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リュイール王国15

 翔平と別れ城へ戻ったリークは、ケイムの居る謁見の間へ足を運ぶ。彼に翔平とのことを報告する為だ。

 リークの纏う雰囲気は、やはり冷徹そのものである。

 謁見の間に控えていた騎士と大臣に席を外させ、彼はケイムとクインに向き直った。

「只今戻りました」

 リークはそう言って、王座に鎮座する二人に一礼する。

 ケイムが無言で頷いた。

「何か変わったことはあったか?」

 ケイムの問いに、リークはゆっくりと頷く。そして、翔平と同行した際に出会った魔術師の歪みについての話を語って聞かせた。

 その話を聞いて、ケイムとクインが互いの顔を見合わせる。

「僕の方で、専門家たちに調査依頼を申請するつもりだよ」

 そんな二人に、リークは言葉を付け加えた。

 ケイムが彼に視線を戻してゆく。

「お前に任せ切りですまないが、頼んだぞ」

「はい。――ところで、兄さん。例の舞踏会の件は、どうなっているんだい?」

「順調だ。同盟国にも、今回の件を報告してある。我々に協力するとのことだ。……後は、付き人役を買って出る者が必要なのだが」

「そうだろうと思って、僕が確保しておいたよ」

 リークの科白に、ケイムが怪訝な顔つきに変わった。

「まさか、翔平を付き人にさせるのか?」

 ケイムがそう問えば、リークは微笑みながら頷いてみせた。

「彼はもう了承済みだよ。――僕としては、彼が付き人の方が動き易いからね」

「……お前のことだ。何か考えがあってのものだろう。だが、あまり翔平に無茶はさせるな」

「解っているよ。彼は僕が護るから、兄さんたちは安心していいからね。――きっと、今回の件は旨く行くはずだよ」

 そう言って、リークは何処か自信に満ちた笑みを浮かべた。



 何かを目的に行動すれば、日数は早く経つものだ。

 ギルドの仕事に勤しみ、夜になればカディスたちに稽古をつけて貰い、空いた時間は武器や防具を買い替える。時には酒場で異世界や圭に関する情報の収集をして、翔平の日々はそのようにして過ぎ去ってゆく。その時々でリークと出会っては「心配だから」とついて来られ、彼はその行動を訝しく思うしかない。

 リークの出現は決まって、翔平が魔物に遭遇する時だ。初めの魔獣との闘い以来、翔平は魔物に止めを刺さずに追い払うだけの闘いをしていた。それが下で命の危険に晒されるのだが、彼はそれを頑なに突き通している。やはり「命を奪う」という覚悟が、まだ彼の中で定まっていないのだろう。

 人間は感情で行動を左右する生き物だ。異世界に来たばかりの翔平は、魔物を「殺す」ほどの憎しみを感じてはいない。

 だから、翔平はいつも傷だらけだった。

 姿を隠して監視を続けていたリークは、そんな彼を見兼ねて姿を現すようになった。闘いはせず、翔平の傷口を癒す為に偶然を装って現れる。

 そのたびに、彼らは友情を深めていった。


 そして、仮面舞踏会の当日が訪れる。


 城下町は、まるでこれから祭りが行われるかのような装いだ。

 普段はない出店があちらこちらに並び、色とりどりの細長い布が家々の屋根に繋がり、窓の桟からリュイール王国の紋章が記された布が垂れ下がっている。店先には、リュイール王国の旗が飾ってあった。

 他国の王族や貴族が通る大通りに至っては、飾りに一層の力を入れ込んでいる。それに付け加え、何処からか心が弾むような軽やかな曲が流れ、城下町の雰囲気を盛り立てていた。

 人々の陽気な笑顔を目にして、翔平は歩きながら口許に笑みを刻んだ。

(……何か和むな)

 昨日までギルドの仕事に勤しんでいた翔平にとって、彼らの笑顔はその一言に尽きた。

 そんな町中を通り過ぎ、彼の向かうところは舞踏会の会場となる城だ。翔平が城へ赴くのは、二週間振りのことである。

 城の外観は、城下町のようにこれと言った変化はあまり見られない。巨大なリュイール王国の紋章が記された布が、屋上から垂れ下がっているくらいだ。

 城へ近づけば、橋の袂でリークが翔平を待っていた。服装は普段と違い、詰襟の白い軍服のような格好である。その腰元に愛用のベルトと長剣はなかった。

「翔平、待っていたよ」

 そう言って、リークは甘く蕩けるような笑みを浮かべる。

 思わず翔平は顔を引き攣らせた。

「あんた。俺に向かって、そんな顔してどうすんだ?」

 そう突っ込みを入れる彼に、リークはその笑顔を張り付かせたままで口を開く。

「演技だよ。付き人の主人としての」

「……いつも通りじゃあ駄目なのか? 何か違和感があるんだけど」

 翔平の提案に、彼は笑みを引っ込めて首を緩く左右に振った。

「困ったことに、そうは行かないんだよ。――兎に角、僕の後についておいで」

 それだけを言って、リークが踵を返して城の中へ向かっていく。翔平はその後を追った。

 城内は外観と違い、普段の倍以上の豪華さを際立たせている。ランプや花瓶や活けられた花でさえ、豪華なものに変えられていた。入り口から階段まで伸びる、幅広い赤い絨毯は城の全域に敷かれている。

(ここの城の人たち、準備するのに大変だったろうな)

 リークについて行きながら、翔平は城内を眺め回して何気なく思った。

 階段を二回ほど上がり、謁見の間に入らずに横の廊下を通ってゆく。翔平はこの廊下に覚えがあった。恐らくこの廊下を真っ直ぐに行けば、客室があるはずだ。

 だが、リークはそこまでは行かずに、謁見の間の裏手にある階段を上ってゆく。

 最上階へ上がり、幾つもある扉の中から迷いもせずに一つの扉を開けた。

「ここが僕の部屋だよ」

 リークはそう説明して、翔平を室内の中へ招き入れる。

 室内は整然としているが、装飾などが品良く飾られていた。豪華さは客室より劣っている。

「それじゃあ、翔平。まず身体を洗って、この服に着替えて」

 そう言ってリークが翔平に渡したものは、詰襟の白いシャツと黒いズボンだ。

「……これ」

「そうだよ。君の世界の服を似せて作って貰ったんだ。襟部分は違うけれど、良く出来ているだろう?」

「それはいいとして、何で俺の世界の服なんだ?」

 翔平がそう訊き返せば、彼はいつもの優しい笑みを浮かべる。

「僕がその服を気に入っているからだよ」

「ふぅん。この世界じゃあ、目立ってしょうがないけどな」

 翔平の言葉に、リークがくすりと笑う。

「舞踏会へ行けば、そうは思わなくなるよ。みんな、驚くほどに着飾っているから。――さあ。時間がなくなるから、急いで」

「ああ」

 リークの促しに、翔平は室内にある浴室へ向かっていった。


「これでいいのか?」

 僅かに髪を濡らしながら、翔平は渡された服装で戻ってきた。

 そんな彼に、リークが満足そうに頷く。

「似合っているよ、翔平。――靴はここにあるから、後で履き替えるんだよ」

「判った。……それで、あんたからの説明はどんなものだ?」

「それじゃあ、話すよ。――君はもう、付き人がどんなものかは知っているね?」

「ああ、大まかにだがな」

「大まかで構わないよ。名目でも君が僕の付き人になった以上、そう言った関係があることになる」

「まあ、そうなるな」

「けれど、僕は今まで付き人を持ったことがなく、男性をそう言った対象で見たこともない」

「当たり前だろ」

「そうだね。そこで、君と僕の関係を疑う人が現れると思うんだ。だから、相手を信じさせるには、僕たちは演技をしなければならない」

「……マジで?」

 翔平の呟きに、リークがはっきりと頷いた。

「だから、翔平。なるべく僕に合わせて、行動をしてくれないかい?」

「……まあ。ここまで来た以上はやるしかないだろうけど、俺そう言うの苦手だからな」

「僕もどちらかと言えば、苦手なんだけれどね。努力するよ」

 そう言って、リークは苦笑する。

(別にしなくていいと思うんだけど)

 そう思いつつも、翔平は「俺も努力してみる」と伝えた。

「説明はここまでだよ。後は君の自由にして構わないけれど、なるべく僕から離れないようにね」

「ああ。一応、あんたの付き人だからな。離れないように、圭を捜し出してみせるさ」

「僕も協力するよ。――君にとっても、僕にとっても、この舞踏会は失敗出来ないものだ。頑張ろう、翔平」

 そう言って笑いかけてくるリークに、翔平は力強く頷いた。

「……まだ時間はあるけれど、そろそろ行こうか」

 リークの促しに、翔平は身を屈めて靴を脱いだ。用意された靴へ履き替える為だ。

 その翔平の頭にリークの手が伸びる。硬い髪質に触れ、優しく撫でた。

「何だよ」

 訝しげに翔平が顔を上げれば、リークは微苦笑を浮かべる。

「髪を整えないと、これじゃあ行けないね。ちょっと待っていて、くしを持ってくるから」

 そう言ってリークは近くの戸棚から櫛を取り出すと、翔平のところへ戻ってきた。その櫛を翔平に渡す。

 靴に履き替え終わった翔平は黙って、髪を櫛で梳いてゆく。

 翔平が梳かし終えると、リークは櫛を受け取って同じところへ戻していった。

「――それじゃあ、行くよ。翔平」

「ああ」

 そうして、二人はリークの部屋を出てゆく。

 最上階の階段を下り、謁見の間の横の廊下を通り、一階へと歩き進む。一階に辿り着けば、階段の横にある廊下を通り、入り口と反対側にある大きな両開きの扉に辿り着いた。

 その扉を開ければ、渡り廊下があり、その先に舞踏会の会場となる大きな建物がある。

(あそこに圭が居るかも知れないんだな)

 心持ち緊張した面持ちで翔平は歩き出した。

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