそう思いながらも、心の底から翔平が聞いてくれることを望んでいた。

 翔平はリークを真剣に見詰める。彼の言葉が本心であるかを探るように見詰めて、そしてふっと目元を和らげた。

「……あんたがそうしたいんなら、俺は別にいいんだ。俺もあんたのことを知りたい」

「……翔平」

 翔平の言葉に、リークは嬉しそうに笑んだ。

「それじゃあ、僕の部屋へ戻ろうか」

「ああ、そうだな」

 そうして二人はまた並んで歩き出してゆく。


 リークの部屋に戻った彼らは入浴を済まし、それぞれの普段の服装に着替え、部屋の中央にあるテーブルを挟んで向かい合わせに腰を下ろした。

 テーブルの上にはティーポットと二つのティーカップが置かれ、リークのこれから語る内容が長いことを示している。

 リークがティーカップに紅茶を注ぎ、翔平に手渡した。

「この紅茶は美味しいよ。飲んでみて」

 そう説明して、自分の分にも紅茶を注ぎゆっくりと口をつける。翔平もそれに習い、ティーカップに口をつけた。

 紅茶を口にしながら、翔平はリークの様子を窺う。リークのカップの取っ手を握り締める手が、僅かに震えを刻んでいる。

(リーク……)

 リークは平気なように振舞って見せるが、翔平に秘密を明かすことに緊張しているようだ。「拒まれるかも知れない」――そんな彼の不安な感情を、翔平は敏感に読み取ることが出来た。

「……俺は大丈夫だからな」

(俺は――俺だけは、あんたを拒んだりしないから)

 カップに口をつけながら、翔平は何気なさを装い自分の気持ちをリークに伝えた。

 リークが翔平を見詰める。彼に勇気づけられたのか、その碧い瞳に決意の輝きが宿った。

 リークがティーカップをテーブルの上に置いて口を開きかける。だが、それはまた閉ざされた。それを何度も繰り返す彼に、翔平はせっかちな性分を抑えつけながら静かに見守る。

「……僕は、この世に生を受けた時から、背中に呪紋を持っていたんだ」

 そして、漸くリークは静かに語り始めた。

 この世に生を受けた頃から、彼は「呪いの王子」と呼ばれていた。原因は、背中にある呪いの紋章であることは間違いない。

 本来、呪いの紋章と言うものは、生まれたばかりの赤子ではなく、少年期または青年期に突如現れるものだ。

 カウイの語ったように、その紋章が現れるのは、二十二人の中の紋章の所持者だった者が滅んだことを意味している。紋章の所持者は永久の生命と謂われているが、身体そのものは不死身に近いだけで実際は人の寿命と差ほど変わらない。だから、紋章はころころと持ち主を変えている。それはまるで、紋章自体が生きているかのような現象だ。

 紋章は所持者の身に超人的な全属性の魔力や身体的能力などを宿すが、それと同時に所持者の精神を蝕んでゆく。それはリークのように、自分自身に抑制が利かなくなると言うものだ。

 紋章がもたらすものは所持者によってそれぞれではあるが、特に人や魔に対しての殺戮衝動が抑えられなくなる。

 リークは幼い頃から、それらに耐えていた。幼いながらに耐え切れず、その手を幾度も汚したことがある。それが原因でさらに「呪いの王子」の名称が広がり、「呪いの王子」が彼の二つ名となっていた。

 始めの頃は、リュイール一族を除く城の使用人から国民に至るまで、誰もがリークを恐れていた。だが、彼が十二の歳を過ぎ紋章が齎す衝動をかわせるようになった頃、リュイール王国の国民は恐れなくなった。リークの優しさや直向きさに触れ、彼を受け入れるようになっていた。それは誰もがと言う訳ではないが、表面上では皆リークを「呪いの王子」と呼ばなくなった。

 殺戮衝動をかわすことは容易なことではない。強靭な精神を持ったとしても、ふとしたことで、暴走したかのように歯止めが利かなくなる時がある。その暴走を当人どころか、誰一人として止めることは出来ない――はずだった。

(……どうして、君だけは僕を止められたんだろうね)

 そう思いながらも、リークはさらに語り続けてゆく。

 翔平に出会うまで彼は殺戮衝動に耐えながら、呪いの紋章の意味や存在を調べ上げた。

 紋章の所持者が何故、二十二人でなければならないのか。それは、世界を形成する神々に関係していた。

 「世界」を司る女神を含めた二十二人の神々と二十二人の呪紋の所持者は同一的存在だ。呪紋にあるメビウスの輪が絡まる数字は、リークの所持するⅠからⅩⅩⅠまである。もう一人の所持者は数字がゼロである為に、メビウスの輪だけがその背にあると言うものだ。

 神々の同一的存在ならば、呪いの紋章が呪いの紋章たる所以はないだろう。だが、神々の闇の部分が呪紋を象ったものだと言えば、それはやはり呪いの紋章でしかない。

 世界は光と闇が均衡を保って存続している。神々が光を担うなら、神々の闇を担う何かがなくてはならない。本来魔が闇を担うものだが、魔だけでは人によって滅ぼされかねない。だから、神々は人を選んだ。二十二人の人を選び、呪いの紋章によって世界の均衡を保ち続けた。超人的な能力は恐らく、呪紋の所持者がすぐに命を落とさないようにする為のものだろう。

 呪紋の所持者は神々に選ばれたと同時に、神々の闇の部分を背負わなければならない。所持者が生を全うするまで、それは否応なく続いてゆく。呪紋を解放するには、カウイの語る自害では叶えられない。ただひたすらに、殺戮などの衝動を耐え抜きながら生きるしかなかった。

 呪紋の所持者は言わば、神々にとっての「生きた傀儡かいらい」であり、魔にとっての「半端な魔人まひと」であり、人にとっての「呪われた者」なのだ。三種族から逸脱した存在に名はない。ただその身に名づけられた名と存在を認めてくれる数少ない者たちだけが、彼らにとっての存在維持である。

 この真実は、ほとんどの者は知らない。知っているとすれば、所持者当人と彼らに深く関わる者たちだけだ。

 全てを話し終えて、リークは深く息を吐き出した。未だに小刻みに震える手でカップの取っ手を掴み、冷えてしまった紅茶を口の中に流し込む。

「……僕のことを交えて話したことは呪紋の全てとは言えないけれど、今僕が知っていることは全て君に話したよ」

 そう言って、リークは話している間中、こちらを見詰め続けていた翔平を見た。翔平は何かを考えるように押し黙ったままだ。

「……恐いかい? 魔物や人を簡単に殺してしまえる僕が。神々の生きた傀儡として生きなくてはいけない僕が。……僕の傍に居れば、君は見なくてもいい光景を見ることになる。そして、僕は君の命をこの手にかけるかも知れない」

(それでも僕は、君に傍に居て欲しい。やっぱり、これも僕の我が儘でしかないけれど)

 今まで誰にも望まなかったことを、リークは心の中で密やかに思った。

 彼の言葉に、翔平が口を開く。

「……別に恐くない。あんたがその衝動に駆られるなら、俺はあの魔物の時みたいに止めてみせるさ。もし、俺に向かってくるんなら、殴ってでも目覚めさせてやるよ」

 そう言い切って、翔平は不敵な笑みを浮かべた。彼はそれ以上のことは何も言わない。何故なら、リークの言ったことの全てをすぐに理解することは難しいからだ。ただ翔平は、今の自分に出来ることを口にした。

「……翔平。それは……、僕の傍に居てくれると言うことかい?」

 翔平に問いを投げかけたリークの声が、僅かに震えている。

「当たり前だろ」

 翔平がまたこともなげに言い切った。

 リークの表情が見る見るうちに、不安げな表情から嬉しそうな表情に変わってゆく。そして、最後には今までにない満面の笑顔に変わっていった。

 それからの二人は、夜も遅いことと今日一日で起こった様々な出来事の疲れで眠りにつくことにした。リークの部屋はベッドが一つしかない。その為、翔平は彼と並んでベッドで寝るしかなかった。

 二人の間に流れる雰囲気に、ぎこちなさは全くない。互いに自然体のままで、睡眠を貪り始めた。

 ふいに、リークがベッドから起き上がる。月明かりに照らされた、隣で眠る翔平の寝顔を覗き見た。起きている時とは違い、少年のあどけなさを強調するような寝顔だ。

 リークがその寝顔に自分の顔を近づける。そして、彼の唇と翔平の唇が重なり合った。

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