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プロローグ

2005年頃、一次創作BL界隈で流行っていた異世界トリップを執筆開始。絶頂期だった頃は三ヶ月で書き上げていたが、様々な事情で次第に遠退いていく。(読者に対して、誠に申し訳ない)

ーー2025年、唐突に覚醒したかのように書き上げたくなる。

描写は多少古めかしいが、楽しんでくださると嬉しい。サイトの方が先行しているが、いずれ完結させたいと思う。……と言っているが、サイトに訪れる人は皆無だ。

自業自得である。

 帰りのSHRショートホームルームが終わり、翔平は学生鞄を小脇に抱え席を立ち上がった。両手をズボンのポケットに突っ込みながら、足早に教室を出て行く。

「翔ちゃん」

 教室の鴨居を潜れば、小柄で華奢な美少年が待ち構えていた。少年は自分よりも頭一つ分高い背丈の彼を見上げ、ふわりと天使のような笑みを浮かべる。

 途端に、翔平の背後で野太い嬌声が上がった。声を上げたのは、教室にまだ残っている彼のクラスメイトたちだ。翔平がちらりと後ろを窺えば、誰もが熱い視線で少年を見詰めていた。

(……馬鹿だ、こいつら)

 少年に対する彼らの毎度な反応に、翔平は心底呆れるばかりだ。

 彼の口から盛大な溜息が吐き出された。

(まあ、判らないでもないが)

 彼らの学校は男子校だ。三百六十度見渡す限り男しか映らない。そんなむさ苦しい場所で、男とは言え美少女と紛うほどの美少年が現れれば、「目の保養だ」と歓喜の声も上げたくなるのだろう。

「どうしたの? 溜息なんか吐いて」

 少年が不思議そうな顔で小首を傾げた。その動作は愛らしく小動物のようだ。

 翔平は少年の小さな頭を軽く叩き、「何でもない」と嘯きながら、柔らかな髪を撫で回した。

 少年は彼のなすがままで居る。

「あ、そういや――」

 ふと何かを思い出して、翔平は少年の頭から手を離した。

「今日は図書室へ寄るんだっけか。俺、稽古があるからなるべく早くな。圭」

「うん。ぼくも長くは居ないつもりだよ」

 「だから、安心して」と、少年・圭は小さく笑う。

 そうして、二人は並んで廊下を歩き出した。


 桐生翔平(きりゅうしょうへい)河合圭(かわいけい)

 傍から見れば、彼らは仲の良い兄弟のようだ。それほどに彼らは仲睦まじい。

 それもそのはず。翔平と圭は幼馴染みであり親友であり、母親同士が姉妹なので従兄弟同士の間柄なのだ。

 家が隣同士と言うこともあり、翔平は病弱だった圭を幼い頃から面倒を見てきた。圭はそんな彼を兄のように慕っている。その延長線が今の彼らだ。だから、兄弟は強ち間違ってはいない。


 「図書室では静かに」と手書きの画用紙が張られた引き戸の前で、翔平と圭は訝しげな面持ちで立っていた。

 図書室の廊下に人の気配はなく、不気味なほどに静まり返っている。図書室内からも、人の気配は全く感じられない。

 引き戸を開き室内を窺えば、案の定誰も居なかった。管理者の司書と図書委員の姿もない。

「なあ、いつも図書室ってこんな感じか?」

 翔平が疑問を口にした。

「そんなことないよ。いつもなら利用者が居なくても、司書か図書委員が必ず居るはずなんだ」

「どうするんだ? どっちかが居ないと、本を借りられないんだろ?」

 翔平の横で圭が首を横に振る。

「本の中にある図書カードに名前と借りた日付を書いて、カウンターに出しておけば大丈夫だよ」

「へぇ。俺、初めて知った」

 翔平が感心の眼差しを圭に向ける。圭は苦笑を浮かべた。

「翔ちゃんはここに縁がないもんね」

「まあな。――俺、あそこで待ってるから」

「うん」

 図書室内へ圭が入り、翔平がその後に続き、二人は二手に別れる。

 圭は本を物色しに本棚が立ち並ぶ奥へ向かい、翔平は一番前の窓際の椅子に腰を下ろして待つことにした。

 窓を全開にし、桟に頬杖を突きながら外を眺める。

 微風に、硬い質の暗めな茶髪が僅かに揺れた。

 窓の外は校庭だ。三階からだと、全体を眺めることが出来た。

 部活動に励む生徒たちの、生き生きとした小さな姿が見える。

 笑い声や掛け声、ボールを蹴る音や走る足音。様々な音が風に乗って、翔平のところまで届いた。

 「楽しそうだな」と、思わず呟く。

 少年のあどけなさを少し残した、精悍な顔立ちに笑みが刻まれた。

 百七十七センチの、しなやかでいて綺麗に筋肉のついた体躯がおもむろに立ち上がる。

(剣道がやりたくなってきたな)

「圭っ! まだか?!」

 翔平は奥に向かって、声を張り上げた。すると姿は見えないが「翔ちゃんのせっかち! 今行くから待ってて」と圭の声が返ってきた。

 圭が奥の方から足早に戻ってくる。その両腕は分厚い本を抱えていた。

 彼の顔が嬉々としている。

「えへへ、面白そうな本を見つけたんだ」

 科白の端に音符記号がつきそうな勢いだ。

「面白そうって、その分厚いやつが?」

 圭と違い、本に関心のない翔平は殊更平静である。

「うん。理の愚者(りのぐしゃ)って題名の、ファンタジー小説なんだよ」

「理の愚者? 愚者ってあれだろ。愚か者とか馬鹿者って言う意味の」

「題名の意味は、読んでみないと判らないよ。本の題名は大体、人目を引くように正反対の文字を入れることが多いんだ」

 テーブルの上に本を置き、圭が翔平の向かいに座った。

 本は結構な年月が経っている為かぼろぼろだ。染みの付着した赤い布生地の表紙に、擦れた金色の文字で題名が記されている。

 翔平は本を眺めてから椅子に座り直し、圭と向かい合った。

 途端に、圭の本に関するうんちくが始まる。

「そんなこともあって、この本には伝説があるんだよ。――この本を最後まで読んで、理の愚者と言う意味を理解した人は、願いを一つだけ叶えることが出来るんだって!」

「何か胡散臭いぞ、それ。大体、願いを叶えた奴なんて居るのか?」

「そんなことない。借りていく人が多いから、絶対に本当のことだよ」

「まあ、どっちにしろ。俺には関係ないな。早いとこ図書カードを出して、さっさと帰ろうぜ」

「判ったよ。本当にせっかちなんだから」

 圭はブツブツと文句を言いながらも、図書カードを取り出そうと本を捲る。

「!」

 その時、本が眩い光を放った。

「圭そこから離れろっ!」

「え?」

 咄嗟に翔平は叫んだ。叫びながら椅子から立ち上がり、圭の方へ駆け寄る。そして彼の腕を引っ張り、出入り口へ向かって走り出した。

 圭は訳が判らず、「?」を頭の上に浮かべている。だが、背後で光っている物の存在に唇を引き結んだ。


 引き戸の前で二人は立ち止まった。翔平が圭の腕を掴んでいない手で、引き戸を開けようとする。

「げっ!」

「どうしたの?」

「ドアが開かない」

「え……」

 彼らはその場で固まった。

 翔平が圭から手を離して、力任せに開けようと試みる。しかし、引き戸はガタガタと音を立てるだけで開きはしなかった。

 外側から鍵を掛けられた筈がない。彼らが図書室に居る最中でも、廊下から人の気配はしなかった。無論、内側から鍵を掛けた覚えもない。

「何なんだよっ!」

 苛立ったように、翔平が引き戸を思い切り蹴りつけた。

 室内に鈍い音が響き渡る。しかし、強烈な蹴りでも、引き戸が外れることはなかった。

 その後ろで、圭がおろおろとしながら翔平を呼ぶ。

「翔ちゃん……」

 か細く不安げな震える声だ。

 翔平が圭を振り返る。しかし、圭は彼を見ていなかった。後ろを見詰める彼の視線の先は、光を放ち続ける本がある。

 翔平は圭の視線を追い、途端に愕然とした。

 本が光るなど非現実的なことだが、今彼らが目にしている光景は、それを凌駕している。

 光を放ち続けながら、本が宙に浮いていた。風もないのに、ページが一枚一枚と捲られてゆく。

 二人の表情が、いつになく緊張したものに変わった。不安と恐怖に駆られ、額に嫌な汗が噴き出す。その汗が肌を滑って、床に幾つもの染みを作った。

 唐突にページの捲りが止み、光が止んだ。そして、本が開いた状態で縦に立ち上がる。開かれたページは、二ページを跨って魔方陣が描かれていた。

 「何だ?」と思う間もなく、魔方陣が光を放ち、本に描かれた数十倍の魔方陣が縦に空間へ浮かび上がる。

 緊迫した空気が辺りを漂う。

 翔平は圭の前に出て、彼を庇うように身構えた。

「圭。何か嫌な予感がする。すぐに逃げ回れるよう身構えてな」

 翔平の勘は今まで外れたことがない。それを知る圭は、彼の言葉に従い身構えた。

 本の魔方陣がさらに光を強くする。それに呼応するように、空間に浮かぶ巨大な魔方陣が車輪の如く回り始めた。

 魔方陣の中心部に大きな穴が開く。そこから無数の黒いゲル状の手が伸びてきた。

 得体の知れないものに、二人の動きが思わず止まる。

 「手」と言っても骨はないようだ。触手のように伸縮・屈曲を繰り返し、彼らに緩やかな動きで襲い掛かってくる。

「逃げろっ!」

 叫びながら、翔平は右に飛び退いた。圭は逆の左へ飛び退く。

 二手に別れた二人に対し、「手」もまた二手に別れた。

 右側は左側の広い空間と違い、カウンターがあり動き回るには狭い。舌を打ち鳴らして、翔平はカウンターの上へ飛び上がった。本来はその行為は禁止されているが、この状況下では止むを得ないだろう。

 「手」を避けつつカウンターを走り抜け、本のある窓際のテーブルの近くへ飛び降りる。

(本をどうにかすれば、きっと何とかなるはずだ)

 翔平がちらりと圭を見た。

 圭もまだ「手」に捕まってはいないようだ。必死に駆け回り、規則正しく並べられたテーブルや椅子を使って「手」から逃れていた。

 だが、それも時間の問題だろう。「手」と違い、彼らは人間だ。疲労が現れ、最後に捕らえられてしまうことは目に見えていた。

 翔平がテーブルへ駆け寄り、本に手を伸ばす。だが、寸でのところで「手」が本を奪い、次いで彼の腕を掴んだ。

「いっ!?」

 恐怖に声が引き攣る。

「翔ちゃん!」

「――来るなっ!」

 慌てて駆け寄ってくる圭に、翔平は怒り口調で制止の声を上げた。

 だが、遅かったようだ。翔平の腕を掴む「手」以外の「手」が、圭を目掛けて襲い掛かって行った。緩やかな動きと打って変わり、尋常でない素早さだ。

 恐怖で引き攣った圭の悲鳴が、室内に響き渡る。

 逃れること叶わず、圭は無数の「手」よって四肢を拘束された。やがて「手」は質量を増し、小柄な身体を丸々包み込んでしまう。

「圭っ!」

 翔平は、自分の腕を掴む「手」を思い切り引き千切った。ゲル状なので、力を入れて引き千切ることは容易い。

 すぐさま近くの椅子を手に取り、魔方陣の大穴から伸びる無数の「手」の腕部分へ振り下ろした。

 数本の「手」が千切れる。だが、圭を解放するには程遠い数だ。

 翔平は続け様に椅子を振り下ろす。しかし、その間に無数の「手」が融合し一つに纏まった。

 振り下ろされた椅子が、「手」の弾力に負けて後方に吹き飛んだ。

 椅子が壁に激突する音が響き渡る。

 目を見開いて驚く翔平を、「手」は待ってはくれない。彼の隙を突いて、捕らえた圭を一気に大穴へ引き摺り込んだ。

 それは本当に一瞬のことだった。

 あまりの急展開に、翔平はただ呆然と立っているしかなかった。


 魔方陣はまだ空間に浮かび上がっている。

 おもむろに、翔平は出入り口へ向かって歩き出した。

 連れ去られた圭を置いて、彼は逃げ出そうというのだろうか。それとも――。

 引き戸の前で、翔平が身を屈める。翔平と圭の学生鞄が、床に転がっていた。逃げる際に邪魔で投げ捨てたものだ。

 二つの鞄を手に取り、身を起き上がらせる。

「圭、今助けに行くからな」

 鞄の取っ手を強く握り締め、翔平は魔方陣を振り返るなり鋭い眼光で睨み据えた。

 魔方陣の色が薄まり始めている。空気にとけ込み始めたのだろう。

 翔平が勢いをつけて、魔方陣へ向かって駆け出した。そして、魔方陣から数メートル離れた時点で、床を蹴って大穴へ飛び込んだ。

 その直後、魔方陣が跡形もなく消える。

 図書室内が静けさを取り戻した。

 開け放たれた窓から、五月の風が吹き込んでくる。涼しげにカーテンがはためいた。

 外から風に乗って、生き生きとした生徒たちの声が室内に届く。

 まるで、何事もなかったかのようだ。二人の少年を残して、全てが日常へ戻ってゆく。

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