リュイール王国09
窓から聞こえる鳥の囀りと共に、翔平は目を覚ました。
身体を起き上がらせベッドから降りると、大袈裟なほどに身体全体で伸びをする。昨晩の稽古で、カディスたちにこってりと絞られた身体を和らげる為だ。
洗面所で顔を洗い、旅人の服に着替え、腰元にベルトを巻きつけ長剣を取りつける。胸元に胸当てを装着し、最後にマントを纏った。
これから、彼は初めての仕事に赴く。その顔は、凛々しさに満ちていた。
異世界での、翔平の二度目の朝はこうして始まる。
宿泊室を出れば、同業者の男や女が彼に向かって挨拶を寄越した。それに答えながら、翔平は朝食を取る為に階下へ下りてゆく。
「おはようございます。翔平君」
酒場の下準備をしているJが、落ち着いた雰囲気で挨拶を投げかけた。
翔平がカウンターに目をやれば、Jの他にカディスがカウンター席に腰を落ち着かせている。
「……はよう、J。カディスも」
彼らに近づき挨拶を返しながら、翔平もカウンターの席に腰を下ろした。
すかさずJが朝食を翔平に渡す。
隣の席で朝食を口にしながら、カディスが横目で翔平を見やった。
「坊主、緊張はねぇようだな」
「ああ。やる前から緊張しても、仕方がないからな」
朝食を口にしながらそう答える翔平に、カディスは愉快そうに笑う。朝でも、カディスの賑やかさは健在だ。
「肝っ玉が据わってんな。ま、そのぐらいがギルドをやる奴にゃあ丁度いい。頑張れよ」
「ああ、そのつもりだ」
カディスにそれだけを言って、翔平は黙々と朝食を取る。彼らは、各々の朝食の時間をそうして過ごしていった。
早朝の城下町は、まだ眠りについたままだ。朝焼けに包まれる町中を、翔平は歩いていた。
Jを通して、依頼主から預かる魔術師への荷物を取りに、翔平はとある一軒家に足を運ばせる。
二回ほど戸を叩けば、依頼主がゆっくりと戸を開けた。
「ギルドのエージェントさん、お待ちしていました」
片足の不自由な二十代の女が杖を片手に、嬉しそうな表情で翔平を見上げる。
彼女を一目見ただけで、翔平は何故ギルドに依頼が舞い込んできたのかを察した。
「ごめんなさいね。大したことでもないのに、ギルドに依頼申請をしてしまって」
申し訳なさそうな彼女に、彼は「いや」と首を振る。
「ギルドは困った奴が頼る場所だ。大したことない依頼なんかない」
昨日Jが言ったことを、翔平は口にした。この言葉はJの受け売りだが、依頼主の現状を目の当たりにして、その言葉の意味を実感せざるを得ない。
「有難うございます」
彼女は翔平に深々と頭を下げると、玄関扉を開けたままで奥へ引っ込んだ。
翔平が暫く玄関先で待つと、彼女が中の大きさの布袋を持って戻って来た。
「この中に祖父への荷物と、そしてエージェントさんの食事を入れておきました」
荷物を受け取りながら、翔平が驚いたように彼女を見下ろす。
「俺に食事?」
「はい。それは依頼を請けて下さった、ほんの感謝の気持ちです。どうか、召し上がって下さい」
「悪いな。有難く食べさせて貰う」
彼女に一つ礼を告げると、翔平は踵を返した。「宜しくお願いします」と彼女の言葉に見送られ、城下町の門へ向かって歩き出す。
門へ向かう途中で、翔平は騎士たちが手配書を立て札や壁に貼りつける光景を目にしていた。その手配書は圭の顔が描かれており、その下には圭の名前や賞金を含んだ捜索の説明文が記されている。
(……やっぱ賞金がつかないと、誰も目にしないよな。仕方ないけどさ)
まるで賞金首のような圭の扱いに、彼は小さく溜め息を漏らした。
そして、有限実行を果たすリークを思う。
(リークの奴、のんびりでマイペースな割に、やることはきちんとやってんだな)
翔平の中で僅かにだが、リークへの信頼が芽生えた。
その光景を通り過ぎ、彼はさらに足を進める。すると、目の前に巨大な門が現れ、籠を背負った数人の男がそこに集まっていた。
翔平が近づけば、ひとりの男が歩き寄ってくる。
「ギルドのエージェントですか?」
男にそう問われて、翔平は無言で頷いた。
「人手不足でしたので助かりました。今日は、宜しくお願いします」
その男を含めた男たちが頭を下げる。翔平も軽く頭を下げ、「こちらこそ」と男たちに挨拶を返した。
依頼の詳細によれば彼らは、様々な薬草を専門的に扱う薬売りだ。低価な値段で薬を売り、人々の命を救う善良な団体である。
その詳細を知り、翔平は何故彼らの報酬金額が少ないかを納得した。
「――それでは、行きましょうか」
一通りの挨拶を終え、彼らは翔平を連れ立って町を出て行った。
町から離れているとは言え、彼らの目的とする草原の丘は、半日で人が行き来出来る距離だ。
翔平がこの世界に転がり込んで来た、当初に通った十字路を右に曲がる。子供が獣に追い駆けられていた方向だ。
それを思い出して、彼は疑問に思う。
(何で、あの子供はひとりで居たんだ?)
「そう言えば、私の子供が見ず知らずの少年にここで助けられたんですよ」
翔平の疑問に答えるように、隣で歩く男が口を開いた。
視線を隣に向ければ、男は世間話をするような雰囲気で、子供を助けたのが翔平だと言うことを知らないようだ。
「今日とは別の場所で私は薬草取りをしていたのですが、子供が勝手についてきてしまって、その途中で魔獣に襲われたようです。――見ず知らずとは言え、私は彼にとても感謝しています」
嬉しそうに話す男に、翔平は自分だと名乗ることはしなかった。その代わりに、男に問いを投げかける。
「魔獣って、獣と違うのか?」
翔平の疑問に、男は驚いたように彼を見た。
「この国の魔獣を知らないんですか? だとすると、貴方は他国からおいでになったんですね」
「まあな」
男に相槌を打って、翔平が無言で先を促した。
男は前に向き直り、彼の疑問に答える。
「魔獣は、リュイール王国に生息する魔物です。元は普通の獣だったんですが、どう言う訳か急に凶暴になって、人を襲い出したんですよ。――私たちは魔物化した獣を全て、魔獣と呼んでいます」
「へぇ」
(……魔獣か。出来れば、もう二度と遭遇したくないぜ)
男に気づかれないように、翔平は僅かに顔を顰めた。今は当初のように丸腰ではないが、出来れば命の危険は冒したくないのが彼の本音である。
男はその話はお終いとばかりに、別の世間話を翔平に持ちかけてきた。その話に相槌を打ちながら、翔平は足を進めてゆく。
男たちの後について行きながら進めば、翔平の眼前に深緑が広がる草原が飛び込んできた。吹き抜ける風を遮るものはなく、足元を覆い隠す草が波のようにうねっている。
翔平たちの立つ位置から少し離れた場所に、急な丘がぽつりと存在していた。その丘の上に薬草がある。
早速と彼らは丘に向かい、籠を地面に置いてその場に座り出した。その様は草むしりとなんら変わらないが、薬草を傷つけないよう且つまた薬草が生えるよう根を傷つけないように取らなくてはならない。
男たちの慣れた手つきを真似ながら、翔平は懸命に薬草取りを始めた。
薬草取りに没頭すれば、時間が経つのは早いものだ。気がつけば、空に浮かぶ二つの太陽は真昼の位置を過ぎていた。
翔平の近くに居る男が空を仰いだ。
「――もうこんな時間だ。そろそろ戻って、薬草の選別などをしないと」
その言葉に、周りで薬草を取っていた男たちが一斉に空を仰ぐ。
「これで終わりか?」
翔平がそう訊けば、男たちが一斉に彼へ視線を移し頷いた。
男たちがそれぞれに所持する籠には、籠の半分の量の薬草が詰まれている。
「貴方のおかげで、これで暫くは大丈夫になりました。これ以上は自然に負担がかかりますので、私たちは籠にある薬草の量か太陽の位置を目安に作業を終わらせているんです」
先ほど翔平に世間話を話していた男が、そう翔平に答えた。
「そうなのか」
男の説明に、翔平は納得した。
(ここの国民が皆、自然を大切にしているから、リュイール王国は自然豊かなんだな)
自然との共存を望むリュイール王国を、彼は感心しつつも尊敬の意を向ける。
(あの時にここは嫌な国だって言った、俺は相当の馬鹿だ)
少しずつではあるがリュイール王国を知って、翔平は転がり込んで来た国がここで良かったと思った。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
薬草の詰まった籠を背負いながら、男が翔平に声をかけた。
「ああ、そうだ。――これを」
歩き出そうとした男が、何かを思い出したように翔平を振り返る。その手には、数束の薬草が握られていた。その薬草は今し方取ったものではなく、商品とされているものだ。
「これはほんのお礼です。報酬金額が少ないにも関わらず、手伝ってくれた貴方に」
そう言われて、翔平は有難く貰い受けることにした。銭貨が底を尽きている彼にとっては、男の申し出は非常に助かる。
「有難う」
そう男に告げれば、男は優しい笑みを浮かべた。
翔平は薬草の束を女から預かった布袋に入れ、先に歩き出した男たちの後を早足で追う。
丘を下り広がる草原を元来た道順で歩き、草原を抜ければ、また森に挟まれた土が露出している道を真っ直ぐに進む。
その時である。
翔平の背筋が嫌な気配にざわめいた。
森から聞こえる微かな草の音に、彼は緊張した面持ちで後ろを振り返る。
「!」
赤い目を光らせて、魔獣が草むらの中から顔を覗かせていた。
「おっさんたち突っ走れ!」
咄嗟に翔平は叫んでいた。その叫びに振り返るなり、男たちはその場を駆け出して行く。




