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完璧な理解など

 家に帰ると時刻は昼になっていた。

 いくら誕生日とはいえ1日の密度が濃すぎてまだ昼なのかと思えるが、まぁ1日は長く感じてた方が人生幸せってものだろう。

 とはいえ流石に少し疲れた、夜まで部屋でゆっくりしよう。

 そう決めて、自分の部屋に戻り自分のベッドの上に横になる。

 きっと今日の夜は、また密度の高い時間がくるだろうからな。


 しばらくはそのままゴロゴロとしてたが10分もすると少し暇になってきた。

 本を読む気分ではないので、勉強をすることにする。

 俺にとってはゴロゴロするのも勉強するのも精神的には大して変わらない。

 ベッドからのそりと立ち上がり、カバンの中から教材を取り出して机に広げる。

 取り敢えず数学を先の範囲まで予習してしまおう、高校数学は中学と比べても格段に難しいからな。

 自分ながらに暇なときは本当に読書か勉強しかしてないなと思い苦笑してしまう。

 しかしそのお陰で今の高校にも入れたので、儲けものだ。

 もしスマホを買ったらこんな時にスマホをイジるようになるのだろうか、そしたら成績が落ちないように注意しないとな。

 赤点で留年なんて話になれば笑えない、まぁ余程のことがなければ大丈夫だろうけど、油断してると万が一もあるしな。

 それに今の世の中を見てると、スマホの依存性は十分に伝わってくる。

 スマホ依存症なんて言葉もあるくらいだし、何かに依存することが病気と呼ばれる時代なのだ。

 だが、俺は依存症という言葉を聞くたびに思ってしまうことがある。

 果たして、何かに依存していない人などいるのだろうかと。

 俺だって一時期は心の平静を保つ為に勉強に熱中して、嫌なことを考えないようにしていた。

 それは一種の依存と言えるのではないだろうか。

 だが勉強に依存したとき、俺はそれを病気とは呼ばれなかった、それはきっと勉強することが良いことだったからだ。

 ──人は誰だって何かに依存していると俺は思う。

 それが善行であれ、悪行であれ、エゴであれ、自己満であれ、とにかく何か依存するものが無ければ、人は生きていけないのかもしれない。

 いや、依存という言葉だけでは語弊が生まれる可能性があるな。

 依存する、熱中する、愛する、生きる理由を持つ、そんな表現はどれも適切で不適切な要素を含んでいる。

 とにかく、人は自分の生きる理由を、自分だけでは完結させることができないのかも知れない。

 俺はそれを……つくづく哀れな生き物だなと感じてしまう。


 ──何だが最近は思考がすぐに哲学的になってしまうな、これが思春期なんだろうか。

 先程机に広げた数学の参考書が全然進んでない、集中しよう。

 勉強は好きだ。

 他のことを考えずに熱中出来るから。

 そして、頑張った分だけ結果がついてくる。

 実にシンプルで簡単だ。

 俺は数学の問題を解きながら広がった意識を細く集中させていく。

 けれど集中し始めてすぐに部屋をノックする音が聞こえて、俺の意識はまた広がってしまった。


「お兄ちゃん、ちょっと話があるんだけど今いいかな?」


「ヤダ」


 ドア越しにアオイの声が聞こえてきた。

 どうしたのだろうか、さっきまで一緒に出掛けていたのに、今更になってわざわざ部屋にきてまで話にくるなんて。

 というか反射的に断ってしまった。

 全然そんなつもりなかったのに殆ど背骨が反射反応で答えていた。

 俺は悪くない。

 しかし返事が帰ってこない、最近のアオイならここで軽く冗談でも言って入ってくるのに妙だな。


「あー、冗談だよ。暇だから全然大丈夫だ」


「う、うん。そうだよね、分かってたよ。入るね」

 

 そういってどこかソワソワしながら中に入ってくる、何だか他人行儀だな。

 今のアオイの髪型は横で結んで膨らみをもたせたツインテールだった。

 さっき出掛けた時とは変わっている。

 もしかしてこれはあれか、「実はお兄ちゃんにだけ言ってなかったけど、あたしに彼氏が出来たの」って報告されるのか。

 どうしよう、心の準備がまだできてない。

 取り敢えずおめでとうって笑顔で言ってあげなきゃだよな。

 あれ? 不思議と笑顔が引きつってしまうぞ、おかしいな。


「…………」

 

「…………」


 2人で見つめ合って瞬きを数回。

 何だか気まずい空気が流れている。

 何でこの子は自分から入ってきたのに何も言わないんだ、もしかして言いにくいのかな。

 ここは兄として助け舟を出してあげるべきなのだろうか。


「あのさアオイ」

 

「お、お兄ちゃん」


 2人で同時に喋り出してしまった。

 妙に今は噛み合わないな。

 ていうかアオイが随分と他人行儀でちょっと傷ついてきた。

 そんなに彼氏ができたって俺にいうのが嫌なのかな、別に歓迎してあげるのに。


「あ、お兄ちゃんから先にいいよっ」


 別にアオイが話し始めてくれたなら俺が言うこともないんだが。

 しかしここで俺はいいから葵が話してくれって言ったらまたややこしくなりそうだな。


「あー。アオイも最近は元気か」


「うん、元気だよ」


「そうか、それは良かった」


「うん、ありがとう」


「…………」


「…………」


 再び訪れる沈黙の間。

 本当にどうしたってんだ。


「その、何だ。俺は別にお前に彼氏ができても別にどうも思わないっていうか。むしろ歓迎っていうか、気にしないっていうか、とにかくそんなに気負わなくっていいっていうか」


「え?彼氏ってどういう事?あたしに彼氏なんていないよ」


「ん?彼氏が出来たって話しをしに来たんじゃないのか?」


 それなら何でそんなに余所余所しいのだろうか。

 もしかして反抗期か?


「あたしに彼氏なんて出来るわけないよ」


「そんなこと言って少しくらいはそんな話もあるだろ」


「全くないってば、何でそんな話しになるの」


 ちょっと怒った口調で言われてしまった。

 やっぱり反抗期だ。あんまり兄からそんな恋愛話をされるのは嫌だよな。

 少しデリカシーがなかったようだ。

 気を付けよう。


「じゃあ一体何の話をしに来たんだ?」


「それは……」


 しかし要件を聞くと気まずそうに目を逸らされてしまう。

 また余計なことを言うと今度こそ怒られそうなので静かに待っていよう。


「あ、あのさお兄ちゃん」


 少しの沈黙の後、アオイが意を決するように口を開いた。


「これから一緒に、ナツキお姉ちゃんが亡くなった場所にいこう」


 突然のことに俺はうろたえて、つい顔が険しくなってしまう。

 予想だにしてなかった名前が出てきて、戸惑ってしまったのだ。

 アオイの口からナツキの名前が出ることはかなり珍しい。というか殆ど無い。

 俺もアオイはあまり触れられたくないのだと思って、なるべくナツキのことに関してはアオイの前で話さないようにしていたが、しかし唐突にその名前が出てきて困惑する。

 まぁお墓参りをしてきた後なのでそこまで唐突でもないのか。

 しかしアオイはナツキお姉ちゃんが亡くなった場所に一緒に行こうと言っている。

 意味が分からない。

 一体何がしたいのだろうか。

 もしかしたら俺のことを恨んでいて、ナツキが亡くなった場所でナツキとアオイにしっかりと謝罪をさせたいのかもしれない。

 それなら今の意味不明な発言にもアオイが他人行儀なのも納得がいく。

 俺はアオイの表情を伺おうと顔を見た。

 するとアオイもこちらの反応を伺うように上目遣いで見つめてきていた。

 その目には何かを決意したような意思も感じられる。

 やっぱりアオイは俺に正式にその場所で謝ってほしいんだろう。

 俺のしてしまったことはそんなことでは許されないが、それでも俺が謝れば少しはアオイの気が晴れるなら、公共の場所で土下座だってする覚悟だ。

 

「分かったよ。一緒に行こう、アオイ」


 俺がそう答えるとアオイの顔がパァッと明るくなった。


「ありがとう、お兄ちゃん」 


 そう礼を言われるが、むしろ申し訳ない気持ちが強くなってしまう。

 アオイにとって双子の姉であるナツキを俺は殺してしまったのに、ずっとアオイにはしっかり謝っていなかった。

 ただ病院で軽く謝罪しただけだ。 

 あんなのでアオイが納得していた訳がないよな。

 きっと釈然としない想いを持ったままこれまで過ごしてきたのだろう。


「アオイ、お前の口からそれを言わせてごめんな」

 

 本来なら俺がもっと早くにしなければいけないことなのに、アオイの口からそれを言われてしまった。

 本当に俺はどうしようも無いな。


「ううん、あたしもずっと待たせててごめんね。本当はもっと早くに言うべきだったのに」


 しかしナツキが死んだ場所か。

 正直行きたく無いな、行ったら間違いなく俺はあの時の光景をまた鮮明に思い出してしまう。

 けれどこれは俺が向き合うべき罪だ。

 ナツキ、お前はまだそこにいるのかな。

 それとももう天国に行って幸せに暮らしてるだろうか。

 いや、天国に行ったとか考えるのは、生きてる奴の身勝手だな。

 ナツキはまだ生きていたかった筈なのに、死んでしまった。それだけだ。

 ナツキ、俺は自分が憎いけど、それでもまだこんな俺でも守りたいものがあるんだ。

 俺はお前を守れなかったけど、絶対に家族は、お前の妹は、アオイは守ってみせる。

 他の全てを犠牲にしたとしてもだ。

 俺はアオイと一緒に外に出ながら再びそう心に誓った。

 過去に一度している誓いだ。

 どうやら今日という日の密度は更に濃くなっていくようだ。

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