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リュイール王国20

(メビウスの輪は無限、Ⅰは……何だ? 俺の世界にも、Ⅰの数字を使う何かがあったよな)

 何度考えても、翔平にその答えを見出すことは出来ない。やはり、リークの口から明かされないと解らないことだらけだ。彼から話すのを待つと言った翔平だが、気になるものは仕方なかった。

 リークの背中にあるものから思考を切り離して、翔平はふとあることに気づく。

(あいつ、用意して待ってろって。まさか俺が着てきた服で、会場に行けってことなのか? ……まあ、別にいいけど)

 そう思いながら翔平は詰襟の白いシャツの釦を外して自分の服を手に取った。そして、服が汚れている為に座ることも出来ないので、リークの部屋を眺めながら歩き回る。

 壁に飾られた絵画やリークの家族全員が幸せそうに微笑む肖像画。彼の家族は今でも健在だ。リークの家族は一夫一婦で四人兄弟、それに交えてリュイールに嫁いだクインが居る。つまり、第四王子の彼は末っ子だ。

(……長男の俺から見ても、リークが末っ子だって思えないんだけど)

 肖像画を眺めながら、翔平は今までのことを思い出してしみじみと思った。

 リークはおかしな程に、しっかりとし過ぎている。まるで、自分の存在理由はそこにあるのだと言っているかのように、何でもかんでもその身に請け負う。翔平のことも歪みのことも今回の魔物のことも、そして翔平と出会う前もそうだったのだろう。

(あいつ、たまには息抜きをした方がいいんじゃないのか?)

 のんびりとしている割に、裏で色々と動き回っているリークを、翔平は心配に思った。そしてそんな自分に、彼が首を傾げるのは言うまでもない。

 その場に立ち尽くして腕を組みながら、肖像画と睨み合いをする。

(友達にしては、踏み込み過ぎだよな)

 解ってはいるが、翔平は踏み込まずにはいられない。何が彼をそうさせているのか、それは友情に篤いこともあるが、リークを知るたびに彼の中で漂う危ういさを感じ取ってしまったからだ。

 圭と同様に、放っておけない。その一言に尽きる。

「何をそんなに、睨み合っているんだい?」

 横から声が飛んできて、翔平ははっと我に返った。そして、隣に立つリークに視線を向ける。

「別にあんたの家族の肖像画を睨んでた訳じゃないからな。少し考え事をしていたんだ」

 早口で捲くし立てる翔平に、リークはくすりと笑う。

「そんなに焦って。その考え事を、僕も知りたいよ。教えてくれるかい?」

 甘い響きを帯びた声音で言われ、翔平はひくりと顔を引き攣らせた。

「……あんたな。ここは誰も居ないんだから、それは止せよ」

 翔平がそう文句を言えば、リークは「ついね」とおかしそうに笑う。どうやら、彼にからかわれたようだ。

 憮然とするも気を取り直して、翔平は口を開く。

「それじゃあ、風呂に入ってくる」

 そうして歩き出す翔平を、リークが呼び止めた。

 「何だよ」と振り返れば、リークは苦笑しながら翔平の持つ服を指差した。

「それで行くのかい?」

「ああ、そのつもりだ。俺の今着ている服の替えはないだろ? 用意して待ってろってあんた言ったけど、俺はこの服しかないんだ」

「……そう言う意味じゃなかったんだけれど。服は君が入っている間に、用意するつもりだったんだ。替えは万が一の為に、もう一着あるから大丈夫だよ」

 その言葉に翔平が「そうなのか?」と確認すれば、リークは「そうだよ」と優しい笑みで答える。

「なら、あんたの用意したものを借りる」

 そう言ってズボンだけを持って、今度こそ翔平は浴室へと歩き出した。


 翔平が浴室へ入るのを見届け、リークはクロゼットから予備の服を取り出す。入浴前に彼に渡せばいいのだが、そうは行かない、とある理由があった。

(翔平には悪いけれど、一芝居協力して貰わないとね)

 リークは心の中でそう思いながら、口許を微かな笑みに変える。何処か楽しげな笑みだ。

 窓辺にあるベッドに予備の服を置き、その隣に腰かける。そして、リークは翔平を待つように窓の外をのんびりと眺め始めた。

 ふいに、リークの脳裏に先ほどの翔平が蘇る。

 リークを懸命に止めようとした翔平。それは魔物の為なのか、それともリークの為なのか。

(……どっちなんだい? 翔平)

 翔平の行動を、リークに判別することは出来ない。それでも、彼は翔平が止めてくれたことに感謝していた。

 時折、リークは自分自身に制御不能になる。それは前々からあることで、原因が何かであることは判っていた。そして、それは生涯付き纏ってゆくものだとも解っていた。

(こんな僕を君は知りたいと言うのかい?)

 心の中で問いかけたところで、答えが返ってくるはずもない。それでも、リークは問わずにはいられなかった。

 リークの中で、翔平の存在は徐々に大きくなってゆく。会うたびに大きくなる友情は、やがて曖昧に変化をつけてゆく。今回の件で、ふいにそれはやって来た。

 曖昧に、何処までも曖昧に、友情と何かが交差し始める。

(……これは、一体なんだろうね)

 リークにも解らない何かは、まだ形を成さない。だから、彼は首を傾げるしかなかった。

「あんた、何意味もなく首を傾げてんだ?」

 リークが窓からその声に視線を移せば、半裸の翔平が不思議そうな顔で歩き寄ってくる。

 リークはすぐに思考を遮断し、翔平に微笑を浮かべた。

「随分と早いね」

「そうか? こんなもんだろ」

 リークの言葉にあっさりと答えながら、翔平はベッドに置かれた予備の服に手を伸ばす。その手をリークが唐突に掴んだ。

「何だよ」

 翔平は憮然としながら、屈んだ姿勢のままでリークに視線を向けた。次いで、彼の目は驚きに見開かれる。

 リークの甘い端正な顔が、目の焦点が合わないほどに間近にあった。ちょっとでも動けば唇が触れ合いそうなほどの距離で、リークの碧い瞳が翔平を見据えている。

「何もしないから、じっとそのままで居るんだよ」

 そう優しく囁きながらリークは目蓋を閉じ、顔の角度を僅かに傾けてゆく。その行為はまるで、キスをしているかのような錯覚を周りに与える。だが、周りと言っても、この部屋は彼らの他に誰も居ないはずだ。

(俺はこういう場合どうすればいいんだ?)

 リークの突然のキスの真似事に、翔平はどうすればいいか考えあぐねる。何故なら、彼が意味のない行動をするはずがないことを、翔平は知っていた。

 互いの唇に、それぞれの息が触れ合う。例え、真似事だったとしても、その感覚は何処かキスに酷似していた。

 ゆっくりと、リークの唇が翔平から離れてゆく。それと同時に、緊張の糸が途切れた翔平の身体が崩れベッドを小さく軋ませた。

 それを見て、リークは甘く蕩けるような笑みを浮かべる。

「君は、誰よりも可愛いね」

 まるで誰かに聞かせるように、必要以上の甘い声音で言ってみせた。

「その身体も心も、全て僕のものだよ」

 続け様にそう告げて、ベッドに座り込む翔平の身体を愛しげに抱き寄せる。

「おい、リーク。いつまで続くんだ、これ」

 翔平が顔を引き攣らせて、小声で文句を言った。

 翔平を抱き寄せ、リークが彼の耳元に唇を寄せる。

「判らないよ。彼が居なくなるまで、かな」

「嘘だろ? つーか、彼って誰だよ」

「それは後で話すから、これから僕のすることに驚いたり抵抗したりはしないでくれよ」

「は? 何だよ、それ。まさか」

 翔平が何かを言う前に、リークはその身体をベッドに沈み込ませた。

(マジかよ!)

 翔平が心の中で叫んだところで、現状は一切何も変わらない。その頬をリークが両手で包み込み、扉から見えないようにまた顔を近づける。

 再び、キスの真似事がやって来た。その真似事を隠す為に片手を頬へ添えたままで、もう片方のリークの手が翔平の半裸を、素肌から僅かな距離を保って這い始める。それもまた、真似事の行為だ。

 それでも、翔平は鳥肌を立たせた。友人同士のスキンシップ程度なら平気な彼だが、ここまでくれば鳥肌を立たさずにはいられない。彼は耐えるように或いは現実逃避のように、目蓋をかたく閉ざしていった。

「……翔平。もういいよ」

 リークの声が降ってきたと同時に、翔平の身体の上から重みがなくなる。先ほど瞑っていた目蓋を開ければ、立ち上がったリークが困ったような笑みを浮かべ見下ろしていた。

「君が目を瞑った時に、彼は居なくなったから、もう大丈夫だよ。こんなことをして、悪かったね」

 リークはそう言って、翔平に手を差し伸べる。その手を掴んで、翔平はベッドから立ち上がった。

「……あんた。演技が苦手とか言って、真に迫ってたな。俺、マジでどうしようかと思ったぜ」

 そう言いながら、翔平は鳥肌を立たせる腕を彼に見せる。それを見て、リークはくすりと笑った。

「僕も、あんなに上手く出来るとは思わなかったよ。君じゃない他の誰かだったら、きっと上手くは行かなかったんだろうね」

「どう言う意味だ。それ」

「そのままの意味だよ。女性とだったら、さすがにこんなことは出来ないだろうね。――男性とも無理がある」

「……いまいち判んないけど。まあ、いいさ。もうこんなことは、これっきりにしろよ」

「もうしないよ。これで君と僕の関係は、完全にその枠に当て嵌められたと思うから」

 「ふぅん」とリークに相槌を打って、翔平は室内を見回す。

「で、その彼は一体何処の誰で、何処から俺たちを覗いていたんだ? あんたのやり方だと、扉からのように思えたんだけど」

「その通りだよ。彼――カウイ王子は、僕たちが城に戻った時から後をつけて来たんだ。僕が部屋に入る前に、廊下を見ていたことに気づいていたかい?」

「そう言えば、そんなことやってたな」

「恐らく、僕たちの血塗れ姿と、後々の方で僕たちの関係を怪しんだんだろうね」

 「ふぅん」とまた相槌を打ちながら、翔平はベッドで乱れている予備の服を着込みだした。ズボンは手に持って、浴室で穿き替えるつもりのようだ。

 その様子を見てリークがまたくすりと笑う。

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