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学校へ行こう

 俺がこれから通う高校はかなりの進学校だ。

 誰でも名前を知っているような有名大学にも、多くの卒業生が進学している実績がある。

 何故そんな所に中学不登校野郎の俺が入学出来たのか。

 理由は二つある。

 一つは不登校期間の間、俺は気を紛らわす為に、ひたすら勉強に励んでいたからだ。

 正直何かをしていないと罪悪感に押し潰されそうになったから始めたことであり、将来の為とかは深く考えずにしていたことなのだが…。               

 まぁそのお陰で中学で履修する範囲はほぼ完璧に覚えることが出来たので不幸中の幸いと言えるだろう。

 もう一つの理由は中学校側の温情だ。

 学校側は定期試験を受けること、特別課題を提出すること、この二つをクリアすれば成績を付けてくれると約束してくれたのだ。

 そのお陰で定期試験をほぼ満点近く取れた俺は、そこそこ良い評定を取ることができた。

 授業に出席していないのにそれで良いのかとも思ったが、担任の先生曰く『こんなに勉強を頑張ってるのだから当たり前の評価です』とのことだ。

 不登校の俺を色々と気づかってくれた、優しい先生だったな。

 とまぁそんなわけで、俺は晴れて高校に進学することが出来た訳なのだが…。



 今俺は校門の前で立ち尽くしていた。

 ネットで高校の外観を見てはいたのだが、いざ目の前にしてみると、想像の3倍は迫力がある。

 仮に敷地内だけで隠れんぼしたとしても、かなりの場所に潜むことが出来そうだ。

 今更そんな子供っぽい遊びはしないけど。

 本当にこんなところに俺が通っていいんだろうか?

 いや、ここまできて何を迷うことがあるんだ、片道50分程の道を電車に乗ってきたんじゃないか。

 俺は今日何度目かも分からぬ覚悟を決めて、敷地に足を踏み入れた。

 下駄箱で俺の上履きに履き替えて、校舎の中を進んでいく。

 廊下を歩いて俺のクラスに向かう途中、自分と同じくらいの年齢、いや同じ年齢の人と沢山すれ違った。

 今世間を騒がせている新型ウイルスの影響で、今日は新入生と一部の先生だけで入学式を行う予定らしいから上級生の姿はない。

 階段を2つ上がるとようやく俺のクラス、1年Bクラスの前にたどり着く、中には既に結構な数の人がいるようだった。

 その様子を見て怖気づく。

 そもそもこんなに人がいる状況が久しぶりだ、それに彼等は自分と同年代の人達なので余計に緊張する。

 こ、こういうのは最初が肝心だ、やはり挨拶をして入った方が良いんだろうか?

 いや落ち着け、まだ初対面だ、挨拶をするのはもう少しクラスに馴染んでからの方が変じゃないだろう。

 しかし黙ってドアを開けて入っていったら、無愛想な人間に思われるかもしれない、やはりここは軽めな感じで、ちっすとか言いながら入ろうか…。

 いや駄目だ、それじゃただのチャラい奴だ。

 初手から大失敗をするところだった。

 ここは進学校、恐らく真面目な生徒が多いはず、きっと日本人の挨拶の心を大切にするような方々が集まっているのだ。

 やはり無難におはようございますだ、なるべくスマートに自然な感じで。

 俺はn回目の覚悟を決めて教室のドアを開けた。

 教室中の視線が一瞬俺に集まる。


「うっ、、お、おは、、、、ははは」 


 俯いて一番左前の自分の席に向かい、静かに座る。

 何してんだ俺は、今のじゃドアを開けて気持ち悪く笑っただけのヤバいやつだ。

 初手からの失敗に泣きそうになる。

 俺が一人で反省会をしていると、他にも生徒が続々と入ってきた。

 入り方は様々だ、軽く会釈する人、笑顔で皆おはよっ、とか言ってる人、無表情で入ってくる人。十分程で全ての席が埋まった。

 その間で俺みたいにドアを開けて気持ち悪く笑ったやつは0人だ、泣きたい。

 更にそこから5分程待っていると、五十代半ば程の男性が教室に入ってきて教卓に立った。

 頭は既に剥げかけており、少し太ったその姿はまさに中年男性というに相応しい。

 

「はい、えーどうも、新しくこの学校にやってきた皆さん、よろしくお願いします。一年Bクラスの担任になりました、えー、山鹿 英治(やまが えいじ)といいます。早速ですがこれから大体育館で入学式を行いますので準備をしてください」

 

 あまり生気を感じない声でそういうと、皆がゴソゴソと準備をはじめた。

 教室には不安と期待の入り混じった雰囲気が流れている。

 いよいよ入学式か、思い返せば小学校以来の行事で少し緊張してきた。

 しかしそんな俺の緊張とは裏腹にあっさりと入学式は終わった。

 まぁ新入生しかいないしな。

 むしろ俺に対する試練は入学式が終わった後に待っていたといえる。

 再び教室に戻ってくると突然ヤマガがこんなことを言ったのだ。

 

「それでは皆さんもまだお互いの顔が分からないと思うので、出席番号順で自己紹介をしましょう。一番の人から名前と一言を立ってお願いします」


 出席番号1番は誰だ?


 ────俺だ。

 落ち着け、大丈夫。

 この流れになるのは想定していた。

 こんなに突然くるのは流石に予想外だったが

 落ち着けば大丈夫だ。

 俺は深呼吸して立ち上がり、


阿部 勉(あべ つとむ)です」


 努めて冷静に自分の名前を言った。

 確か一言を言うんだったな、一体初対面の人達に何を言えばいいんだ。

 いや、初対面だからこそ難しい事を言う必要はない、簡単な挨拶でいいんだ。

 しかし俺はさっきの教室に入る所で既に一度やらかしている。

 きっとあれを見た人にとって俺の第一印象はやばい奴だ。

 ここでユーモアのあることを言えば、さっきの失敗もネタであったと昇華させることが出来るんじゃないか?

 ここでさっきのミスを取り返して、イメージの回復をするんだ。

 俺の全神経を使って絞り出せ、この場において最も笑いを取ることが出来る言葉をっ。


「妹からは大仏に似てるって言われたことあります。でも全然似てねーよな、はは、なーんてね」


 教室から音が消えた。

 空気は凍りつき、俺の思考も止まった。

 抜け殻のように脱力する俺を無視して、何事も無かったかのように自己紹介は進んでいく。

 


 気がつくと俺は自分の部屋のベットの中でうずくまっていた。

 帰り道の記憶はなにもない。ただ取り返しの付かないことをやってしまったという喪失感だけが、心を支配している。

 完全に心が折れてしまった、やはり不登校だった俺がいきなり高校生活を送ろうだなんて無理な話だったのだ。

 当たり前のことじゃないか、俺が家に引きこもっていた間、周りの人達は友人と学び、遊び、家の中じゃ出来ない経験をしていたのだから。


「コンコンっ」


 誰かが扉を叩く音が聞こえる、いや、今家にいるのは俺より先に帰っていたアオイだけだな。


「お兄ちゃん、入っていい?」


「ヤダ」


「何でよ」


「情け無い気持ちと自己嫌悪で死にそうだから」

 

「それは面白そうだから入るね」


 そういって本当に入ってくると、布団にうずくまる俺の隣に腰掛ける。


「で、何があったの?帰ってくるなり死んだ魚の顔して部屋に籠もっちゃって」


 やはりと言うべきか、そう聞いてくる。

 正直話したくない黒歴史なのだが。

 話さないとコイツはずっとここにいそうだからな。

 俺は今日あった出来事をそのまま伝えた。

 正直ヤケクソだ。 


「ふ…ふふ」


 アオイは最初の方こそ普通に聞いていたが、途中から笑いを堪えるのに精一杯といった感じで、腰を曲げて耐えている。

 

「情け無い兄を笑いたいなら笑え」


 自分で話していても恥ずかしい黒歴史だったが、それでも笑われるとちょっとムッとする。


「だって、あは、大仏みたいって、、確かに言ったことあるけど。それは別に容姿のことじゃないよ」


「このまま消えてしまいたい…」


「あたしだったらもう消えて無くなってるのに、お兄ちゃんは凄いよ」


「おい、その言葉は今の俺には殺傷能力が高すぎるぞ」


「ご、ごめん。でもやっぱお兄ちゃんは色んな意味で凄いね、あたしなら多分黙って教室に入っていくし、自己紹介だってよろしくお願いしますって、一言いって終わってたと思うよ」


「俺も過去に戻れるならそうするし、それが大正解だよ」


「そうかな?お兄ちゃんがもし本当に過去に戻れるなら、明るく挨拶して教室に入って、もっと面白い事を言うと思うよ」


 どう考えても買い被り過ぎだ、今日の出来事を思い出すだけで足が竦んでくるというのに。


「はぁ、いつからこんなに失敗するのが恐くなったんだろうな」


「きっともう失敗したくないって、自分で決めたからだよ」


「その挙げ句に失敗してるから笑いものだな」


「お兄ちゃんがいつ失敗したの?」


「は?」


「だってまだ誰も不幸になってないし、誰にも迷惑だってかけてないよ。ただ少し緊張して変なこと言っちゃっただけじゃん」


 その変なこと言っちゃったのが大失敗なんだが。

 確かに言われてみればまだ誰も不幸になってないし、誰にも迷惑をかけていない。

 ただ俺が恥ずかしい思いをしただけだ。


「それに、今の話めちゃくちゃ面白かったよ。あたしが今読んでる本と同じくらい」


「何だよそれ」


「あは、褒めてるの」


 アオイの言ってることはめちゃくちゃだ、それでも何故か話していて心が前向きになっていることに気づく。

 不思議と元気が湧いてきていた。

 これじゃあどっちが年上なのか分からないな。


「アオイは中学では友達ができそうなのか?」


 自分のことばかりで心苦しくなったので葵にそう質問する。

 アオイは小学校では人見知りな性格からか、友達と呼べる人はいなかった。

 アオイが言うにはそもそも人からの視線が苦手らしい。

 だが、最近のこいつを見てると友達の一人や二人すぐに出来そうにみえる。


「んーん、あたしは友達とかそーゆーのよくわかんないし。それに話ならお母さんやお兄ちゃんとしてるから」


「そっか」


 今はこう言ってても、そのうち突拍子も無く彼氏が出来たとか言ってきそうだな。

 アオイも年頃の女の子だ、俺の知らないことも色々あるだろう。


 

 俺はアオイに感謝しつつ、明日の日程を確かめ始めた

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