表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/84

リュイール王国12

「お主にもじゃ」

 老人の言葉に、翔平とリークは互いの顔を見合わせた。

 リークが翔平に問いかける。

「翔平、どうするんだい?」

「……そうだな」

 翔平がリークから視線を老人へ移した。

「爺さん。話ってのはどんなことだ? 内容によっては、このまま帰らせて貰うぜ」

 老人が僅かに頷く。

「実は一昨日に、この森の近くで不可解な現象が起こってのう。そのことについて、ギルド若しくは王族で調べて貰いたいのじゃよ」

 老人の話に、翔平とリークがまた顔を見合わせた。互いに頷き合って、視線をまた老人に戻してゆく。

「その話、是非聞かせて貰うぜ」

(これは圭に関することかも知れない)

 思わぬ展開に、翔平の胸が躍った。期待に満ちた輝きが瞳に宿る。

 そんな翔平を目にして、リークがくすりと笑った。

(さっきと大違いだね)

 その言葉を口には出さずに、心の中だけで押し止める。

 「何だよ」と翔平が憮然と言えば、リークは「何でもないよ」と返すだけだ。

 二人のやりとりを眺めながら、老人が口を開く。

「では、中で話をしようかのう。二人とも儂について参れ」

 そう言って、老人は踵を返して家の中へと戻って行った。その後を翔平が追う。リークもそれに続こうとしたが、ふいに後ろを振り返った。

(結界が解かれたままになっているね。もしもの為に、結界を創っておいた方が良さそうだ)

 そう思って、リークは小声で呪文を唱え始める。そして身を屈めて片膝を突くと、片手を地面に押し当てた。

 すると、煉瓦造りの小さな家を中心に、淡い蒼の光を放つ魔方陣が浮かび上がり、外側の円の部分だけが上空に向かって縦に伸びてゆく。

(これでいいね)

 円状に縦へ伸びる淡い光の薄い膜を眺め、リークは漸く家の中へ足を踏み入れた。

 彼が中へ入ってゆくと共に、魔方陣は空間にとけ込んでいく。


 老人の家の中は、外観と同様にこぢんまりとしていた。壁際に並ぶ長い本棚には、魔導書などの魔術に関する分厚い本が綺麗に整頓されている。その他にも、魔術に関する品々がそこかしこに並べられていた。

「さすが、魔術師って感じだな」

 物珍しげに家の中を見回しながら、翔平は木造の長椅子に腰を下ろす。

 翔平の科白に、向かい側に座る老人は「これが儂の普通じゃよ」と穏やかに笑った。

 そんな彼らの会話を耳にしながら、少し遅れてやって来たリークが翔平の隣に座る。

 老人がリークを見やった。だがそれは一瞬で外され、木造のテーブルに置かれたコップに飲み物を注いでゆく。

 老人の手元を目にしながら、翔平が話を切り出した。

「それじゃあ、爺さん。話を詳しく聞かせてくれ」

「では、話すとしようかの」

 飲み物が注がれたコップをそれぞれの前に置きながら、老人がゆっくりと話し始める。

 老人が不可解な現象に遭遇したのは、一昨日の昼時をとうに過ぎた時のことだ。

 彼はその日、この小さな家でいつものように魔術についての研究をしていた。魔術の研究、それが彼の仕事である。

 その研究に行き詰まりを感じ、彼は生き抜きとして外を出歩くことにした。森を出、十字路で町と反対側へ足を運ばせる。すると、距離はあったものの、彼は小高い丘で唐突に空間が歪んでゆくのを目にした。

 その直後だ。その歪んだ空間からゲル状のものに包まれている、妙な出で立ちの美少女が現れた。

 目の錯覚かと思い目蓋を擦って見れば、彼女の姿は幻のように消えていた。

 彼が目にした全てのことは、ほんの数秒ほどの出来事である。

 老人は話し終えると、一息を吐いて飲み物を口にした。

 そんな老人を眺めながら、翔平は思考に耽る。

(それはきっと、圭だ。爺さんが居なくなった後に、俺はあそこへ転がり込んで――すぐに消えたんじゃあ、見つからないはずだ)

「お爺さん。その人が消えた後、空間の歪みは一体どうなったんですか?」

 押し黙る翔平を余所に、リークが話を進めた。その顔にいつもの甘さはなく、鋭さと厳しさに満ちている。

 リークに対して、老人が首を横に振った。

「歪みもまた、すぐに消えてしまったのじゃ。――転移や召喚・召還の魔法で、空間に歪みが発生するとは、不可解な現象じゃろう?」

 老人の問いかけに、リークが僅かに頷く。

「……調べてみる価値は、ありそうですね」

(これはひょっとしたら、ひょっとするかも知れない)

 リークがちらりと翔平を見やった。

 すると、翔平がその視線に反応して、リークを横目で見る。

「時に。儂の家の周りを覆う結界は、お主が施したものか?」

 そんな二人のやりとりを眺めながら、老人がリークにまた問いを投げかけた。

「そうですよ。何か問題がありましたか?」

「いや、見事な腕前だと思ってのう。――じゃが、お主の扱うものは、魔術師とまた違った原理から来ているように思える」

「……どうでしょうね」

 笑みを湛えたままで、リークはそれ以上のことを言おうとはしない。

「魔術の研究の参考にしようと思うたが、言えぬならば無理に訊きはせん。――儂の話はこれで終わりじゃ」

「歪みの件は、ギルドよりも城で調べた方が適当かと思います。何か判りましたら、貴方に使いを出させましょう」

「うむ、頼み申したぞ。儂の方でも調べてみるとしよう。――何もなければ、それはそれで良いがのう」

 老人の言葉にリークが無言で頷き、おもむろに立ち上がった。

「それでは、僕たちはこの辺りで。――翔平。日が暮れるから、そろそろ行こうか」

「ああ、そうだな」

 翔平もリークに続いて立ち上がる。

「爺さん。話を聞かせてくれて有難う」

 そう言って、翔平は踵を返した。「それではまた」と言って、リークがその後を追ってゆく。

 老人はその場に立ち上がって、家を出て行く二人を見送った。


 家の外へ出た二人は、また互いの顔を見合わせる。

「リーク。爺さんの言っていた、あれ。圭で間違いないはずだ。その後に、俺もあそこへ転がっていたからな」

 翔平の話にリークが頷いた。

「判っているよ。それについて話し合う前に、まずリュイール・ギルドに戻ろう。――結界を解くよ」

 そう言って、リークが呪文を唱え出す。地面に片膝を突いて手を押し当てれば、空間にとけ込んでいた蒼く淡い光が姿を見せた。空へ向かって、縦に伸びていた光が徐々に消えてゆく。それと同時に、魔方陣が小さく縮まり、リークの手の平へ還っていった。

 その光景を眺めていた翔平が呟く。

「……本当にさっきの爺さんと違うんだな」

(まるで、結界自体がリークの一部みたいだ。本当にリークが使っているのは、魔法か?)

 魔法についての知識は皆無の彼だが、老人とリークの魔法を見比べて、二つの魔法が異質であることは容易に知ることが出来た。

「リーク。あんたって一体、何者なんだ?」

 出会ってまだ間もないがリークの得体の知れなさに、翔平は思わずその言葉を口にした。

 すると、リークが立ち上がって、困ったような笑みを浮かべながら翔平を振り返る。

「翔平、僕は僕だよ」

 その言葉を口にするリークの声音は、何処か悲しみに満ちていた。

 その時、翔平は自分の言葉でリークが傷ついていることを知る。

(不味いことを言ったな)

 そう思うも、一度口に出したことを取り消すことは出来ない。

「悪い、リーク。俺はまだお前のことを何も知らないのに、変なことを言った」

 翔平は素直に自分の非を認め、リークに向かって頭を下げた。

「謝らなくてもいいんだよ。君が僕にそう思うのは、無理もないからね。例え君が僕を知っていこうと、きっと、その疑問は大きくなるばかりだと思うよ。――ただ、これだけは覚えていて。僕は僕でしかない。この先何があろうと、いつでも翔平の味方だ」

 リークのその物言いは、まるでその身に課せられた使命を口にしているようだ。

 翔平が頭を上げれば、リークは真摯な眼差しでこちらを見ていた。目が合えば、ふっと相変わらずの優しい笑みを浮かべてくる。

「それじゃあ、行こうか」

「……ああ」

 翔平は、返事をすることで精一杯だった。

 リークから紡ぎだされる言葉は、どれも不思議な意味合いが込められている。時には予言のように、時には導くように、まるで何もかもを見透かしているかのようだ。

 リークの言動が、翔平を混乱の渦へ追いやる。混乱は次第に疑問へ変わり、全ての疑問はリークへと返ってゆく。それが意図してやっているのならば、何か目的があるはずだ。

 しかし、その目的について、翔平は皆目見当がつかなかった。

(僕は僕。僕は僕でしかない……か)

 先に歩き出したリークの背中を眺めながら、翔平は心の中で彼の言った言葉を呟く。

「翔平。早くおいで」

 リークがまた翔平を振り返った。

 翔平はその疑問を拭い、彼の元へ早歩きで歩き出す。

 リークを追い抜く最中に、翔平がちらりと彼を見やった。

「俺は別に、あんたを拒んでいる訳じゃないからな」

 それだけを言い置いて、さらに足を速めてゆく。

 リークのようにその言葉を口にする者は大抵、誰かにその存在を否定された経験を持つ者が多い。

 それを知っている翔平は、リークに「存在否定はしていない」と伝えたかった。口に出す言葉は違うものの、根本的なものはそこにある。

 翔平の言葉に、リークは驚いたように目を見開いた。立ち止まって、まじまじと翔平の遠くなってゆく背中を見詰める。

 今度は翔平がリークを振り返った。

「早くしろよ。置いていくからな」

 そしてまた、さっさと歩き出してゆく。

「…………」

 リークの口許が綻んだ。

(有難う、翔平)

 心の中で彼は翔平にそっと礼を述べ、再びゆっくりと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ