奇人。それはすぐそばに
「それで何で俺の部屋に来て、馬乗りで頬をつねってくるんだよ」
「あんたが全然起きないからでしょー、それに
ニヤニヤしながら寝てて気持ち悪かったから、ついついね。元気そうで良かったわ」
ニヤニヤしながら寝てたのか。
確かに面白い夢をみていた気がするのだが駄目だ、まったく思い出せない。
「そんなにニヤけてたの?てか気持ち悪いって酷いな。凄く久しぶりに楽しい夢を見てた気がするんだけど」
「かなり気持ち悪く笑ってたわよ。挙げ句には寝言で愛の戦士?とか呟き始めるし」
愛の戦士…うっ。思い出そうとすると頭痛がしてきた……。
何故かこのことに関してはあまり思い出そうとしないほうがいい気がする。
「そ、それより母さんと父さんはどうしたんだ?」
嫌な予感と共に寒気がしてきたので、強引にでも話を逸らそうとしてみる。
「さぁ?まだ寝てるんじゃないかしら」
どうやら上手く逸らせたようだ。
「それならどうやって家に入ったんだよ」
「合鍵くらい持ってるわよ、家族なんだし」
「そうやって家族だからって油断してるといつか嫌われるぞ。主に俺から」
「ツトムは私のこと大好きだから問題ないよねー」
そういって俺の上に乗ったまま脇腹をゴリゴリと押してきた。
昔から姉はこの攻撃方法を多用している。
「ちょまっ、痛ってぇ、ホントにやめ、ちょっ、あは、あははははは」
次第に脇腹ゴリゴリ攻撃からコチョコチョ攻撃にシフトチェンジされた。
いいだろうそっちがその気ならやってやる。
俺は一瞬のスキをみて姉の足を掴んで逆に後ろに押し倒す。
コチョコチョは俺よりむしろ姉の弱点だ、寝起きでイライラしてるから手加減はしないぞ。
「あははっ、ま、まって死ぬ、息が」
取り敢えず脇腹、続けて足の裏をくすぐった。
姉は抵抗も虚しくなされるがままにされている。完全に形勢逆転だ。
「うヒャ、あはははっっ、はぁはぁ、ほんと、息を」
何か言ってるが無視して、今度は足の裏と脇腹を同時にくすぐる。
「あはははは、あは、はぁ、はぁ、、ぜぇ、はぁ、あは、はは、あはは、やめ、も、あはは、はぁ、はぁ、はぁ」
くすぐり続けてると次第に顔が赤くなって、反応が弱くなってきた。
仕方ない、そろそろ許してやろうか。
俺が姉をくすぐるのをやめると、姉はぐったりとしたまま必死に息をすっている。
……ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「あ、あんたね、加減ってもんがあるでしょ」
内心焦っていると、少し回復した姉が責める目つきで俺に文句を言ってきた。
でも先に仕掛けてきたのはそっちだから正当防衛だ。
……途中から楽しんでいたのは認めるけど。
「ごめんなさい」
けどそれを言うと本気で怒り出しそうなので、素直にあやまっておく。
座ったままで腰を90度にまげて平謝りだ。
なんで朝から姉に謝ってんだろ、俺。
姉に許しを乞うていると、突然ドンッと音をたてて俺の部屋のドアが勢いよく開かれる。
そこには不機嫌そうな顔したアオイの姿があった。
しばらく全員が黙って沈黙の間が訪れたあと、瞬きをして葵が一言。
「二人ともうるさい」
「ごめんなさい」
俺と姉は土下座した。
なんで朝から妹に謝ってんだろ、俺。
けれど仕方ない、寝起きのアオイ、特に睡眠を邪魔されたアオイは凄く怖い。
そこに普段の可愛らしい様子は皆無だ。
その後、アオイにもなぜ朝から姉がいるかの説明をしていると、両親も起きてくる。
ちなみにアオイも姉の早起きして実家に帰ってきた行動にはドン引きしていた。
けれど俺に比べるとアオイはまぁお姉ちゃんだしって感じの反応だった。
俺の姉ってこんな奇行をする人だったけ?
俺の思う姉の人物像と、アオイの思う姉の人物像にはどうやら齟齬があったようだ。
確かに昔から変な行動をする時がある姉だったけど、年々悪化してる気がする。
まぁとにかく何だかんだで皆起きてきたので、今日はファミレスの朝バイキングにでも行こうって話になった。提案したのは姉だ。
そんなわけで俺とアオイは姉の運転する車に乗ってファミレスに向かっていた。
両親は後ろから追走する形だ、流石に全員同じ車に乗ると狭いからな。
運転席で姿勢良く車を操縦する姉の身長は俺よりも高い。
弟の俺から見ても、姉は高身長とスタイルの良さが相まってモデルのようなキレイさを醸し出していると思う。
今も運転しているだけなのに、その姿は妙に様になっていて、まるでドラマのワンシーンのようだ。
きっと職場でもスーツを着たら出来る女、キャリアウーマンとして見えることだろう。
もっともさっきの笑い死にそうになってる姿を見たら、そんなイメージはいとも簡単に崩れ去ることだろうけどな。
「朝から外食なんてテンション上がるでしょ」
姉がそんなことを言うが、テンションなら寝起きで既に最大値まで上がったので、今は緩やかに下降中だ。
「ハルカお姉ちゃんは向こうで沢山外食してるの?」
助手席からアオイがそう質問する。
俺はというと1人後部座席に座って2人の会話を聞き流しながら、通り過ぎる車のナンバーを読み取る遊びをしていた。
「たまによ、たまに。お金もかかるし基本的には作って食べるわ。アオイも今のうちから母さんの料理を教われば将来の為になるわよ」
「あたし最初に作るならカレーがいいな、お母さんのカレー大好きだし」
「お母さんのカレー美味しいわよね。今度一緒に作ってみればいいんじゃない?」
「いいかも、でも失敗したらその日のご飯は無しだね」
「カレーなんてそうそう失敗しないから大丈夫よ。隠し味で冒険してレモンジュースでも入れない限りね」
妙に具体的な失敗例だ、絶対自分がやったことあるやつだろ、それ。
一体カレーにどんな隠し要素を足したかったんだろうか……どう考えても足されるのは酸味と変な甘みだけだろう。
それにしてもアオイの作るカレーか、一体どんな味になるのか気になるな。
予想では野菜がゴロゴロ入った甘口カレーになりそうだが、案外本格的なカレーに仕上がるのかもしれない。
我が妹は時々変なこだわりを見せる。
その後も姉妹の会話をボーッと聞いてると、
目的地のファミレスに到着した。
休日の朝なので、店内はそこそこ混雑してるようだ。
それでも運よく空いていた家族で座れる6人席に案内されて腰を下ろす。
朝食バイキングなので、これから自分で好きなものを取りに行かないとならない。
一気に全員で取りに行くのも迷惑なので、俺は先に飲み物を求めてドリンクバーに向かった。
ドリンクバーを見ると思ったよりも多くの種類があって驚きだ。
俺はそれを見て、今飲みたいものを探していく。
まず朝から炭酸系の飲料や甘いジュースを飲む気にはならないので、それらは却下。
しかしせっかくのドリンクバーでお茶を飲むのも味気ないので、俺は迷った挙げ句に紅茶を選択する。ストレートティーだ。
一旦席に戻って飲み物を置いたあと、トレイを持って次に食べ物を選びに行く。
まずは主食、パンかご飯かの選択だが、紅茶を選んでいる以上はパンの一択だ。
次におかず、しかしこちらは色々な種類があって目移りしてしまうな。
よし、無難に朝飯らしいおかずを少しずつ盛ろう。
最後に汁物、味噌汁かポトフかコーンポタージュの3択だが、俺はポトフを選ぶ。
理由は特にない、直感だ。
よし、中々に満足のいく朝食が出来上がった。
姉のせいで朝からテンション高く動いたので、先程からお腹が鳴っている。
席に戻るとアオイが選び終えて座っていた、一応皆が揃うまで待っていたようだ。
「それしか食べないのか?」
「まだあんまりお腹すいてないんだもん」
妹が何を選んだのか見ればパン1つとコーンポタージュだけだった、いくらなんでも少なすぎるだろ。
気をつけないと大人になってもチビのままになるぞ。
少し待っていると父がきた、トレイの上には和食中心にのっかっている。めちゃくちゃ健康的だな。
その次は母だ、トレイの上にはいかにも好きな物だけを選んだみたいなメニューがのっかっているが、バイキングではそれも正解だろう。
しかし中々に姉がこない、来ようと言い出した本人のくせに何を食べるか迷っているのだろうか?
先に食べようと言う話をし始めた所でやっと姉がやってくる。
「………ねぇちゃん、なにそれ?」
「最強カレーよ、葵と話してたらカレー食べたくなっちゃってさ」
姉のトレーの上には色々混ざったおぞましいカレーが出来上がっていた。
パッと見ただけで、コロッケやソーセージ、
ポテトに肉団子がのっかっている。
あの黒いやつは、もしかしてひじきか?
この奇行には流石に家族全員ドン引きだ。
「ハルカ、あんまり外で食べ物を混ぜたりするのは行儀良くないわよ」
「えっ、美味しそうじゃん」
母さんが優しく注意するが、あんまり分かってなさそうだ。
朝の時といい、俺の姉ってこんな奇行する人だったけな。
昔からちょっと天然で変わった人ではあったけど。
今日1日で姉へのイメージが変わって行くのを感じる。勿論悪い方向に。
もしかしたら一人暮らしをする中で、世間の荒波にもまれて、姉は逞しくなったのかもしれない。
いまだって結局姉は結構なボリュームの特製カレー(?)を一人でぺろりと平らげてしまった。
世間が一人の女の子をここまで強くしてしまったのか。
可哀想に……これから姉には優しくしよう。




