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この世界は

 先頭をジン、その後ろを俺とアオイ、そのさらに後ろをスギモトが歩いていく。

 何もない草原なので、行き先はひとまず近くの丘だ。

 しかしその丘の上に登って俺達は落胆することになる。

 高い丘から見るからこそ、辺り一面には草の生えた地面がずっと続いていることが分かったからだ。

 人の気配どころか、俺達以外に生物の気配を感じない。


「おいおい、このまま遭難して死亡なんてゴメンだぜ」


 ジンが焦りを含み始めた口調でそういった。

 今の時刻は分からないが、確かにこのまま歩き続けて夜になったら洒落にならない。

 気温はより下がるだろうし、そもそも野生動物がいないとも限らない。

 野生動物は夜行性のものも多いだろうからな。


「せめて道が見えれば人と接触する可能性も増えるんだがな」


「お兄ちゃん、あそこ」


 アオイが服の袖を引っ張ってきた、なにか遠くを指差している。


「あれは……道なのか?」


 見れば草が少なくまばらに土が見えている所があった。


「よしジン、取り敢えずそこまで行ってみよう」


「そうだな」


「よく見つけたなアオイ、偉いぞ」


「うん」


 さっきから葵の元気が無い。

 この状況なら当たり前のことだろうけど、やはり心配だ。

 一刻も早く家に帰って安心させてあげたい。

 俺はといえば非現実的な状況でむしろいまいち危機感を感じられずにいる。

 何もない草原というのも、俺の危機感を減らしているのかも知れない。

 そのおかげと言っては変だが俺の頭は冷静だ、もう混乱してもいない。

 ひとまずは出来ることをやろうと考えることが出来ている。

 楽観的かもしれないが、しかし他にどうする事も出来ない。


「アオイ、寒くないか?」


 葵の服装はショートパンツに黒のニーハイ、それにパーカーだ。

 足がかなり寒そうに見える。


「少し寒いけど大丈夫だよ」


「そうか、我慢出来なくなったら言えよ」

  

 俺の着るカーディガンでも貸してあげるからな。

 それでも足は寒いだろうが、小さい葵が着ればコートのようになって風よけにもなるだろう。


「なぁツトム、俺の心配もしてくれよー」


 半袖姿の仁がこっちを見てそう言ってくる。


「ジンは筋肉の鎧を纏ってるから大丈夫だろ」


「ひっでぇ!結構痩せてんだぜ俺」


「体脂肪率は何%何だ?」


「最後に測った時は6%だな」


「やっぱ筋肉の鎧じゃねーか」


 バスケで全国の名は伊達じゃないな。

 腕を見ても筋肉があるのが分かる。


「だから寒いんだよ!」


 敢えてジンとおちゃらけた会話をしているのは、場を和ます為だ。

 静かに歩いていてもネガティブな発想になっていくだけだしな。

 しかし先程からスギモトはずっと無言だ。

 足のケガはどうやら大丈夫そうに見えるが、俺達の3メートルほど後ろを静かについてくる。

 話しかけようか迷うが、関わるなって言われてるしな。

 取り敢えずちゃんと付いてきてるかだけ気にしておこう。


「お兄ちゃん」


「ん、どうした、寒いのか?」


「あの女の人怒ってるの?」


 俺がスギモトのことをチラチラと気にしてるとアオイがそんなことを聞いてくる。


「あー、そうじゃないと思うぞ」


 適当にそう返しておく。

 普段からあんな感じだから、正直怒ってるのか分からないが、変に怖がらせてしまうこともないだろう。


「あたしあの人のこと苦手かも」


「そっか」


 得意な人なんて果たしているのだろうか。

 仮に家ではめちゃくちゃ明るいとかならギャップ萌えだが、想像できないな。

 

「目が怖いの」


「目?」


 なるほど、俺もあの目に至近距離で睨まれたことがあるからその怖さはよく分かる。


「確かにちょっと鋭い目をしてるよな」


「そうじゃなくて」


「違うのか?」


「何を見てるのか分からないの」


「難しいな。焦点が合ってないってことか?」


「ううん、ちょっと違う」


 そういったきり、またアオイは黙ってしまった。

 スギモトの目が怖いか、まぁ常に睨んでるようにも見えるしな。

 別に苦手ならそれでいいだろう。

 無理に仲良くする必要なんて全く無い。

 

「おー、道が見えてきたぞ」


 先頭を歩くジンがテンション高く走りだした。


「近くで見ると確かにこれは道だな」


 遠くから見ていただけでは少し草が少ない所って感じだったが、近くで見てみると確かにしっかりと道だ。


「で、どうするよ」


「取り敢えず人とすれ違うのを祈りながら道なりに進んでみるか」


「でもそろそろ日がくれちまうぜ」

 

 空を見ればうっすら赤い色が見え始めていた。

 もしかすると、これは本格的にヤバいんじゃないだろうか。

 流石にここで夜を明かすなんてことになれば危険すぎる。

 クソッ、都合よく誰かやってこないのか。

 これまで歩いて人の気配ゼロのことを考えればそれも厳しいか……。


「仕方無いから皆でくっついて寒さを凌ぎながら寝るか……」


「…………まじで?」


 提案はしてみたものの俺だって嫌だ。

 けれど他に思いつくこともない。


「あ、あたしお兄ちゃん以外の人とくっつくの無理だよっ」


 アオイが耳打ちに悲痛な声でそう訴えてくる。

 お兄ちゃん以外とは無理か、デヘヘ。

 我が妹ながら可愛いことをいってくれるじゃないか。

 いかん、ふざけてる場合じゃないな。

 スギモトとかも絶対嫌がるだろうし、どうしたもんか。


「よしジン、俺は身内同士でくっつく。お前はスギモトと頑張ってくれ」


「そりゃねーよツトム!殺されちまう!」


「大丈夫だろ、筋肉の鎧は何の為の筋肉だ」


「バスケの為の筋肉だよ!」


「でもスギモトにも聞いてみないと分からないだろ、取り敢えず交渉してみよう」


「確かに、それもそうだよな……」


 ジンが杉本の方に近づいていく。


「あー、サヤカ。ここは随分と寒いよな、

良かったら俺とくっついて寝」


「絶対イヤ」


 言い切る前からの完全拒否だ。

 てかもう少しジンも言い方あるだろ。

 今の言い方じゃ了承を貰えるほうが珍しい。


「やっぱり嫌だってよ」


「しょうがない、やはり女同士でくっつく為にも我が妹をスギモトに献上するしかないか」


「えっ」


 しかしその提案に葵が青い顔をする。

 まるで世界が終わったような表情だ。

 俺としても筋肉の鎧を纏っていない、か弱い妹を渡すのは不安だ。

 まいったな。


「ガラガラガラガラ」


 俺達が今日の寝る方法について色々話し合っていると前方から何やらガラガラ音が聞こえてきた。

 音のしたほうを見れば2頭の馬が荷車を引いてやってくる。

 その風貌はまさに馬車だった。

 ぱっと頭に思い浮かべるのはこんな見た目の馬車だろう。

 だがこの時代に馬車なんて珍しいな。

 しかし今の状況的に日本とも思えないからそこまで驚きは無い。

 大きさは家の自家用車より少しデカいくらいだろうか。


「おいツトム、これはもう確定だな」


「何がだ?」


「決まってるだろ、異世界転移だよ」


 仁がそんなことを言う。

 心なしか目が輝いて見えるのは気の所為だろうか。


「別にまだ目が覚めたら外国でしたって可能性もあるだろ」


「いつの時代なら馬車が草原を走ってんだってんだ」


「それは…ほら、ヨーロッパの田舎の村とか」


「だからいつの時代だって」


 別に現代でも少しくらいはあるだろ。馬車。

 しかし反論する俺の声に覇気はない。

 確かにここが異世界の可能性も否定しきれないからだ。

 仁とそんなことを話してる間も馬車はゆっくりと近づいてくる。


「ひとまず声をかけてみよう。この状況も少しは分かるかもしれない」


「ま、そうだよな」


 俺達も馬車の方に歩き始めた。

 一応警戒されないように両手は軽く挙げておく。

 近づくに連れてどうやら馬車を操っているのは1人であることが確認出来た。

 後ろの荷台にも人が乗ってるかも知れないが、見えないので乗っていても分からない。

 俺達と数メートルという距離で馬車はその動きを止めたので、俺達も止まる。

 馬を操っていた男が馬車から降りる。

 髭を生やした小太りな男だ。

 顔は少なくとも日本人にはみえない。

 続いて荷台から2人、体格の良い男が現れた、腰には剣のような物をつけている。

 まさかこのまま襲われたりしないよな?

 俺は足に力を込めて逃げる準備をしておく。

 逃げれるとも思えないけど。


「すいませーん道を聞きたいんですけどー!」


 ジンが大きな声でそう話しかける。

 果たして日本語が通じているのかは甚だ疑問だ。

 けれど意味が通じたのかはさておき、男達はヒソヒソと何かを話した後に1人がこちらに歩いてくる。


「珍しい格好ですね、若い人が集まって一体何処から来たんですか?」


 30代ほどのその男は外人のような見た目に反して、とても流暢な日本語を話した。

 その姿に俺はむしろ違和感を感じてしまう。


「えっと、日本から来ました」


「ニホン?聞いたこと無いですね」


「やっぱそうっすよね。えっと東の方の国です」


 ジンが日本という単語が通じない事に、むしろ当然といった様子でそう話す。

 本格的にここが異世界であることで納得したのかも知れない。


「東の方ですか、失礼ですがお名前は?」


「俺は横山仁って言います、コイツは阿部勉」


「ヨコヤマジンにアベツトム、随分と名前も珍しいですね。私はセラムと言います。」


「セラムさん、いい名前っすねー」


「私はあまりこの名前が好きではないですが。所で、身分冠称はお持ちですよね?」


 何気ない様子でそんなことを聞かれる。

 生憎と身分冠称なるものは持っていない。

 持っているのは学生証くらいだが、それも今は家の制服の内ポケットの中だ。


「あー、ちょっと今は持ってないですねー」


 当然ジンもそう返事する。


 「今は持ってない」というのは賢い返事だな。

 嘘はついていない。


「ほぅ、それはお困りでしょう」


 セラムと名乗った男の目が一瞬だけ細められた気がした。


「よろしければ一緒に馬車に乗っていきますか?貴方達も行き先は中央国家アダルウォルフでしょう」


 中央国家アダルウォルフね、これはいよいよジンの話が信憑性を増してきている。

 というかほぼ確定といってもいいかもしれない。


「え?いいんすか!?」


「もう日も暮れてしまいます。困った時は助け合いでしょう」


「いやーこんな良い人に会えて幸運だ。是非ともお願いします」


 トントン拍子で話が進んでいく。

 しかもいい方向に。

 上手く行き過ぎて不安なくらいだ、これも仁のコミュニケーション能力のおかげだろうか?

 まぁとにかく何とか寒い中で野宿することだけは避けられたようで安心だ。

 ここまで来たらなるようにしかならないだろう。

 俺達はセラムと名乗る男の馬車に乗り込んだ。

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