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変化は唐突に。常識は現実の前では崩れ去る

「ゔっ」


 何故気付かなかったのだろうか。

 情けないことだが、言い訳をするなら俺は無意識に考えないようにしていた。

 ここにくると思い出してしまうから。

 いわば現実逃避とも呼べる、心の防衛反応が働いていたのかもしれない。

 だが妹の言葉で、もう脳が認めてしまった。

 ここはナツキが死んだ場所、目の前の道路でナツキはトラックに轢かれ、数メートル飛んだ後に頭から落ちて死んだ。

 俺にとってここは過去の恐怖を象徴する場所であり、頭の中で何度も何度も流れて、こびりついて消えなかった景色だ。

 その場所に再び来てしまった。


「お゛え゛え゛ぇ」


 思わず床に手をついて胃の中の物を吐き出してしまう。


「お兄ちゃんっ」


 アオイが心配そうに背中を擦ってくれる。

 くそっ、何をしてるんだ俺は。


「おいっ大丈夫かよツトム」


 ジンも心配そうに様子を伺っている。

 スギモトまで困惑したようにこっちを見ていた。

 俺は立ち上がり「大丈夫」と言おうとした、

だが、その言葉は口から出なかった。

 確かに発声はしたはずなのに、何故か音として俺の口から出ることは無かったのだ。

 せめて目で大丈夫だと伝えようとアオイの顔を見る、するとその妹の顔がぐにゃりと曲がった。

 突然の光景に俺は驚くがやはり声は出ない。

 否。妹だけではない、全ての景色が歪んで曲がって見えた。

 まるで水の入ったコップを通して世界を見ているかのようだ。

 果たしてそれは俺の幻覚だったのか、それとも本当にこの時空間が歪んでいたのかは分からない。

 だが次第にその歪みは大きくなり、俺は方向感覚を失った。

 どちらが上でどちらが下か、それすらあやふやになり、唯一自分のみが確かな基準となる。

 バランス感覚を持つはずの三半規管はその役割を放棄して、激しい吐き気が襲う中で、それでも俺は妹の手を掴もうと手を伸ばした。

 だがその手はまるで溺れたように、ただ空を藻掻き、ゆっくりと俺の意識は消えていった。




 真っ白に染まる世界の中を

 少女が歩いていく

 この白い世界の中で

 少女の姿だけはキレイに色づいている

 その光景を、俺は後ろから眺めていた

 俺はこの後に起きる展開

 その結末を既に知っている

 そこにある感情は深い悲しみと絶望

 そして後悔だけだ

 ふと少女がこちらを振り向いて微笑んだ

 その表情は明るさに満ちていて

 とても楽しそうで

 俺はその姿に

 胸が押し潰されそうになって……

 心苦しさに目を逸らした先で

 真っ白な世界の中に闇が現れる

 その闇は

 まるでペンキをこぼしたように

 全てをなかったことにするかのように

 世界を黒く飲み込んでいく

 そして闇は

 少女を飲み込もうとする

 だが俺の足は根を張ったように動かない

 俺は知っていたはずの

 何度も見たはずのその光景を前にして

 しかしそれでも

 少女の名前を叫ばずにはいられない


 「菜月っ!!!」


 すると少女は、闇から逃げるようにこちらに走ってくる。

 これまでに、一度も無かった展開だ。

 少女は俺の胸にしがみつく。


 「おにぃっ!!」


 その声は悲痛な叫びのように聞こえて、俺は思わず少女を抱きしめる。


 「おにぃ、……助けて」


 次に少女が言った言葉は、消え入りそうなほど小さかった。

 けれど確かにそれは助けを求める声だった。


 「絶対!絶対助ける!待ってろ菜月!!」


 俺は腹の底から声を出す。

 今腕の中にいる少女に届くように。


 俺達は、闇に飲み込まれた。





 「うっ」


 意識が覚醒する。

 随分と悪趣味な夢を見た、いったい今更何をどうして助けると言うのだろうか。

 何だか妙に体が重いし、先程吐いたせいか喉の奥のあたりが苦い。最悪の目覚めだ。

 目蓋を擦りながら周囲を見渡す。 


「は?」


 自分でも驚くほどマヌケな声がでた。

 けれどそれも当然の反応といえる、何故なら

そこに広がっていたのはあまりに荒唐無稽な光景だったからだ。

 草原だった。

 平坦な地面に緑の草が生え渡るこの光景を表す言葉は草原というより他にないだろう。

 見事な草原だ、違和感など一つもない。

 しかしそれも先程まで俺が町中にいたことを除けばだが。

 頭の中で様々な考えが浮かんでは、しかし理性がそれらを否定する。

 そもそもが有り得ない状況だ、どれだけ現状を納得するに足りえる考えを浮かべた所で、やはり現実的な発想とはかけ離れてしまう。


「…………寒い」


 混乱する頭で、それでも次に俺が発した言葉は、純粋で生理的な言葉だった。

 寒かった。

 凍える程では無いが、吹き抜ける風も相まってかなり寒い。

 そもそもがジーンズにシャツ、その上からカーディガンという薄着だ。

 しかし先程まではそれでも暑いくらいだった。

 そうだ。さっきまで俺は春先の暖かい町をアオイと一緒に歩いていたんだ。

 アオイはどうなったんだろうか。

 この状況にだんだん理解が追いついてくると、次第に不安が大きくなる。


「んぅ」


 突然背後から聞こえた声に俺は反射的に振り返る。

 見るとアオイが寒そうに体を丸めて寝ていた。

 その姿に俺は安心してしまう。

 しかしこの意味の分からない状況にアオイも巻き込まれていることを考えれば、喜んで良いのかは微妙な所だ。


「おい、起きろ〜アオイ」


「んー」


 肩を揺すって起こそうと試みるが、不機嫌そうな手付きで手を払われてしまう。


「本当に起きろって、何かよくわからんけどヤバいんだよ」


 先程よりも強く揺するが、今度は無視だ。

 全く反応がない、気持ちよさそうに寝息をたてている。

 こうなっては仕方ないな、今は非常時だ。

 俺は思いっきりアオイの脇をくすぐる。


「ひゃぁ、なにっ、ちょ、やめ、や」


 突然の刺激に困惑したようにアオイは可愛い声を出している。

 何だろう、もう絶対に起きてるけどもうちょっとくすぐっていたい衝動に駆られる。

 自分の中にこんな嗜虐心があったなんてびっくりだ。


「ちょっ、お兄ちゃんっ、なんで、もうおきっ、やめ、あは、あはは、や、やめろーっ!!」


 思いっきり頬をビンタされた。

 パンッと小気味良い音が鳴る。


「痛っ!」


「あ……」


 頬に強烈な痛みが走って俺は冷静さを取り戻す。実は元から冷静だけど。

 

「ご、ごめん。でもお兄ちゃんが悪いからね」

 

「そんなことはいいんだ、それより周りを見てくれ」


「周りって、え??」


 アオイが驚いた表情でマヌケな声をだす。

 やっぱ起きたら辺り一面に草原が広がっていたらそんな反応にもなるよな。


「え?何で?どういうこと?」

 

 完全に頭が混乱した様子だが、実際俺も何も分かってないからな。

 出来れば状況の説明をしてあげたいが無理だ。


「悪い、さっき俺も起きたばっかりでよく分からない」


「だってこんなのって、有り得ないよ」


 「有り得ない」か、確かにそのとおりだ。

 突然めまいがして、気付けば辺り一面が草原なんて本当に有り得ない状況だ。

 そういえば俺は突然吐き気とめまいに襲われたが、アオイはどうだったんだろうか。


「アオイはここに来る前は最後どんな記憶があるんだ?」


「あたしは……。お兄ちゃんが吐いたからびっくりして、それで、どうしようって思ってたら目の前が急にグニャってなって、気持ち悪くなって。気付いたらここで寝てて」


 いまいち要領を得ない話し方なのは、アオイもまだ状況を飲み込めていないからだろう。


「そっか、大体は俺も同じ感じだよ。急に吐き気に襲われたと思ったら、目の前が歪んでそのまま意識を失った。気付けばここで寝てたな」


「あの人達はどうなったんだろ」


 確かにあの場所には俺とアオイ以外にジンとスギモトがいた。

 取り敢えず当たりの散策をすることにしよう。


「よし、取り敢えず周りを見てみよう」


「そうだね」


 そういって立ち上がり、もう一度辺りを見渡して見る。

 するとアオイのいた方向の更に30メートル程後ろに倒れている人影を2人見つけた。

 あれは、ジンとスギモトか。

 やはり2人も巻き込まれていたようだ。

 俺達はそちらに向かって手を繋ぎ歩き出す。


「はぁ?」

 

「え?」


 アオイと違って2人はすぐに目覚めた。

 しかし同様に困惑の声を出す。

 俺は2人に軽く状況の説明を行う、と言っても説明出来ることなんて殆ど無いが。


「突然知らない場所にいるなんて、まるで異世界転生みたいだな。いや、この場合は異世界転移?」


 俺の説明を聞き終わって口を開いたのはジンだった。

 異世界転移か、突拍子もない単語が出てきたが、可能性としてはあるかもしれない。


「流石に異世界転移なんて、突拍子が無さすぎじゃないか?」


「でも最近そーゆーの流行ってるだろ」

 

「そうなのか?」


 最近の話題には疎いので、そんなものが流行ってるなんて初耳だ。


「ネット小説とかで特にな。ほら、トラックに轢かれたら急に異世界にいたー。とかさ」


 トラックに轢かれたという言葉に体が硬直してしまう。

 トラックに轢かれて異世界ね、ならナツキも異世界に行ってるのだろうか。

 …………冗談にしては笑えないな。


「おい大丈夫か?顔色悪いぞ」


「ああ、大丈夫だ。取り敢えず少し周りを見てみよう」


「それもそうだな。てか寒くね?」


 見ればジンは半袖の軽装だ。

 その恰好では俺以上に寒いだろう。


「スギモトさんもそれでいい?」


 俺が杉本に確認を取ると、小さく無言で頷いた。

 遭難したときはあまり動き回らない方が良いと聞くが、今はイレギュラーすぎる状態だ。

 取り敢えず周囲の確認くらいはしたほうがいいだろう。

 そう判断して俺達は広い草原を歩き出した。

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