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リュイール王国21

(動揺しているね、翔平。わざわざ浴室まで行かなくても、ここで着替えればいいのに)

 そんなことを思いながら、リークは扉の前に歩き寄り翔平が戻るのを待つ。

 すると、翔平はすぐに戻ってきた。その様子は普段と変わらないように見える。

「サンデストの王子の所為で、時間を食っちまったな」

「そうだね。そろそろ仮面舞踏会が始まる頃合いだ」

 そう言いながら、リークは彼の手にゆっくりと手を伸ばしてゆく。すると、翔平が条件反射のように身を引いた。

 思わず、彼らは互いの顔を見合わせる。

「……やっぱり、さっきのことが原因だね」

 伸ばした手をゆっくりと戻して、リークが困ったような笑みを浮かべた。それに対して、翔平は複雑な表情をしている。

「……悪い。さっきは平気だったんだけど」

「謝らなくてもいいよ。もし僕が君の立場で、例えそれが演技だとしても、きっと同じ反応をしていると思うよ」

 優しく笑むリークに、翔平は何も言えなかった。翔平にプライドがあるように、リークにもプライドがある。一国を背負う王子なら尚更のことだ。他国の王子が見ている前で、翔平の役割をすることはまず出来ないだろう。

「君には悪いけれど、この舞踏会が終わるまで我慢をしてくれるかい?」

 リークの問いに、翔平は無言で頷いた。ギルドの依頼と同様に、請け負った以上は最後まで責任を持ってやり通すしかない。

「僕の相手が翔平で良かった」

 リークが嬉しそうに笑って、またゆっくり翔平に手を伸ばしてゆく。彼の手に優しく触れて、遠慮がちに握り締めた。

 翔平の嫌がる素振りはない。

「大丈夫そうだね。それじゃあ、行こうか」

 握り締めた手をそっと離して、リークは舞踏会に戻るべく部屋の扉を開けてゆく。


 翔平たちが離れている間に、会場内は目を疑うほどに姿を変えていた。

 まず一番に違和感を覚えたのは、会場内の明るさだ。天井のシャンデリアの灯りが落とされ、壁際のランプで明るさを取り持ってはいるが薄暗かった。そして、壁際にあるはずのテーブルは撤去され、踊り場をコの字で囲むように幾つもの椅子が数列並んでいる。

 その椅子に腰かける他国の王族や貴族は、様々な仮面をつけていた。仮面と言っても、目元を覆い隠すものが主流のようだ。それに対して、付き人たちは容姿を隠すことを許されていないのか、仮面をつけている者は居なかった。

 会場内の入り口で立ち止まったままの翔平の隣で、リークが使用人から仮面を受け取っている。その仮面は主流のものではなく、顔全体を覆い隠すものだ。

 会場内の奥の方に目を凝らせば、リュイール一族の面々もリークと同じような仮面をつけていた。

「いいかい、翔平。これから、ここは彼らの娯楽の場になる。何があっても、僕から離れてはいけないよ。僕の傍に居れば、君は安全で居られる。――解ったね?」

 それだけを言って、リークが仮面をつける。表情を窺うことの出来ない仮面だが、その奥にある碧い瞳が優しく翔平を捉えていた。

 その瞳を見据えながら、翔平は緊張した面持ちで頷く。

「それじゃあ、兄さんたちのところへ戻ろうか」

 仮面に遮られてリークの声はくぐもっているが、何とか聞き取れる範囲だ。リークの言葉にまた頷いて、翔平は彼と並んでその場から歩き出した。

 他国の王族や貴族で埋まる椅子の脇を通るたびに、無数の視線がリークと翔平を突き刺してゆく。それは好奇心に満ちたものが多い。

 恐らく、リークの部屋で二人の情事の真似事を盗み見ていたカウイが、真実として受け止めて彼らに触れ回ったのだろう。「リュイールの第四王子が付き人の容姿に充たない、しかも自分よりも上背のある付き人を抱いていた」――などと、吹聴したに違いない。

 リークにとっては狙い通りだが、翔平にとってはプライドをズタズタに引き裂かれる思いだ。

 二人がケイムのところに舞い戻れば、皆が皆翔平を憐れむ視線を投げて寄越した。

「すまない、翔平」

「いや、いいんだ」

 ケイムの謝罪に、翔平はそれしか言えない。

 ケイムと一言二言のやり取りを終え、翔平とリークは王座の後ろ隣に身を落ち着かせる。

 それと同時にランプの灯りが消え、会場内は一瞬で光を失う。

 暫くすれば、丸く淡い光がそこかしこに浮かび上がった。光たちは踊り場を照らすように、その上に集まり浮遊し続けている。

「始まるよ」

 翔平の隣で、リークがそう告げた。

 淡い光に照らされた踊り場に、付き人たちが席を立って集まり始める。その表情は様々だが、大半の者は誘うような妖艶な笑みを湛えていた。

(……一体、何が起きるんだ?)

 そう思った翔平の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。

 付き人たちが、唐突に着飾っていた衣類を脱ぎ出したのだ。踊り場で全裸になって妖艶に舞い始める。

「……ストリップショー?」

 思わず声を上げた翔平に、リークが「ちょっと違うよ」と苦笑しながら否定した。

「今はまだ始まったばかりだから、暫く見ていれば判るよ」

 色白の裸体たちが、さらに艶やかに舞い続けてゆく。

 翔平は羞恥心で見ていられず、踊り場をコの字で囲う席へ視線を向けた。

 皆が皆、食い入るように踊り場を見詰めている。その視線は楽しむと言うよりも、付き人たちを舐め回すように品定めしているようだ。

 そこで、翔平はカディスが以前に言っていたことを思い出した。

(付き人の身体を餌に、政治などを動かすこともある……か。こんな風に、王族たちは舞踏会を使って取引をしていたのか。けど、付き人たちはどうなんだ? 取引に使われて、他の誰かを相手にして、嫌だとか思わないのか?)

 翔平はそう思って、視線をまた付き人たちに向け、彼らの表情に目を凝らしてみる。

 付き人たちは、妖艶な笑みを浮かべたままだ。だが、その笑みの奥に諦念や悲しみが潜んでいた。その中に、カウイの付き人のひとりである儚げな美青年が居る。

(――あいつも、本当は他の誰かを相手にするのが嫌なんだな)

 彼のその舞にも何処か悲しみが付き纏っていた。それを見た、翔平の眉間に僅かな皺が寄る。

 ひとりの男が唐突に席を立った。ゆっくりと踊り場に歩き寄っていく。そして、ひとりの付き人の手を取り引き寄せると、その場でキスを始めた。

 その男を筆頭に、彼らは気に入った付き人を選び取る。その行動は男女間に限らず、男と男・女と女など様々だ。羞恥心の欠片もなく、彼らはその場で情交に没頭し始める。恐らく、仮面が彼らの羞恥心を取り除いているのだろう。

(……仮面舞踏会って、これのことかよ。悪趣味にも程があるぜ)

 さらに眉間に皺を寄せて、翔平はあの儚げな美青年に目をやった。その青年の悲しみを知った翔平は、何故だか彼が気になって仕方がない。

 青年は、ひとりの男を拒んでいる最中だった。その男は青年の手を取って引き寄せようとするのだが、青年は精一杯の力で抗っている。それを見兼ねて、まだ誰も選んでいなかったカウイが二人に近づいてきた。

 カウイが何事かを青年に言っている。表情から察するに、彼を窘めているようだ。そのカウイに、青年は悲しげな眼差しで見詰めている。

(あの王子。あいつが嫌がってんのに、何やってんだよ)

 その光景に、翔平は堪らず早歩きでその場から歩き出した。

「翔平?」

 リークの呼びかけを無視して、さらに足を速める。その途中で、誰が脱いだか判らない衣類を手に取り、三人の許に歩き寄った。

 無言で男の手を青年から外させ、青年に拾った衣類を寄越す。

「おい、こいつ嫌がってんだろ。つーか、付き人みんなが嫌がってんだろ。こう言うの止めとけよ」

 青年を庇うように立って、翔平は不機嫌を露にした顔で口を開いた。

 翔平の突然の登場に、その場に居た誰もが動きを止める。そして、誰もが彼を嘲笑する。

「何を言っているんだ。おれたちが何をしようと、付き人に拒否権はない。そう教えたのに、こいつは訳もなく抗って。……主人として恥ずかしいよ」

 そう嘆くカウイを、翔平は鼻で笑った。

「恥ずかしいのは、あんたたちの方だ。人を何だと思っている」

「付き人は人じゃない。おれたちにとっては、物か取引の道具だ。――お前も付き人なら、判っているだろう。リーク王子がお前に飽きたら、こんな風に扱われるはずだ」

「……それは侵害だね。僕が彼を手放すことは、万に一つもないよ」

 仮面を外したリークが不敵な笑みを浮かべながら、翔平の隣に並んだ。

「リーク」

 リークの名を呼ぶ翔平に、リークは彼を落ち着かせるように背を軽く叩いた。

「彼の言うように、付き人にも人権はある。カウイ王子の付き人である彼が拒んでいるなら、その主張を汲み取ることが主人として大事なんじゃないかい? 強要は、数十年前に廃止された奴隷制度と何も変わらないよ」

 リークの正当な意見に、カウイが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「これは貴方に限らず、この場に居る全員に言えることだ。本来の仮面舞踏会は身分を隠して踊りを楽しむもので、付き人を使って他国との取引を行う場じゃない。――こんなことは、止めるべきじゃないかい?」

 リークは不敵な笑みを浮かべたままで、その場に居る全員を見回した。それに反応した彼らは身体を起き上がらせて、リークに非難めいた視線を送る。

 情交の途中で手放された付き人たちは、どうしていいか判らずにその場で座り込んでいた。そんな彼らに、城の使用人たちが見計らったように現れ、一人ひとりに清潔な白い布を手渡してゆく。翔平が庇っていた青年にも渡され、その布を羽織ながら彼は心配そうにカウイを見詰めた。

 今まで黙っていた、カウイがふいに嘲笑を浮かべる。笑いながら、リークに向かって人差し指を突きつけた。

「リーク王子。君にこそ、人権はないんじゃないか?」

「はあ?」

 唐突なカウイの珍妙な科白に、リークではなく翔平が素っ頓狂な声を上げた。その隣のリークは不敵な笑みを消し、鋭い視線でカウイを見据えている。

「あまり知られていないようだけど、おれは知っているぞ。君は呪われた王子なんだろう」

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