【完】書簡・編集者より
※最終2エピソードを同時更新しています。ご注意ください。
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拝啓 パントーフル先生
清かな潮風に夏の青さをみる今日この頃、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
今回も同人誌『くろばね』にご寄稿いただき、誠にありがとうございました。
伝承古話『からすの侍女』に私的解釈をまじえ、現代イリー語の小説にされるとは! 大変驚きました。怪奇譚としてはあまり広く知られていない話ですけれども、あのごく短い言い伝えをこのように膨らませ、活き活きと読める物語にしてしまうとは、さすがパントーフル先生です。
僕は特に、タマーニャ女王が人間らしくえがかれているところが気に入りましたね!
≪王の癒しの手≫について。作中の詳細描写はほぼ先生の予想と創作ということですが、実際に都市国家群草創期のイリー王族に関する伝承には、類似する能力を示す話が散見されます。時代考証の観点からも、特に齟齬は感じませんでした。
他の人の力を吸い取って自分のものとしたり、あるいは逆に放出することで誰かを癒す力。確かに、これは今考えれば非常に突飛な異能力です。しかし物語の冒頭で、イリー暦の導入以前……すなわち暗黒の初世紀、とはっきり明記されているのですから、読者もその辺は納得して読めるでしょう。
さて、ご相談の件につきまして。
仰る通りに、この物語の背景にあるのはウアラーン国とシーエ国の対立であり、前者の併合を企むシーエとその王子は完全に悪者です。
物語を盛り上げるためにかなり手酷く書いてしまったが、現在のテルポシエ読者がこれを読んで気を悪くしないか、とご心配されているとのこと。優しい先生がお気を遣われるのは、よくわかります。
しかし結論から申し上げますと、これはさっぱり杞憂に終わるでしょう。前述の通り、大昔の話なのだとはっきり断り書きをしているわけですし、またオーラン・テルポシエという現在の国名も出てきません。
そもそもが作中において、先生は全ての国に古名を使われていますから、これらの旧い状況を現状にあてはめて考える読者はいなかろう、とパンダル君も太鼓腹を叩いています。失礼、太鼓判を押しているのでした。
もう一つパンダル君が強調していましたが、テルポシエの旧王政下の貴族ですら、自国の王を悪者に仕立てていたのです。そう、パントーフル先生もご存じ……巨人の秘密を記した、あのテルポシエの装飾写本『テアルの巻』ですね。
あのように、旧い時代はむしろ別の世界……異界ととらえるのが我々を含む読者の自然です。よってパントーフル先生の今作についても、何ら文句を言ってくるような人はまずいないでしょう。テルポシエの読者であっても、です。どうぞご安心ください。
同様に、この作品から先生の素性を推測するような人もいないと思われます。『くろばね』編集長という役柄、事情を知っている僕やパンダル君としては、知ってわくわくするような史実なわけですが。
作中で上品な恋人どうしと描かれていたタマーニャ女王と近衛騎士ルニエ、この二人は生年こそ不詳であるものの、実在していたのは確かと言うこと。この詩魂の騎士にちなみ、代々のウアラーン……オーラン第一王子はルニエと名付けられるから、今でもオーラン元首は≪ルニエ公≫と称されることが多いのですね!
……本当に、僕としては叫んでしまいたいくらいですけど、我慢します。
だってびっくりするし、すてきじゃないですか?
サンダル・パントーフル先生こと現代のルニエ老公が、はるか古の時代の初代ルニエの物語を書いた、なんて……!
ふう……。と言うわけで、原稿はこのままお預かりして編集作業を行います。
そう言えば、『くろばね』四十周年のお湯会から、もう一年になるのですね……!
あの日、執筆陣有志の皆さまと一緒に目撃した黒羽の女神の荘厳な姿を、僕は今でもはっきりと憶えています。
女神さまを見た人たちは、十人十色で本当に色々な意見や感想を僕に話してくれます。けれど僕自身にとって彼女の出現は、今までずっと信じてきたもの、心の中に守ってきたものが、形をとって現れてくれた瞬間でした。
それはまさに僕らの同人誌、この『くろばね』そのものなんですね。だから彼女を思うたび、僕は心の中が熱くなって、励まされている気持ちになるんです。あなたの世界を思い続けて、かき続けて、つくり続けて……と言われている気がして。
ですから僕はこれからも、パントーフル先生をはじめ皆さまの作品を『くろばね』にどしどし載せて、より多くの人々に楽しんでもらおうと意欲をもやしています!
また、一読者としても、先生の次回作を心待ちにしておりますので……。
どうぞお体に気をつけて、めいっぱい創作と読書とを楽しんでください!
敬具
『くろばね』編集長 ロラン
(追伸)最近、ガーティンローのゲール君が不調らしく、締め切りをやぶりがちです。繊細なる破滅志向作風のゲール君に、先生のほうから激励をお願いできますでしょうか? (パンダル君は史書にかかりっきりゆえの遅滞なので、僕が蔵書目録ではたいておきます)
【完】
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みなさまおはようございます、作者の門戸でございます。ほぼ同じ世界観にて、ケルトやアイルランド影響の物語を書いている者です。
本作品「ずきんがらすの侍女」をお読みいただき、誠にありがとうございました。よろしければブックマークやご評価などをお願いします。それでは、またいずれかの作品でお会いできれば幸いです。
ごきげんよう~!
(門戸)