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腐食

 どれくらいの時間がたっただろうか、いつしかジンは眠りに落ちている。

 時間を推測できるものが何も無い檻の中では、どれだけの時が経ったのか知るすべはない。

 体感では5時間ほど経っているだろうか。

 落ち着いて座っていると部屋の中に酷い臭気が満ちている事に気づく。

 その上その臭いが次第に強くなっているような気さえするのだ。

 一応檻の中には排泄物を入れるためであろう壺のようなものがあるのだが、それは蓋をしておけばそこまで臭いは無いので、原因は別に考えられる。

 そもそも臭いの系統が違うのだ。

 例えるなら暖かい夏に嗅ぐ生ゴミが1番近いだろうか。

 吐き気を催す臭いだ。

 それにしてもジンはよくこの状況で寝ることができるな。

 そこら中からうめき声やらすすり泣く声が聞こえてくるのも睡眠を妨害しそうなものだが、意にも介さずに寝息をたてての爆睡だ。

 フカフカの家のベッドが恋しいな。


「起きろ!飯の時間だぞ!」


 突如として男のがなり声が鳴り響いてきた。

 何やら灰色のローブを羽織った男が2人、何かを順番に配って回っている様だ。


「んぁ、飯か」


 先程の怒号に流石のジンも起きた様子だ。


「てか臭っせぇな」


「さっきまで寝てたじゃないか」


「寝たときはこんなに臭くなかったぜ」


 やはり悪臭は強くなってるよな。

 俺の気の所為じゃなかったようだ。


「旨い飯がくるわけねーよなぁ」


「期待しないほうがいいだろうな」


 そもそも異世界の食材を俺達が食べられるのかまだ分からない。

 やがてローブを着た男達は俺達の方にやってきた。


「チッ臭いの原因はここか、おいっあれ持ってこい」


 しかし俺達の檻の前にやってきた男の1人がそんな失礼なことを言う。

 確かに昨日は風呂に入れていないが、それでもこの悪臭の原因にされるのは心外だ。

 もう一人の男が何かを取りに行ったようだが、消臭剤でも持ってくるのだろうか。


「おいオッサン頭湧いてんのか。どう考えてもこの臭さは俺達じゃねーだろ」


 挑発するような口調でジンも否定する。


「ん?ああ昨日の新入りか。違ぇよ、お前らのことじゃなくて、上の住人のことだ」


 上の住人?ひょっとして俺達の檻の上にも檻があるんだろうか。

 2つの檻が積み重ねて設置されているのは、周囲にいくつか見受けられる。

 俺達の檻もそうなのかもしれない。

 間もなくしてもう一人の男が戻ってきた、手には大きな麻袋と熊手のような形状をした物、それに手袋を持っている。


「よし、触らないように注意しろよ」


 男が熊手のようなものを持って、俺達の檻の上で何かを掻き出そうとする。

 少々苦戦しているようだったが、やがてドサッと音がなり上からその何かが落下した。


「う゛」


 その途端により一層悪臭は強くなる。

 ──死体だった。

 それも普通の死体ではない。

 体中の至る所に水ぶくれのようなものが出来ていて、そこから出血している。

 どうやらそれが悪臭の原因のようだ。

 皮膚は熟したようにオレンジに染まっており、蛆虫が数匹湧き始めている。

 目を覆いたくなる酷い有様だった。


「なんだよそれ……」


 ジンも顔を引き攣らせている。


「見て分からないか?死体だよ」


 慣れた手付きでその死体を麻袋に入れながら男が淡々と言う。


「何で死体がそんな事になってんだよ!」


 ジンが怯えたように大きな声でそう言った。

 叫んだと表現したほうが正しいかもしれない。


「気をつけるんだな。お前らも四腐病になったら必ずこうなる。突然高熱が出て、体に斑点が出来始めたらまずアウトだな」


「四腐病?」


 初めて聞いた病名だ。

 詳しくは知らないが前の世界にはそんなもの無かったように思う。

 この世界特有の病気なのだろうか?

 さっきの死体を思い出して、恐ろしい気持ちになる。


「そういえば飯がまだだったな。おい、そこの皿をこっちに持って来い」


 男が部屋の隅にずっと置かれていた皿を指差す。

 素直にその皿を持っていくと、格子越しに柄杓で皿にトロトロとした白い物を注がれる。


「よし、次いくぞ」


 それを2つの皿に入れ終わると男はすぐに立ち去ろうとする。


「おい待てよ!俺達をここからだせ!」


 ジンが喚く。

 無視されるだろうと思ったが、意外なことに男はそれに反応した。


「それは無理だな」


「ふざけんじゃねぇ!!騙してこんな所に押し込めやがって!」


「これを見ろ」


 なにやら袖をめくり、男が左手首を見せる。


「奴隷契約の証だ」


 そこには手首を鎖が巻いているような模様があった。


「俺も奴隷さ。お前らもすぐに買われて奴隷印が付けば正式な奴隷になる。そうなりゃもう終わりだ」


「何だよそれ……」


「早いとこ諦めて自分の運命を受け入れろ。少しは楽になる」


 そう言って男は今度こそ立ち去ってしまう。


「クソッ」


 イライラしたようにジンが床を叩いた。

 俺は皿に注がれた物を見てみる。

 薄いお粥のように見えるが味もそうなのだろうか。

 緑色の葉っぱも数枚浮かんでみえる。

 ──どちらにしてもあの光景を見た後では食べる気など起きない。


「食わねぇのか?」


 俺が皿をおいたのを見たジンは意外そうにしている。


「食べる気なんて起きないだろ」


「食わねぇと元気でないって」


 ジンが皿を持ち上げて、そのままスープを飲み込むように口に頬張った。

 一瞬嗚咽したが何とか吐き出さずに飲み込む。


「ツトム、これゲロマズい」


 仁がげんなりとした表情で、それでも2口、3口と食べていく。


「よく食えるな」


「周りが臭すぎて逆にこの飯の臭さが気にならねぇわ」


 逞しいな。


「それによ、食べねぇといざって時に力出せないだろ」


「いざってどんな時だよ」


「あ?決まってるだろ。ここから逃げ出す時だよ」


 ジンが何当たり前の事を聞いてんだと言わんばかりにこっちを見た。


「逃げれる、のか?」


 俺がそんな事を聞いてしまったのは、藁にも縋る思いからだ。

 ジンが自信満々にこの狭い檻の中から逃げ出すと言ったのには、何か策があるからなのかも知れないと思った。


「知らねぇよ。でもこのまま奴隷になるつもりはないぜ」


 だが当然ながらジンも策など何も無いようだ。


「なぁツトム、何か脱出する方法でも思いつかねぇのか?ほら、お前本が好きだから推理小説とかも読んでるだろ。何とかならねぇのかよ」


「……無理だ」


 確かに推理小説はよく読んでるし、その中には密室からの脱出のトリックもいくつかある。

 しかしそれらの話では共通して推理するに足りうるピースがあるのだ。

 そのピースをパズルのように上手く当てはめることで、無理難解な状況を解決させることが

出来る。

 現状、持ち物を奪われて何も無い檻の中に閉じ込められてる状況化では、脱出出来るトリックなどある訳がない。


「だよなぁ。せめてこのクソ狭い檻の中から出ることが出来れば何とかなるかもしれないんだけどな」


 勿論俺だって今すぐにここから出たい。

 アオイやスギモトに対する不安は今も大きくなり続けている。

 だが出来ることが無いのだ。

 結局俺達は何も出来ずにただ時間を浪費することしかできない。


「でもよツトム、取り敢えずお前も飯は食っとけ。いつチャンスがあるか分からねぇからな」


 そう言ってジンは俺が置いた皿を渡してくる。

 こんな状況でもポジティブな奴だ。

 しかしその明るさに俺は救われる。

 正直ジンがいなければ今頃俺は発狂していたかもしれない。

 

「そうだな」


 俺は皿を持ち上げて中身を飲み込む。

 なるほど、これは確かにゲロマズい。


「ゲロマズだろ」


「ゲロマズいな」


「はは、だよな」


 そう言ってジンが笑うので、俺も合わせて笑ってみる。

 少しだけ元気が出た。

 大切なのは諦めないことだろう。



 ──しかしこの数時間後、ジンは買われた。



 急にフードを被った男と太った男がやってきたかと思えば、太った男がジンのことを指さして……


「随分と健康そうな奴がおるな、これを買おう」


 と言ったのだ。

 するとフードを被った男が格子の横に付いた鍵穴を回してあっさりと格子を開けた。

 あまりに簡単に開かれた檻に逆に逃げ出して良いのか迷い、しかしジンが拘束されそうになった所で暴れて逃げようとしたので、俺も一緒になって暴れて抵抗した。

 ところがフードを被った男が何やら呪文を唱えると、貧血を起こしたように体に力が入らなくなり、ジンはアッサリと拘束されどこかへ連れて行かれてしまったのだ。

 俺は檻の中で1人ポツンと取り残される。

 頭に配給に来た奴隷の男の言葉が浮かんだ


『お前らもすぐに買われて奴隷印が付けば正式な奴隷になる。そうなりゃもう終わりだ』


 ジンは買われてしまった。

 ならこのまま正式な奴隷になってしまうという事だろうか。

 焦燥感が頭を支配する。

 それでも、──やはり俺は何も出来ない。

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