リュイール王国12
「お主にもじゃ」
老人の言葉に、翔平とリークは互いの顔を見合わせた。
リークが翔平に問いかける。
「翔平、どうするんだい?」
「……そうだな」
翔平がリークから視線を老人へ移した。
「爺さん。話ってのはどんなことだ? 内容によっては、このまま帰らせて貰うぜ」
老人が僅かに頷く。
「実は一昨日に、この森の近くで不可解な現象が起こってのう。そのことについて、ギルド若しくは王族で調べて貰いたいのじゃよ」
老人の話に、翔平とリークがまた顔を見合わせた。互いに頷き合って、視線をまた老人に戻してゆく。
「その話、是非聞かせて貰うぜ」
(これは圭に関することかも知れない)
思わぬ展開に、翔平の胸が躍った。期待に満ちた輝きが瞳に宿る。
そんな翔平を目にして、リークがくすりと笑った。
(さっきと大違いだね)
その言葉を口には出さずに、心の中だけで押し止める。
「何だよ」と翔平が憮然と言えば、リークは「何でもないよ」と返すだけだ。
二人のやりとりを眺めながら、老人が口を開く。
「では、中で話をしようかのう。二人とも儂について参れ」
そう言って、老人は踵を返して家の中へと戻って行った。その後を翔平が追う。リークもそれに続こうとしたが、ふいに後ろを振り返った。
(結界が解かれたままになっているね。もしもの為に、結界を創っておいた方が良さそうだ)
そう思って、リークは小声で呪文を唱え始める。そして身を屈めて片膝を突くと、片手を地面に押し当てた。
すると、煉瓦造りの小さな家を中心に、淡い蒼の光を放つ魔方陣が浮かび上がり、外側の円の部分だけが上空に向かって縦に伸びてゆく。
(これでいいね)
円状に縦へ伸びる淡い光の薄い膜を眺め、リークは漸く家の中へ足を踏み入れた。
彼が中へ入ってゆくと共に、魔方陣は空間にとけ込んでいく。
老人の家の中は、外観と同様にこぢんまりとしていた。壁際に並ぶ長い本棚には、魔導書などの魔術に関する分厚い本が綺麗に整頓されている。その他にも、魔術に関する品々がそこかしこに並べられていた。
「さすが、魔術師って感じだな」
物珍しげに家の中を見回しながら、翔平は木造の長椅子に腰を下ろす。
翔平の科白に、向かい側に座る老人は「これが儂の普通じゃよ」と穏やかに笑った。
そんな彼らの会話を耳にしながら、少し遅れてやって来たリークが翔平の隣に座る。
老人がリークを見やった。だがそれは一瞬で外され、木造のテーブルに置かれたコップに飲み物を注いでゆく。
老人の手元を目にしながら、翔平が話を切り出した。
「それじゃあ、爺さん。話を詳しく聞かせてくれ」
「では、話すとしようかの」
飲み物が注がれたコップをそれぞれの前に置きながら、老人がゆっくりと話し始める。
老人が不可解な現象に遭遇したのは、一昨日の昼時をとうに過ぎた時のことだ。
彼はその日、この小さな家でいつものように魔術についての研究をしていた。魔術の研究、それが彼の仕事である。
その研究に行き詰まりを感じ、彼は生き抜きとして外を出歩くことにした。森を出、十字路で町と反対側へ足を運ばせる。すると、距離はあったものの、彼は小高い丘で唐突に空間が歪んでゆくのを目にした。
その直後だ。その歪んだ空間からゲル状のものに包まれている、妙な出で立ちの美少女が現れた。
目の錯覚かと思い目蓋を擦って見れば、彼女の姿は幻のように消えていた。
彼が目にした全てのことは、ほんの数秒ほどの出来事である。
老人は話し終えると、一息を吐いて飲み物を口にした。
そんな老人を眺めながら、翔平は思考に耽る。
(それはきっと、圭だ。爺さんが居なくなった後に、俺はあそこへ転がり込んで――すぐに消えたんじゃあ、見つからないはずだ)
「お爺さん。その人が消えた後、空間の歪みは一体どうなったんですか?」
押し黙る翔平を余所に、リークが話を進めた。その顔にいつもの甘さはなく、鋭さと厳しさに満ちている。
リークに対して、老人が首を横に振った。
「歪みもまた、すぐに消えてしまったのじゃ。――転移や召喚・召還の魔法で、空間に歪みが発生するとは、不可解な現象じゃろう?」
老人の問いかけに、リークが僅かに頷く。
「……調べてみる価値は、ありそうですね」
(これはひょっとしたら、ひょっとするかも知れない)
リークがちらりと翔平を見やった。
すると、翔平がその視線に反応して、リークを横目で見る。
「時に。儂の家の周りを覆う結界は、お主が施したものか?」
そんな二人のやりとりを眺めながら、老人がリークにまた問いを投げかけた。
「そうですよ。何か問題がありましたか?」
「いや、見事な腕前だと思ってのう。――じゃが、お主の扱うものは、魔術師とまた違った原理から来ているように思える」
「……どうでしょうね」
笑みを湛えたままで、リークはそれ以上のことを言おうとはしない。
「魔術の研究の参考にしようと思うたが、言えぬならば無理に訊きはせん。――儂の話はこれで終わりじゃ」
「歪みの件は、ギルドよりも城で調べた方が適当かと思います。何か判りましたら、貴方に使いを出させましょう」
「うむ、頼み申したぞ。儂の方でも調べてみるとしよう。――何もなければ、それはそれで良いがのう」
老人の言葉にリークが無言で頷き、おもむろに立ち上がった。
「それでは、僕たちはこの辺りで。――翔平。日が暮れるから、そろそろ行こうか」
「ああ、そうだな」
翔平もリークに続いて立ち上がる。
「爺さん。話を聞かせてくれて有難う」
そう言って、翔平は踵を返した。「それではまた」と言って、リークがその後を追ってゆく。
老人はその場に立ち上がって、家を出て行く二人を見送った。
家の外へ出た二人は、また互いの顔を見合わせる。
「リーク。爺さんの言っていた、あれ。圭で間違いないはずだ。その後に、俺もあそこへ転がっていたからな」
翔平の話にリークが頷いた。
「判っているよ。それについて話し合う前に、まずリュイール・ギルドに戻ろう。――結界を解くよ」
そう言って、リークが呪文を唱え出す。地面に片膝を突いて手を押し当てれば、空間にとけ込んでいた蒼く淡い光が姿を見せた。空へ向かって、縦に伸びていた光が徐々に消えてゆく。それと同時に、魔方陣が小さく縮まり、リークの手の平へ還っていった。
その光景を眺めていた翔平が呟く。
「……本当にさっきの爺さんと違うんだな」
(まるで、結界自体がリークの一部みたいだ。本当にリークが使っているのは、魔法か?)
魔法についての知識は皆無の彼だが、老人とリークの魔法を見比べて、二つの魔法が異質であることは容易に知ることが出来た。
「リーク。あんたって一体、何者なんだ?」
出会ってまだ間もないがリークの得体の知れなさに、翔平は思わずその言葉を口にした。
すると、リークが立ち上がって、困ったような笑みを浮かべながら翔平を振り返る。
「翔平、僕は僕だよ」
その言葉を口にするリークの声音は、何処か悲しみに満ちていた。
その時、翔平は自分の言葉でリークが傷ついていることを知る。
(不味いことを言ったな)
そう思うも、一度口に出したことを取り消すことは出来ない。
「悪い、リーク。俺はまだお前のことを何も知らないのに、変なことを言った」
翔平は素直に自分の非を認め、リークに向かって頭を下げた。
「謝らなくてもいいんだよ。君が僕にそう思うのは、無理もないからね。例え君が僕を知っていこうと、きっと、その疑問は大きくなるばかりだと思うよ。――ただ、これだけは覚えていて。僕は僕でしかない。この先何があろうと、いつでも翔平の味方だ」
リークのその物言いは、まるでその身に課せられた使命を口にしているようだ。
翔平が頭を上げれば、リークは真摯な眼差しでこちらを見ていた。目が合えば、ふっと相変わらずの優しい笑みを浮かべてくる。
「それじゃあ、行こうか」
「……ああ」
翔平は、返事をすることで精一杯だった。
リークから紡ぎだされる言葉は、どれも不思議な意味合いが込められている。時には予言のように、時には導くように、まるで何もかもを見透かしているかのようだ。
リークの言動が、翔平を混乱の渦へ追いやる。混乱は次第に疑問へ変わり、全ての疑問はリークへと返ってゆく。それが意図してやっているのならば、何か目的があるはずだ。
しかし、その目的について、翔平は皆目見当がつかなかった。
(僕は僕。僕は僕でしかない……か)
先に歩き出したリークの背中を眺めながら、翔平は心の中で彼の言った言葉を呟く。
「翔平。早くおいで」
リークがまた翔平を振り返った。
翔平はその疑問を拭い、彼の元へ早歩きで歩き出す。
リークを追い抜く最中に、翔平がちらりと彼を見やった。
「俺は別に、あんたを拒んでいる訳じゃないからな」
それだけを言い置いて、さらに足を速めてゆく。
リークのようにその言葉を口にする者は大抵、誰かにその存在を否定された経験を持つ者が多い。
それを知っている翔平は、リークに「存在否定はしていない」と伝えたかった。口に出す言葉は違うものの、根本的なものはそこにある。
翔平の言葉に、リークは驚いたように目を見開いた。立ち止まって、まじまじと翔平の遠くなってゆく背中を見詰める。
今度は翔平がリークを振り返った。
「早くしろよ。置いていくからな」
そしてまた、さっさと歩き出してゆく。
「…………」
リークの口許が綻んだ。
(有難う、翔平)
心の中で彼は翔平にそっと礼を述べ、再びゆっくりと歩き出した。




