平和な日々は少し騒がしく
帰りの道を電車に揺られながら進んでいく、
高校から家まで帰るのには駅を5つ経由する必要がある。
今の時刻は夕方の6時過ぎくらい、電車内は帰宅途中の社会人や学生でかなり混んでいる。
俺は車内で繰り広げられる沈黙の席取り合戦に負けて(そもそも参戦していない)今は隅っこで1人立って乗っていた。
周りを見渡すとスマホをいじる人の多さに驚かされる。
学生、社会人共に大半の人がスマホを熱心に見て操作しているのだ。
一体何をそんなに夢中でやっているのか気になるが、スマホを持ってない俺にはよく分からない。
俺は情報処理端末といえば家にパソコンが一台あるだけで、スマホは持ったことがないのだ。
単に必要が無いから買っていなかっただけなんだが、この前仁にラインを聞かれてスマホを持ってないと答えた時は随分と驚かれた。
やはり高校生ともなればスマホは必須アイテムの1つというのが常識なのかも知れない。
この休みでスマホを選びに行っても良いかもしれないな。
父はそういうのに詳しいから今度話をしてみよう。
俺はカバンからだしておいた本を広げて読む。
題名は【人間失格】言わずとしれた太宰治の有名作だ。
ずっと前から読もうとは思ってはいたが、中々読まずにいたこの本を最近、というか今日から読み始めている。
なぜずっと読んでなかったのに今日から読み始めたのか、それはただの気まぐれだ。
俺は読む本を気分で選んでいる。
気分によって昔の有名作を読むこともあれば、ミステリーだって読むし恋愛小説だって読む。
逆に気分がのらないと、どれだけ有名でヒットしている本でも読む気にはならない。
しかしこの人間失格という本、思ったよりも読みやすくて読み手がすすむ。
もっと難しい文章だと勝手に想像していた。
実際に以前ネットでレビューを見たときもそのようなことが書かれていたからな。
まぁ話を難しく感じるかどうかなんて結局個人によるところが大きいのだから、やはりレビューはあくまで他人の評価ということだろう。
二十分程読書を楽しんでいると目的の駅に到着する。残りは家で読むか。
ここまでくれば家まではあと5分とかからない。
家につくと夕食の匂いが玄関先にまで漂ってくる。
スパイスの効いた食欲が唆られる匂いだ。
──今日はカレーだな。
制服を脱ぐより先に手を洗いに行くのはもはや習慣だ。
最近話題の新型ウイルスは未だその脅威が衰えていない。
高校生活に電車通学と、ここ最近は人と接触する機会が一気に増えたからな。
できることは全てやっておきたい、その上で感染するのなら諦めもつくってものだろう。
制服を脱いで幅の広いハンガーにかける、私服のジャージに着替えると、ここでやっと家に帰ってきたって気持ちになれた。
台所に行くと案の定鍋にはカレーが入っていて、母さんがクルクルとおたまで混ぜている。
玄関先でした匂いよりも、より一層食欲をそそる匂いが部屋に充満している。
「あら、お帰りなさいツトム、今日は遅かったわね」
「委員会の仕事をしててさ」
実際にはそれだけじゃないがスギモトとのことは言わないでおく。
半ば放っておいたことを怒られそうだしな。
一応は応急措置の道具を渡してきたが、母さんに言い訳として使うには、それじゃあまりに弱すぎる。
「やっぱり高校生は大変なのね」
「でも明日からはゴールデンウィークだ、やっとゆっくり休めるよ」
「知ってると思うけど明日はハルカも帰ってくるからね。ツトムももう16歳になるし皆どんどん大人になっていって、お母さん少し寂しいわ」
確かに時が経つのはあっという間だ、母さんも今年で43歳になるし父さんは45歳だ。
みんな少しずつ、しかし確実に年を重ねている。
ふと、この家族での生活がいつまで続くのか考えてしまう。
なるほど確かに母さんの言う通り少し寂しい気持ちになるな。
「確かにそうかも。でもきっと、終わりがくるからこそ、限られた時間を大切にしようって思えるんだろうね」
「ませたこと言って、ほんと………大人になっていくわね」
そういって母さんは寂しそうに、けれどもそれ以上に嬉しそうに笑った。
「俺なんてまだまだ子供だよ、できないことのほうが多いし」
「そういうところが大人になったっていうのよ。お父さんが帰ってきたらご飯にするから、それまで休んでていいわよ」
そういうことなら自分の部屋で本の続きでも読んでいよう。
カレーの匂いで腹は減ってきてたけどしょうがない、もう少しの辛抱だ。
その後父が帰ってきたのは、時計の針が7時半を指し示すかどうかといった瀬戸際の時だった。
もう腹ペコだ。腹ペコのペコちゃんだ。
その後カレーをがっつき過ぎて、アオイに「お兄ちゃん、絶食でもしてたの?」と笑われてしまった。
ちゃんと毎日3食たべてます…。
しかし最近食欲が以前にまして急激に増えているのを自分でも実感する。
これはあれかもしれない、これから身長が2次関数的に増える予兆なのかもしれない。
今の俺の身長は167センチだ、平均よりは少しだけ低いだろうか。
しかし将来的には180センチは欲しいと考えている。
その為にも俺の体は、今のうちから沢山食べて養分を蓄えようとしているのだ、多分。
というかアオイは食べなさすぎる。
今日だって大して大きくない器の半分にご飯をもって、もう半分にカレーをもったらそれだけでご馳走さまだ。
そんなんだからコイツはチビなんじゃないだろうか。
アオイの身長は138センチ。
確か女子中学生の平均身長は150センチちょっとだったので、それと比較するとあまりにも小さい。
少し不安になるほどだ。
まぁそれでも少しずつ伸びてるからな。
これで全く身長が伸びてないなら病気の疑いもでてくるが、少しずつでも伸びてるならそれは個人差というだけのことなのだろう。
夕食を食べ終わって、しばらくゴロゴロしてテレビでも眺めながら時間を潰す。
しばらくすると母さんとアオイが風呂から出てくるので立ち代わりで今度は俺が入る。
風呂に入る順番は基本的には最初に母&アオイが入り、その次に俺、最後に父で定着している。
特に決めたわけじゃないが、自然とそうなっていた。
風呂を上がって、またしばらく本を読んでると人間失格を最後のページまでめくってしまう。
色々と考えさせられるいい作品だった。
読み終わると猛烈な眠気がやってくる、まだ寝るには少し早い時間だが、早く寝れば健康的にもいいだろう。
部屋の明かりを消してベットに横になる。
よほど眠かったのだろう、目蓋を閉じると意識はすぐに落ちていった……。
「……ろー、……おきろー」
耳元から何やら声が聞こえてくるが今はそれどころではない。
ここは二百年後の未来、より一層少子高齢化が進む社会で、子供たちの平和を脅かす怪人たちが世にはびこっている。
俺はそんな怪人たちから子供たちを守り戦う愛の戦士コヅクーリだ。
しかし今回の怪人ヒンコーンは手強い、先程から打っている俺の必殺技、幸せビームをことごとく跳ね返してくる。
その上コイツの放つゼイキンパンチが凄い威力だ。
俺の貯金アーマーは既にボロボロだ、あと一回大きな攻撃をくらえば耐えられないだろう。
「おーい、聞こえてますかー」
それでも未来の子供たちの平和の為に、俺はここで諦める訳には行かない。
俺はこれまで受けたダメージを右腕に集める、そして生まれた莫大なエネルギーに俺の全身全霊をかけた愛のエネルギーをのせて思いきり怪人ヒンコーンを殴った。
これこそが俺の真の必殺技、敵の力を利用したリサイクルエコスマッシュだ。
怪人ヒンコーンは跡形もなく消し飛んでいく。
「本当は起きてるんでしょー」
巻き起こる歓声が俺を包む。
しかし息をつく暇もなく、後ろから新たな敵ショウガクキンが現れた。
まったく、愛の戦士に休憩は許されないってわけか。
もう俺には余力は残っていない。
さっきのリサイクルエコスマッシュで全ての力を使いきってしまった。
ここまで、か。
「頑張れーーコヅクーリーーーッ!」──見ると一人の少年が、俺にエールを送ろうと必死になって声をあげていた。「諦めるなコヅクーリ!」「お前ならやれる!」「愛の力を見せてくれ!」「俺は信じてるぞ!」
俺を応援する声が重なり、合唱のように周囲に響き渡る。
彼ら勇気ある若者の声が、彼ら未来ある若者の声が、彼ら光ある若者の声が、諦めたはずの俺の体に力をくれる。
俺は愛の戦士コヅクーリ、愛に生き、未来を紡ぐ者。
まだ彼等が未来を諦めないというのなら、俺が諦めていい道理はない。
俺は怪人ショウガクキンに向かって走り出す。
作戦など何も無いただの特攻、有るのは気合だけ、だがそれで十分だ。
「うおおおおおお!」俺と怪人シャッキンの拳が、互いの全力でもってぶつか………
「いい加減に起きんかっ」
鋭い痛みが頬に走り意識が覚醒する。
目を開くと懐かしい顔の人が俺の上で馬乗りになって俺の頬をつねっていた。
「ねぇちゃん!?」
「やっと起きたかー」
「え、いや、なんで?」
寝起きで働かない頭をフル回転させて状況を確認する。
「何でとは失礼な奴だなー。アタシがせっかく長い道のりをはるばるやってきたってのに」
「だ、だって来るのはお昼くらいだって…」
慌てて時計を見るがまだ時刻は7時にすらなっていない。
「あー、早起きして暇だったからきちゃった」
早起きって……一体何時に起きたんだよ。
だめだ、寝起きで頭がボーっとしてくる。
何だかさっきまでとんでもなくカオスな夢を見ていた気がするのだが、その内容も上手く思い出せない………。
ていうかいつまでこの姉は俺の上にのっているのだろうか。いい加減に重い。
「取り敢えず重いから降りてくれ」
「別にアタシ重くないんですけどー」
「じゃあ邪魔だから降りてくれ」
「せっかく会いに来た姉に対して邪魔だなんてサイテー」
めんどくせぇなコイツ。
妙にイライラしてくるのは果たして寝起きのせいだろうか、それとも久しぶりに会ったせいだろうか。
「で、何で俺のこと起こしたの?」
「そりゃあ、早起きして実家に帰ってきたのに誰も出迎えてくれなかったら悲しいじゃない」
だから本当に何でこんな早くにきてんだよ!




