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覚悟と作戦

 ジンがいなくなってから、長い時間が経った。

 ──いや、実際にはそれ程の時間は経っていないのかもしれない。

 ただジンがいなくなってからは、時の流れがとても遅く感じられる。

 といっても時間を知る方法など無いからただの感覚的な話だが。

 正直に言おう、気が狂いそうだ。

 狭い檻の中でたった1人、焦燥感と無力感に押しつぶされそうになりながら時間を浪費するのは地獄でしかない。

 それでも何とか正気を保とうと耐えていると遠くからうっすらと叫び声が聞こえてきた。

 叫び声が聞こえる事自体は、ここに入れられてからさして珍しい事では無いが、その叫び声は妙に耳に留まった。

 何故なら、聞き覚えのある若い少女の声だったからだ。

 俺は急いで格子に捕まり体を乗り出して耳を澄ます。

 すると今度はよりはっきりと聞こえてきた。


「────お兄ちゃんっ」


 遠くから聞こえてきてるようで小さい音だったが、それでもしっかりと聞こえた。

 間違いない、この声はアオイの声だ。

 俺が妹の声を聞き間違える筈がない、絶対に今の声はアオイだ。


「アオイっ!?おいっ!聞こえるかアオイーっ!!」


 俺はすぐに全力でそう叫ぶ、だが返事は聞こえてこない。


「うるせえぞガキ共!」


 何処からともなく苛立ちを含んだ声で怒られた。

 クソッ、向こうの状況が分からない以上叫ぶのは危険だろうか。


「待ってろアオイっ!!すぐに助けるからなーーっ!!!」


 最後にそれだけ大声で伝えておく。

 しかしどれだけ待とうとやはり返事はない、……不安だ。

 今頃になって、突然アオイの叫ぶ声が聞こえるなんて、向こうで何かあったのだろうか。

 嫌な想像ばかりが膨らみ脳を支配する。

 だが、それでも少なくともアオイがまだ生きて近くにいる。

 そのことを確認出来た、それだけでも十分だ。

 俺は情けなくも折れかけた心に、再び火が灯るのを感じる。

 アオイは今も俺の助けを待っている。


 それから間もなくして飯が運ばれてきた。

 今度は前回とは違った人が運んでくる。

 首に鎖のような模様が浮かんでいるので、彼もまた奴隷だろうことが窺えた。

 メニューはスープに乾いたパンと水が足されている。

 水は桶に半分ほど入っているようだ。

 これで1日生き残れと言うことだろうか。

 俺はパンだけを食べスープを残しておく。

 そうして、

 ──上着を脱いで頭からスープを被った。

 ただでさえ寒いのに、スープを被ることで濡れた体は急速に体温が下がっていく。

 しかしこれでどう見ても気が狂った奴にしか見えないだろう。

 元の世界では、奴隷は主に労働力として使われていたと聞く。

 そして、それはきっとこの世界でも大きく変わらないであろう事が予想できる。

 それを裏付けるようにジンは買われる時に健康だと言って買われていた。

 だが健康なのは俺も同じだ。

 それで何故ジンの方が即決で選ばれたのか、恐らくそれは、ジンの方が筋肉が付いていたからだ。

 単純に労働力として仁の方が優秀に見えたから、即決で仁が選ばれたのだろうと推測できる。

 だから俺は、あえて食べる量を減らして痩細り、こうして頭からスープを被って狂ったフリをしておく。

 こうすることで俺が誰かに買われる可能性はずっと低くなるだろう。

 だが買われないということはずっと檻の中にいるということだ。

 このままでは檻の中で朽ち果てるのをただ待つだけになってしまう。

 だから俺はあらゆる雑念を無理矢理に振り払い、思考を巡らせる。

 檻の中に入れられてから俺は、ずっと出来ることは無いと、そう諦めてしまっていた。

 違う世界、持ち物も奪われて狭い檻の中に閉じ込められてしまっては何も出来ないと、考えることから逃げていた。

 確かに今の俺に出来ることは殆どない。

 だが、それは何もしない理由にはならない。

 俺が諦める、それはつまり、俺を信じて待っているアオイのことも諦める事になってしまうからだ。

 それだけは絶対に駄目だ。

 俺は異世界に来てからの記憶を順に辿っていく。

 考える時間なら沢山ある。

 ここから脱出するためのピースを掻き集めるんだ。

 たとえどんな手段を用いたとしても。

 

 ──そうして

 俺が檻の中に入れられてから7日が経った。


 何故7日だと分かるのか、それは配給の回数だ。

 配給は1日に2度、どうやら朝と夜に行われることが分かった。

 そうすると既に合計14回の配給が行われたので、7日が過ぎている計算になる。

 そして今日、いまから15回目の配給、8日目の朝が訪れる。

 俺はこれまで配給のたびに、飯を配る奴隷の人に話しかけて情報を集めていた。

 無視される事もあったが、彼らは意外にも親しげな人が多く、大抵は数分程度の会話には付き合ってくれた。

 彼等もまた、この狭い閉鎖空間の中で退屈していたのだ。

 会話の内容はどれも無益なものばかりだったが、中には脱出という謎解きのピースに足りうる有益な情報もあった。

 俺はそれをかき集めていた。

 随分と時間はかかってしまったが……。


「起きろ!飯の時間だぞ!」


 予想通り聞き覚えのあるがなり声が聞こえてきた。

 1番最初に配給にきたあの男が再びやってきたのだ。

 この男が来ることは事前に分かっていた。

 俺は心の中で覚悟を決める。

 今日で決まると言っても過言では無いのだ、俺がこの檻から出ることが出来るかどうかが。


「久しぶりだな、ライセル」


 俺はやってきた男に対して、努めて平坦な声でそう話しかける。


「何で俺の名前を知ってるんだ」


 突然名前を呼ばれた事にギョッとした様子で男が反応する。


「別におかしいことじゃないだろ、他の奴隷に聞いたら簡単に教えてくれたからな」


「お前は、一週間で随分と変わったな」


 ライセルは憐れむような目線で俺を見下ろした。

 俺は相変わらず頭からスープを被っていて、骨が浮き出るほどに痩せている。

 一応は衛生観念から毎夜水で洗い流して新しいお粥をかけているが、ひょっとしたら今の俺は相当臭うかもしれない。


「なぁライセル、ここから出してくれよ」


 俺は友達へ向ける軽いノリのような口調でそう頼んだ。


「それは無理だな。前も言ったが俺も奴隷の身だ」


 当然ライセルは呆れた様子でそう応じる。

 ここまで想定の範囲だ。

 重要なのはここから先だ。


「できるだろ、お前なら」


 俺はライセルの目をまっすぐ見つめ、少し語尾を強めてそう言いきる。

 俺がそれを確信しているように見せるためだ。


「なに?それは一体どういう意味だ」


 ライセルは驚いた表情をしたあと、探るように聞き返してくる。

 その態度に俺は、自分の推察が当たっている事を確信する。


「お前なら俺を檻から出すことが出来るって言ってるんだ」


「意味がわからないな、やっぱり頭がおかしくなっちまったのか」


 そう言ってライセルは立ち去ろうとする。


「セラムが憎いだろ」


 だから俺はここで一つ爆弾を落とした。

 俺の予想が正しいならこれでライセルは食い付く筈だ。


「何だと?」


 そして、予想通りライセルは食い付いた。


「お前は以前にその手首を見せて奴隷契約の証だと言ったな」

 

「それがどうした」


「言わないんだよ。本来は奴隷になることを契約だなんてな」


「…………」


「お前は何気なく奴隷であることを契約と言ったが、契約とは本来お互いの同意で成り立つもののことだ。だが奴隷になることはただの一方的な隷属を示す。それを契約だなんて言うやつは、ここにはお前以外で1人もいなかった」


 ライセルはただ俺の話に耳を傾ける。


「それにな、俺が話を聞いた奴は全員自分よりも先にお前がここにいたと話していた。それは何故だ?」


「そりゃ俺が昔からここで働いてるからだろ」


「そうだ、お前は昔からここで働いてる。それこそ恐らく最初期からな。しかしそれにしては随分と良い筋肉が付いてるじゃないか」


 ここで働いていた奴隷は、その歴が長い程に痩せて貧弱な見た目をしていた。

 奴隷としての期間が長い訳だからそれも当然だろう。

 だがこのライセルという男は違う、40代程の見た目の割にガッチリと筋肉が付いているのだ。

 ローブの上からでもわかるほどに。


「お前は恐らく、昔はセラムの仲間として護衛の様な仕事をしていた。だが何らかの約束をセラムとして奴隷となった。そうだろ」


 ライセルは無表情で俺の話を聞いている


「そして奴隷として今でも奴に付き従っている。護衛の仕事をしつつ奴隷達の管理を押し付けられてな」


 奴隷になることを契約と言ったこと、古くからここにいること、それなのに筋肉があること、他の奴隷に対して偉そうな態度をとっていること、3日で交代制の筈が一週間に1度しか顔を出さないこと、セラムが憎いという言葉に反応したこと。

 これらの情報を纏めるとこう考えるのが1番辻褄が合う。

 そして、この予想が大方当たっていることはライセルの反応が証明していた。

 

「お前なら持ってるだろ、この檻の鍵を。頼むライセル、ここから出してくれ」


 土下座に近い姿勢で頭を下げた。

 ライセルはやや考える仕草をする。


「仮にお前の言ってることが事実だとして、お前を逃して俺に何の得があるんだ」


 その疑問も当然だ。

 俺を逃した所で、ライセルはリスクを負うだけになってしまう。


「契約はお互いの同意で成り立つ、そうだよな?」


 俺は確認するようにそう聞き返す。


「そうだな」


 ライセルは頷いた。


「なら、契約した片方が死んだらどうなるんだ?」


「まさか、お前……」


「俺を逃してくれたら、俺は必ずセラムを殺す。そうすればお前は自由だ」


 俺はセラムを殺すと、そう言い切った。

 人を殺した事がない俺の言葉に、どれだけの凄みが出せたか分からない。

 だがセラムに対する恨みの気持ち。

 それをできるだけ言葉に乗せて、その部分を補う。


「馬鹿な。お前が……無理に決まってる。不可能だ」


 しかしライセルはそれを不可能だと言いきる。

 実際そのとおりだ。

 けれどこの際には嘘でも何でもいい。


「今はこんな姿だが、俺は身体強化の魔法が使える。聞かなかったか?俺が鉄の拘束具を壊した話を」


 ハッタリだ。

 セラムが勘違いして言った言葉に便乗しただけに過ぎない。

 鉄の拘束具が壊れたのは恐らく劣化か何かだろう。

 俺が魔法なんて使えるわけがない。


「しかし、だからと言って……」


 ライセルは考えるように下を向いた。

 あと一押しか……。


「勿論すぐにじゃない。取り敢えず逃げた後に、隙を付いて殺すんだ。俺ならそんなに難しいことじゃない」


 本当に簡単な事であるかのように俺は言う。


「お前が嘘を付いていたらどうするんだ」


「俺は大切な友人や家族をセラムに騙され奴隷にされた。頼まれ無くたって自分から殺すさ」


 実際は誰かを殺す度胸なんてある訳が無いが、それでもこの怒りと憎しみは本物だ。

 ライセルにはそれさえ伝わればいい。


「……………俺は、檻の鍵を勝手に開けることは契約で許されていない。だから今日の夜ここを通る時にウッカリと鍵を落とす。後は勝手にしろ」


「っ、ありがとうライセル」


「それからお前の話には間違ってる所が2つある。まず俺は元々セラムと仲間なんかじゃない。ただ金が貰えるから雇われてただけだ。

 そしてあいつとしたのは約束なんかじゃない。妻と子供を人質に取った脅しだ。俺は契約を結ぶより他になかった」


「そうか……」


「頼んだぞ、セラムを殺してくれ」


「ああ」


 俺が頷くとライセルは立ち去っていった。

 俺はひとまず作戦の成功に安堵するが、すぐに気を引き締める。

 アオイを救い出すまでは、安心は出来ない。

 それからジンとスギモトだ。

 ジンは買われてしまったし、スギモトは無事かどうか分からない。

 だがそれでもひとまずはこの檻から出られそうな事を、今は喜ぼう。

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