リュイール王国11
「…………」
翔平は何も言えなかった。
リークから視線を外しながら、胸当てをつけ直す。身体の震えは、彼のおかげでいつの間にか治まっていた。
(……気まずいな)
心の中で、翔平はそうぼやく。
彼にとって、他人に弱みを見せることが一番苦手とすることだ。
押し黙る翔平をどう思ったのか、リークが気遣わしげに彼を見つめる。
「まだ、動けそうにないかい?」
「いや、大丈夫だ。あんたのおかげで何処も痛くない」
そう言いながら、翔平は地面に転がる長剣を鞘に納め、道の脇に置いていた布袋を手に取った。
そして意を決したように、リークに視線をやる。
「……リーク」
翔平の呼びかけに、リークが「何だい?」と彼を見返した。
「さっきのことは、忘れろ」
明後日の方向を向きながら、翔平がぼそりとそう言った。
リークが首を傾げたのは、言うまでもない。翔平の言っている意味が判らなかったが、暫くして何かを察したようにくすりと笑った。
「忘れることは出来ないけれど、黙っていることは出来るよ」
「あんたが忘れてくれれば、俺としては嬉しいんだけど」
また、ぼそりと言う翔平に、リークが真面目な顔をする。
「翔平。他人に自分の弱さを見せることは、格好悪いことじゃないよ。――誰か一人でも、そんな人を作った方がいいと僕は思う」
「……それがあんたかよ」
「そう言うことになるね」
優しく笑んで、「だから、いつでも僕を頼っていいんだよ」とリークはつけ加えた。
だからと言って、翔平が素直に「判った」などと言うはずもない。複雑な表情で、優しい笑みを湛えるリークをちらりと見やるだけだった。
翔平が何も言わずに、方向を切り替えて歩き出す。リークもそれについて歩き出した。
彼らの進む方向は、町へ戻る方向と同じである。
「それで、これから何処へ行くんだい?」
「森の中に住んでいる魔術師のところだ。――つーか、エージェントでもないあんたがついて来るのは不味いと思うんだけど」
「大丈夫だよ」
翔平の言葉にそれだけ答えて、リークは笑みを浮かべるばかりだ。
翔平が眉根を寄せながら、横目でリークを睨む。
「……それ、明らかに仕事の妨害だぜ」
「邪魔はしないよ。ただ単に、ついて行くだけだから」
「…………」
翔平は、リークに強く言うことが出来なかった。それは、先ほどのことが起因しているからだ。もしリークが来なければ、翔平はきっと、日が暮れるまであのままで居ただろう。
「あんたが王子って身分も少しは弁えろよ」
その科白を呆れたように口にして、翔平は足を速めた。その背は、「もう好きにしろ」とでも言っているかのようだ。
(翔平。それは僕を心配して、言っているのかい?)
その科白を口にはせず、リークが彼の背に問いを投げかける。当然だが、翔平が答えるはずもない。
遠ざかる翔平の背中をじっと眺めた後、リークは彼の歩調に合わせて足を速めていった。
十字路に辿り着いた翔平は、地図を開いて魔術師の家の位置を確認した。魔術師の住処は、町から向かって十字路を左に行ったすぐの森の中にある。
地図と見比べながらそこまで行くと、森の中へと続く細い脇道があった。
(ここか)
躊躇うことなくその脇道を進み、翔平は森の中へ入ってゆく。森の中へ入っていけば、たちまち道は獣道へ変わっていった。
(ここをあの人が通れる訳ないな)
片足の不自由な女を思い出して、翔平は自分が依頼を請け負って良かったと思う。そして、後ろからついてくるリークをちらりと見やった。
リークは獣道に慣れているのか、余裕の顔で森の中を見回している。
(――あいつ。王子の癖に、何でこう色んなことに慣れているんだ?)
翔平の中で「王子」は、世間知らず箱入り息子、ひ弱で軟弱者などの印象があった。大概はそうなのだと思っていたが、リークを見れば見るほどに印象はその真逆をいっている。勿論、この世界で翔平が出会った「王子」はまだリークしか居ない。その為に、他の王子と比較しようがなかった。
翔平はリークから視線を前に戻し、獣道をさらに進んで、森の奥へと目指してゆく。
森の中に響き渡るのは、草を踏みつける二人の足音しかない。時折、鳥や獣の鳴き声が遠くの方でした。
暫くすれば、視界を覆う深緑の景色が開ける。
翔平が足を踏み入れた場所は、森の中にひっそりとある小さな泉だ。その近くに木の柵に囲まれた煉瓦造りの小さな家があり、煉瓦の煙突から煙が立ち昇っていた。
(……煙が目印になっていたんだな。全然気づかなかったぜ)
森の開けた空間を一通り眺めて、翔平は止めていた足をまた進めてゆく。泉の脇を通り、煉瓦造りの小さな家へ近づいていった。
翔平が木の柵の中へ、足を踏み入れようとする。
「翔平」
その翔平を、リークが呼び止めた。
「何だよ」
翔平が立ち止まって訝しげに振り返れば、リークは冷徹な雰囲気を纏いながら木の柵を見据えている。
「この柵に結界が張られているよ」
「結界?」
「そうだよ。魔物だけじゃなく、人を寄せつけないように、雷系の魔法が張られているんだ」
そう説明し終わると、リークは翔平の隣へ歩き寄り、自らの手を木の柵の向こうへ伸ばした。
すると、小さな音を立てながらリークの手に稲妻が絡みつく。すかさず彼はそこから手を引き抜き、微笑みながら視線を翔平に移す。
「ほらね」
「……あんた、馬鹿だろ」
リークの行動に納得するどころか、翔平は怒ったように彼を睨みつけた。
「え?」
驚いたように、リークが目を丸める。
「何で自分から怪我しようとしてんだよ。――火傷してるぜ、その手」
そう言って、翔平はリークの火傷していない色白の手を引っ張り、泉の前まで歩き出した。そして無理矢理に身を屈ませ、皮膚が赤くなっている手を取り、自分の手と一緒に泉の冷水に浸からせる。
リークは黙って、翔平の真剣な横顔を見つめた。
「暫くこのままにしてれば、数日で火傷は消える」
リークの手を泉に浸からせたままで、自分の手を戻しながら翔平がリークを見る。
二人はお互いに間近で見つめ合う形になった。
「……何だよ」
「何でもないよ」
「――あんた、魔法で癒せるとか思ってんだろ。俺は魔法が使えないんだ。余計な真似をして悪かったな」
拗ねたように顔を歪ませて、翔平が立ち上がる。
リークは泉に手を浸からせたままで、翔平を見上げた。その行為はまるで、彼の意思を尊重しているようだ。
「そう言うことじゃないんだ、翔平。――君の行為が嬉しくてね」
嬉しそうに微笑むリークに、翔平は不思議そうにリークを見下ろす。
「何訳の解らないことを言ってるんだ。――あんた、助け合うのはお互い様だって前に言っていただろ。俺はただ単に、それをしただけだ」
至極当然のことを翔平に言われ、リークは微苦笑をするしかない。
「それより、リーク。あんたは痛みを感じないのか?」
「どうして?」
「痛みを感じていなさそうに見えた」
「……どうだろうね」
ただ嬉しそうに笑うリークを、翔平は訝しげに眺めた。
(やっぱ、こいつって判らないな)
心の中でそう零すと翔平はリークを置いて、再び煉瓦造りの小さな家の前へ歩き出す。
木の柵の前で立ち止まり、深く息を吸い込んだ。
「爺さん! あんたの孫から届け物だ!」
家の中まで届くように、翔平は大声を張り上げた。
すると、家の中から白い髭を胸元まで生やした老人が姿を現す。
「何じゃ、若造。孫の頼まれごとでここへ来寄ったのか。儂はてっきり、盗賊か何かと思うたぞ」
老人は翔平たちの一部始終を見ていたようだ。長い髭を撫でながら、彼は愉快そうに笑った。
「俺の目的が判ったんなら、さっさとこの結界を解いてくれないか。荷物をあんたに渡せない」
翔平がそう訴えると、老人は「待っておれ」と持っていた杖で、地面に魔方陣を描き出してゆく。そして、呪文を唱えながら杖を天に振り翳した。
すると、一瞬淡い光の膜が翔平の前に現れたかと思えば、瞬く間に消えてゆく。
「若造。もう通っても良いぞ。――そこの泉におるリュイール一族の若造も」
老人の促しに、翔平は木の柵の向こうへ一歩足を踏み入れた。その身に稲妻が纏わりつくことはなく、彼は速い足取りで老人の元へ歩き寄る。
「何だよ、爺さん。リークを知っているんなら、俺が盗賊じゃないことも判っていたんだろ?」
「許せ、若造よ。老いぼれの過ぎた茶目っ気じゃ」
(茶目っ気にしてはやりすぎだろ)
心の中で文句を言いつつも、翔平は布袋の中から女から預かった荷物を老人に差し出した。
そんな翔平を目にしながら、泉から歩き寄ってきたリークが彼の後ろで立ち止まる。
「確かに受け取ったぞ。――しかし、このままで帰らすのは何じゃから、少し儂の家で休憩するが良い」
「いや、気持ちだけ貰っておく。そろそろ戻らないと、日が暮れるからな」
翔平がその申し出に断りを入れれば、老人がまた愉快そうな笑い声を上げた。
「せっかちな若造じゃ。――儂はお主に話があって、引き止めておるのじゃぞ」
簡単に引き止める意図を明かしながら、老人の視線がリークへと移る。




