目覚め
高校生の時に書いた作品を供養します。
真っ白に染まる世界の中を
少女が歩いていく。
この白い世界の中で
少女の姿だけはキレイに色づいていた。
その光景を、俺は後ろから眺めている。
俺はこの後に起きる展開
その結末を既に知っている。
そこにある感情は深い悲しみと絶望
そして後悔だけだ。
ふと少女がこちらを振り向いて微笑んだ。
その表情は明るさに満ちていて
とても楽しそうで・・・。
俺はその姿に
胸が押し潰されそうになって・・・。
心苦しさに目を逸らした先で
真っ白な世界の中に闇が現れる。
その闇は
まるでペンキをこぼしたように
全てをなかったことにするかのように
世界を黒く飲み込んでいく。
そして闇は
少女を飲み込もうとする。
だが俺の足は根を張ったように動かない。
俺は知っていたはずの
何度も見たはずのその光景を前にして
しかしそれでも
少女の名前を叫ばずにはいられない。
「菜月っ!!!」
少女は闇に飲み込まれた。
「はぁっ」
俺は虚空を掴むようにして、ベッドから飛び起きた。
「はぁ、はぁ、大丈夫、大丈夫だ」
小さな声でそう呟やき、胸に手を当て深呼吸しながら心を落ち着かせる。
よし、少し落ち着いてきた。
これまでに幾度となく見てきた夢だ、同じ内容の夢を繰り返しみている。
しかし何度見ようとも、決して慣れる事はない。
手には汗が滲んでいた、いや、手だけではない、全身が汗で濡れた不快感を感じる。
これはシャワーを浴びて行かないと駄目かもしれないな。
何せ今日は特別な日なのだ。
──今日俺は、四年ぶりに学校に行くのだから。
台所に向かうと母さんが朝ごはんの用意を済ませてくれてある。
いつもよりも明らかに豪華で気合の入った朝ごはんだ、かなり早起きして作ってくれていたのだろうことが察せられる。
「おはよう母さん」
「おはよう、いい朝ね。朝ごはんもう出来てるから、悪いけど葵を起こしてきてくれるかしら?」
アオイは俺の3つ下の妹だ。
そういえばアオイも今日から中学生になるのか、自分の事ばかりで、今日は妹も進学する日だという事を忘れていた。
あいつはチビだから全然そう見えない。
痩せ型なのも相まって、正直見た目的にいうなら小学四年生くらいにしか見えないのだ。
まぁ頭の方は同学年の子と比べても圧倒的にいいんだがな。
「おーい、朝だぞー。・・・なんだ、起きてたのか」
アオイの部屋を開けると、パジャマ姿のチビが鏡に向かいセミロングの黒髪を櫛でとかしている所だった。
我が妹ながらキレイで艶のある黒髪だ、やはり手入れとか色々してるんだろうか。
床には本が散乱して落ちていた、ちゃんと片付けろよ。
「おはようお兄ちゃん、思ったよりも元気そうなんだね」
朝から明るい声でそう言ってくる。
寝起きは基本的に不機嫌なヤツなので、起きてから結構な時間が経っていることが伺えた。
「そう見えるならよかったよ」
「あーあ、てっきりもっと死んだような顔してると思ってたのになー」
「何でちょっと残念そうなんだよ・・・。母さんがそろそろ朝ごはん食べるってよ」
「あはは、分かったー」
軽口を叩いてはいるが、その声色には明らかに俺を心配する色が含まれている。
こいつもちょっと前まではもっとオドオドして自分に自信が無さそうに喋るやつだったのに、いつの間にか成長してるんだなと感じる。・・・チビだけど。
だが俺もアオイを見習ってそろそろ前に進まなきゃ行けない時だろう。
長い間立ち止まってしまったし、まだ前を向いて進むことは無理かもしれないが、それでも少しずつ進めるようにならなければいけない。
台所の長テーブルに父さんと母さん、アオイと俺の4人が座ってご飯を食べる。
朝ごはんを家族全員で食べるのは、昔から続く暗黙のルールのようなものだ。
とはいえ昔はここにもう二人、姉と妹が座っていたのだが、姉は一人暮らしを始め、もう1人の妹は既にこの世にいない。
特に喋っていた二人が居なくなったことで、以前よりもずっと静かな食卓になってしまった。
まぁ最近はアオイの口数が増えてきたので、母さんとアオイが喋っていて、そこまで寂しさを感じることは無いが。
普段の倍近い時間をかけて豪華な朝ごはんを食べたあと、シャワーを浴びて制服に着替える。
普段浴びない朝シャワーは、さっぱりした気持ちになって頭が冴えるのを感じる。
毎朝シャワーを浴びる生活をしてみるのも良いかもしれない。
これから通う高校の制服は紺色を基調としたもので、大人っぽい雰囲気が出ているデザインだ。
俺はこの制服が結構気に入っていた。
自分で言うのも何だが、俺には大人しい色の方が似合っているのだ。
俺の顔も地味なほうだしな。
支度を済ませて、玄関に行き靴を履いていると、母さんと父さんが見送りにきてくれる。
「本当に大丈夫なの?」
そう心配そうに母さんが聞いてくる。
俺も昨日は今日のことを考えて悶々と床についたものだが、不思議と今はそこまで暗い気持ちにはなっていない。
良い意味で開き直れてる気がする。
「うん、正直怖いけど、いつかは行かないとだから」
「そうね、頑張っていってらっしゃい」
少し涙ぐんでそう言われると、照れくさい気持ちになるが、母さんにも沢山心配をかけていたんだろう。
「しっかりやってこい、お前は賢くて強い子だ、きっと上手くいく」
「ありがとう、父さん」
無口な父さんにそう言われると、本当に上手くいく気がしてくるから不思議なものだ。
「父さん、母さん、行ってきます!!」
まるで始めてのおつかいに行くようなテンションだが、実際に気分はそれくらい、いやそれ以上だ。
何せ四年も不登校だったのだ。
これからの事を考えるとテンションでも上げないとやってられないだろう。
四年という歳月は決して短くない、もし今日学校に行っていじめでもされたら、俺はもう二度と学校には行けないかもしれない。
無理矢理上げてきた気分が下がらないうちに学校に向かう。
家を出てすぐの道路を歩いている所で、ふと横をトラックが走り去った。
瞬間、過去の記憶がフラッシュバックして、俺の足は根を張ったように動かなくなり、呼吸は浅くなる。
今からでも部屋に戻り、ベットの中でうずくまりたい衝動に駆られる。しかし――
「菜月、行ってきます」
四年前死んだもう一人の妹にそう呟いて俺は高校へ向かって再び歩き出した。
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