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3 なんのパーティーだ?

「ディオーナ嬢、もういらしてたんですね」


 頬を赤らめうれしそうに駆け寄るディオーナ様を前にしても、キリオンの無表情は一ミリも動かない。


「キリオン様……!」

「すみませんが、大事な婚約者の具合が悪そうなので、これにて」


 愛想の欠片もない素っ気ない返しに、ディオーナ様だけでなく私もルストも呆気に取られてしまう。



 …………いやいやいや。



 ちょっと待って。なんだその反応は。それでいいの?



 でもキリオンは、そんな場の空気など一切気にならないらしい。いや、気づいていないのか?


 私の手を引き寄せてするりと腰に腕を回し、さっさと歩き出そうとするキリオンに、ディオーナ様はなおも声をかける。


「キ、キリオン様!」

「……はい?」

「わたくし、今日初めてこの学園に登校したばかりで右も左もわかりませんの。案内してくださらない?」

「無理ですね」


 あっさり答える、無表情のキリオン。


 あまりにブレないその態度に、私とルストはこっそりと顔を見合わせる。



 ……なんかこれ、思っていたのとは、だいぶ様子が違わない……?



「あ、あら、キリオン様ほどのお方が、わたくしとの約束をお忘れになったのかしら? わたくしがこの学園に留学して来た暁には、いつでも案内してくださるとおっしゃって――」

「言いましたっけ? そんなこと」

「え」

「ああ、時間があったら、とは確かに言ったかもしれませんね。まあ、あなたに割く時間など最初からあるとは思ってませんでしたけどね」

「え」

「もういいですか? アウロラが心配なんで」

「え?」


 つい声を上げると、キリオンが私の顔を見下ろして、首を傾げる。


「アウロラ、大丈夫? しんどいなら抱っこしようか?」

「抱っこ!? いやいや、なんで!?」

「だって、具合悪そうだし。アウロラを抱っこするくらい、なんでもないから」

「そ、そういう問題じゃなくて! 抱っこなんて、恥ずかしすぎるじゃないの……!」

「そう? 俺は恥ずかしくないよ?」

「え!?」

「むしろ抱っこしたいくらい」

「ちょ、ちょっと!」


 私を抱きかかえようと腕を伸ばすキリオンの、真顔が怖い。


 抱っこされないよう適度に距離を取りながら、噂とは真逆の展開にただただ狼狽える。



 な、なにこれ……?



 いったい、何がどうなってるの……!?



 頭の中に幾つものはてなマークが飛び交って、全然収拾がつかないし理解も追いつかない。


 混乱の極みにあえぐ私とは対照的に、いち早く冷静さを取り戻したらしいルストがキリオンに視線を移す。


「キリオン、お前、ディオーナ嬢と恋仲なんだよな?」

「……は?」


 鋭い声に、この場の温度が一気に下がった。


 というか、むしろ一瞬で凍りついた。


「お、お前とディオーナ嬢が恋仲になって、ランガル王国の学園で愛を育んでるって、こっちではみんな知ってる――」

「なんだそれ」


 ルストが全部言い終わらないうちに、キリオンが問答無用とばかりに斬り捨てる。


「くだらない出鱈目を言うのはやめてくれないか?」

「で、出鱈目じゃない! もうずっと前からお前とディオーナ嬢は恋仲だって噂になってるし、お前がディオーナ嬢を連れて帰ってくるからアウロラとの婚約も多分解消になるだろうって――」

「は? なんだそれ。くだらない」


 絶対零度の声が、ルストの言葉を一刀両断する。


 キリオンは険しい顔になってまた私を引き寄せ、有無を言わさずその腕の中に閉じ込めてしまう。


「アウロラ。今の話、ほんと?」

「え……?」

「まさか、その話、信じたの?」

「いや、その……」

「毎週欠かさず、手紙を送ってたのに?」

「……え?」

「会えなくて寂しいなんて思う暇がないくらい、手紙を書くって言っただろ? アウロラは忙しくて返事を書く時間がなかったんだろうけど、俺は毎週書いて送っていたじゃないか」

「え?」



 待て待て待て。



 手紙なんか、もうずっと来てないし。届いてないし。



 話を聞きながらどんどん眉間の皺が深くなっていく私を見て、何事か感じ取ったのかキリオンが尋ねる。


「……もしかして、手紙届いてない?」

「……届いてない」

「え、マジで?」

「キリオンが留学して半年くらい経った頃から、ぱったり来なくなって……」

「そうなの? アウロラからの手紙が来なくなったのも、その頃だったけど……」

「え、私の手紙も届いてないの?」

「うん。でもアウロラは俺と違って忙しいだろうから、仕方ないなと思ってた」

「いやいや、私よりキリオンのほうがよっぽど忙しいでしょ」

「そうでもないよ。アウロラに手紙を書くくらいの時間ならいくらでもあったし、アウロラに寂しい想いをさせたくなかったし、教えたいことや伝えたいことがいろいろあったし」

「伝えたいこと?」

「離れていても、俺がどれだけアウロラを想っているかとか、俺がどれだけアウロラに恋い焦がれているかとか」

「え」

「まあ、センゲル殿下には毎週毎週よく書けるな、とは言われてたけど」

「俺がなんだって?」


 またしても突然声がして、私たちは一斉に振り返る。


 そこには、さっきまで正門の辺りにいたはずのセンゲル殿下とフェリシア殿下が悠然と立っていた。


 慌てて臣下の礼を取ろうとする私たちに「そんなに畏まらないでいいよ」と声をかけると、センゲル殿下は興味深そうに私たちを眺める。


「これはいったい、なんのパーティーだ?」

「パーティーなわけないでしょう? 殿下の目は節穴ですか?」


 仏頂面を隠す気もないキリオンは、王太子殿下に堂々と食ってかかる。


「ははっ。愛しい婚約者に再会できたというのに、キリオンはずいぶんと機嫌が悪そうだな」

「そうですね。なんせ、根も葉もない悪質な噂ととんでもない事実が発覚したところですから」

「……なんだそれは」


 この状況を面白がっているふうのセンゲル殿下に、キリオンは淡々と事の次第を説明する。


 説明が終わるとセンゲル殿下はなぜか唖然としたような顔をして、それから困ったようにフェリシア殿下と顔を見合わせた。


 明らかに、何か知っていそうな雰囲気である。


「殿下、もしや噂の出所か手紙の行方に、心当たりがあるのですか?」


 センゲル殿下たちの微妙な反応に気づいたキリオンが問い詰めると、殿下は渋々といった様子で話し始める。


「いや、その、お前は本当に気づいていなかったんだな……」

「何にですか?」

「だからその、ディオーナ嬢の恋情にだよ」

「は?」


 わけがわからないといった表情をするキリオンと、何かやばいものでも見るかのような目をするセンゲル殿下の、対比がすごい。


「ディオーナ嬢がお前を見初め、恋情を抱いて盛んにアピールしていたことは、ランガルの学園生なら誰でも知っていることだ。お前たちが恋仲だという噂も、恐らくはその状況に端を発しているのだろうが」

「は?」

「思い出してみろ。ディオーナ嬢はいつも媚びるような猫なで声でお前に擦り寄って、事あるごとにお前の隣の位置をキープして、あわよくばしなだれかかろうと捕食者の目をして狙っていたただろう? あんなの、気づかないほうが無理だって。まあ、婚約者一筋のお前にとっては、他の令嬢のことなど眼中にもなかったんだろうけどな」

「……はあ」

「……ほんとに気づいていなかったのか?」

「そうですね。なんだかやけに距離が近い人だな、と思ってはいましたが」


 あっけらかんと言ってのけるキリオンの態度もさることながら、センゲル殿下の説明もだいぶあけすけで容赦がない。というか、はっきり言ってディスってるよね? これ。


 だって当事者のディオーナ様、恥ずかしそうに俯いてわなわなと震えてるもの。


「それにしても、妙だな」


 センゲル殿下は顎先に手をやりながら、隣に立つフェリシア殿下に視線を落とす。


「この国では、フェリシアから聞いていた通りの話がまことしやかにささやかれていたということになるな?」

「そのようですわね」


 問われたフェリシア殿下は頷いて、一瞬だけディオーナ様に目を向けた。


 それからためらいがちに、口を開く。


「わたくしはディオーナ様から、キリオン様と恋仲になって婚約することになったと聞いていましたから」















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