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リュイール王国13

 夕闇が地上をゆっくりと包み込んでゆく。

 その光景を背にしながら、翔平とリークはリュイール・ギルドの扉を開けた。

 軽快な音楽と賑やかな客の笑い声が、疲れきった翔平を迎え入れる。それに紛れながら、Jの「お帰りなさいませ」の声が聞こえてきた。

 カウンターに目を向けると、いつもと変わりない様子でJがグラスを磨いている。その目は静かに翔平を捉えていた。

 翔平がカウンターへ歩き寄る。

「J。依頼は無事に終わらせたぜ」

 晴れ晴れと言ってのけた翔平だが、その姿は眉を顰めるものがある。彼の衣類などに乾いた魔獣の血と翔平の血が付着していた。

「お疲れ様でした。二つの依頼の報酬はこちらになります」

 翔平の痛々しい姿を目にしても、Jの表情が変わることはない。事務的に淡々と話しながら、報酬金の入った布袋を翔平に手渡した。

「貴方の宿代などは、予めこちらで差し引かせて頂きました。宜しいでしょうか?」

「ああ。そうして貰えると助かる。――次の依頼は後で聞きに行くから、その時は宜しく頼むな」

「かしこまりました。それでは、ごゆっくりとお休み下さい」

 Jの言葉に翔平は頷くと、視線を酒場の入り口付近に移してゆく。

 そこに微笑を湛えるリークが佇んでいる。酒場の雰囲気に解け込むことはなく、容姿も相まって目立っていた。誰もが物珍しげな視線で、彼を盗み見ている。

 翔平がリークに向かって、顎で上の階を指し示した。

 リークが彼の合図に、階段へ向かって歩き出す。翔平は一先ず先に階段を上って行った。

 リークがカウンターを通り過ぎようとした時、ふいにJが声をかけてくる。

「リーク王子。翔平君は大丈夫でしたでしょう?」

「そうだね。Jの言った通りだったよ」

 Jにのんびりと答えて、リークはまた歩き出した。

 二階へ上がれば、翔平が壁に背を預けながらリークを待っていたようだ。リークの姿を目にして、自分の部屋を案内するように歩き出した。

 それ程に広くはない宿屋だ。暫く歩けば、翔平の宿泊室へ辿り着く。

「俺の部屋はここだ」

 そう言って、翔平はリークを部屋の中へ招き入れた。

 室内に入るなり、翔平がマントや胸当て、腰元の長剣をさげたベルトを外しにかかる。リークが居ることもお構いなしに、上着を脱いで半裸になった。

 リークは翔平の行動を気にした風もなく、ゆっくりと窓辺に近づいて外を眺め始める。彼が着替え終えるのを待つつもりのようだ。

「そういや、あんた夕飯はどうするんだ?」

 洗面所で濡らしたタオルで身体に付着した血を拭き取りながら、翔平はリークに問いを投げかけた。

「そうだね。城に戻ってから、食べることにするよ」

「それまで持つのか? 何ならここで話しながら、飯を食うのもいいと思うけど」

 そう話しながら上着を身につけ、翔平は持ち帰った中の大きさの布袋から大きな紙に包まれた固まりを取り出す。それは、今朝に依頼主の女から貰ったものだ。手元で紙を広げれば、中身は腐らないようにとパンや干し肉の類だった。

 その中からパンを手にして、翔平は窓辺に立つリークに投げて寄越した。条件反射のように、リークがパンを受け取る。

「今朝、さっきの爺さんの孫から貰ったもんだ。こっちに来いよ、一緒に食おうぜ」

 部屋の隅にある面積の小さな丸いテーブルを部屋の中心に置き、そのテーブルを挟むように椅子を置くと、翔平は片側の椅子に腰を下ろした。

 テーブルに紙を置いてさらに広げると、その中からパンを取り出し口に運んでゆく。

 リークも翔平に習い、椅子に腰を下ろしてパンを食べ始めた。

 そこで庶民と王族の習慣の違いが浮き彫りになる。翔平はパンを直接口に持っていって食すのだが、リークは手を使ってパンを千切っては口に運ぶ作業を繰り返していた。

 だが、それに気を取られる二人ではない。

「……それで、話の続きなんだけど」

 先に話を切り出したのは、翔平だ。

「爺さんの話に出てきた奴は、圭で間違いないはずだ。そこまでは言ったよな、俺」

 翔平の確認に、リークが口に運ぶ手を止めて頷く。

「君がそこへ転がっていたところまでは、聞いているよ。その他に、あそこで何かあったのかい?」

「別に何もなかった。ただ、爺さんの言っていた空間の歪みって奴は、俺の場合はなかったぜ。――つーか。あんたたちの言っていたことが、俺にはさっぱりと判らなかった」

 「俺にも解るように教えてくれないか?」と、翔平が付け足した。

 リークが翔平を見詰めながら頷く。

「僕たちの世界は、魔法が使えることはもう解っているね?」

 リークの確認に、翔平がパンを齧りながら頷いた。

「魔法は術者の能力によって、低度なものから高度なものまで、それぞれに扱えるようになる。そして、君たちに施された魔法は、最も高度な場所を移すものとこの世界に呼び寄せるものが合わさって出来たものだよ」

「……高度な魔法の二重かけか」

「そう。つまり君たちを呼び寄せた術者は、驚異的な能力を持った人物になる。――こんなことが出来るのは、鍛練された賢者でしかないけれど、本当のところはまだ僕にも判らない」

「誰がやったかを知る方法はあるのか?」

「残念だけれど、手探りな状態だよ。それは君が城へ来た時から、僕の方で調査を進めているからおいおい判ってくると思う。それとは別で、僕たちが問題にしているのは、出来るはずのない空間の歪みが出来ていることだ」

「その歪みが出来ると、何か不味いことでもあるのか?」

 翔平の素朴な疑問に、「とても不味いね」とリークがはっきりと答える。

「本来、僕たちの世界はどんなに無茶な魔法を施しても、歪みが生じることはないんだ。それが生じたとなると――これは仮説に過ぎないけれど、この世界の均衡が崩れ始めようとしているのかも知れないね」

「……マジで?」

「仮説だから断定は出来ないよ。それに、君がこの世界へ来た場合は、その歪みは出ていなかったからね。それを調べることが、僕の引き受けた内容だよ」

「……凄いことに、なっているんだな」

 その言葉を呟きながら、翔平はリークを見詰めた。

(そんなに頼まれごとを抱えて、リークは大丈夫なのか?)

「……リーク。俺の件は、手配書を貼り出したところまでで充分だ。後は俺の方で何とかする。だから、あんたはそのことに専念しろよ」

 珍しくリークに気を遣った彼だが、リークは首を振ることでそれを拒否する。

 「何でだよ?」と翔平が問えば、「それが国王から任された、僕の仕事だからだよ」と、彼はあっさりと答えた。

(きっと翔平と歪みの件は、何処かで繋がっているはずだ。行き着く場所は同じなはず)

 翔平に真意を明かさずに、リークは至極当然なことを言ってのける。

「君の件も歪みの件も、任された以上はきちんとやり遂げないとね」

 暗にリークがそうしているのは、情報がまだ確実ではないからだ。様々な、しかも曖昧な情報が翔平の身に下りれば、彼は混乱し兼ねないだろう。

 話し合いと言っても、二人がすることは現状の確認のようなものでしかない。何もかもがまだ、多くの謎を秘めていた。

 勿論、翔平にとっては、リークも謎が多いことこの上ない。今現在で彼のことで判っていることは、彼自身が口に出して言った事柄が全てである。

 これから知っていけばいいと考える反面、すぐにでも謎を究明したい思いに駆られたのは言うまでもない。翔平は自他共に認めるせっかちな性分なのだ。

(……俺って、結構リークのこと気にしていたんだな)

 パンを再び口に運びながら、ふと翔平はそんなことを思った。

 他人に興味がない訳ではないが、それ程親しい間柄でもない相手を気にかけている。翔平は、そんな自分に驚いていた。

 つまりは、友人だと思い始めてきたのだろう。だが、そんなことをリークならまだしも、翔平に公言出来るはずがない。

 暫くお互いに黙ったままで、夕食に専念する。そこであることに、翔平は気がついた。

「あ、飲み物忘れてた」

 そう呟いて彼は立ち上がり、「下から持ってくる」とリークに断ってから部屋を出てゆく。

 その翔平の背中を見送り、リークもまた「僕も忘れていたよ」と呟いた。

 パンを広げた紙の上に置き、手元を綺麗に拭い、懐から圭の生徒手帳を取り出す。それは、リークが翔平の元に訪れた理由の品だ。

 椅子から立ち上がって、汚れないようにベッドの上に置く。その行動と翔平が部屋へ戻ってきたのは、同時だった。

 翔平が両手に飲み物が注がれたグラスを持ち、肩で外側から扉を押して中に入ってきた。

「圭の生徒手帳か」

「そうだよ。手配書はもう貼り出されたから、今日返そうと思っていたんだ。そうしたら、君が魔獣と闘っていると聞いて、心配でね」

 リークの科白に、そこで翔平は合点がいく。

「ふぅん。だから、あそこに現れたのか」

 独り言のように呟いて、再び椅子に腰を下ろした。リークの飲み物をテーブルの上に置いてゆく。

 リークも席へ戻り、また食事を再開した。

 翔平はそんな彼を眺めながら、おもむろに口を開く。

「――二週間後に、城で舞踏会があるんだって?」

 世間話をするような口調で、だが、とある意図を持ってリークに問いを投げかけた。

「あるにはあるね。舞踏会と言っても仮面舞踏会だけれど、単なる王族や貴族の社交場だよ。それがどうかしたのかい?」

 リークの説明に何の含みもない。

「いや、別に。昨日、酒場でそんな話を聞いたからさ」

 翔平は平静を装いながら、真っ当な言い訳を口にした。

 心の中では、肩透かしを食らったような心境だ。

(何だ、俺の推測は外れているのか? リークの圭は女に間違えられたの件は、これだと思ったんだけどな)

 そんな彼の心境を知るはずもないリークが、ふと何かを思い立ったかのように口を開く。

「ひょっとして、舞踏会の他に、何か別の話も聞いたのかい?」

 のんびりとしている割に察しの良いリークに、翔平は挑むような目でその碧い瞳を見据えながらしっかりと頷いていた。

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