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女王陛下の真の能力(裏・表)

 

・ ・ ・ ・ ・



 ずきんがらすは、次の朝も女王の窓辺にやって来た。やはり、くちばしにばらを一輪くわえている。



「泉の周りにある、≪女神ばら≫の垣から摘んできたのでしょう? いばらのとげで、痛かったのでなくて?」



 この不思議な鳥は、人間のことをずいぶんよく知っているらしい。昨日もらった分もそうだったが、タマーニャがよく見れば、ばらの枝からはちゃんととげがむしられていた。けれど窓辺にたたずむずきんがらすの脚は、ひっかき傷だらけである。わざわざ痛い思いをしてまで、どうして自分にばらを持ってくるのだろう? タマーニャは首をかしげつつも、思いついてずきんがらすに手を差し伸べる。



「ちょっと触るね、からすちゃん?」



 タマーニャは、右手のひらでそうっとずきんがらすの鉤爪あたりを包む。


 ふわっ……!


 瞬時そこだけが淡い黄金色に輝いて、ずきんがらすは首をかしげる。女王が手をのけると、鳥の脚からは引っかき傷が消えて、黒くなめらかな皮膚がつるりとしていた。



「ちょっとの傷なら、治せるのよ。わたし」



 微笑して、朝食から取り分けておいた黒ぱんと苺をタマーニャはずきんがらすに差し出した。


 ずきんがらすは鳥なりに嬉しそうにつつき始める、……全部食べてしまうと卓子に飛び移った。そこにかけてある水色の薄布を、くちばしでつまもうとする。



「? どうしたの」



 タマーニャが皿をどけると、ずきんがらすは布をくわえてふいと浮かんだ。そのままタマーニャの頭のまわりを、くるっと一周する。



「あらっ」



 ちょうど幅広な肩掛けを巻く感じで、薄布はタマーニャの肩を包んだ。



「……」



 鏡を見る。その包み方がどうにもあか抜けていた。つけ方しだいでは、年増の侍女みたいになってしまう肩掛けだけど、この日タマーニャが着ていた紫紺の長衣とよく合う。


 何よりもあご下の部分が明るくなって、顔色がずいぶん元気に映る! どう見たって食卓かけとは思えなかった。上品かつ、粋な着こなしである。



「あなた、すごいのね! わたしのお着物係に任命しちゃおうかしら?」



 全身をふるふるっと震わせて、からすは笑った……ように、タマーニャには思えた。



――陛下ー。



 扉の外から声がかかる。



「ようし。行ってきます、からすちゃん」



 女王は背筋をのばし、にっと笑ってずきんがらすの頭をひと撫で、へやを出る。


 ずきんがらすは窓辺から、その後ろ姿を満足気に見ていた……。行ってらっしゃい!



・ ・ ・ ・ ・



 次の日も、その次の日も、からすはタマーニャの居室にやってきた。


 いくつかある首巻き布の中から、その日の天気にいちばん映えるのを選ぶ。タマーニャの百花蜜色の編み髪に、きりっと引き締まる挿し色の手絡てがらをすすめる。



「あなたの見立ててくれるものを身につけると、おなかの底から力が湧いて来るわ。すごい才能を持った鳥さんね……! ひょっとして、黒羽の女神さまのお使いだったりして? ふふふ」



 ずきんがらすの摘んで来た朝のばらを胸元や耳脇に挿し、タマーニャは宮廷で前を向く。背筋をのばす。


 花の芳香に守られて、女王は持ち前の怜悧な思考を忘れなかった。



「……と、以上ご説明いたしましたように。イリー都市国家群の金庫番たるウアラーンとしましては、その安全な独立性をさらに高めるためにも、各国と常に良好なる関係を維持してゆく所存でございます」



 執政官長が上品に、しかしきっぱりとした態度でまとめた。円卓の反対側に座すシーエ騎士らは笑っている。



「……東部方面からの蛮族襲来は、我らが壁になるとして。北方からの山の民、海側からの外敵侵入、西のモーギーシュラが放つ摩擦圧迫……。貴国を囲む不安材料はたんと・・・ございましょう。有事の際は、いかに防ぎしのぐおつもりで?」



 ごつい三名の騎士を両脇に、細いシーエ使者は円卓上に置いた両手のひらを組んで、ゆっくりと言った。なでつけられた白金髪がぴかぴか光っている。その下のみどり色の双眸もまた、狡猾な光を放っていた。



「タマーニャ女王陛下が、我らの第二王子ダウラ・エル・シエを迎えることで、ウアラーンの安全は保障されます。シーエの≪緑の騎士団≫の人員数と軍馬数、実戦力をもってすれば、多方向からの脅威に対して毅然とした態度を取れる」



 まさに遥か上の高みから見下ろすような、若い騎士のそのもの言いに、ぶち切れそうな内心をぐぐっと抑えてタマーニャは微笑した。



「……北方からの山の民対策に関してましては。森をひらいて縦貫道を建設しているフェアダーンとゴーティンルア両国に対して、少なからぬ資金協力を行っております。また独自の軽装水軍を準備中のフェアダーンには、広くイリー海の安全を確保していただく意味もこめて、相当額の出資をしておりまして」


「……」



 淡々と、しかしはっきりゆっくり語られる女王の言葉に、使者は笑顔をこわばらせていった。



「その線で見ますと、我が国の安全保障はすでに、揺るぎないものになりつつあります。遠方ではございますが、同じく黒羽の女神を崇めるイリーの民として、将来的にドイレアーダとモーギーシュラ、フィングラーシャに発展のための経済援助を行う計画を立てております」


「……モーギーシュラにまで? なぜに西の仇敵を助長なされる!」



 ゆっくり笑みがはがれ落ちた使者の顔の中心で、視線がぎんと尖ってタマーニャに刺さった。しかし女王はひるまない、どころかにっと口角を上げた。



「これが、小国ウアラーンの備え方でございます」



 彼女の周りにいる紫紺外套のじじ騎士たちは焦ってもいない、皆ゆったり構えていた。


 先代父王の心意気をそっくり受け継いだ我らが女王陛下が、いけ好かない若僧使者をずばっと上品に切り捨ててくれよう! 彼らはそう信じている。



「そうして東部方面の保障については、これまで通りにシーエに出資を続けさせていただきます。黒羽の女神の庇護のもと、我ら二国間の関係が、これまで通りに健やかに平らかでありますことを。ウアラーン元首として、これまで通りせつにそう願っております」



 これまで通り×三連打!


 タマーニャ・エル・ウアラーン以下、その両脇に座した八名の紫紺外套騎士らに上品きわまりない微笑を向けられて、草色外套のシーエ騎士たちは苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめる。


 シーエの提案は全面的に拒否された。第二王子を婿王に据えることで、将来的なウアラーン属国化と併合の足取りを作るつもりだった彼らの計画は、タマーニャにすげなく突っぱねられたのである。 





〇 〇 〇 〇 〇


 みなさまおはようございます、作者の門戸もんこでございます。「ずきんがらすの侍女」をお読みいただき、誠にありがとうございました。次回エピソード『外道な求恋者』の更新は7月9日(水)の朝7時を予定しております。


 (門戸)

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