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リュイール王国14

「付き人のことを聞いた」

「……そう」

 そう相槌を打ちながら、リークがパンを持つ手を休める。

「その話を聞いて、僕たちのことが嫌いになったかい?」

 リークの寂しげな問いに、翔平は首を左右に振る。

「他の国は知らないが、リュイールは嫌いじゃない」

 その翔平の言葉に、リークは目を丸くした。

「初めての仕事で、俺はリュイール王国を知った。あんたたちが居るから、この国は自然が豊かで、みんなが他人を優しく思いやったりすることが出来る。……そんな国に来て、俺は運がいいと思った」

 リークがふっと目を細める。

「有難う。君に言われると、何だか凄く嬉しいよ」

「……別に礼はいいんだけど。それより、何で付き人制度なんてものがあるんだ?」

「付き人制度は、数十年前にゼウイムス王国が廃止した、奴隷制度の一部部分を受け継いだものなんだ。――王族や貴族の身勝手な娯楽の為に、いつの間にか世界中に浸透していたんだよ」

「そのゼウイムス王国は、また廃止にしようって思わないのか?」

「そう言った動きはあるけれど、廃止にする段階までは行っていないんだ。――奴隷制度のように露骨なものでもなく、進んで付き人になる人も多いから、判断が難しい」

「ふぅん、厄介なんだな」

 そう呟きながら、翔平はリークの顔色を窺った。リークはいつもと変わりない様子だ。

(ここはやっぱ、単刀直入に訊いた方がいいのか?)

「……圭はこの件に関わっていると、あんたは見ているんだろ?」

「そうだね。彼のように中性的な人は、付き人にされる可能性は高いよ。君のように他国に迷い込んでいれば、それは間違いないだろうね」

「舞踏会は、付き人もついて来たりするもんなのか?」

「……翔平。まさか、舞踏会に乗り込んで彼を捜すつもりかい?」

「舞踏会に一般人は入れないんだろ。そんなことは知っている。あんたがそこで圭を捜してくれることも。――だけど、じっとしていられないんだ」

「……そう。君にとって、彼は大切な人なんだね。もし僕がここで断っても、君は城へ忍び込むつもりなんだろう?」

 その問いに、翔平は当然のように頷いてみせた。

 リークが微苦笑を浮かべる。

「……仕方ないね。それなら、僕の付き人という名目で、舞踏会に参加すればいいよ」

「あんたの付き人?」

 翔平が訝しげに訊き返せば、リークは微笑みながら頷く。

「但し、舞踏会で何があっても、僕の指示に従うこと。何があっても驚かないこと。――この条件が守れるのなら、僕が兄さんに頼んでみるよ。どうだい?」

 リークの提案に、翔平は考えるように押し黙った。

(……どうする? 城に忍び込むよりかは安全かも知れない。だけど、単なる名目だとしても付き人ってのがな)

 大まかにだが、付き人の内容を知る翔平だからこそ、そこで躊躇いが生じる。もし彼が何も知らなければ、リークの提案に二つ返事で頷いていたであろう。

 リークは翔平の返事を待つかのように、のんびりとグラスを口に運んでいる。

(翔平が頷いてくれれば、僕としては色々と動き易いんだけれど)

 口に出さないが、心の中でリークはそんなことを思っていた。彼が舞踏会で何か企んでいることを、そののんびりとした雰囲気では計り知れない。

 リークの考えを知る由もない翔平は、漸く決心がついたのか、おもむろに顔を上げた。

「圭を捜す為だ。その案、呑ませて貰うぜ」

 翔平の決断に、リークは満足そうに微笑んだ。

「君の、その言葉を待っていたよ」

 リークの何かを含んだ科白に、翔平は「何でだ?」と思わず首を捻った。

「ほとんどの他国の王族や貴族は、当然のように付き人を持っている。けれど、見ての通り、僕を含めリュイールの一族や貴族は付き人を持たない。それだけで、おかしな目で見られるからね。――この国に彼らを呼び寄せるには、名目でも誰かひとりの付き人の存在が必要だったんだ」

「なら、女でも良かったんじゃないのか?」

「何が起こるか判らない舞踏会に、女性を連れて行くのは気が引けるよ」

 全てを通して、やはり彼の物言いは何処か含みがあった。翔平は訝しげな面持ちで、リークを見据える。

「……もしかして、リュイールは他国に対して、何かをしでかすつもりなのか?」

 翔平の問いに、リークはまた微笑を浮かべる。その笑みはまるで、「そうだよ」とも「違うよ」とも言っているかのようだ。

「圭を捜し出せるのなら、あんたたちが何を企んでいようと、俺は別にいいんだけど」

 そう言って、翔平はパンを口に運び出した。途中で干し肉も口に運び、リークとの話し合いでのんびりとしてしまった夕食を終わらせようとする。

 そんな翔平を眺め、リークもまた手を動かし始めた。

 それから暫くは会話がなく、二人の居る空間は沈黙で満たされる。階下からは、いつものように酒場の賑やかさが翔平の部屋まで届いてきた。


 夕食を食べ終え、リークがおもむろに椅子から立ち上がる。

「それじゃあ、僕は城へ戻るとするよ」

 そう言いながら、翔平を見下ろして彼は微笑んだ。

「それなら、依頼を聞きに行くついでだ。ギルドの前まで見送る」

 翔平も立ち上がり、リークと共に宿泊室を出てゆく。

 廊下を並んで歩きながら、翔平が隣のリークを見る。

「二週間後、俺は城に行けばいいのか?」

 その翔平に対して、リークも彼を見た。

「そうだね。色々と説明したいことがあるから、出来れば二時間前に城の方へ来てくれるといいね」

「判った」

 階段を下り、賑わう酒場へ足を運べば、仕事から戻ってきたカディスの姿があった。他の仲間とテーブルを囲んで、いつものように酒を煽っては豪快に笑っている。

 カディスが翔平に気づいて、片手を上げた。

「よう! 坊主。どうやら、仕事は無事に終わったみたいだな」

 翔平は彼に頷き、「カディス。話はまた後で」と言って、リークと共に店の外へ出て行く。

 外はもう既に闇に覆われていた。

 耳を澄ませば、虫の音や獣たちの遠吠えが微かに聞こえてくる。

 二つの月や星々の光とそこかしこに取り付けられたランプの灯りが、暗がりの町中を柔らかく照らしていた。

「今日は、色々と悪かったな。――あんたのことだから心配ないと思うけど、気をつけて帰れよ」

「有難う。今日のことは、気にしなくていいよ。明日の仕事も、無理をせずにね」

 お互いにそう言い合って、リークは踵を返して歩き去ってゆく。その背中が見えなくなるまで、翔平は見送っていた。

 ついでと言いつつも、リークを最後まで見送る。それは、リークに対する彼の心境の変化だ。リークを友人として思える、翔平なりの始めの一歩である。

 リークの姿が見えなくなって、翔平は漸く店の中へ戻って行った。

 酒場に入った翔平が真っ先に向かうのは、Jの居るカウンターだ。Jに明日の仕事を確認し、二件の依頼を請け負う。一日で二件が、新米エージェントである翔平の限度だ。今日のように、また予期せぬ出来事に遭遇するかも知れない。それらを踏まえての彼なりの考えである。

 Jとの淡々とした仕事の話を終え、彼から受け取った中身の入ったグラスを持って、翔平はカディスのところへ足を運ぶ。

 すると、カディスたちは彼の席の分を空け「座れよ」と促した。翔平はそれに従い、席についてグラスをテーブルの上に置く。

「で、今日の仕事はどうだった?」

 その翔平に、カディスは意気揚々と話を切り出した。

「途中で魔獣に出遭ったけど、リークのおかげで何とか無事に終わらせた」

「そうかそうか。初仕事が無事に終わりゃあ、これからの仕事も大丈夫だろ。エージェントってのは、始めが肝心だからな。坊主、おめでとうさん」

 そう言って、カディスは笑いながら翔平の頭を掻き混ぜる。まるで、父親が子供にするような行動だ。

 カディスの後に続いて、他の面々も翔平に「おめでとう」と声をかけてくる。

 一頻りの祝いのかけ合いの後、ふとカディスが口を開く。

「しっかし、坊主がリーク王子と知り合いとは思わなかったぞ。さっきの、リーク王子なんだろ?」

 カディスの問いに翔平が頷けば、彼らは彼の顔をしげしげと眺めた。

 その反応に、翔平は「何か問題があるのか?」と首を傾げるしかない。

「いや、別に問題はない。ただ、王族と付き合うとは勇気があるなと思ってな。なあ?」

 カディスの同意を求める視線に、皆が皆「全くだ」と何度も頷いていた。

 また翔平は首を傾げるしかない。そんな彼に、カディスが酒を煽りながら話し出した。

「俺たち一般人にとっちゃ、王族は雲の上の存在だ。それと同時に、絶対的な存在でもある。特にリュイール一族は良く出来た奴らばかりだから、敬意を払いはするが恐れ多くて世間話なんざできねぇ。Jの奴は、普通に話しているけどよ」

「カディスは、リュイールが好きなんだな」

 翔平の科白に、カディスが「ああ、好きだとも!」と勢い良く頷く。

「ここを拠点にしている奴らも、みんな同じだぜ。だから、俺たちはリュイール一族の依頼を快く請け負うんだ。まあ、報酬が高いってのもあるけどよ」

 豪快に笑って、カディスが酒をまた煽った。周りの男たちも、とてもいい表情で笑う。

 そんな彼らを眺めながら、翔平も口許に笑みを刻んだ。

(何だ。リークの奴、ちゃんとみんなに好かれているじゃないか。こんな大勢に好かれているなら、友達とかそんな枠は別に必要ないだろ)

 王族が国民を思いやって、国民が王族を思いやる。その絆は、理想の国を作り出す為に欠けてはならない要素だ。それを手にしているリュイール王国は、きっと、何処の国よりも発展してゆくのだろう。

 王族と国民が望んだ理想の国が同じであればいいと、翔平は思った。

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